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怠惰な彼に一握りの奇跡を  作者: とんぼとまと
第一章 嵐の夜の孤独な悪魔
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【3.5】孤児院の夕ご飯

Rev.0 長目の話はいくつか分割しました。

 ユウが目をつぶっていると、不意に後ろから、とてものんびりした声をかけられるのだった。


「おぉ、ゆうじゃないかぁ~。 きょうも、ごくろうさんだなぁ~」

「あぁ、トリニティー、お疲れ様」


 ユウの目の前には、入院用の服を着たお爺さんがヨボヨボと立っているのだった。 彼はトリニティーと呼ばれているが、本名は不明だと言う。 昔はどこかの国のお抱え魔法使いだったと聞いたことがあったが、今ではその影も形もない。


「どうしたんだぁ~ひとりで、たそがれて~。ひとりは、よくないぞ~」

「少し疲れてね、休んでいただけだよ。もう戻るけど、トリニティーは屋上に用事でも?」


「たまたまなぁ~、おまえがひとりでぇ、うえにあがっていくのが~みえたからなぁ~。まぁ、はなしあいて、してやろうかなぁ~なんてな~」


 そんなニコニコと笑いかけてくるトリニティーに、ユウは肩の力を抜いた。 そして、少しだけ彼の話に付き合う事にしたのだ。


「なんか、あったのかぁ~? すきなこでも、できたのかぁ~?」

「そうじゃないよ、何も無い……。 ただ、柄にも無い事したら疲れたなと思ってね」


「そうか~、あんまり~むりするもんじゃないぞぉ~」

「あぁ、ありがとう」


「なぁ、もしも俺が急に居なくなったら、トリニティーはどう思う?」

「そうだな~かなしいだろうな……。 ゆうは、がんばりすぎるからなぁ~。 みんな、しんぱいしてるぞぉ~だいじょうぶかぁ?」


 そう言うとトリニティーは少し真面目な顔をして、心配そうにユウの顔をのぞき込んだのだった。


「大丈夫だよ、本当に大丈夫だから、ごめん変なこと言って。 それじゃあ、もう俺は行くから」


 バツが悪そうに愛想笑いを浮かべたユウは、そそくさと木箱を持って屋上から出ていく。


「ほんとうに、だいじょうぶだったらなぁ、だいじょうぶって、いわないもんだぞ~」


 その後ろ姿を眺めながら、哀しい声でトリニティーはそっとつぶやくのだった。


 トリニティーを振り切ってきたユウは急いで一階まで降りると、そのまま物置に入って酷く重そうに木箱を置いた。 誰も居ない倉庫の中でユウは額に手を当て一人佇むと、その胸の奥が重くなっていくのを感じるのだった。


「みんな心配してるか……」


 ユウはパンパンと両手で顔を叩くと、そして迷いを振り切る様に頭を振るう。 そして、物置を出る頃には、彼の表情はいつもの気怠そうなものに戻ってしまっていた。 彼は再び受付に一声かけると、次の仕事に取りかかるため、また病院の奥に歩いて行くのだった。


 ユウが病院から戻ってくる頃には、ロキもすでに孤児院に帰ってきていたが。 そして、ロキはユウを見つけるなり勢い良く詰め寄ってくる。


「ユウ、何処行ってたんだよ、あれから大変だったんだよ」

「大変? ちょっと待ってくれ、これから晩ご飯の準備があるんだ」


「まっ、待ってよ。 ユウ!」


 ロキから逃げる様にするっと身をかわすと、物置部屋へ逃げる様に走って行く。 後ろで叫んでいるロキを完全に無視して、ユウは逃げ込むように部屋で飛び込んだ。


 バタンと扉を閉めて部屋へ入ったユウは、作業着から安物のズボンとシャツに着替えてから少しばかりの休息を取る。 椅子に腰掛けて目を閉じると、眉間を指で摘まんで、しばらくの間うなっていた。 そして、数分ほどして、よっこらせと腰を上げて部屋を出て行くのだった。


「あぁ、ユーだぁ! お腹減ったよ~。 ごはん! ごはん!」

「もう少し待ってろよ」


 食堂に着いて台所に入ろうとすると、後ろからミーに声をかけられるたのだ。 ユウは振り向くと、ショボショする目をこすりながら、ミーの前で屈んで頭をポンポンと軽くなでておく。


「うん、分かった~。 うん? どうしたのユウ? 目が痛いの?」

「大丈夫だよ、ちょっと眠いからかな? あ~ビタミン不足かもしれないな」


 そんな返事をしつつ、夕ご飯は色の付いた野菜を多めにするかと一人思案しだした。 そんな中、ミーは首を傾げてユウを見つめる。


「びたみん? う~ん、ユーがまた変なこと言ってる~」

「あぁ、ごめんごめん。 まぁ、もう少しよい子で待ってなよ」


 そう言ってから、ユウは台所へ入ると手を洗い、無骨な厚手のエプロンをかけて夕ご飯の準備をし始めた。 しばらくすると、台所からトントン、グツグツと音が聞こえ、そして野菜の甘い香りが漂いだした。 ミーは食堂の椅子に座って足をバタバタさせて、料理をするユウの後ろ姿を楽しそうに眺めている。


 今晩の献立は、いや毎晩恒例の野菜の切れ端スープなのだが。 今日は肉屋で買った鳥肉の燻製を小さく切って入れ、味気を少し足していた。 人間たまには肉を食べないとなど思いつつ、鼻歌交じりにてきぱきと料理を作っていく。


 野菜スープが完成するとコンロの薪を減らして火加減を弱めていく、ユウはそのまま少し燻っている薪を黙って見つめてしまったが、ふと我に返って慌てて次の作業に取りかかった。


 籠に入れてあったパンを取り出すと人数分に切っていき、網の上にのせて燻っている火に近づけると焼き始めた。 焼けていくパンから香ばしい臭いが漂ってくると、ユウは満足そうに笑みを浮かべた。 そして、台所に座っているミーに向かって声をかける。


「ミー、もうすぐ出来上がるから、皆を呼んで来なー」

「うん、分かった~」


 そう言って、パタパタと走って行く音が聞こえる。 パンが人数分も焼ける頃には、食堂には元気な声が溢れていくのだった。 そして、しばらくすると後に少年が立っていた。


「ユウ兄ちゃん! 今日も上手そうな臭いがするな!」

「ケントか、今日はちょっと奮発してみたよ。ミーとオックスも一緒に配膳を手伝ってくれ」

「任せろってんだ!」


 元気そうに返事をした少年は、今年で六歳になるケントであった。 人一倍元気で子供達の中で一番の年長者であるためか、いつもお兄さんの様に振る舞っているのだ。


 そのケントの後ろで、ぼんやりと立っている男の子がオックスであった。 彼は眠そうな顔でコクコクと頷いていた。 きっと、昨晩も遅くまで本を読んでいたに違いない。


 現在、孤児院には十五人の子供達が住んでいる。 その中でも、ケント、ミー、そしてオックスの三人がいつも率先してお手伝いをするのだ。 ユウに一番懐いているのも、この三人だろう。


「じゃあ、一個ずつよそっていくから、気をつけて持って行けよ」


 そう三人と話をしていると、子供達に遅れてロキとマザー・クラリスが歩いて来た。 彼女は単身で孤児院を切り盛りしている、今年で六十歳になるとは思えない活気に溢れる人物である。 背は小さく、恰幅の良い体格で、皆のお母さんと呼ばれていた。


 彼が孤児院に来た時には、すでに前任者から業務を引き継いでいたらしく、ユウを温かく迎えてくれた人でもある。 前任者の手腕は、決して褒められる様なものでは無かった。 そして、当初はケント、ミー、オックス達も元気が無かったのだが。


 それが、この一年近くマザー・クラリスの手腕により大幅に改善されていった、そんな彼女にユウは内心感心していたのだった。


「みんな、座って~」


 ミーが全員をうながすと、ロキもマザー・クラリスも微笑みながらテーブルに着いた。 まだユウは台所で鍋と調理器具を洗っている。 そして、二つの木製のテーブルには十七人分の食器が並べられていた。


「あれ~? ユウの分は?」


 ミーが不思議そうにつぶやくと、ロキはしまったと言う顔をしてユウを見た。 だが台所から出て来たユウは、たいして気にする事もなく皆に向かって一言伝えるのだった。


「俺はこれから外に出てくるから、食べ終わったら食器は皆で洗って棚に戻しとけよ」

「あっ、ユウ。 その今朝の話は……」


 ロキが何かを言いかけようとしたが、ユウは小さく微笑むと彼の言葉を遮る様に、ミーへ晩ご飯の挨拶をうながす。 ミーは彼の顔を見て、少し首を傾げたが挨拶をするのだった。


「は~い、それじゃあ、いただきま~す!」

「いただきま~す!」


「今日のスープとっても美味しいね~」


 子供達が夢中で晩ご飯を食べ始めるのを確認すると、ユウはエプロンを外して食堂を出て行こうとする。 だがロキが慌てて立ち上がり、ユウに向かって走り出すのだった。。


「ユウ、今朝の話は、その本気じゃ無くて……」

「あぁ、本気にはしてない。 今晩はちょっと用事があるだけだ、帰りは遅くなる」


 そう言って、ユウは踵を返すと物置部屋へ戻っていった。 部屋に入ったユウは、そっと屈み込むとベットの下から何か荷物を取り出した。


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