【2.5】彼らの思惑
Rev.0 少し体裁を変えました。
最近のロキは、いつもこんな調子だった。 今まではユウが何をしていても、ただ黙って見守っている事が多かった。 だが騎士学校に一緒に入学して以来、積極的にユウの行動に干渉することが多くなった。
優しそうな印象しかなかったロキに、意外な一面があるものだと、そうユウは驚いていた。 もう会ってから十ヶ月くらいになるが、最初は女の子と勘違いしたくらい、もちろん見た目も含めて、本当に優しい、穏やかな人物だったからだ。
スカートを着たら可愛いだろうなと言ったときには、流石に激怒され殴られたが。
ユウが最初にリジニャン王国の王都に行ってこいと言われたのは、今から一年くらい前だった。 ユウは何年も前に実家から飛び出して、あちこち放浪していたのだが。 ある時、少し疲れてしまったので、久しぶりに世話になった実家に帰ろうと思い、彼は戻った。
実家にいた姉、彼女は現在進行形で行方不明だったが、彼女の父親であるコルト・アルティスに会うことが出来た。 彼は長命の種族であるエルフの長であり、大森林の中で小さい頃に拾われて以来、親代わりであった。 ユウは、そんな彼女達と一時期だけ一緒に暮らした事があったのだ。
放浪を続けていたユウを見て、戻って来いとは彼は言わなかったが。 彼の将来を心配したコルトは、仕事を紹介すると言い。 そして、その仕事先が、ロキ・クラカタが経営している孤児院と病院だったのだ。
正確にはロキは両親に経営を任されているそうで、本人は学生の身分であるため、かねてより親交のあったコルトにロキの両親が人材を紹介して欲しいと依頼したそうだ。 そして、たまたま白羽の矢が立ったのが、帰って来ていたユウであった。
そうなのだ。 ユウは王都に来たまでは良かった、そう思っていた。 毎日、孤児院の物置部屋を借りながら、隣接している孤児院と病院を行き来して雑用をこなすだけの仕事であった。 勤労学生の身であった自分からすれば、あまり苦にもならなかった。
最初は何事も無く、孤児院で朝ご飯と夜ご飯の支度、掃除、洗濯、子供達の遊び相手、空いた時間で読み書きなどを教えていた。 病院では掃除、洗濯、魔法治療の補助、お年寄りの話の相手など、特に忙しくもなかった。
難しい事は考えず、たまに夜の小遣い稼ぎもする余裕もあり、平和な日々を過ごしていたのだ。
しかし、騎士学校の入学式が行われる半月前だった。 真夜中に、突然ロキと孤児院の院長であるマザー・クラリスに呼び出され、その日常は急変していった。
その日の夜、急に院長室に呼び出されたユウは、何事かと急いでいた。
「また何かあったのか、最近は平和だったんだけどな」
そうぶつくさ言いながら、院長室に入るとクラリスの言葉に面食らってしまうのだった。
「遅くなりました、マザー・クラリス、ロキさん、急にどうされたんですか?」
「今日も帰りが遅かったみたいですね、夜遊びはほどほどにして下さいねユウさん。 それはそうと、来月に騎士学校の入学式があるのはご存じですか?」
「はい、マザー・クラリス。ロキさんも今年から通われるのですよね。」
「えっと、そうだよ。 僕も今年から騎士学校に通うんだ。 将来は医師志望とは言え、一定の年齢に達すると騎士学校には通うことになっているからね」
微妙にソワソワしているロキが少し気になったユウだが、ふとクラリスへ目を向ける。
「それで、騎士学校がどうかしたんでしょうか? もしかして何か追加で仕事ですか、日中でしたら数時間は余裕がありますが」
その質問に二人の表情が少し曇ったが、ただユウはいまいち理由が分からなかったのだ。 そして、クラリスは深いため息をつき、慈愛に満ちた表情でユウへ話を切り出した。
「ユウさん、違います。 あなたにも騎士学校に入学してもらいたいんです。」
その言葉でユウは固まってしまった。
彼女は何を言っているのだ、理由が分からないし、意図も不明だった。 何かがバレたのだろうか、だが、それなら大事になっているはずだ、そう思った。
深まる疑心暗鬼の中、ユウは彼女へ視線を返す。
「すいません、マザー・クラリス、言っている意味が分からないのですが……」
「話を聞けばユウさんも今年で十六歳と伺いました、学力も入学の水準に達しているとコルトより伺っています。 推薦もありますので、問題はありません」
「それは仕事ですか、マザー・クラリス?」
「どう受け取って頂いてもかまいません。 ですが、ユウさんの今後の事も踏まえての判断だと考えて下さい」
「そうだよ、ユウ。 きっと騎士学校に行ったら楽しいよ、同年代の子も沢山いるし」
横からロキも援護射撃を送っている。 しかし、二人の表情からは、何かを隠している様にも感じられた。
「分かりました、マザー・クラリス。 ですが私は出自も分からないただの平民です、また入学に関わる費用などの用意がありません。 そのお話、お心遣いは大変ありがたいと思います。 しかし、残念ですが私には……」
話を断ろうとするユウを遮り、さらに彼女は追い詰める。
「費用については問題ありません、孤児院に多額の寄付をして下さった方がいるのは知っていますね。 当面の費用に関しては問題ありません、むしろ多すぎるくらいでしたから」
「そっ、そうなんだ。ユウには伝えてなかったけど。だっ、だから大丈夫だよ!」
ロキの様子が明らかにおかしかった。 だが動揺しているロキを横目に、流石は歳の甲と言ったところか彼女は表情を一切変えない。 食い下がるユウだったが、彼女は追撃の手を緩めないのだ。
「ですが、それは孤児院のお金です。 私に使われるべきではないと考えますが」
「孤児院の寄付として受け取ったお金について、その運用と管理はロキそして私の二人が責任を負っています。 その使い道については、我々に一任して頂きたい」
「しかし、寄付と言った出所の分からない物で……」
「それは、どういう意味ですか。 寄付は後ろめたい方法で稼がれた物だと言いたいのですか? それは、寄付して下さった方にしか分かりませんが、そうだとしたら大変哀しいですね」
それは失言だったと思う。 そして、決してユウを逃がさない、クラリスの気迫と強い眼差しが彼を捉えていた。
「いえ、決してその様な物ではないと思いますが……」
「そうですね……。 私も決してその様な物ではないと考えています。 そして、このお金は孤児院の全員に分配されるべきです。 その一員にユウさんも含まれると考えて下さい」
まるで、とどめの一言と言うかの様に彼女はユウに向かって言い放った。 そして、ユウは肩を落とし、酷く疲れた声で返事をする。
「分かりました、前向きに検討させていただきます。 それと騎士学校に通うことになっても、私は私の事を優先します。 また騎士になる気も一切ありません、それでよろしいですか?」
「かまいませんよ。 入学してから、騎士学校での振る舞いはユウさんの判断に任せます」
クラリスが言い終わると、ユウは一礼して無言で部屋を出て行った。 そんな事を、廊下を引っ張られながらユウは思い出していたのだ。
そう言えば、あの夜からロキは少しずつ変わっていったのだったと。
遠慮がなくなったと言うか、距離感が近くなったと言うのだろうか。 一緒に騎士学校へ通うことになったためか、何かにつけて世話を焼こうとする。
「まさか、俺に惚れたのか……」
「何か言ったかな、ユウ?」
ムスッとしながら聞き返してくるロキに、ユウはとっさに目をそらすと口笛を吹いて誤魔化すのだった。 そうユウが回想していた、あの夜の出来事には、さらに続きがあるのだ。
ユウが一人部屋を出て行った後、ロキとマザー・クラリスはお互いの顔を見合わせて、大きくため息をついてた。 しばらくしてから、また二人は会話を始めるのだった。
「マザー・クラリス、僕には分かりません。 なんでユウは、本当の事を誰にも言わないんでしょうか……」
「それは、分かりません」
「僕の両親は、残念ですが、いつか孤児院を閉鎖する計画でいました。 元々運営が立ち行かなくなる事も、少し前に予想出来ていましたし」
「そうですね、あなたが任されたのも、閉鎖への準備のためでしたね」
「でも皆と一緒に暮らしながら、笑いながらも、本当に自分の無力さを日々感じていました。 ですが、マザー・クラリスと一緒に、それにユウが来て、皆で協力しながら、ちょっとした所から少しずつムダを無くして……。 これなら閉鎖しなくても良いのではと、思えてきていたんです」
「ロキさん、私もこれからはもっと良くなると、そう思っていましたよ。 それがあの日、発覚した前任者の借金で、完全に頓挫してしまいましたからね」
そう二人して青い顔になる、よほど思い出したくも無い事なのだろう。
「もうダメだと思いました。 あれは小家の貴族なら路頭に迷う額です、借り先も最悪でした。 それで、僕はユウの前で泣いてしまったんですよ、泣いて、喚いて……」
「えぇ、あなたの声は院内に響いていましたよ」
「ですが、奇跡の様に一週間後に寄付が届いて、また悪質な借金の取立もパタッと止みました」
クラリスは目を見開いて言うと、そして続けた。
「私は当初驚きましたし、これが神のお導きなのかと。 しかし、考えれば考えるほど都合が良すぎていました、それが不安に変わっていったんです。 そんな私を心配してくれた友人が、昔の伝で調べてくれました」
「それで寄付したのがユウだと分かったんですよね」
「もちろん色々と手助けしてくれた方はいました、ですが寄付のほとんどは彼だそうです。 あれだけの額を正式な手続きをせず集めるのは困難でしょう、かなり珍しい物を売ったと、取引所の記録が残っていたそうです」
そして、ロキは深刻な顔になる。
「僕はマザー・クラリスに相談されるまで気がつきませんでした。 本当にユウはいつも通りで、だって、一握りの銅貨を僕の所に持ってきてくれて、足しにしてくれと言って。 それに、寄付が届いたときも一緒になって喜んでくれて……」
「そうですね……。 どうして彼が本当の事を誰にも言わないのか私にも分かりません。 ですが、彼をこのままにしていてはダメだと思ったんです」
彼女はそう言って窓の外に目を向け、空に昇っている大きな月を見つめている。
「月は太陽の光を浴びて輝いている事は知っていますよね。 もし太陽の光がなければ、月は空に昇っていても誰にも気がつかれない、それは、とても寂しい事だと思うんです」
「マザー・クラリス……。 僕はユウに助けてもらった恩は必ず返したいと思っています、だから僕も出来る限りの協力はしますから!」
ロキはそう言いながら、同じ月を見てこう続けた。
「でもマザー・クラリス、騎士学校の入学を無理矢理通すなんて、この時期に良く出来ましたよね」
「私も駄目だろうと思っていましたが、知り合いにマクベスと言う子がいたんですよ。 元々は騎士でしたが、引退してからは騎士学校の先生をやっている、今年で四十歳くらいでしょうか。 真面目で頑固な男ですが、彼が二つ返事で推薦を出してくれたんです」
「そのマクベスさんは、帝国で騎士をしていた時のユウの知り合いなんですか?」
「ユウさんは知らないでしょう、マクベス本人も言っていましたから。 彼が引退するきっかけ、帝国遠征の時にたまたま会ったそうです。 話を聞いても今でも信じられませんが……。 ですが、何かの切っ掛けになってくれればと、私はそう思います……」
ロキもユウを引っ張りながら、今更ながら思い出して、廊下を歩いていたのだった。
話の中のユウは、孤児院や病院で働いている時も、そして騎士学校に居る時も、本当に同一人物か疑いたくなる程の別人であった。 モヤモヤとした気持ちに苛立ちながら、ユウを引っ張る手に力が入る。
そんな中、四限目の予鈴ギリギリには、二人は訓練所に滑り込んだのだった。
「もうユウがすぐに起きないから、ギリギリになっちゃったじゃないか」
「いや、俺もう少し寝ていたかったんだけど」
「また叩くよ!」
「ロキって、最近なんか扱いが雑になってきてないか」
「知らないよ、ユウがちゃんとしないから悪いんだよ!」
ロキが苛立ちを見せる中、そんなやりとりの向こう側からマクベスが号令をかける。
「全員揃いましたね、それでは整列!」
「はい!」
一同が返事をすると、一斉に生徒達が規則正しく列を作っていくのだった。