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怠惰な彼に一握りの奇跡を  作者: とんぼとまと
第一章 嵐の夜の孤独な悪魔
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【2】騎士学校の憂鬱

Rev.1

 一限目と二限目の間、ちょっとした休み時間には廊下に生徒達が溢れ、思い思いに会話を弾ませていた。 毎朝この生徒達を避けて、自分の教室に行くのも面倒くさい。 そう思いつつも、彼はコツコツと廊下を歩き続けていた。


 横に目を向けると、男子学生らが楽しそうな顔で盛り上がっている。


「なぁ、なぁ、あと三ヶ月で結界祭だぞ、お前は誰を誘って行くんだ?」

「お前なぁ、結界祭って五十年に一度、王都の大結界を張り直す一大行事なんだぞ」

「知ってるよ、でも結界祭の日に運命の誓いを果たした男女は幸せになれるって噂あるじゃんか」

「乙女心か、お前は!」

 

 あぁ、面倒くさい……。 心の中で、そうつぶやく。


「あぁ、今日もエドワード様の華麗な剣技を見に行かなきゃ!」

「格好いいよね、エドワード様って!」

「私はレックス様だわ、たくましい筋肉、勇ましい表情、でも不意に見せる優しさ、心奪われてしまったの、キャー!」

「レックス様にはシンイちゃんがいるでしょうに、大穴でロキくんよ、玉の輿だわ!」


 あぁ、面倒くさい……。 どうして、そこまで楽しそうに生きていられるのだろうか。


「ねぇ、大通りに出来たケーキ屋に……」

「今年の新入生は強い子ばっかりだよ、今年の大会が……」


 生徒達の喧噪を抜け、彼は教室の前に着く。 重いため息をついて、彼はガラガラとドアを開けて教室の中に入っていくのだった。 そして、彼は教室の中の生徒達、その視線を一身に受ける事になる。


 なぜなら、奥から一人の青年が、怒りながら歩いて向かって来るからだった。


「ユウ! 今朝も何処に行ってたんだよ、毎朝マクベス先生が問い詰めてくるんだよ」

「あぁ、知ってるよ」


「知ってる! じゃないよ、まったく……。 毎朝毎朝、問い詰められる僕の身にもなってよ!」

「あぁ、すまない」


 目の前で怒っている青年はロキと言う、いま自分が暮らしている家の主である。 背は低く、華奢な体格で誰もが振り向くほどの美少女に見える、がしかし、彼は青年なのだ。


 そして、親から任された小さな病院と孤児院の経営者だ。 この年で、よくそこまで頑張れるな、そういつも思っている。 決して恵まれた体格でもない、風が吹けば折れてしまいそうな体である。 そんな彼は毎晩遅くまで、一人自室に籠もっては書類の山に頭を悩ませていた。


 少しは手伝える事はあったが、世話になっている以上は、困った事があれば助けたりもした。 それでも、彼にのし掛かる重圧までは、自分には理解出来なかった。


「ロキ、そいつに何言っても分かんねぇよ。 平民様の脳みそは、俺たちとは根本的に構造が違うんだ」


 二人の会話を邪魔するかのように、そんな横槍が少し離れた席の方から投げかけられた。 一言そう金髪の生徒が冷やかすと、つられて教室の何人かが嘲笑する。


 それもそうだろう。 この教室の生徒は、自分以外は全員貴族の家柄である、明らかに平民に対して差別意識を持つ者もいた。 それ以前に、毎朝サボりを決め込む意識の低い者など、この学校ではお払い箱。 馬鹿にされるのも当たり前、それはユウ自身が一番理解していたのだった。


 それならば、どうして毎朝あの子に会いにいく様になったのか。 それは自分にも分からなかった、ただ、なんとなく気になったとしか、きっと答えられないのだろう。


 しかし、この金髪、名前は忘れたが毎朝必ず絡んでくる。 それはそれで面倒くさかったのだが、あまりの面倒くささに、彼の名前すら忘れてしまっていた。


 いや、そもそも自分が騎士学校なんかに通っている事がおかしいのだ。 それもこれも、住み込みで働いている孤児院の、そこの院長の陰謀なのだろうが。 そう思いながら、冷やかした生徒達、そして金髪にユウは顔を向ける。


「いや、本当にその通りだと思うよ。まったく、面倒くさい話だよ」

「マジでテメエは面白くない、いい加減に……」


 金髪の声は怒気をはらみ、今にも殴りかかりそうな程の体勢で凄んでいたが。 そんな一触即発の状況の中、この不穏な会話に、さらに割って入って来る男がいた。


「お前たち、止めないか。それでも騎士を志している者なのか?」

「いや、目指していない」


 ユウは即答した。


「は~ぁ、俺も言いたくはないがな。 ユウ、お前はもう少し真面目になるべきだ!」


 そう言う彼はレックス。 レックス・ココリアという男であった。 彼はこの教室の委員長であり、正義感も強い男だった、毎朝の金髪との喧嘩には必ず仲裁に入ってくる。


 おそらく、ユウより拳一つ分は背が高いだろう。 その長身、男らしい見た目、剛毅な性格も相まって、一部の女生徒に人気が高い。 まったく、この男も面倒くさい……。


「レックス、俺はいたって真面目だが。 あと、ため息つくと幸せが逃げるらしいぞ」

「ユウ、お前……」


 レックスは何か言いたげにユウを睨んでいたが、ユウは真面目に取り合う気も無い。 面倒くさいと、目を逸らしてしまったユウだった。


 しかし、すぐさまロキの地の底から響くような怒りの声に驚き、後ろを振り向いたのだった。


「ユウ……。 僕を無視して、何を楽しくお話をしているのかな?」

「あっ、あぁ……。 ロキくん、すまない」


 慌てて手の平を見せて、降参だとばかりに姿勢を崩す。 彼をなだめようと、必死に取り繕うのだが。


「謝って許されるなら、とっくに許しているよ! もう、今日の晩ご飯は抜きだからね!」

「待ってくれ、ロキくん。 そう言われても晩ご飯を作るの、いつも俺なんだけど」


「そうだよ、ユウ! 君はみんなの晩ご飯を作って、君だけ食べなければいいんだ」

「その仕打ちは、結構酷くないか?」


 真面目な顔でツッコミを入れたユウだったが、その場はロキも折れなかった。 そんな茶番が繰り広げていると、横で見ていた金髪もレックスも、言葉を無くしていくのだった。


 しばらくすると、二限目が始まる時間になっていなのだろう。 ゆっくりと教室に先生が入って来たが、その瞬間、室内にピリッとした緊張感が張り詰めていった。


 彼が漂わせている雰囲気、つまり、自分たちの担任であるマクベスと言う男は、そう言う人物であった。 そして、この男もさらに面倒くさい。


 クールなのか無表情なのか、何を考えているか分からない。 真面目が人の形をして動いている、彼の皆の印象はそうだった。


 そして、マクベスはユウを教室に見つけると、すぐさま声をかけてきた。


「おはようございます、ユウさん。 今日の授業が終わったら、少し教員課に顔を出して頂けますか?」

「はい、マクベス先生、お断りします」


「何か用事でもあるのでしょうか?」

「今日は特に用事…… いえ少し早く帰る必要があるので」


 臆することも無く断言したユウを、ただ周りの生徒達は冷たい目で見つめており。 そして、ロキは額に手を当てて、またやってしまったとでも言いたげにユウを睨んでいた。


「そうですか、それは仕方ありませんね。 また日をあらためましょう」

 

 その時のマクベスの目には、怒りや憎悪でも無い、何か複雑な感情が含まれていた。 だが、その事に気がついた者は、この教室には一人も居なかった。


 そして、マクベスを無視してユウは席に着くと、そうそうに昼寝を決め込もうとする。 すぐさま少しヒンヤリする机に頬を付け、ゆっくりと身を委ねるのだが。


 しかし、またユウの安眠は妨害されてしまう。


「それから、レックスさん、シンイさん、お二人は授業が終わりましたら教務課に来て下さい。 騎士団の演習訓練の件でお話があります」


 その途端に、教室内がザワついた。


 なぜなら、学生の身分でありながら、成績と実力が伴っている者は本物の騎士団の演習訓練に参加する事が出来る。 そのため、訓練への参加は学生達の間でも憧れの行事なのだ。 その権利を新入生で得られると言う事は、この学校ではさらに大変名誉な事であると言われていた。


 大剣を操り、水を操る魔法に秀でたレックス。 そして、温度を制御し冷気や氷を作る魔法に秀でたシンイ。 幼なじみ同士であるらしい二人だが、そのコンビネーションは新入生の中では抜群の完成度であり、タッグを組めば教員すら圧倒する事もあるそうだ。 そして、新入生の間でも公認のお似合いカップルだと。


「すげえな、レックス!」

「シンイちゃん頑張ってね!」

 

 二人を応援する声が、教室の中で広まると、すぐに止まる様子もない。ユウは教室内に満ちていく賞賛を横目で見ながら、こう思う。


 どいつもこいつも、何故そんなに生き急ぐのかと。


 マクベスが生徒達を落ち着けようと四苦八苦している中、ユウは静かに閉じる。 そして、今度こそ意識を手放していったのだった。

 

「皆さん落ち着いて下さい、演習参加は誰にでも参加出来る可能性があります。 日々の鍛錬を怠らないように! それから、来週末は嵐が来る予測が出ています、皆さん準備を……」


 そこまでがユウの今朝の記憶だった。 目が覚めた彼は、自分がどのくらい寝ていたのか、ボンヤリと考えていた。 そして、頭にわずかな痛みを感じて、ハッと気がついた。 目の前には、仁王立ちしているロキがいたのだ。


 どうしたのかと、ポリポリと頭をかきながらユウが体を起こす。 まだ怒っているのだろうか、ロキの目線が突き刺さった。


「ようやく起きたね! 四限目は剣術の訓練なんだから、訓練所に行くよ!」


「ごめんよ、ロキ……。 実は今日は体調が優れなくてね、僕も言いだし辛かったんだけど、休ませてもらうよ」


 そう聞いたロキは、何故かおもむろに右手を上げていく。 ただし、その手には少し厚めの本が握られていたのだった。 ユウがハッと気がついた時には、すでに遅く。 そして頂上に達した彼の右手は、思い切り良く、ユウに向かって振り抜かれた。


 スパーン! 


 良い音が教室に伝わり、そして、怒りに満ちたロキの目の前で彼は頭を抱えて悶絶していた。


「ユウ、その言い訳を何回聞いたと思っているの! そもそも、僕なんかよりユウの方が剣術は上手なんだから、少しはやる気出してよ!」


「痛い、今のは本当に痛い。 止めてロキ様、僕そんな趣味なんかないよ!」


「ねぇ、ユウってば。 そんなに怒った僕が見たいのかな?」

「もう怒ってるだろう? 嘘です、嘘です、分かりましたロキ様、四限目は行きますから」


「はぁ、じゃあ行くよユウ。 逃げたら許さないんだからね!」


 うるうるとした目でユウはロキを見上げた、弱い者いじめはダメだよ、そう言いたげに。 哀しい表情を浮かべて、すがるように。 だが、一切歯牙にもかけないと、強い意志が彼の表情に表れていた。


 そのままロキはユウの制服をグッと掴むと、グイグイ引っ張っていく。 少し強引だが、このまま訓練所に連行しようとしているのだろう。 そして、廊下に出ると周囲の目線が痛かったが、ロキは気にすることもなくユウの制服を掴む手を離さない。


 ただユウは観念した様に、そのままロキの後を引きずられていくのだった。


「あっ、ロキ様よ。 凄いわ、あんな強気なロキ様は初めて見るわ!」

「女の子みたいに可愛い顔なのに、あんなに強引に……」


 廊下に居た女生徒達の会話が、ユウ達に薄らと聞こえて来る。


「後ろの男って、ほらあれでしょ、ロキ様のところの居候」

「怠惰な男ね、ロキ様に引っ張られて。 まったく羨ましい限りだわ……」


 ロキは気がつく様子もないのだろうか、ユウには色々と聞き捨てならない会話が聞こえて来る。 ユウはため息一つ済ませると、やはり反抗するのも面倒くさいので、我慢して歩き続けていった。

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