90 いつものダンジョンでの狩り
「おはよう」
階段を下りた俺は、すでにいつもの席にいるフィーネとエルナにそう声をかけた。
「おはよう、ルカ」
「おはようございます」
二人の挨拶を聞きながら俺は席に着く。
いつも通りミハエルはまだいない。
――ちなみにミハエルが遅いわけではなくちゃんと約束の時間には下りてきている。俺たちが若干早いだけなのだ。
ミハエルが来るまで軽く会話をしながら待つ。
ちらりとフィーネの耳元を見ると淡く光る青緑色のミスリルのピアスが揺れている。
エルナは髪をおろしているので見えないが多分つけているだろう。
彼女たちはあれからずっとつけてくれているようだ。
やはりこうしてつけてくれているというのは嬉しく思う。
実は後夜祭の日の夕食後、フィーネとエルナからお礼として帯剣ベルトの銀細工のバックルをもらっている。
簡単につけかえができるので俺もミハエルもつけなおしている。
目立つものではないが、なんというか隠れたお洒落というのだろうか、センスのいいプレゼントだし、見た目もかっこよくて俺はとても気に入っている。
そんなことを考えているとミハエルが下りてきた。
「よー、おはよう」
そんなミハエルにそれぞれ挨拶を返し、俺たちは朝食をとった。
朝食をとり終えて宿屋を出た俺たちはダンジョン管理所につき、受付でタグを渡し中へ入っていった。
今日から六十階を目指すのでしばらくダンジョン生活になる。
「さて、それじゃ五十五階に行こうか」
「おう」
「しばらく地上にお別れね」
エルナはコクコクと頷いている。
そうして俺たちは転移柱から五十五階に飛んだ。
五十五階はアダマンタイト鉱石集めで散々狩りをしたので、サクサクと進んでいける。
サクサクと言っても洞窟内自体が広いし、人がおらず、モンスターがたっぷりなので次の階段にたどり着くにはかなりの時間を要するだろう。
ミハエルはアダマンタイト剣を実際に使うのは今日が初めてになる。
まだコーティング魔法も切れ味アップもかけてはいないが、、刃が通らなかったスコルピオンがどうなるかと俺は見ていた。
俺自身すでにアダマンタイト剣を使っていて、切れ味がすごいのは分かってはいるが、そもそもヘーレギガント相手なので、スコルピオンの硬い甲殻だとどこまでさっくり刺さるのかわからないのだ。
尻尾を切り飛ばし、スコルピオンの背に乗ったミハエルがスコルピオンの甲殻に剣を突き立てたところ、なんの抵抗もなくスルっと剣が飲み込まれていた。
ミハエルも驚いた表情をしていたので、予想以上に切れ味が良かったのだろう。
ボフンと音を立てて消えたスコルピオンの毒針を拾ったミハエルが満足そうな笑みを浮かべてやってきた。
毒針を受け取りつつミハエルに言った。
「かなりいいみたいだな」
「ああ、なんつーかまったく抵抗がねぇ。尻尾切ったときも手ごたえなさすぎて思わず確認しちまった。切れ味良すぎるのも困りもんだな」
そう言って苦笑しているが、それ以上にアダマンタイト剣の性能に満足しているようだ。
「コーティング魔法と切れ味アップはやめとくか?」
「そーだな。今のとこはいらねぇかな」
「わかった」
そうして狩りを進めて数時間、階段まではまだあるが、昼になったのでセーフゾーンへと移動した。
昼食を食べつつ、俺はフィーネに声をかけた。
「フィーネ、そういえば弓の刃をアダマンタイトに変えようか?」
「あら、そういえばそうね。基本的には私は接近しないから気にしてなかったけれど、いざというとき鉄のままだとこれから先困りそうね」
「そうだな。弓は多分ちょっと重くなるけど平気か?」
「そうね、どのくらいの重さになるかによるわね」
「だよな、ちょっと作ってみるから試してみて」
「ええ、ありがとう」
俺は脳内でしっかりイメージする。
どうしてもアダマンタイトの刃で重くなるので、以前の弓は普通の木をイメージしたが、今回は以前木工所に勤めていた時に見た特殊な木材を素材にすることにした。
まずは、丈夫で、そして軽くてしなりと粘り気のある木の素材でM字の弓を作り、持ち手付近を鉄で装飾とコーティングをする。
M字の山部分に鉄で刃をつけるための金具をつけ、アダマンタイトの刃をつけ、刃の部分は多少薄めにして軽くする。
弓の先端も鉄で覆い、弦を張る。
すべての鉄の内側には薄くしたアダマンタイトをコーティングする予定だ。
そこまでしっかりイメージしたところで具現化魔法で弓を作り上げ、完成したところで固定化魔法をかけた。
「よし」
俺がそう呟くと、感心した声でフィーネが言った。
「いつみてもすごいわね。何もないのに、物ができあがっていくのは」
「はは。そうだな」
そう言いつつ、俺はフィーネに弓を渡した。
弓を受け取って礼を言ったフィーネは元々持っていた弓をアイテムボックスに一旦しまい、普通の矢をとりだしてセーフゾーンの部屋内で壁に向けて何度か試射した。
弓を撃ち終えたフィーネが矢を回収してから感想を述べた。
「いいわね、弓自体が少し軽くなって、代わりに刃が少し重くなったからバランスは変わったけど、全体の重さはそこまで変わらないわ。ありがとう、ルカ。使わせてもらうわね」
そう言ってふわりと微笑むフィーネに俺も笑みを返す。
「ああ、気になる点が出たら言ってくれ」
「ええ。分かったわ」
そうして俺たちは再び狩りに戻った。
フィーネはさっそく、先ほど俺が作った弓を使っていた。
これまでは弓を撃てば、ビィンという音がしていたのだが、今はその音がほぼしなくなっている。
弓の粘りのある木がいい仕事をしているようだ。
見た感じではあるが、少し矢の速度が上がっている気がする。
フィーネもミハエルも動きが良くなり、狩りの速度があがったようだ。
先ほどまでより早く倒せている。
こうして俺たちは順調に狩りを続け、二時間ほどしてやっと五十六階へ下りる階段へとたどりついた。
階段を下りて先へ進む。
どうやらこの階ではバジリスクが一体追加になるようで、バジリスクが三体、スコルピオンが一体となった。
一体増えたところで狩り方が変わったりすることはなく、むしろ数が少ないと言わんばかりにミハエルが増えたバジリスクも相手しはじめた。
そんなミハエルを見て、俺はつい苦笑してしまう。
ミハエルはアダマンタイト剣の切れ味や振りやすさが楽しいのか本人は気づいてないかもしれないが、薄っすらと笑みを浮かべたままなのだ。
倒し終えたあとは実に満足そうな顔をしている。
あれだけ喜んでいるのだから、アダマンタイト集めを頑張った甲斐もあるというものだ。
含有率も少ないうえにドロップ率もよくなかったのと、運もある。
連続して出ることもあれば一日一個しかでなかったときもあった。
まぁそれでも一週間で集めきれたのだから良かった方だ。
普通は数ヶ月かけてチマチマ集めるものなのだし。
こうして五十六階の半ばほどまで来たところで、夕方になったのでセーフゾーンへ向かうことにした。
夕食をとりながらミハエルにアダマンタイト剣の感想を聞いたが、やはりかなり性能がいいらしく、笑みを浮かべて感想を語っていた。
一番はやはり抵抗なく思った通りに攻撃できることで、無理にテクニックを使わなくていいのがありがたいそうだ。
あとはウードと話し込んだだけあり、握り心地もいいし、長さや剣のバランスが実にいいらしい。
俺の鼻が謎に伸びた気がするが、仕方ない!
こうして一日目を終えて、翌日。
俺たちは狩りを再開して、昼前に五十七階へとたどりついた。
五十七階はまだバジリスクとスコルピオンのままのようだが、バジリスクは三体のままだが、スコルピオンが一体増えて二体になった。
バジリスクは俺たちが三体引き受け、スコルピオン二体はミハエルに任せた。
俺は久しぶりにジャベリン系を使うことにした。
バレットよりは速度は遅いが、攻撃力は高いというのがジャベリンだ。
さすがにそろそろバレット系では撃ちこむ数が多くなってきたのだ。
「エルナ、君が使えるかは分からないが、一応、バレットの上位の魔法を使うからよく見ていてくれ」
「はい」
エルナにそう声をかけてから、俺はアイスジャベリン、フレイムジャベリン、アースジャベリンなど各種属性魔法をバジリスクに撃ちこむ。
ジャベリンのいいところは属性によっては地面にそのまま縫い付けることができることだろう。
――もちろん長時間は無理で一分ほどではあるのだが。
サンダージャベリンだと麻痺効果もあったり、アイスジャベリンだと多少動きが鈍くなったりする。
まぁ、この麻痺効果や動きが鈍くなるなどはバレットでもありはするのだが、ジャベリンよりもサイズが小さい魔法なのでジャベリンほどの全体への効果はない。
――それでも撃ち込む場所を考えて撃てばバレットでも十分効果は得られるけども。
こうして五十七階の狩りを進め、少し早いが、夕方近くに五十八階へ下りる階段近くのセーフゾーンに入りその日の狩りを終えることにした。
セーフゾーンで夕食後にエルナに先ほどのジャベリン系について教えることにした。
問題は、エルナにも使えるかどうかではあるが、教えたところ、何度か発動に失敗はしていたが、ジャベリンを発動することができていたので、この世界には既にある魔法のようだ。
ただ、ジャベリンの長さは俺が二メートルなのに対し、エルナのは一メートルと短いが、多少威力が落ちるくらいで問題はないだろう。
もちろんジャベリン系は人前では使えない魔法に分類される。
せいぜいバレット系が限界ではあるだろうが、きっとバレット系でも驚かれる。
その辺はちょっと面倒な世界だ。
エルナに少し指導したあと、俺たちはベッドに潜り込んで眠りについた。
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