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面と向かって!

作者: ジオニキ

1.

 

 季節は春。桜が舞うこの季節に、まず思いつくイベントといえば入学式とかそういったものだろう。そんな世間一般の意見に漏れず、私も真新しい制服を着て通学路を歩いている。ぴしりとシワの伸びたブレザーとスラックス。今日から新高校生として、出来れば晴れやかな気分でここを歩きたかったのだけれど。



「はぁ。」



 いまひとつ、私の気分は晴れないでいた。同じ高校の制服を着た、スカートをひらりとはためかせてキャイキャイはしゃぐ女の子達。彼女らを見て、私は思わずため息をついてしまう。



「何心気くさい顔してんのよ、シナ!」



 後ろから元気な声をかけられ、振り向くとそこには幼馴染のネネがいた。



「べ、別にそんなことない」


「嘘。だって大きなため息ついてたじゃないの」



 何もかもお見通しらしい。私は『参っちゃうな』、と肩をすくめてゆっくりと歩き出す。ネネ(本名は峰岸ねね)は、私の幼馴染だ。頭の両サイドにまとめたお団子が可愛らしい、元気がとりえの女の子。実は、私が今向かっている高校に決めたのは、ネネのお母さんが保健室の先生をやっているからだったりする。



「まぁまぁ、元気だして。スラックスも似合ってるよ」


「べ、別にスラックスが嫌なわけじゃ」


「・・・やっぱり、着たかった?かわいいもんね、北高校の制服。」


「そ、そんなこと・・・。そりゃ、ちょっとはうらやましいけどさァ」



 念のために説明しておくが、これは私に女装趣味があるわけではない。私の名前は、東雲しののめ 誌那しな。女の子の名前みたい、と思った人が多いと思う。



 しかし、私は実際女の子なのだ。



「しっかし、よくやるよねーシナも。最初は何の冗談かと思ったのにさ」


「ばっ、声が大きい!のっけから変なこと言わないでよ!」


「わかってるってー」



 にゃははー、とネネが憎めない笑顔で笑う。



 ネネと、彼女のお母さんだけは、私が男装していることを知っている。私が男の子として高校に登録できたのも、ネネのお母さんのコネのおかげだ(具体的にどうやったのかはよく知らない)。ともあれ、そのおかげで私は『男子として』剣道部に入部できるわけだ。



「でもさ、聞いた?北高校の剣道部のウワサ。」


「え?」



ネネが、唐突に話し出す。



「いやー、ウチの剣道部ねぇ。噂に聞いただけだからよく知らないけど、部員数が4人だけっていうじゃない? 何で4人かって、すっごーくストイックで部員が辞めちゃうからなんだってさ。シナ、ついていけるの?」


「つ、ついていけるかどうかじゃないもん。ついていくしかないんだもん!」



 自分に言い聞かせるかのように、私はねねに向かって意気込んだ。その意気だー、と他人事のようにねねが背中をポンと叩いてくる。私の高校生活、のっけから不安だらけだ。私はまた一つ、ため息をついた。






2.


「し、東雲 詩那です!よろしくお願いします!部活は剣道部に入ろうとおもいましゅ!」



クスクス。

ちょっと、笑っちゃかわいそうよ。

ちっこくて、女みてーなやつだなぁ。



 ……噛んだ。恥ずかしい。高校生活の最初の最初、新クラスでの自己紹介。初っ端から、私は耳まで真っ赤にして席につくことになった。運よくネネと一緒のクラスになれたものの、こんなところに落とし穴があるとは思っていなかった。


 

 これだから自己紹介っていうのはキライだ。チラリ、とネネの方を見ると、こっちを見てニヤニヤしている。くそ。後でそのお団子にチョップしてやるんだから。そんなこんなで、初日のオリエン・テーリングは無事(?)に終了した。



 キーンコーンカーンコーン。



 終業のチャイムが鳴る。早く剣道部を見に行かなきゃ。もらったプリントを整理していると、たまたま隣の席になった女の子に話しかけられた。ええと、この子名前なんていったっけ・・・。



「ねぇねぇ、東雲くんも行かない?」


「へ?」



 人見知りな私は間抜けな声を出してしまう。話を聞いたところによると、クラスの親睦を深めるとのことで、みんなでカラオケに行くとのことらしい。



「あ、わた……いや、僕は」


「クラスみんな行くんだから良いじゃない。自己紹介だけじゃ分からないことも多いしさ。ね?」


「ん、んー……」


「はいはい、ちょっとごめんね!東雲くん、これから私と剣道部見にいくから!」



 ううー、と困っているところに、ネネが助け舟を出してくれた。こういうときは頼りになる。



「あっ、えーと……」


「峰岸ねね」


「み、峰岸さんも剣道部志望なの? でも剣道部は女子部ないよ?」


「私はマネージャー志望なの!」


「へ、へぇ。そうなの……」



 物好きねェ、と言いたげな視線を尻目に、私の手を引っ張ってネネが教室を出て行く。



「良かったの? 絶対変な人って思われたよ」


「シナほどじゃないわよ。ほら、はやくいこ!」



 確かに。自分で納得してしまった。そしてそのまま引っ張られるように、私たちは剣道部に向かった。



 大きな桜の木の隣に、その道場はあった。中から、バシンバシン、と気持ち良い音と、威勢の良い声が聞こえてくる。いつも応援する側で、遠くから見ることしかなかった自分が今、その中に飛び込もうとしている。緊張した面持ちで道場の扉の前に立っていると、ネネがこちらを覗き込んできた。



「どうしたの?」


「いや、緊張して……。ちゅ、中学では部活に入ってなかったし……」


「あー。そういえばそうだったねぇ。……よーし」



 何を思いついたのだろうか、ねねはニヤリと笑うと、扉に両手をしっかりとかけた。嫌な予感がする。



「ちょ、何を」


「たのもーーーっっっ!!!」



 やりやがった。

 ばぁん!と勢い良く開かれた扉の先から、剣道着に身を包んだ4人がこちらに視線を向ける。あぁ、なんということをしてくれたのだろうか。これでは、どうみても道場破りだ。私がめまいを起こしていると、部員と思しきうちの1名が面を外してこちらに歩いてきた。・・・怖っ! 顔、怖っ!!



「なんだお前ら?道場破りかァ?」



 コワモテの男の人がドスの聞いた声で問いかけてくる。っていうか、案の定勘違いしてるし! どうしてくれるの!



「そうです!」


「いや違うから!!」



 息をはくようにボケをかますネネに、思わずツッコミを入れてしまった。コワモテさんがこちらに視線を向ける。うう、怖い。主に顔が怖いよぉ。



「違うなら何なんだ。冷やかしなら帰んな」


「冷やかしとは何ですか! 私たちは入部希望者ですよ! 1年生ですよ!ピッチピチですよ!」



 あああ、ああああ! いちいち物言いがヒヤヒヤする! ぎゃいぎゃいと言い合うコワモテさんとネネ、そしてオロオロしている私達の元に、中から残りの部員3人もやってきた。



「ちょっとちょっと、部長。そんなに威嚇したらかわいそうですよ。」


「ホンマですよー。ただでさえ部員少ないンですから、ちったぁ優しくしたって下さい。」


「なにぃ、俺がいつ威嚇したってんだ!」


「……自覚ないんスね、部長」



 優しそうな長身のメガネさん。四角い顔の色黒さん。そして眠そうな顔の細目さん。第一印象、そんな感じの3人だ。こっちの人たちはまだ話が通じそうだなぁ、と私は思った。



「あ、あの!僕達、剣道部に入りたくって……」


「へぇ、ウチの剣道部にかい? うん、ぜひ「ちょっと待ちやがれ!!」」



 私がメガネさんに話しかけていると、『俺様抜きで勝手に話を進めるんじゃねぇ』、と言わんばかりに目を血走らせたコワモテの部長さん(と思しき人)が話を遮ってきた。



「な、何ですか部長」


「何勝手に部員を増やそうとしてるんだてめーは。入部テストがまだだろうが」



 ……え?入部テスト?そんなの聞いてない。私は慌てて部長さんに尋ねる。



「あ、あの。すぐに入れるものじゃないんですか?」

「そうですよ、部長。そんなん僕らの時は無かっ「うるせェ!!!」」



 あ、この人話聞かないタイプの人だ。部員さんはそれを分かっているのか、部長さんに遮られるとそれ以上何かを言おうとすることはなかった。そんなぁ。



「我が剣道部に入るためには試験に合格せにゃならん。ウチは本気で全国制覇を目指すもんしか入部させておらんのだ!」


「そ、そんなムチャクチャな……」


「やる気がないなら帰れ帰れ!」


「や、やる気はあります!……僕だって全国にいきたい、いや、行かなきゃいけないんです!」



 一瞬たじろいだが、『全国』というその言葉を聴いて、思わず拳にチカラが入る。じっとコワモテさんの目を見てしまったが、怖い顔に引いている場合ではない。私にだって、後に引けない理由があるのだ。



「ほう……ではまずお前から試してやる」



 部長さんがそう言って、ネネの方を見た。何かを察したのか、ネネが先に言葉を発する。



「言っときますけど、私はマネージャー志望ですからね?」


「何!? そうなのか……。いや! しかし、マネージャーに入部試験がないわけではない」


「なんと。いいですよ。それで、試験って何なんです?」


「そうだな、では……。剣道で使用する道具の名前を最低5つ以上答えてみろ」


「えっ? そんなので良いんですか。簡単ですよ。まず面、胴当て、甲手、小手、垂、剣道着、剣道袴。ちなみに、面の各部位名称は面ぶとん、台輪、面ぶち、面金、縦金、横金……」


「も、もういい! 合格! 合格だ!」


「えー、ここからが良いところなのにぃ」



 ぷー、と頬を膨らませて不服そうなねね。まぁ、ネネは中学でも剣道部のマネージャーをやっていたし、しかも剣道オタクだ。これくらいは朝飯前なんだろう。……ちょっと行き過ぎな気もするけど。



「さて」



 ぎくり。嫌な予感がする。

 いや、頭では分かっているんだけど、部長さんの顔を見るのが……怖い。入部テストって何をするんだろう。体力テスト系のやつだったら一環の終わりだ。私は運動はそこそこ出来る方だけど、それは女子の中での話。成長期の男の子達と比べると、どうしても筋力などの面で劣る部分が出てきてしまう。



「次はお前だなァ。」



 部長さんがニヤリと笑った。ネネにしてやられたせいか、その顔はより一層怖いものに見えた。あぁ、神様。お願いですから、どうか簡単な入部テストでありますように・・・。



ぺたり。



「ひゃう!!」



 一瞬何が起こったか分からず、変な声が出てしまった。しかし、部長さんの手が私の……わわわ、私のむむむ胸に……。そのままべたべたと身体を触られてしまう。やややや、やめて!



「んなっ、ななな何するんですか!」


「男の癖に妙な声を出すな。キンタマついてんだろ」


「き、きんた・・・」


「……ふむ、華奢に見えるが意外と良い身体してんな。じゃあ、中に入れ」



 半泣きで怒る私を余所に、部長さんはスタスタと中に入って行ってしまった。男装しているのでそれ以上怒るに怒れず、私はブツブツと愚痴をこぼしながら後をついていくのだった。





3.


 ……どうしてこうなった。今、私は『つけ方がよく分からない』と適当に嘘をついて、ネネと一緒に狭い倉庫にいる。中学の終わりにちょっとだけ練習をしていたので、道着や防具のつけ方が分からない訳はない。問題はそこじゃなくて。



「なんで、イキナリ試合形式なの……」

 


 あの部長さん、何を思ったのかいきなり『試合するぞ!』とか言い出すんだもん。試合すれば、相手の素質だの根性だの色々分かるンだって。



「はぁ……」



 思わず本日3度目の大きなため息をついてしまった。防具の紐を結んでくれているネネが、流石に心配そうに声をかけてくる。



「シナ、本当に大丈夫なの?今ならまだ……」


「……だめだよ、こんなとこで躓く(つまづく)わけにはいかないんだもん」


「で、でも。アンタちゃんとした試合するのって初めてでしょ?」


「……む、むー」



 ぐうの音も出ない。剣道の練習をしていたといっても、私がしていたのは基本の動作だとか、構えとか、素振りとかせいぜいその程度。勿論対人想定の練習もしたけど、試合形式でやったことは一度もない。



「だけど……だけど!私、約束したんだもん!お兄ちゃんと、約束したんだもん!」


「……シナ。」



 私は面を勢い良くかぶると、ぐっと足に力をこめて立ち上がった。膝が震えている。怖い。……そもそも、どうして私がここまで剣道部、しかも『男子剣道部』に固執するのか。それは、ちょっとだけ昔話をする必要がある。




 ――――約半年前。

 私のお兄ちゃん、といっても双子なので年は同じだが、兄は中学2年の夏の剣道大会で、関東大会の決勝にまでその駒をすすめていた。決勝に勝てば、いよいよ全国への切符が手に入るわけだ。当然、応援する私たちにも熱が入る。



「お兄ちゃん、がんばれーーー!」



 会場の熱気に負けないように、一生懸命、観戦席から大きな声で声援を飛ばした。遠くだったので面をつけたその表情までは分からなかったけど、お兄ちゃんは手をあげて私の声援に応えてくれた。



 “勝てる。私のお兄ちゃんなら、どんな相手にだって負けるはずがない。”



 根拠なんて何もなかったけど、その時は何故かそういう確信があった。だって、準決勝まで全て2本先取のストレート勝ち。正直、あのお兄ちゃんが負けるビジョンなんてちっとも沸いてこなかった。



「はじめェ!」



 審判の威勢の良い、試合開始の合図が始まる。そしてその合図と同時に、お兄ちゃんと相手の対戦始まった。お兄ちゃんは自慢のスピードで相手を圧倒していく。いけ! いけ! やった! 一本とった!



「やったー! その調子だよー! 頑張れー!!」



 お兄ちゃんと相手が構えなおし、再び審判の合図で鍔迫り合いを始める。あと一本とれば! あと一本とれば関東大会制覇だ! がんばれ! もうちょっとだ! 負けるなお兄ちゃん! 私も身を乗り出して応援する。



……局面が動いたのは、その時だった。



「あっ……!?」



 何が起きたのかは良く分からない。ただ、相手の竹刀がまっすぐお兄ちゃんの喉付近を突いたかと思うと……お兄ちゃんは大きく仰け反って、そのまま後頭部を強打した。転がる竹刀。そして動かない、お兄ちゃん。



「お兄ちゃ―――」



 そこからはよく覚えていない。結果だけ言うと、お兄ちゃんは後頭部を強打したことにより意識不明の重体。大会は優勝を逃し、すぐさま救急車で病院に搬送された。医者によると、命に別状はないものの、目が覚めるのはいつになるか分からないという。当時の私に、そんな言葉を理解する余裕なんてなかったけど。



 それからというもの、私はお兄ちゃんの目が少しでも早く覚めることを祈って毎日お見舞いにいっていた。……けど、結局お兄ちゃんは眠ったままだった。思えば、あの時は毎日のようにベッドサイドで泣いていた気がする。昔は、私が泣いていたら、いつも優しいお兄ちゃんが頭を撫でてくれたっけ。



『シナは泣き虫だなぁ。もっと強くならないと、ダメだよ?』



 お兄ちゃんは、いつもそういって私を励ますのだった。でも、お兄ちゃんはもう私の頭を撫でてくれない。撫でることも、立つことも、笑うこともできない。少しずつだったけど、そういった自覚が私の中に流れ込んできていた。そして、夏が終わり、私がベッドサイドで涙をこぼさなくなった頃。

 


 私は、お兄ちゃんに言った。



『ねぇ、お兄ちゃん。私が……剣道やるっていったら、笑う?』


『私が……お兄ちゃんみたいに、強くなったら。また私のこと、褒めてくれる?』


『お兄ちゃん……私。強くなりたい。いや、強くなるよ。約束する。』



 そうして、私は“男子”剣道大会で、お兄ちゃんに果たせなかったことを目指すようになった。



 

「―――ねぇ、ネネ。ありがとうね、あの時私が剣道始めるの、手伝ってくれて。」


「えっ、何よ急に。そんなの……アンタのあんな顔見たら、断れないわよ」



 急にぽつりと呟いた私の言葉に、ネネが焦ったように視線を逸らす。珍しく照れたのだろうか、ほんのり頬が赤い。でも、ネネはすぐに私を見つめなおして言った。



「まっ、私がサポートしてるんだから。アンタのお兄ちゃんと同じくして、ビッグになってもらわないと困るけどね!」

「……あはは、心強いよ!」


 いつの間にか、膝の震えは止まっていた。




4.


「おう、遅かったな。防具はちゃんとつけられたか?」



 私と同じくして、防具に身をつつんだ部長さんが声をかけてくる。私はスッ、と頭を下げて部長さんと向き合う。私の後ろで、ねねがそっと背中を押してくれた気がした。



「言い忘れたが、別に試合に勝てとは言わん。イキナリ新入部員が俺に勝つと言うのも現実味がないからな。……が、腑抜けた試合をしてみろ。お前の入部はないものと思え」



 ぶん!と部長の竹刀が空を切る。当たったら、とても痛そうだ。私はごくりと唾を飲み込み、



「よろしくお願いします!」



 それだけ言って、頭を下げた。フン、と部長さんは少しだけ笑うと、定位置に座る。



「気合だけは入っているようだな。オイ、メガネ。お前審判やれ」


「メガネじゃなくて山根です。ルールはどうするんですか?」


「一本ルールで良い」


「一本ルールって……。部長、まさか」


「うるせぇ、はやくしろ」



 メガネさんが『やれやれ』と審判用の旗を持ち、私たちの合間に立った。私と部長さんが、向かい合って座る。



「では、お互い準備はよろしいですか?」



 メガネさんが、私と部長さんに声をかける。お互いの無言を肯定とみなし、メガネさんが大きな声で、言った。



「始め!!」



 合図を聞いて、お互いが静かに立ち上がる。立ち上がって向き合うとよく分かるが、私と部長さんの身長差は20cm程度もある。威圧感が、すごい。



「どうした? こないのか?」


「……っ!」



 じり、と部長さんがにじり寄ってくる。迫力に押されて思わず後ずさりしそうになっていると



「シナ!集中して!」



 ネネが叫び、あっ、と思った時には部長さんが目の前にいた。眼前に竹刀が迫る。



「……ッ!!!」


 スパァン!!! 

 打たれた!何処を!?間一髪で避けようと思って……。混乱する私だったが、首筋の鈍い痛みが私に現状を理解させた。肩を、打たれたらしい。痛い。痛い。



「~~~ッ!!」



 泣きそうになるところをぐっと堪えた。ふぅ、ふぅと呼吸をととのえる。大丈夫、まだ動ける。



「一本ルールって言うてもなァ……。ありゃ新人君が良い動きするまで終わらへんなァ」


「部長の一本って部長が満足するまで一本にならないルールッスからねー。地獄一本、とはよくいったもんッスよ」



 色黒さんと細目さんが気の毒そうに言う。えええ。そんなの聞いてない。できるもんなら、今すぐ逃げ出したい……ところを、ぐっと我慢した。逃げたらダメだ。面と向かって、戦わなきゃ!でも、どうしよう!?」


「シナ! 練習通り! 『練習通り』よ!」



 ネネがありったけの声で叫ぶ。こんな時に練習通りって言ったって、そんな無茶な。あれ、でも。そういえば練習の時は見える『アレ』が見えない……。れ、練習の時はどうしてたっけ!?



「ぜやっ!!」


「ひゃわっ!」



 間一髪。さっきまで自分がいた位置を、凄いスピードの竹刀が通り過ぎていく。



「オラオラ、どしたどしたァ!!」


「れ、練習通り……練習通り……」



 とりあえず、落ち着かないと。ほら、ゆっくり呼吸して、じっくり相手を見れば少しずつー――



 ズドン!!


「ッッ!! けほっ……!」



 今度は鋭い突きが、自分の胴に衝撃を与える。ダメだ、全く反応できない。考えている間もなく、相手が目の前に現れ、目の前から消えていく。  

  


 バシィ!!


 ビシィ!!



 自分の腕が、肩が、足が、悲鳴をあげている。竹刀が、防具がすごく重い。あぁ、なんだか身体に力が入らなくなってきた。試合前とは別の意味で膝が笑っている。でも、何でだろう。こんなに辛いのに、諦めたくない。あきらめたく、ない。




  ―――強くならなきゃ、いけないんだから。



 竹刀を振り回す部長と、間一髪で避け続けるシナ。端から見ると、誰が見ても『あ、こりゃダメだ』と思わせる構図だった。四角い顔の関西弁が、真剣な顔で試合を見ているネネに話しかける。

 


「……なァ、キミ。ネネちゃんいうたかァ? さっきから新人君、防戦一方やん。そろそろ止めてやった方がええんちゃうかなァ?」


「それ、本気で言ってるんですか?」


「本気で、ってキミなァ」



 また、部長の竹刀がギリギリでシナの側面をかすめた。



「あのままじゃ、新人君危ないでェ?」


「シナが避けてるの、まぐれだって思います?」


「えェ……?」



 そう言われると、確かに少し様子がおかしい、と彼は思う。いつもの部長は、地獄一本ルールのときは本来『一本にならないように』相手に竹刀を当てる。だがどうだろう、さっきから全く竹刀が当たっていない。気のせいか、部長に焦りの色が伺えるほどだ。



「まさか、あの新人君は実力で避けてるとでも言うんかァ?」



 その問いかけに、ネネは視線を動かさずに答えた。



「あちこち打たれて、ようやくエンジンかかってきたみたいですね」


「何言うとん。もうボロボロで“力なんて何処も入らん”感じやんか」


「……えぇ、そうですね。試合中なのに、何て綺麗な脱力なんでしょうか」



 うっとりして言うネネに『訳が分からん』、と関西弁の彼は首を傾げる。ネネはにっこりと笑うと、『じゃあ、ヒントです』と楽しげに語りだした。



「先輩、ジャンケンって知ってますか」


「はァ? 何言うとんねん。そんなもん当たり前やろ」


「じゃあ、ジャンケンで絶対に負けないことって出来ますか?」


「……いやいや、無理やろそんなん。あんなもん運ゲーやん」


「普通はそうですよね。でもですね、どうやってるか知らないけど、私シナに“一度もジャンケン勝ったことないんです”」


「いや、そんなん……ネネちゃんがジャンケン弱いだけちゃうのん?」


「ちなみに、私以外にも負けたとこ見たことないです」


「う、嘘やろ?」



 関西弁が『冗談はよしてくれ』みたいな顔をするので、ネネは余計楽しそうにする。じゃんけん、ぽん。関西弁が、負けた。



「シナはそういうところがあるんですよ。ドッジボールとかでも必ず最後まで残るし、夏祭りとか行った時も人混みをやたらスムーズに抜けていくんですよね。まるで、“人の次の動きが分かるみたいに”。」


「そ、それって……。そんなんがホンマに可能なら」


「ええ。相手の攻撃を避けるのなんて、随分簡単になっちゃうでしょうね」



 ごくり。関西弁が唾を飲み込む。部長の猛攻を避け続けるシナに視線を戻しながら、ネネは祈るように試合を見つめていた。




 ――――――――――




「ぬぁぁぁぁ!!!ちょこまかしやがってぇ!」



 攻撃が当たらないことによるイライラが、部長の攻撃を雑にさせて行く。ほぼ感覚で動いているシナにとって、もはやそれを避けることは容易かった。



 「はぁ……はぁ……」


 面が来る。一歩引く。面から突き……いや、フェイントだ。じゃあこっちに避けて。相手の動きが手に取るように分かる。シナは物心がついた時から、人の体がぼんやり光って見えることがあった。その光を集中してみてみると、どこに力が入っているとか、その人が次にどう動くかなど、何となく予想できるのだ。



 シナ自身は気づいていないが、シナのこの能力はシナ自身が『集中し、かつ脱力している』時にしか使えない。最初に体中を打たれまくったことで、その『脱力状態』にたまたま身体の状態が重なったというわけだ。



「はぁぁぁああっっ!」


「ふぅっ、ふぅっ」



 部長が大振りになる。その攻撃を当たる寸前で避けることにより、部長の身体が流れ、隙が生まれた。狙うならここだ。今しかない。



「しまっ……」



 自然に身体が、動いていた。



「シナーーーっ!いけぇーーー!」


「やああああああーーーーーっっ!!!」



 全身全霊を込めて、力強く地面を蹴り……そして



「めぇぇぇぇーーーーーーん!!!」



 スパァァァァァァン!!!!




「い、一本!面有り一本!」



 すさまじく綺麗で力強い一本が



 シナの面を叩いていた。『はうぁ』と情けない声と共に、前のめりに崩れ落ちる。勝負、あり。



「おい。どういうことやねん、アレは」


「あ、ありゃー。イイ線いってると思ったんですけどねー。シナ、避けるのはすっごーく上手いんだけど……攻撃はまるっきし素人ですからねぇ……」



 面を打つ動作には、どうしても力がこもる一瞬がある。攻撃に転じた瞬間、脱力は解除され、相手の動きが読めなくなるわけで。結果はご覧の通りである。部長に勝ってしまうのでは? と少しばかり期待していたのか、肩透かしをくらったような顔の関西弁と、なんとなく結果を予想していたネネが苦笑いを浮かべていた。


 


「おい、起きやがれ」



 スパン!



「ひゃう!?」



 道場の真ん中で寝そべるシナの尻を竹刀で叩く部長。その場にいる全員に『この外道め』と思わせる行為だったが、シナを起こすには十分な威力だったらしい。お尻を抑えて飛び起きるシナ。直後にふらつき、ネネに支えられた。



「頑張ったね、シナ」


「えっ? あ、そうか……。負けちゃった、んだ」



 ネネに声をかけられ、ようやく意識がはっきりしてくる。部長さんに言われたように、腑抜けた試合をわけにはいかなかった。それなのに、結局一発も当てられなかった。部長さん、がっかりしただろうな……ッ、泣いちゃだめだ、余計情けない奴って思われちゃう。



「あ、あの……嬉しかったです、入部テストだけでも、ちゃんと相手していただけて」


「チッ」



 部長さんは面をとりながら舌打ちすると、スタスタと出口の方へ歩いていってしまう。あぁ、やっぱりダメなんだ。そうだよね、私が剣道なんて……やっぱり……。



「明日からこんなもんじゃ済まさねーからな」



 去り際、部長さんが吐き捨てるように言った。聞き間違いじゃ……ない……?



「部長、素直じゃないなぁ」


「良かったやん、自分。入部テスト、合格やで!」


「おめでとうッス。これからよろしくッスよ!」



 部員の先輩達の言葉が、聞き間違いでないことに確信を持たせてくれた。やった、やった! 私、入部テストに……合格できたんだ!



「ほら、シナ。自己紹介しなさいよ。これからお世話になるんでしょ?」


「あ! あの! 東雲シナです! これから一生懸命がんばるので……よろしくお願いしま……」

 


 じわっ。


 最後まで言い切る前に涙が滲んでしまった。面をつけたまんまで良かったと思う。前途多難だったけど、私、なんとか頑張れそうだよ、お兄ちゃん。深呼吸して、ちゃんと、言おう。



「ど、どうぞよろしくお願いしましゅ!!」



 ……ぷっ。あっはっはっはっは! がはははは!  くすくす……



 剣道場に複数の笑い声がこだまする。



 やっぱり私の高校生活は、大変なものとなりそうだ。

拙い文章の単発モノでしたがいかがでしょうか?


新作を年明けから連載予定です! ご感想もお待ちしております。

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