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第三話

 ―アウリスが部屋を出てからどれくらい時間が経っただろうか。絨毯に座りっぱなしだった私は、やっと重い腰を上げて部屋を見渡す。


 ベッドはひとりで寝るには十分すぎるくらい大きく、天蓋までついている。テーブルの上には見たことのない鮮やかな色をした果物が入った籠が置いてあり、その果物の香りなのか、部屋中が少し甘い匂いがした。バスルームを覗いてみると猫足のバスタブまであったが、疲れきっていた私はそのままベッドに入り、朝まで一度も目を覚ますことなく眠りについた。



 朝、ドアをノックする音で目が覚めた。

 目を開けると見慣れた天井ではなく、白い天蓋が目に映る。

 夢じゃなかったのか…

 まだぼんやりした頭で昨日のことを思い出していると、もう一度ノックの音が聞こえた。


「失礼致します」


 柔らかな声と共に静かにドアが開くと、丈の長いメイド服を着た、栗色のお下げ髪の女の人が立っていた。


「おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」


「えぇ、まぁ…」


「わたくし、王女様の身の回りのお世話をするように仰せつかっております、ヘレナと申します。何でも遠慮無くおっしゃってくださいね」


「その、王女様…って私のこと?」


「もちろんですよ!」


 ヘレナが青い目を細めてにっこりと笑ってそう答える。


「…よければ翠子って呼んでください」


 王女様、なんて聞きなれない呼び名に思わず肩をすくめる。


「あらあら…それでは翠子様と呼ばせていただきますね」


 様、もいらないんだけどな…でも王女様よりはマシかもしれない。それよりせっかくだからこの人に色々聞いてみよう。


「ヘレナ…さん?私いきなりここに連れて来られて何がなんだかわからなくて…ここって一体どこなんですか?」


「わたくしのことはどうぞヘレナと呼んでくださいませ。ここはエーデルシュタインという国でございます」


 エーデルシュタイン…聞いたことがない。でもやっぱりここは外国なんだ。ヘレナは運んできたワゴンの上で手際よく紅茶を淹れながら話を続けた。


「このあと翠子様がお会いになる方は、エーデルシュタインの国王でいらっしゃるジェイド国王陛下です。とても素晴らしい御方ですよ」


「それじゃあ私って本当に、その…ジェイド?国王の娘なんですか?それでアウリスって銀髪の男の人が、私のお兄さん…?」


「そのことについては陛下からお話があると思います。…実はわたくしも詳しいことはうかがっていなくて」


「でもわたくしがまだ幼い頃に、ここでメイドをしていた母から聞いたことがありますよ。前の王妃はとても天真爛漫な可愛らしい方で、少し風変わりなところもあったとか…もしかしてその御方が翠子様のお母様だったのかもしれないですね」


 心臓がどくんと脈打つ。お母さんが元王妃――?


「その人の名前ってわかりますか?!」


「えぇっと…なにぶんわたくしも幼かったものですから、名前までは覚えていないのです…お役に立てず申し訳ありません…」


 そう言われて私は少しがっかりするも、それ以上にヘレナがしょんぼりしているように見えたので慌てて、


「いいのいいの!気にしないでください!それよりもその紅茶飲んでみたいなぁ」


 と言うと、ヘレナはカップに紅茶を注いで、パンのような軽食と共に渡してくれた。


「国王陛下にお会いする前に、お風呂に入ってお召し物を着替えましょうね。わたくし準備して参りますので、そちら召し上がってお待ちください」


 と、ヘレナは、バスルームに消えていった。


 一人になった私は紅茶を飲みながらお母さんに思いを巡らす。お母さんがこんな知らない国で結婚していたかもしれないなんて。そんな話、全然してくれなかったのに。

 それにこのネックレスだって…ただのネックレスじゃないの?


 お母さん…笑顔が可愛くて、優しくて、いつも私の話を沢山聞いてくれて…でも今思えばお母さんの昔話ってあまり聞いたことなかったな…生きてるうちにもっと色々聞いておけば良かった…


 そんなことを考えているとヘレナが戻って来て、


「翠子様!ご入浴の準備が整いましたので、いつでも入れますよ」


 と、ガウンを出してくれたので、昨夜お風呂に入りそびれた私は一度考えるのをやめてお風呂に入ることにした。

(ヘレナが入浴を手伝うと言って譲らず、ひと悶着あったが何とかひとりで入ることができた)


 お風呂を済ませて部屋に戻ると、ヘレナが大きなクローゼットの前でドレスを3.4着出して、うんうん唸っているところだった。


「あっ!翠子様おかえりなさいませ。このあとお召しになるドレスですが、いかがなさいましょう。どれもお似合いになると思うので迷ってしまって…」


 本気で考えてくれているらしいヘレナに思わず笑みがこぼれる。ヘレナはさんざん迷った挙句1着を取り出し、広げて見せてくれた。


「こちらのドレスはいかがでしょう。翠子様の黒髪にとてもよく映えて、ぴったりだと思いますよ」


 そのドレスは淡いブルーのチュールドレスで、幾重にも生地を重ねたふんわりと広がる裾が魅力的だった。


「とても素敵だけど…でもこんなドレス、私が着ていいんですか?」


「もちろんです!こちらにあるものは全て翠子様のために誂えたものですので、自由にお召しになってください。さぁ、お手伝いさせていただきますのでこちらにいらしてくださいな」


 おずおずとヘレナに近寄ると、手際よくドレスを着せ、髪もふわっとしたシニヨンに結ってくれた。鏡の前で自分を見てみると、可憐なドレスを身にまとった自分が、不安そうな顔でこちらを見返していた。


「やっぱりわたくしの見立てに間違いはありませんでした!とってもお似合いです!」


 ヘレナはとても喜んでくれているけど、私はだんだん心配になってきた。お母さんの話は聞きたいけど、王様ってどんな人なんだろう…それに私に会いたがってるってどうして?


 そのとき、コンコンとドアがノックされる。

 ヘレナが返事をするとドアの外から、


「アウリス王子がお待ちでございます」


 と声がかかった。


「あらあら、それではご案内致しますので参りましょう」


 ヘレナについて部屋を出ようとすると、ヘレナがふいに立ち止まりそっと私の手を握った。


「お母様のこと…何かわかると良いですね」


 そう言ってくれたヘレナの手は温かく、青い瞳には心配そうな色が滲んでいる。

 まだわからないことだらけだけど、ヘレナの優しさに少し勇気をもらって、アウリスの元へ向かった。


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