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怠惰な彼に一握りの奇跡を  作者: とんぼとまと
第一章 嵐の夜の孤独な悪魔
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【3】訓練場の小競り合い

Rev.1

 騎士学校の剣術実習はマクベスが講師となり、いつも二組のクラスで同時に行われていた。 だが各クラスは四十人が基本のため、途中から無理矢理入った四十一人目のユウは必ず余るのである。 そのため、ユウは毎回ほとんど見学しているのだ。 


 すでに、一限目のサボりはほぼ確定している。 それ以外は、最低限は授業に参加して取り繕っていたのだが、日々やる気無く過ごしているだけだった。 


 なるべく目立たずに、なるべく話さずに、もう仲の良い友達もここには居ないのだ。 しかし、ユウは別の意味で、とても目立ってはいたのだったが。


 ユウは訓練場の中、目の前の生徒達を見つめながら、隠すことも無く気怠さを全身から漂わせていた。そして一人立ちすくんでいると、前から点呼を取る声が聞こえてくる。


「第一クラス 四十人揃いました!」

「第二クラス 四十一人揃いました!」


「一人余り、さてと今日ものんびり見学でもしておくか……」


 点呼を聞いたユウは、他の生徒達を気にする訳もなく、フラフラと歩いて練習場の隅に向かって行くのだ。

 

 剣術の訓練は男子女子も合同で行うのが基本であり、魔法を得意とする生徒も関係なく受けることになっている。 年次が上がるまでは基礎訓練として皆が一律で受けるが、隠れた才能を開花させる生徒もいたりする。


 また、女子は制服のスカートの下にズボンの様なものを履いて、この訓練を受けるのだ。 あれが制服のままだったら、ヒラヒラを堪能出来たなと、ユウは毎回思っているのだが。 


 そんな年相応の下心を抱いていると、半笑い混じりの二つの声に呼び止められてしまった。


「おい平民、一人ぼっちの可哀想なお前のために、今日は俺たちが付き合ってやるよ」

「この僕らと練習が出来るんだ、ありがたく思えよ」


 片方は金髪、もう片方は多少は剣術が出来る奴だったか、相変わらず面倒くさい。 くだらないとユウは一蹴していると、マクベスが練習前の説明をいつもの様に始める。


「今日も基礎の訓練であるが、戦場では相手の使う武器を理解している事も重要だ。 魔法はもちろん、小剣や大剣を得意とする者も気を引き締めて励むように! それでは、上下中段の払いから突きへの連携から始める。 各自、用意、初め!」


 そして訓練が始まる。 二人ずつ向かい合った生徒達が、木剣で打ち合いを始めて行った。


「いや遠慮しておくよ、平民の剣がうつったら大変だろう?」


 ユウは面倒くさそうに練習用の木剣を片手に持ち、ダラッと答えた。 構えも、立ち位置も出鱈目に、くだらないと金髪を見返すと目をつむって脱力していた。


「うるさい!」


 そんなユウに対して、彼らは問答無用で斬りかかってくるのだった。 本気で当てようしているのだろうか、剣を振るって向かってくる金髪の攻撃は鬼気迫るものがある。 だが、一発もユウを掠める事がなかった。


 次第にがむしゃらになっていく金髪の剣筋は、もはや完全に寸止めのルールを忘れ、訓練とも言えない様相を呈していた。


「くそっ、ちょこまかと逃げるんじゃねぇよ!」


 目の前の金髪はイライラを募らせる一方、わざとなのか本気なのか、出鱈目な動きで翻弄するユウは汗一つかかずにいる。 面倒くさいなと思っていたユウだったが、ふと訓練には多少の怪我はつきものだと閃いたのだった。


 ユウは重心が浮いていた金髪の突きをギリギリでかわすと、そのまま剣の腹で払いのける。 伸びきった手に、中途半端に浮いた上体に横からの一撃が加わると、金髪は足を絡めて横に倒れていった。


「ぐっ、くそっ、てめえ馬鹿みたいな動きをしやがって! 真面目にやりやがれ!」

「おい、少しは落ち着けよ」


 倒れた金髪に、もう一人が手を差し伸べている、微笑ましい友情だ。


「それで、アルフォード、まだやるのか?」

「あぁ、クリス、少しつきあってくれ」


 目の前の金髪、名前はアルフォードだったのか。 彼は起き上がると、恨みがましい目でユウをにらみ付けていた。 そして、金髪を起こした彼はなにやら内緒話を始めていた。


「おい、あいつ本当に平民なのか?」

「当たり前だろ、エルフのコネでたまたま入学できたくせに、なめ腐りやがって!」


「剣の腕は素人なんだよな?」

「見てて分からねえのか、あんな出鱈目が王国剣術とでも言いたいのか!」


「いや、そうなんだが……」


「で? 次はあんたか?」


 ユウは二人に向かうと、練習するんだろうと剣をクイクイと動かして促している。 そして、彼はゆっくりと歩き出してユウの前に対峙したのだった。


 そして、訓練の続きが始まる。 先ほどの金髪、アルフォードの動きとは異なり、一見すると真面目に訓練をしようとしている。 カン、カンと木剣が打ち合うと、心地よい音が響いていった。 


 多少は剣の腕は良いのだろう、ほぼ正確な剣筋に、体のブレが少ない。 だが、もう少しで訓練が終わるだろう、その矢先に、金髪が明らかにおかしな動きをした。


 何か小さくつぶやき声が聞こえると、目の前の男と持っている剣が少しだけ淡い光に包まれた。 身体強化の魔法か、そう気がついたユウは僅かな一瞬で体勢を整える。


 すぐさま顔面に鋭い突きが飛んでくると、上体を後方反らしてかわす。 だが、追撃の手は緩まずに、二段目の突きが放たれる。 流石に苛立ちを顔に浮かべたユウだったが、さらに頭が地面に着くほど上体を反らせて、その一撃をかわす。


 倒れ込む寸前のユウに、止めと言わんばかりの三段目の突きが放たれた。 逃げ場のない一撃、相手の表情にも覚悟の表れが見て取れる。 そして、ガツンと鈍い音が訓練場に響いた。


 しかし、その三段目の突きは、ただ訓練場の床に刺さるだけであった。 思い切り床を叩いたためか、彼はうっと呻き声をあげて、剣を持つ右手を抑えていた。 そして、僅かに驚いた表情を浮かべている。


「おい、大丈夫か?」


 クリスはポンポンと肩を叩かれ、ささやかれた声に全身が硬直した。 さっきまで床に倒れ込み、止めを刺そうとした剣が空を切ったかと思えば、どうして自分の横にいるのか……。


「まったく、面倒くさいことするなよ。 あっ、俺もう帰るから、片付けとけよ」


 そう言い残すと、そのままユウは木剣を置いて帰って行ってしまったのだった。 そんな二人を見ていた金髪が、苛立ち混じりに声をかける。


「おい、お前しっかりやれよ!」

「ふざけるな、あんな出鱈目な奴、どうにか出来るわけないだろう!」


「痛めつければ大人しくなる、だから手を抜いたら意味がないだろう! なんだ最後のは、起き上がるあいつに目もくれず、床なんか突いて」

「はっ、お前にはそう見えたのか、ならお前がやれ! あいつは、おかしい、見てて分からなかったのか!」


 言い争いをする二人を、何事かと周りの生徒達が見つめていた。 その一方で、訓練場を出て行くユウを真剣に見つめる一人の男がいたことを、まだ誰も気がついてはいなかったのだった。


 基本的に四限目が終わると各自そのまま解散となる、自主訓練をする者、図書館に籠もる者、そして遊びに行く者も者、人それぞれ。 


 そして、ユウは学校が終わると孤児院へさっさと帰るのが日課なのだ。


 町の中央にある大通りには多くの問屋が並び商人達が慌ただしく歩いている、さらに歩いて組合の建物を横切り、どんどん進んで行くと、大きな商店通りに突き当たった。


 買い物をする人々の活気で溢れた道をするりと抜けながら、明日くらいには野菜を買いに来ないと行けないと思い出しつつ、さらに歩いて行く。


 商店通りの左奥に見える大きな建物がこの町一番の病院であるが、そこはロキの病院ではない。 ユウは反対に向き直るとしばらく道なりに進む。そして、一軒の店の前で立ち止まった。


「こんにちは、おばちゃん。今日は鶏肉の燻製をちょっと貰いたいんだけど」

「ユウちゃん、いらっしゃい。どのくらい必要なんだい?」

「塩気の強いのを一握りくらいかな、銅貨五枚くらいで買える分で」

「はいよ、ちょっと待ってておくれ」


 ユウは燻製を買ってから、さらに十分ほど歩いて行って、ようやく商店通りを抜けた。 少しずつ町並みが寂れた頃に見えて来たのが、古ぼけた外観の大きい建物だった。


 居住区に少し入った位の位置にあるこの建物は、年季の入った四階建ての病院、二階建ての孤児院、そして中央に小さな教会である。 この三つが、同じ敷地内にあった。


 そして、この孤児院がユウの今の家だった。


 ユウは門を開けて敷地に入ると、ゆっくりと孤児院に向かっていく。 庭の木々を見ながら、そろそろ剪定しなければと考え事をしながら、一つ欠伸をつくのだった。 そのまま孤児院の前まで歩くと、ドアの前で立ち止まり、一度ノックしてからドアを開けて入っていく。


「ただいま」


 すると、勢いよく小っちゃな女の子が飛び出してくる。


「ユー、おかえりなさ~い。 お腹減ったよ~」

「ミー、ただいま。 夕ご飯はもう少し待ってな、先に仕事しないといけないから」

「分かったー」


 そう言うと、ミーは元気に飛び跳ねながら奥の部屋に戻っていく。 この孤児院は三歳~十歳くらいの子供達を受け入れているが、今は最年長が六歳の子までしかいない。 そして、ミーは今年で五歳になる年長組の元気な女の子で、一番最初にユウに懐いた子でもある。


 毎日お決まりの挨拶を済ませると、ユウは台所の涼しい場所に燻製を置いて、そのまま孤児院の奥に歩いて行く。 入り口から少し入った廊下を奥に進んで行くと、突き当たりに物置部屋が見える。 ユウは迷いも無く、その部屋に入って行った。


「あ~、今日は疲れたな……。 柄にも無い事すると余計に疲れる……」


 物置部屋に入ったユウは、制服のまま置いてあるベッドに倒れ込み、うつ伏せになって一息ついた。 このベッドと小さなタンスと机だけ置いてある質素な元物置小屋が、今の彼にとって世界で最も寛げる場所なのだ。 そして、ジタバタとベットの上でもがき続け、その柔らかな感触を満喫する。


 しばらくしてユウは気を取り直し、バサッと起き上がった。 そして、すぐさま作業着に着替えると、急いで部屋を出て行くのだった。


「さてと、今日は病院の掃除か」


 ユウは孤児院を出て隣接している病院に向かっていく。 まだ日は落ちておらず蒸し暑い、その熱気を全身に受けながら砂利が敷かれた地面を歩いて、そのまま病院に入る。


 ユウは受け付けに挨拶を済ませると、直ぐに屋上へ向かう。 今朝洗濯して、屋上に干していたシーツを回収するためだ。 屋上に着くと、それらを一枚ずつ畳んで置いてあった木箱に入れていく。 そして全て回収し終わると、ユウは一息ついて辺りを見回したのだった。


 ここからは王都の様子が少し見渡せる、住居の煙突から夕ご飯の準備のためモクモクと煙が上がり、遠くではま子供達が遊んでいる声がまだ聞こえてくる。 

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