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第十話

「うっ……」


 後頭部の痛みに目を覚ますと、アウリスが私を覗き込んでいた。


「大丈夫か」


 はっと身体を起こすと、アウリスのおでこに頭突きする形になってしまった。


「痛っ……」


 アウリスがおでこを押さえて悶絶している。


「あ、ごめん……」


「いや、それより大丈夫か」


 改めて尋ねられて見あげると、心配そうに私を見ているアウリスと目が合う。


「大階段の下で倒れてたんだ。一体何があった?」


 階段の下で?

 ―――そうだ。図書室を出て、階段を降りようとしたときに後ろから……押された?


 壷が落ちてきた時は偶然かな、と考える余裕もあったがこれは確実に殺意があるだろう。


「まさかまた何かあったのか?」


 どうしよう。正直に伝えたほうがいいのだろうか?

 でも昨日の壷の件で、アウリスは私をここに連れてきた責任を感じてしまっているし、これ以上心配はかけたくない。

 あと1ヶ月、私が気をつけていれば元の世界に帰れるんだし……


「ドレスの裾を踏んじゃって階段から落ちたみたい」


 できるだけ何でもないようにヘラっと笑って言ってみる。


「アウリスが私を見つけてお部屋まで運んでくれたの?」


「あぁ……本当に自分で落ちたのか?」


「うん、ごめんね。また心配かけて」


「まったく」


 はぁっとため息を吐く。


「まあ大事なくてよかった。意識を失ってる間に医者に見てもらったが、頭にこぶが出来ているくらいであとは特に問題ないそうだ」


 そう言われて後頭部に手をやると、確かにたんこぶになっている。


「2.3日は部屋で安静にしてろ」


 確かに立て続けに何者かに狙われている今は、それが一番安全だろう。


 アウリスはそのまま部屋を出て行こうとして、ドアの前でぴたっと止まって踵を返して戻ってきた。


 そして無言でこちらを見たかと思うと、ぎこちなく私の頭の上に手を伸ばして髪をぐしゃぐしゃと乱暴にかき混ぜてから無言のまま部屋を出て行く。


 私はぼさぼさになった頭を触りながら、きょとんとしたなんともまぬけな顔でアウリスの消えていったドアを見ていた。


 それから3日間に渡るヘレナの献身的なお世話のおかげで、私のたんこぶは綺麗になくなった。


「本当にこぶが治ってよかったです」


 私の髪をふたつに編みながらしみじみとヘレナが言った。


「3日間付き添っててくれてありがとうね」

 たんこぶが出来ただけでちょっと大袈裟だと言ってもまったく聞く耳持たず、ほぼ付きっきりでそばにいてくれた。


「とんでもございません!そういえばこれ、見てください!」


 編みかけの髪からそっと手を離して、うきうきとクローゼットを開く。目を向けると、そこには裾が短くなったドレスが並んでいた。


「翠子様がまた転ばれては危ないので、全て裾を短くして仕立て直しました!」


 多分着ると子どものドレスみたいになるんだろうなぁと思いながらも、その気持ちが嬉しかった。


「そうそう、今日は陛下からお呼びがかかっていますよ」


「へっ?」


「翠子様のお母さまのお話を聞きたいそうです。使用人が迎えに参りますのでこちらで待っていてくださいね」


 やっぱり娘の私と、お母さんのことを懐かしみたくて呼んだだけだったのか。

 アウリスは深読みしていたけれど、単に忙しくて話す時間がとれなかっただけなのかもしれない。


 お母さんの写真でも持ってきてあげれば良かったなと少し後悔したが、そもそもそんな暇もなく連れて来られたんだった、と思い直した。


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