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第一話

 私は暗闇の中を走っていた。

 空には今にも落ちてきそうな、紅い月。

 その月と、暗闇しかないこの場所で、ただ一人重い足を引きずるようにして走っている。


 何故走っているのかはわからなかった。ただ「走らなければならない」ということだけが脳裏に浮かんでいた。


 一体どれくらい時間が経っただろうか。暗闇の中で突然、爆発が起こった。いや、爆発だと思ったのは誰かの声で、こちらに向かって何かを叫んでいるようだった。何と言ってるのだろう。声が反響していてよくわからない。


「何?!誰なの?!」


 立ち止まって叫び返す。周りを見渡すも誰もいない。


「―――」


 声の主はもう一度何かを叫んだが、何と言ったのかわからないまま、私は目が覚めた。


 少し黄ばんだ見慣れた天井が目に飛び込んでくる。

 枕元に置いていた時計を確認すると時刻は朝の7時ちょっと過ぎ。


「変な夢……」


 私しか住む人のいないこの家で、誰に言うでもなく呟く。

 妙な夢を見たせいか、寝汗をかいていたのでシャワーを浴びて、頭にタオルを巻いたままパウダーをはたくだけの簡単な化粧をしながら、鏡台の横の小さな机に置いてある母の写真に目をやる。


 半年前、唯一の肉親だった母が亡くなった。物心ついたときには父はいなかったが、まるで少女のように朗らかで明るい母との暮らしに寂しさは感じなかった。

 ただ、母があまりにも純粋で、どこか世間知らずなことに危機感を覚えた私は、しっかりせざるを得なくなり、子どもの私はなんとなく可愛げのない性格になってしまったような気もする。


「よいしょっと」


 まだぎりぎり10代なのにオバさんくさいかけ声が出てしまったな、と思いながら洗面所に向かった。

 なかなか乾かない長い髪にドライヤーを当てながら、また母のことを思い出す。

 母の髪は色素の薄そうな色をしたふわふわと柔らかな猫っ毛で、私とは全く似ていなかった。

 私の髪はいっそ緑に見えるほど黒く、真っ直ぐな髪だったからだ。ただ母は、


「翠子の髪はお父さんとお揃いね」


 と気に入っていたので、私もなんだか切りづらくなってしまい今は腰に届くぐらい長くなっていた。


「いってきまーす」


 母の写真に小さく声をかけ、バイト先の喫茶店に向かう。マスターが夫婦でやっているその喫茶店は常連ばかりがコーヒーを飲みに来るような小さな店だ。

 そろそろバイトあがりの時間かな、なんて考えながらお客さんが帰ったあとのテーブルを拭いていると、カランコロンとドアの開く音がした。


「いらっしゃいませ」


 と声をかけ目を上げると、


(び、美形…)


 端正な顔立ちの男の人が店内に入ってきた。

 席に案内し、注文を待つ間、ついまじまじと顔を盗み見る。見事な銀色の長髪、切れ長の目に紅い瞳、形の良い薄い唇…


「このブレンドをひとつ」


 どこの国から来た人なのかしら、と思ったが顔には出さずに、注文を書きとめカウンターの中にいるマスターに告げた。

 そして目の保養になるなぁ、なんて呑気なことを考えながらブレンドコーヒーを持っていったときに思いもしないことが起きた。美形の彼が私を見て一瞬驚いた顔をして、コーヒーをテーブルに置いた私の手を掴んだのだ。


「えっ…」


 なにこの人。嬉しいというよりは動揺してしまう。


「…そのペンダントはどこで?」


 どうやら彼は私を見て驚いたのではなく、私が首にかけているネックレスを見て驚いたらしい。


「母の形見ですが…」


 ネックレスは確かに裏側に少し珍しい装飾が施してあったが、そんなに驚くほどのものだろうか。ただの翡翠のネックレスだ。母が肌見離さず身につけていたので私もなんとなくいつもつけている。

 私が戸惑っているのが伝わったのだろうか、美形さんは、


「すまない」


 と一言つぶやいて掴んでいた手を離してくれた。

 うーん、かっこいいけど変な人なのかしら。

 それからその美形さんは、なんとなくこちらを気にしながら本を読んでいるようだった。

 その様子が少し気になったけれど、時間になったのでマスター夫婦に挨拶をして、エプロンをロッカーにしまってから束ねていた髪をほどいて店を出る。

 夕飯の買い物でもしてから帰ろうかなと、商店街に向かう道を歩いていたとき後ろから声をかけられた。


「おい…」


 振り返るとさっきの美形の彼が立っていた。もしかして追いかけてきた?いくら美形でも怪しいぞ、と警戒して黙っていると、とんでもないことを言い出した。


「お前…俺の妹だろう?」


 これはまずい、美形は美形でも変態だった。


「人を呼びますよ」


 じりじりと後ずさりしながら鞄に入れていたスマホを手探りで探す。


「待て、話を聞け。お前を探していたんだ」


 美形の変態は少し慌ててそう続けた。

 嘘を言っているようにも見えなかったので(美形だから絆されたというわけではない。多分)、


「本当に私に兄はいないのでお役に立てないと思いますけど」


 と念を押して商店街近くのファストフード店で話を聞くことにした。


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