第十二話
ベッドに頭まですっぽり潜り込み目をつむると、アウリスが私を殺そうとしている可能性がある、という文字が頭の中でぐるぐる回っている。
そんなはずはない、と否定する自分と、本当にアウリスじゃないと言い切れるの?と疑う自分が交互に顔を出す。
―――第一、アウリスは憎まれ口を叩きながらも、いつも私を助けてくれた。不器用だけど優しかった。そんな人が私を殺そうとするだろうか?
でも、と頭の中で声がする。
―――でも、初めて中庭で話したとき、「お前を王女だとは認めない」って言われたじゃない。それは私が邪魔だってことじゃないの?
―――それはもう謝ってくれたでしょう。その言葉も、優しさも嘘だったと思うの?
もうひとりの自分がアウリスを庇う。
―――全部演技じゃないと何故わかるの?それに……
そのことに思い当たったとき、ゾッとした。
―――それに、私が怪我をしたときに真っ先に駆けつけて来たのは誰?こんなに広いお城で、二度もたまたま近くにいて、助けてくれたのがアウリスだなんて偶然、あり得ると思う?
今までそんなこと思いもしなかった。けれど筋は通っている。
なんだか急に息苦しくなり、ぷはっと布団をめくって顔を出す。
私は、ただ根拠もなくアウリスのことを信じたかっただけなのかもしれない。冷静に考えてみれば、疑わしいのはアウリスではないのか。
……そういえばアウリスは、陛下に何か裏があるかもって言っていたわ。その可能性はどうだろう。
しばらく考えてみたが、陛下に私を殺す理由が見つからない。私だって実の娘なのだから、たとえ私が女王になっても陛下は困らないはずだ。
それに、わざわざ探して呼び寄せておいて、殺すというのは矛盾しているような気もする。
唯一私と血の繫がりのない王妃が仕組んだのでは、という可能性も考えたが、結局のところ私が危ない目に遭うときにアウリスが近くにいたという謎が残る。
考えすぎてこめかみがズキズキと痛くなってくる。陛下と王妃、それからアウリスの顔が浮かぶ。
……アウリスが、私を殺したいと思っているかも知れないなんて。
一度疑ってしまえば、もう今までのようには信じられない。
死ぬこと以外でも、大切な人を失うことがあるのか、と痛む頭でぼんやり思った。
少しでも痛みを和らげようと、サイドテーブルの上の水差しから水を入れて飲む。
ついでに窓を開けて空気を入れ換える。まだ少し冷たい春の夜風が部屋に舞い込んだ。
ぼーっと窓の外を眺めていると、遠くに街の灯りが小さく見える。
そうだ。
このお城から逃げ出すというのはどうだろう?誰が犯人でも、この城に関係のある人間だろう。城から出るのが一番安全なのではないか。
一瞬、素晴らしいアイディアだと思ったが、すぐに思い当たる。
ここを出てしまうと、元の世界に戻れなくなる可能性が高い。
異世界間の移動には、あの王家のネックレスが必要なのだ。この先もずっとこの世界で暮らしていく覚悟は、私にはまだない。
ネックレスが直るのには、あと1ヶ月かかる。
つまり、あと1ヶ月何事もなく過ぎれば、私は元の世界に戻ることができる。でも今の状況では、その1ヶ月の間に私はこの世界で殺されるかもしれないのだ。
……なんだか考えがまとまらなくなってきた。
窓の外に視線を戻すと、東の空が白み始めている。道理で頭が働かないわけだ。
私は考えるのを諦めてベッドに戻り横たわる。
目をつむると、さすがに今度は眠気がやってきた。
なんだか眩しくて目が覚める。お城の周りには他に高い建物がなく、遮るものがないので陽射しが直接入ってくる。
太陽が高い位置にあるのでお昼ごろだろうか?少し寝過ぎてしまったらしい。こんなときでも一度寝付くとしっかり眠れる自分の図太さにちょっと呆れてしまう。
こうして明るい部屋の中にいると、昨日陛下から聞いたことや、夜に考えていたことが嘘みたいに思える。
お風呂にでも入ってさっぱりしよう。
ここにはシャワーはないので、バスタブにお湯を張ってゆっくり浸かる。しばらく浸かっていると、気持ちがほぐれて頭がすっきりしてきた。
昨夜のようにベッドの中でひとりで考えていたって仕方がない。あと1ヶ月ここにいるのか、それともここを出るのか。もう少し情報収集しなければ身を守ることも、行動を起こすこともできない。
「翠子様、起きていらっしゃいますか?」
お風呂をあがると、タイミングよくドアの外からヘレナの声がした。ヘレナに城下街のこと、もっと詳しく聞いてみよう。
「お疲れですか?」
私が起きるのが遅かったからだろう。ヘレナが心配そうにこちらを見る。
「ううん、昨日ちょっと寝るの遅くなっちゃって」
ヘレナが持ってきてくれた昼食を食べながら聞いてみる。
「ここの窓から見える街ってどんな街?」
「とても大きな都市ですよ!この国の首都なので人も多く大変賑やかです。街外れに港があるので、商業も盛んですし」
ヘレナが、あっ!という顔をして続ける。
「私、今日は午後からお暇をいただいてるんです。よかったらこれから私と一緒に街に出てみますか?」
私がお城での生活に退屈しているのでは、と気を遣ってくれたのだろう。願ってもないお誘いだった。これで街の様子を見ることができる。
それに単純にヘレナとふたりで外出できるのも嬉しかった。
「せっかくのお休みなのにいいの?」
「はい!どっちみち街に買い物に行こうと思ってたんです」
と、笑顔で答えてくれる。
そうと決まれば早く昼食を食べてしまおう。
私は止まっていた手を慌てて動かした。




