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第四話

 部屋を出た私は初めて着るドレスにちょっとよろけながらも、ヘレナと共にアウリスが待つ控えの間に向かう。


 中に入ると、控えの間という名に似つかわしくないほど広く、天井と壁にはタイトルのわからない絵画が大きく描かれている。ストーリー仕立てになっているようで、全部見ようと思わずその場でぐるっと一回転するとドレスがふわっと広がる。

 ふと、部屋の中ほどに視線をやると、豪奢な椅子にアウリスが腰掛けていた。私が入ってきても見向きもしない。


「あの…」


 声をかけないでいるのも不自然かと思い話しかけるとアウリスは不機嫌そうに、


「なんだ」


 と低く一言だけ呟いた。


 ―――何その態度。昨日だまし討ちのような感じでこちらに連れて来られたことを思い出し、急に怒りがふつふつと沸いてきて、アウリスに詰め寄る。


「あのねぇ…こっちは見ず知らずの貴方にいきなりこんな場所に連れて来られたのよ!今すぐ元の世界に戻してほしいくらいなのに、一応貴方のお願いを聞いてここにいるの!もっと申し訳無さそうにするとかできないの?!」


「お前…俺はこの国の王太子だぞ。そしてお前をここに連れてきたのは国王陛下の命令だ。…お前のその度胸はどこからくるんだ」


 アウリスが立ち上がり、呆れたように続ける。


「それから俺は耳がいいんだ。そんな近くで大声を出さないでくれ。うるさい」


 …なんで私が逆に怒られてるのよ。アウリスと向い合って立つと、身長差のせいで思いきり見下ろされてるのもまた腹立たしく、私も負けじと胸をそらせた。


 その時、奥の部屋に続く扉が開き、騎士のような2人に中に迎え入れられた。

 スタスタと大股で歩いて行くアウリスに慌てて続くと、そこは玉座の間だった。


 金色の壁が眩しくて少し目を細める。奥にある階段の先にいるのが、恐らく国王だろう。いかにも威厳のある風貌の男性が金色の椅子に座ってこちらを見ていた。


 アウリスが階段の下まで歩いていき跪く。

 わたしもドレスの裾を持ち上げながら小走りでアウリスに並ぶと、見よう見まねでお辞儀をした。


「遠いところをよく来てくれたね。大きくなって…」


 その言葉に顔をあげると国王陛下と目が合う。


「翠子、ここでの暮らしは覚えていないだろうね。まだ幼かったから。瑠璃が亡くなったことを知ってどうしても翠子に会いたかったんだ」


 瑠璃ってお母さんの名前だ。この人が私のお父さんなの…?言葉が出ない私をおいて陛下は話し続ける。


「瑠璃はあるとき急にこの世界にやって来た。我ら王族の翡翠を持たない瑠璃が、どのようにして異世界からこちらに来たのかはわからなかった。その後瑠璃と私は恋に落ち、君が生まれたが、この世界の人間じゃない瑠璃は周りの反対もあって王妃にはなれず、それでもいいと瑠璃が望んで側室になったんだ」


 お母さんが異世界で側室だった…信じられないような気持ちと、それで今までお父さんの話はあまりしてくれなかったんだ、と腑に落ちる気持ちが綯い交ぜになる。

 ヘレナは元王妃だったのでは、と言っていたが、どうやら勘違いだったらしい。


「しばらくここの宮殿で幸せに暮らしていたんだが、ある日瑠璃は来た時と同じように急に消えてしまった。翠子を連れて。そしてそれから二度とこの世界に来ることはなかったんだ」


 そんなことが本当にあったの?一方的に話されて理解が追いつかない。未だ戸惑う私に、陛下は優しくこう言った。


「翠子の髪、本当によく似ているな…」


 お母さんと同じ言葉…お母さんの笑った顔が浮かび、鼻の奥がつんと痛くなって慌てて下を向いた。


「そういえばここに来るときに使ったペンダントがあったろう。あれは私が瑠璃に贈ったものなんだが、少し見せてはくれないか?」


「えっ、あ、もちろんです。どうぞ」


 お付の人が私からネックレスを受け取り陛下に手渡す。


「ふむ、懐かしい…」


 陛下はまじまじとネックレスを眺めている。そのとき、手からネックレスが滑り、カンッと音を立てて床にぶつかったと思うと、階段を転がり落ちて行った。


 私が慌てて駆け寄ると、翡翠が割れてしまっていた。


「嘘…」


 翡翠が割れるなんて。あぁ、そんなことよりお母さんの大切な形見だったのに…


「本当に申し訳ないことをした!すぐに直させるからね」


「いえ…」


 わざとじゃないのだ。悲しい気持ちはあっても、怒れない。


「ただ、そのペンダントがないと、翠子を元の世界に戻してやることができないんだ。この王族の翡翠を持っている者でないと、通れないんだよ。重ね重ね申し訳ないが、直るまでここにいてくれないだろうか」


「えっ…」


 すぐ帰れるものだと思っていた私は口ごもる。


「なに、そんなに不安がることはない。ペンダントが直りさえすればすぐに戻れるし、ここにいるアウリスは翠子の異母兄だから仲良くするといい」


 そんなこと言われても…この強引さ、アウリスにそっくりだわ。ちらっとアウリスのほうを見るも、その表情から何を考えているのかは読み取れない。


「よいな、アウリス。翠子のことよろしく頼んだぞ」


「―はい、陛下。」


「では翠子は下がって構わないよ。ペンダントのことは本当に申し訳ないことをしたね。アウリスと少し話があるから控えの間に下がってアウリスのことを待っていてくれないか」


「は、はい!失礼します」


 再びなんとなくお辞儀をすると陛下は、親子なんだからそんなに他人行儀にしなくてよい、と笑って見送ってくれた。


 控えの間に戻るとヘレナが心配そうに待っていてくれた。


「お母さまのこと何かわかりましたか…?」


「うん…」


 曖昧に笑って言葉を濁す。

 私がこうして異世界に来たんだから、お母さんだって何らかの方法でこの世界に来ることは出来たのかもしれない。

 確かめようがないからそれは信じよう。


 でも…私はいつかお父さんに会うことがあれば、もっとビビッとくるものがあって、この人は絶対私のお父さん!って確信が持てるものかと思ってたが、どうもそんなことはないらしい。実感がわかない。


(それでもお母さんの話も少し聞けたし、ペンダントが直ったら元の世界に戻してもらってそれで元通り…)


 どうやらお母さんは波乱万丈な人生を歩んでいたみたいだけれど、私は平凡な生活を望んでいる。


 その時、扉が開いてアウリスが戻ってきた。


 それを見て立ち上がろうとした瞬間、どうやら自分でドレスの裾を踏んでいたらしく思いっきり前につんのめった。


 転ぶ!


 あれ…痛くない?


 とっさにつぶった目をそうっと開けるとアウリスの腕が私を支えてくれていた。


 …助けてくれたんだ。


「あ、ありがとう…」


「お前、仮にも王女ならばもう少しお淑やかにしてくれ」


「なっ…!あなたは王女様ですなんていきなり言われて昨日の今日でお淑やかにできるわけないでしょ?!」


 いちいち一言多い王子だ。


「とにかく陛下からお前に城を案内するよう頼まれた。ヘレナは先に戻っていてくれ」


「承知致しました」


 そう言ってヘレナはペコッとお辞儀をして立ち去ってしまう。

 あぁ、この人とふたりっきりにしないで…


 そうして必要最低限の説明しかしない早足のアウリスと、お城での生活に必要な場所を見てまわった。

 ある程度見終わって最後に中庭に出る。


「陛下はここで時々紅茶を召し上がる。誘われることもあるかもしれないから場所くらい覚えておくといい」


 そういったきりアウリスは口を噤んだ。


 今日は天気も良いのに広い中庭には私達の他に誰もおらず、見事に咲いた色とりどりの花だけが静かに風に揺れていた。気まずい沈黙が流れる。


 沈黙を破ったのはアウリスだった。


「陛下がどうして急にお前に会いたがったのか俺にはわからない。ただ、お前が王女だということは俺は認めない」


 なんでそんなこと言われなきゃならないのよ。


「私だって別に王女様になりたいなんて思ってないわよ!私は普通に…暮らしていたかっただけなのに…」


 あっまずいと思ったときには既に遅く、足元の芝生に涙がこぼれた。

 泣くと思わなかったのだろう、アウリスも動揺しているのがわかる。

 アウリスの言葉のせいじゃない、昨日いきなり異世界に来たこと、今日の信じられないような国王の話、いっぺんに色んな事がありすぎてパンクしてしまっただけ。

 そう伝えたいのに言葉のかわりに涙だけがポロポロあふれていく。


 戸惑うアウリスを残して私は逃げるように中庭を後にした。


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