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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

男だけど、双子の姉の身代わりに次期皇帝陛下に嫁ぎます 〜皇宮イミテーションサヴァイヴ〜

男だけど、双子の姉の身代わりに次期皇帝陛下に嫁ぎます 〜皇宮イミテーションサヴァイヴ〜

作者: ユーリ

 失敗した! 逃げ込んだ先が行き止まりなんて!

 薄暗い部屋に追い詰められた俺は、ジリジリと壁際へと後ずさる。


「頼む! お主にこのワシの……いや、この公爵家の命運がかかってるのじゃ!!」


 息を荒げた爺様……クソジジイが、一歩一歩こちらへと詰め寄る。

 クソジジイの動きに連動した周りの若い女メイド達が、愉悦の表情を浮かべ俺を取り囲んでいく。

 くそっ、すでに包囲網が完成しちまってる。


「なに、悪いようにはせぬ、だからちょっとだけ、ちょっとだけ試しに着て見ぬか?」


 フリッフリのドレスを持ったメイドが、こちらにゆっくりと近づく。

 諦めるわけにはいかない。

 なぜなら、俺の命運が、男としてのプライドがかかっているのだから!


「そこだっ!」


 包囲網の一瞬の緩みを見逃さなかった俺は、一目散に駆け抜けた。

 ふっ、俺の勝ちだ! あばよ、クソジジイ!!


「はい、大人しくしましょうね」


 部屋の出口を抜け出たことで、勝利を確信し油断していたのだろう。

 俺は外で待ち構えていた者達に、あっさりと組み敷かれた。


「放せ!」


 押さえつけられた俺は、目を釣り上げクソジジイを睨みつける。


「諦めろエステル! 男なら覚悟をきめて皇太子殿下に嫁げ!」


「男だからこそ、男に嫁げるわけねぇだろぉぉぉおおおおお」


 廊下に俺の断末魔が響く。

 どうして、こんな状況になったのか。

 それもこれも全ては俺の双子の姉、エスターのせいなのである。







 窓を閉めきった執務室の一角で、テーブルを挟み爺様と向き合う。


「エステル、今から話す事は他言無用じゃぞ」


 部屋の中には俺たち以外、誰もいない。

 その事からも重要な案件なのだと即座に理解した。

 向き合う爺様の表情から、その緊張感が伝わって来る。


「お前の双子の姉エスターと、次期皇帝陛下であらせられる皇太子殿下との婚約が決まったのじゃ」


 びっくりして思わず声を上げそうになったが、咄嗟に自らの手で口を塞ぐ。

 あのお転婆な姉に貰い手が見つかったのも、相手が皇太子殿下である事も、どちらも驚きの事実である。

 まぁ、見てくれはいいから、写真に騙されたのかもな。

 不敬にも、俺は心の中で会ったこともない皇太子殿下を哀れんだ。


「それは……お目出度い事ですね」


 本当にめでたい事である。

 俺はお転婆な双子の姉、エスターの我儘と勝手な行動に何時も振り回されていた。

 彼女のせいで恥ずかしい思いをして、トラウマになった事が数度。

 彼女のせいで怪我をした事は年に数回。

 彼女のせいで叱られた事は数えきれず。

 ようやく俺は、あの姉から解放されるのである。


「そうじゃ、我が公爵家と皇太子殿下が婚約となれば、この帝国も盤石な物となるのじゃ」


 これほどまでに、穏やかな気持ちになったのはいつの日以来だろうか。

 窓の外から見えるお日様も、今日は一段と輝いて見える。

 なんて天気の良い日だろう、今日はこのあとピクニックなんかにでかけちゃおうかな。


「だがな、これを見てほしい」


 嫌な予感が頭を過ぎったが、俺は爺様の差し出した手紙をパラリと開く。


『つまらない政略結婚なんて嫌!

 自由を愛する私は旅に出るので探さないでね!!

   皆の愛おしいエスターより』


 これほどまでに、どん底に落とされたのはいつの日以来だろうか。

 窓の外から見える空も、気がつけばどんよりと曇っている。

 なんて日だ、今日はもう部屋に戻って現実逃避だ。


「察しの良いお主ならわかるだろう、このままでは我が公爵家は滅亡だ」


 そらそうだ、皇太子との婚約を此方から拒否するなど、恥をかかせるなどあってはならない。

 公爵家が取り潰されるだけならまだいいが、最悪の場合は一族もろとも死刑だってありえる。


「なんとか、それだけは阻止せねばならぬ」


 あれ? この手紙、よく見たら、隅っこに何か書いてあるな?

 僕は手紙にかかれた追伸に視線を落とす。

 そこに書かれた内容に、僕の挙動が静止する。


『追伸

 エステル、貴方のへそくり、旅の資金として貰っていくからよろしくね!』


 ふーっ、一旦息を大きく吸い込み吐き出す。

 貴族とは平常心が重要なのだ、僕も幼い時からそう教育されてきた。

 どうやら追伸はもう一つあるようだ、僕は冷静に読み進める。


『再追伸

 お金ちょっと足りないかも……

 貴方の大事にしてた物を換金するから貰っていくわ

 物が増えて来てたし、整理できてちょうどいいわよね!』


 ははははは、よし、お前がそのつもりなら、俺ももう容赦はしない。

 あのクソ姉め、俺が地獄の底まで追いかけてとっ捕まえてやるからな。


「そこでじゃ、エステル、お主に頼みたい事がある」


 爺様が何故、秘密裏に俺を呼んだのか理解できた。


「これは、お主にしかできない重大な任務じゃ!」


 あぁ、任しとけ爺様、俺が必ずあの姉をとっ捕まえてきてやる!

 だからさっさと命じてくれと、俺は決意を胸に、爺様に視線で返答を返す。


「エステル、今日からお主がエスターじゃ!」


「あぁ、わかった! 俺に任しと……え!?、エッ……?」


 一体どういう事なのかと、頭の理解が追いつかない。


「おお、即答とは、さすがはエステルじゃ」


 いやいやいやイヤイヤイヤ、ちょっと待って。


「ちょ……ちょっと待ってください、意味がわかりません」


「ん、だから今日からお主がエスターになるのじゃ」


 んんー、どうやら聞き間違いじゃないみたいだぞ。


「エッッッ?」


「なんじゃ、思ったより察しが悪いのお、お主がエスターになって皇太子殿下に嫁ぐのじゃ」


 ははーん、爺様め、ついにボケたのか。

 俺は生温かい目で爺様に優しく微笑む。


「おい! 言っておくがワシはボケておらんぞ、ホレ、よく見てみろ」


 爺様は、俺に手鏡を手渡す。


「その濡れ烏のような光沢のある黒髪、ツンとした気高き瞳、スッと通った鼻筋、瑞々しくも淑やかな唇、どれをとっても双子のエスターにそっくりではないか!」


 くっっそぉおおおおおお!

 言われなくても、あの姉とそっくりなのは、自分が一番知ってるんだよぉおおお。


「そういうわけで、お主がエスターになって殿下に嫁げ」


「は?」


 誰が誰に嫁ぐって?


「だから、わしらが秘密裏にエスターをとっ捕まえるから、その間、お主は身代わりとなって帝国に嫁げと言っておるのじゃ」


「またまたー、爺様、冗談が過ぎますよ」


 もちろん、そんなのばれてしまったら打ち首どころではない。

 女装して嫁ぐなど、下手したら後の歴史にまで残りかねないのだ。

 そんな事になってしまえば、俺は死しても新たなトラウマを作る事になりえない。


「冗談なわけあるか、こんな事、トチ狂っておらねばワシも提案などせぬ」


 よく見れば爺様の瞳からは、ハイトーンが失われていた。

 あ、これ、ダメなやつだと、俺は咄嗟に身構える。


「取り敢えずそういう訳だから、ちょっとこれ着てみてくれないかのぉ」


 爺様がベルを鳴らすと、メイド達が手にドレスや装飾品などを持って部屋に雪崩れ込む。

 俺は迷う事なく窓ガラスをぶち破り、この狂気から逃げ出した。







「よしよし、やはりワシの見込んだ通りじゃ、よく似合っておるぞエステル、いや、エスター」


 俺は部屋の片隅でぐすぐすと泣きべそをかく。

 今日、俺は男して何か大事な物を失った気がする。


「ほれ、もう諦めるんじゃ、あとでなんでもワシが買ってあげるから、な?」


 そ、そんな事では釣られないからな!

 ちらりと後ろを振り向くと、鏡に自分の姿が映り込む。

 くそ、まんま姉じゃねーか。


「頼むエステル、もう頼れるのはお主しかいないのだ」


 そう言われたら、どうしようもない。

 俺は爺様の事も好きだし、両親だってそうだ。

 なんだかんだ言って、エスターの事だって本人が謝れば赦すと思う。


「わかりました、俺も覚悟を決めます」


 俺は気を取り直し、その場から立ち上がる。

 いつまでもメソメソしているのは男らしくないからな。


「おぉ、流石はエステルじゃ、エスターは儂らが必ず見つける、その間はしっかりと頼むぞ」


 そもそも嫁ぐまでにまだ1ヶ月の猶予がある、それまでに姉が見つかれば問題ないのだ。

 そう考えると、気分も楽になる。

 俺は落ち着きを取り戻し、ソファに腰掛けた。


「それと、お前にはこれを渡しておこう」


 爺様はテーブルの上に、一本のガラス瓶をコトリと置く。


「なんですか、これ?」


 俺は、紅茶を嗜みながら、手に取った薄ピンク色の液体の入ったガラス瓶を覗き込む。

 瓶の先端には、スプレーのようなプッシュボタンがついているので、香水か何かだろうか?


「それは、特殊な魔法薬でな、口の中にワンプッシュ吹きかければ、その効果で使用者の性別を変換する事ができるのじゃ」


 じゃあ、毎日これ使ってればバレないじゃん。

 抵抗感はあるものの、バレる可能性がないのであれば使わない理由はない。


「ただし、これには副作用があってな、一定の容量、このボトルを使い切ってしまうと、完全に性別が入れ替わってしまうのじゃ」


 飲んでいた紅茶を噴き出す。

 くっそ、とんでもねぇ欠陥薬じゃねぇか!

 もう少しで本当に大事な物を失う所だった。


「これは保険じゃ、もしもの時に使うのじゃ、間違ってでも此方がエスターを見つけるまでの間に陛下にばれるでないぞ」


 俺はコクコクと首を上下に振る。

 当然だ、本当に女になったらシャレにならん。

 トラウマだとかそんなチンケな話じゃ済まされない。


「さてと、まだ殿下の元に嫁ぐには猶予があるのだから有意義に使わぬ手はないのお」


 爺様の表情の変化に、思わず背筋がゾクッと凍りつく。


「それまでに、ワシらが全力をもってお主を立派なレディに仕立ててみせるから安心せい」


 再度、逃げようとしたが時すでに遅し、俺の両肩はガッチリとメイドさん達に押さえ込まれ、為すすべもなく別の部屋へと連れ込まれた。

 ここから1ヶ月、殿下に嫁ぐまでの間、俺は爺様のお屋敷で地獄を見る事になる。

 俺は、この時の事は誰にも言わず、墓場まで持っていくのだと心に決めた。







 あれから1ヶ月の時が経った。

 その月日の流れは、俺の中から甘さを消し去るには十分な時間だったと思う。


「よし、完璧じゃ」


 屋敷の前に用意された馬車を前に、皆が私を快く送り出す。

 その表情からは、誰しもが完璧な仕事をこなしたという自負と、やりきった満足感が見て取れた。


「お爺様、皆さま、お世話になりました、どうかお体にはお気をつけくださいね」


 正確無比な所作と、作られた自然な笑顔は、彼らの仕事に対する最大限の敬意である。

 体形は日々の骨格矯正とマッサージで整え、人工的に作られた胸とコルセットでより女性らしく。

 姉のロングヘアーも育毛促進の魔法薬を使い、なんとか1ヶ月で追いついた。

 喉仏は、フリルやリボンなどで首元を覆い隠す服装でごまかしてある。

 女声の発声も血を吐くほどのトレーニングで身につけた。


「では、行ってまいります」


 保険があるとはいえ、姉が見つかるまでの間、絶対に誰にもばれてはならない。

 たった一人、俺の皇宮での戦いの火蓋が、切って落とされた。

 お読みいただきありがとうございました。


 おかげさまで、ランキングに掲載されました。


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 多数の評価、ブクマに感謝致します。


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― 新着の感想 ―
[一言] これは先々が読みたい
[一言] 面白いので、ぜひとも連載してください!
[一言] 面白そうなので、是非連載してもらえたらと思います。
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