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第十三話

 オリビーンという名の城下町は、城へと続くメインストリートを中心にお店が建ち並び、ヘレナが言っていた通りとても活気がある。露店には見たこともない色の干し肉が吊るされていたりして、この世界には一体どんな生き物がいるんだろう……と少し不安になる。


「本当にすごい賑やかね!」


 人波を縫うように歩きながら、周りの喧噪に負けないように少し声を張りあげる。


「そうなんです!今日は週末なので普段よりも人が多いんです!それにここはオリビーンの中心ですから!」


 ヘレナも声を張って返してくれる。人波をかき分けるために前を歩いてくれるヘレナの髪型は、私とお揃いだ。



 30分前―――


「お城のドレスですと少し目立ちますので、こちらをお召しください!」


 と、ヘレナが白い袖付きブラウスに藍色のスカートを着付けてくれた。

 綿の生地はかなり上等そうに見える。


「これが今の流行りなんですよ!」


 と得意気に髪もアップに結ってくれた。


「あ!それなら私にもヘレナの髪、結わせてほしいな。せっかくだからお揃いでお出かけしない?」


 私がそう提案すると、


「そんな!お揃いだなんておこがましいです…」


 と、頬を赤くしてもじもじしていたが、私に押し切られる形で結わせてくれた。人の髪を結うのは初めてだったが、今まで自分の長い髪を扱ってきただけあって我ながら可愛くできたと思う。


「ありがとうございます!わたくし、とても嬉しいです……!」


「そんな…大袈裟だよ。ヘレナだっていつも私にしてくれてるじゃない」


 予想以上に感激してくれたので、私まで照れくさくなってしまう。


 私が外出する旨は既に陛下に伝えてくれたようで、そのまま城を出てきた。




「そういえば、ヘレナは何か買うんだったよね?」


 いちばん人が多かった通りを抜けて、少し落ち着いて並んで歩く。


「はい!ときどき田舎にいる姉弟(きょうだい)たちに手紙を出しているんですが、便箋がなくなってしまったので買おうと思っていて」


「仲が良いのね」


「一緒に暮らしていた頃は喧嘩ばかりでしたけどね」


 口ではそう言っているが、ヘレナの表情から大切に思っていることが伝わってくる。


「このお店です!すぐ買って参りますね」


 そう言って小走りで中に入っていく。


 ちらっと覗くと小さなお店の中はなかなか混み合っていたので、店の前で待っていることにした。大通りではないが、それなりに多くの人が行き交っている。


 馬車に乗っている貴婦人や、母親に手を引かれて歩く子どもが目の前を通り過ぎて行く。

 これだけ人の多い街なら、城を抜けだしても少しの間なら紛れ込むことはできるかもしれない。

 道行く人たちをぼーっと眺めていると、ある重大なことに気がついた。


「私、この世界のお金持ってないじゃん……」


 お金がなければ城から出ても生きていけないだろう。

 こんな簡単なことに思い当たらなかったなんて、私は相当動揺していたらしい。


 やっぱり、なんとか殺されないように頑張るしかないか。まぁ具体策はないけど……


「おまたせしました!申し訳ありません、思ったより時間がかかってしまいました……」


 そんなことを考えていると、ヘレナが人に揉まれて少しよれっとした感じでお店から出てくる。


「ちっとも待ってないよ!それに通りを眺めてるのも楽しかったしね」


「あの……実はもう一箇所行きたいところがあるのですが、一緒に来ていただけますか?」


「もちろん!」


 少し頰を赤らめているヘレナを見て、「ん?」と思ったものの、深くは聞かずに後をついて行く。


 お店が建ち並ぶ先ほどの場所から少し外れた、住宅街にある1軒の小さな家の前でヘレナが立ち止まる。てっきりお店に行くと思っていたので驚いた。


 ヘレナが私を振り返り、


「恋人の家なんです」


 と照れくさそうにしている。


 なんと。つまり今からヘレナの恋人に紹介されるのか。なんだかドキドキしてきた。


 ヘレナがドアノッカーでドアを叩くと、中から人の良さそうな青年が出てきた。人懐こそうな笑顔がどことなくヘレナに似ている。


「ヘレナ!遅かったじゃないか。……そちらの方は?」


 笑顔でヘレナを抱きしめかけ、途中で私に気づく。


「はじめまして、翠子といいます」


 それ以外に言葉が見つからず、ヘレナの後ろから顔を出し、ぺこっと挨拶をする。 


「僕はジャン。ヘレナが友だちを連れてくるなんて珍しいな。さぁ、入って」


 ジャンが私とヘレナを迎え入れてドアが閉まった途端、ヘレナがジャンに向かって、


「こちらの翠子様は、エーデルシュタインの王女様よ」


 と静かに言った。


 最初は冗談だと思って笑っていたジャンも、ヘレナの真剣な目を見て冗談ではないと気づいたらしい。


「ほ、本当に……?申し訳ございません。先ほどまでの不敬をお許しください」


 と、跪かれてぎょっとする。


「か、顔を上げてください!王女なんて柄じゃないし、突然そんなこと言われて私も何が何だかって感じなのよ」


 謝るジャンをなだめて、3人でテーブルを囲んで椅子に座る。テーブルも椅子も年季が入った飴色で、長いこと大切に使われていたのがわかる。表面がなめらかで触り心地がいい。

 お城のきらびやかな調度品よりずっと素敵に見える。


「翠子様、申し訳ありません。往来で身分を明かすと誰が聞いているかわからず何かと危険もございますので……」


「本当に気にしないで。私、よかったら2人と友達になりたいと思ってるくらいなんだから。今だってヘレナに恋人を紹介してもらえて、とても嬉しいのよ」


 そう言うとやっと二人とも謝るのを止めてくれた。



 ジャンが紅茶とクッキーのような焼き菓子をテーブルに並べながら、


「それにしても国王陛下にご息女がいたなんて知らなかったな」


 と独りごちる。


 私はジャンにこの世界に来た成り行きを簡単に説明した。


 ジャンは最後まで話を聞くと、


「陛下に側室がいたなんて話、聞いたことないぞ」


 と小さな声で呟いた。


「えぇ、それになんだか翠子様からお伺いした陛下のお話の内容に違和感があって……翠子様のお母さまが、突然元の世界に帰られたというのも釈然としないし……」


「確かに一時期、陛下がよくご一緒していた女性がいたが、あるときから姿を見なくなったな。単にパートナーが変わっただけだと思っていたが……まさかその人が……?」


 ヘレナとジャンが話してるのを黙って聞いていると、ヘレナが置いてけぼりになっている私に気がつき、


「やだ、わたくしったら……!急に申し訳ありません。実はジャンは親子二代に渡って新聞記者なんです。わたくしの母が亡くなった件で、以前ジャンのお父さまに色々相談に乗ってもらっていて……それで、翠子様もこの世界にいた時のお母さまの様子を大変気にしていらっしゃいましたので、何かお役に立てればと思いまして……」


 と、さっきまでジャンと話していた時とはうってかわってもじもじしている。


 ヘレナは、私が玉座の間で陛下と話をしたときからその内容に何か違和感を覚えていたが、お城にいながら憶測でものを言うわけにもいかず、悩んでいたらしい。


 そんなに真剣に考えていてくれたなんて知らなかった。


 思わず涙が出そうになる。


「ありがとう、ヘレナ。本当にいつも私のこと考えてくれて……感謝してもし足りないよ」


 ヘレナは少しはにかみながらにっこり笑って応えてくれる。


 するとしばし黙っていたジャンが厳しい顔で口を開く。


「新聞屋にとって情報は命より大切だ。本当ならいくら王女様でも簡単には教えられない。でも……」


 ヘレナが口を挟もうとするのを片手で制しながら続ける。


「でも、ヘレナがこれほど大切に思ってる人だ。僕も協力しよう」


 王女様のお陰でヘレナのみつ編み以外の髪も見れたしね、といたずらっぽく笑った。


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