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温かい目で呼んでください
光谷大学付属明華高等学校ーー
その学校は、少し他の高校と違う点がある。1つは元々私立であった学校が「ある組織」により国立にかわったこと。そして、もう1つはその「ある組織」があることだ。
ーー10月某日
その日は朝からおかしなほどの歓声が聞こえた。
「来たぞ!!」
「珍しい、全員そろってる!」
「全員揃ってる姿なんていつぶりかしら?」
「瀬夜さまー!こっち向いてーー!」
「鈴華ちゃーん!」
明華高校の校門前、登校してきた生徒たちが、後方からやってくるひときわ目立つ生徒8人を見つけ歓声を送っている。
8人の生徒達が道を進むと自然に道はあき、羨望の眼差しを受けながら彼らは校門をくぐる。
そして沢山の視線と歓声を笑顔で受け流し、8人は校舎の中へ消えて行った。
彼らがいなくなった、校門前は先ほどに比べて落ち着いたが、まだ騒がしい。
「全員揃ってるところを見れるなんて朝からラッキー!」
「やっぱ瀬夜様カッコいい…。」
「そういえば一昨日の話聞いた?大阪の中学でまた結果出したって。先週のこともあったのに一昨日だって。やっぱ有能だよねー。」
「それに加えて全員あの美形。一緒に同じ空気吸えるだけでなんか幸福だよもう。」
声は少しずつ校舎内に消えていった。
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明華高等学校には他の学校にはないある組織が存在する。それは、『現代人が国を担っていくこの時代で、より優れた人材を育てるために、生徒の自主性をのばす』という目的で作られた、教育以外のほとんどを生徒達が自ら行う体制であり、そのトップにある組織が『錬學統仁会』という会である。意味を持つ漢字を集めただけの名前で、単語としての意味はないらしい。そして、『錬學統仁会』は本部会と役員会の二つの会がある。役員会は、部活動の部長と副部長、委員会の委員長、副委員長達で組織され、その中で統生と呼ばれる代表者がいる。本部会は役員会の統生と投票により選ばれた8人の生徒達で構成される。
選ばれた8人の生徒は本部統員と呼ばれる。これだけ見ると一般の学校にあるような生徒会の組織図とさしてかわらないようだが、本部会の役員の投票方法が普通と少し違う。
また、投票はちゃんと内面のことを考えて選ばれてはいるが先に見られるのは容姿であり、その後で内面を見られて選ばれる。そんな選ばれ方をした学校の選りすぐりの美男美女で有能だから本部統員はこの学校で一番の人気者なのだ。
現在の本部統員は男子5人、女子3人。
[錬學統仁会会長]
績音 瀬夜 (男)
[副会長]
時中 麦香 (女)
[書記]
美永 冬菜 (女)
譜藤 奏 (男)
[会計]
猫江 秋 (男)
天鏡 鈴華 (女)
[外客員]
杉城 氷月 (男)
春片 凛臣 (男)
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「瀬夜君、一昨日の件、資料にまとめて報告しておかないと雪月さんに怒られるよ」
「わかってるよー。あぁー、めんどくさーい。もう秋やっといて。」
「えー、やだ」
「氷月、お前やれよ。」
「無理。意見箱の整理やんなきゃいけないしー」
「うちもやるから無理。麦やれば?」
鈴華が8人分の飲み物を準備しながら言う。
「午後にお客さんが来るから接待の準備しなきゃいけないの。ついでに奏も使うからだめね」
「そういうことだから俺も無理だね。」
校舎の最上階の一室。そこには、学校の校舎内とはおおよそ言いにくい、豪華な部屋がある。その中で数分前まで沢山の視線と歓声を浴びていた8人が、テーブルを囲んで話し合いをしていた。
「結局、誰もやらないんだね。まあ、言ってみただけだからいいけどさ」
冬菜が呆れたような口ぶりで言った。
「あははは、ごめんねー。あ、鈴華ー!私のやつ氷入れてー」
「はいはい。あ、ごめーん凛臣。レモンティー切れてたから、ストレートでいい?」
「え、ないのかよ。じゃあもうそれでいい」
「買っといた方がいい?今度買っとくから他にないものも合わせてまとめといて」
「はーい。」
コンコン
「こんな時間に誰だろ?」
まだ半分の生徒も登校していないような早い時間帯。ドアが叩かれる時間にしてはおかしい。
「あ、俺だわ。怜呼んだ」
「あ、そう。なら入っていいよー!」
麦香がそう声をかけると、
「うぃーっす。秋に呼ばれてきましたー」
と言って、こげ茶色の両開きの扉から少し茶髪の、本部統員の8人に負けず劣らずな美形の男子が入ってきた。彼は、吉田 怜。統生の一人であり、秋とは幼馴染のためよく一緒にいるところを目撃されている。
「怜、お前が早く学校に来るなんて珍しいな。始業までまだ1時間はあるぞ?」
瀬夜が不思議そうな顔をして聞く。
「秋に昨日から呼ばれてるから、早めにきたんだよ」
「昨日から?なんか急ぎなの」
「これがあるからだろ?」
そう言って、怜はカバンの中から白い封筒を出し、秋に渡した。
「おぉ、さんきゅ」
「それなに?」
凛臣が封筒を指しながら聞く。
「ちょっと調べてもらってたやつ」
「内容は?」
「ちょっと言えないなー?」
「そんなやばいものなのかよ」
「ははは、法に触れたりするようなもんじゃねえし大丈夫だろ」
「あっそ。」
「はいどうぞ。」
封筒について会話をしていると、鈴華が9個のコップをテーブルに持ってきた。
「俺ももらっていいの?」
「全然大丈夫ー」
「やった!ありがと」
二人が話しているうちに怜と鈴華以外の7人が各々コップに手を伸ばした。余った2つのうち鈴華は緑茶を、怜が烏龍茶を手に取った。
「やっぱ、鈴華が入れると美味しいね」
「ほんと?ありがとう」
家事全般が得意な鈴華が入れたお茶は美味しい。みんなが味わいながら飲んでいると、
「あ、そういえば、さっき校門前で透さんに会ってさ、伝言頼まれた」
と怜が言った。
「鋼谷さんから?」
「ああ、」
「なんて?」
「「今日の午後に会議室に行くから全員揃ってるように。」だってさ」
「え!?今日の午後はお客さんくるって言ったじゃん!」
麦香が焦ったように言うと、
「しかも、今日は簡単に日時を変えてもらえるような相手じゃないしな」
奏が付け加えた。
「え、それ誰がくんの??」
不思議そうな顔をして秋が聞いた。
「伊藤先生。」
「「は?」」
「え?」
「ん?先生?誰それ」
“伊藤先生”が誰かわかってない怜と、氷月、瀬夜、そして秋の4人が同時に声を上げた。
「えっとね、先生とは言ってるけど、この学校の先生じゃないよ。ざっくり言うと、私達本部統員の指南役的な人で、一応先生って呼んでるの」
わからない怜のために、冬菜が説明する。
「そうなんだよ、それでまじ怖い人だからあんまり会いたくない」
「へー。でもなんでそんな人が来るのにみんな知らなかったわけ?普通全員知ってるもんじゃねぇの?」
「……知ってると思ってた?」
・・・・・・・・・。
「「「「「このアホ野郎!!」」」」」
「うるさっ。」
惚ける麦に、いつのまにかソファで寝ていた秋と元々知っていた奏以外の5人が怒号を上げた。
「だって、本当に知ってると。奏伝えてなかったの?」
「麦香自分で言うっていってなかったっけ」
「そんなこと言ってない!」
「とりあえず今日伊藤先生来るんだろ!?一昨日のことも多分報告しなきゃいけねえから、冬菜報告書頼んだ。」
「はーい。先生が来るのは放課後?」
「そう言ってたよ」
奏が思い出しながら答える。
「じゃあ、それまでにやっとけばいいね。あとは清書だけだし大丈夫でしょう」
「あとそんだけ?!うちらに頼む必要なかったじゃん」
冬菜の仕事の速さに対し鈴華が驚きの声を上げた。
すると、
「おーい、もうそろそろ教室行かないとじゃね?」
今まで、烏龍茶を飲みながら7人のやりとりを傍観していた怜が、突然言った。全然が時計を見ると確かにあと10分で始業の時間になるというところだった。
「もうこんな時間か。おい、秋起きろ」
「……んぁ?もう時間?」
秋が寝ぼけて返事をする。寝覚めは悪くないため、すぐ目を覚まして動き出す。
「じゃあ、朝はここまで!なんかあるかもしれないから一応昼休みに集まろう。」
「おっけー」
「はあい」
「うーっす」
瀬夜が一喝し、他は返事をしたりしなかったりでグタグタして終わったが、朝の集まりは終了した。