68 連日の戦闘と最後の試練
エルナ一人でゴブリンを百匹倒したあと、無事Fランクへとなり、俺たちはそのお祝いとして酒場に来ている。
「エルナ、Fランクおめでとう!」
「ありがとうございます!」
「「乾杯」」
フィーネ以外は全員がハチミツ酒という状態だが、俺たちはその晩楽しく宴会を行った。
宴会の最中に、フィーネがどこの宿屋にしようかと考えてる話しを聞いて、俺は思わず、自身が定宿と定めたギーレンの宿屋を勧めた。
どんな宿屋かと聞かれたので、スマフォで得た情報と、実際俺が朝食で食べた食事のおいしさを伝えた。
銀貨一枚の部屋については二人でも問題ないようなので、フィーネはそこを定宿にすることに決めたようだ。
ちなみに、泊まる人数で値段が決まるわけではなく、部屋ごとの設定だ。
――まぁだからといって十人とかで一部屋を借りるというのはできず、せいぜい二人までで、それ以上となると追加料金がかかるものである。
食事を終えた俺たちは、ギーレンの宿屋へ行ったあと、フィーネたちの家へと向かうことになった。
もうほとんど荷物をアイテムボックスに収納しているのだそうだが、まだあと少し残っているらしい。
それを回収したら、ギーレンの宿屋へ帰るのだ。
ギーレンの宿屋へついたフィーネは受付にいた女将さんに声をかけて、銀貨一枚の部屋について話している。
どうやら空いているようで、フィーネは妹と二人で泊まることを告げ、数日分の料金を支払っている。
部屋の鍵を受け取ったあとは、用事があるので案内を断り、俺たちと再びフィーネの家へ向けて移動をはじめた。
フィーネたちの住んでいた家に関しては、明日にでも引き払うことを借りた人にすでに伝えているらしいのであとは引っ越すだけだそうだ。
家についたところでフィーネから声がかかった。
「少し待っててくれる?」
「ああ」
そうして二人は家へ入っていった。
まだわずかに残っている物の回収にいったのだろう。
道中フィーネに、貴方たちは同じ部屋にしないの? と言われたが、即答で俺もミハエルも絶対嫌だと返した。
何が悲しくて男と一緒の相部屋で寝ないとならないのか。
ミハエルと仲はいいし、それしか部屋がないなら気にもしないが、別々に部屋を借りれるのに一緒に寝るっていうのは考えられない。
そんなことを考えながら待っていると、フィーネとエルナが出てきた。
「お待たせ」
「お待たせです!」
「もういいのか?」
「ええ、もう全て持ち出したわ」
フィーネの言葉を聞いて、ミハエルが言った。
「んじゃ行くか」
「はい!」
ミハエルが歩き出し、エルナがそのあとに続いた。
俺とフィーネもそれに続く。
「明日はどうするの?」
「ダンジョンにはまだエルナは入れないからな、適当によさげな依頼があればそれを受けて、なくてもまぁ、コボルト狩りかな」
さっさとパーティを組みたくはあるのだが、俺たちはすでにCランクで、フィーネもDランクだ。
もしパーティを組んでしまうと、俺たちが基準となってしまうので、Fランクの彼女がポイントを稼ぐには相当な数を狩らねばならなくなるのだ。
なのでパーティを組まずに一緒に行動、いわゆる俺たちがサポートとして回るということをすることになる。
まぁ、通常の冒険者ならランクの低い冒険者相手にそんな優しいサポート係などしてくれないので、こういう特殊なことは早々ならないのだが。
――あるとすれば貴族のお坊ちゃんを高ランク冒険者がサポートするというくらいだろうか。
まぁ貴族のお坊ちゃんと違うところは、エルナは自力で敵を倒すというところだろうか。
明日にはエルナもEランクになれるだろうから、そうしたらエルナとフィーネでパーティを組み、俺たちとダンジョンに潜るという変則的な行動になる。
一階から下りて行くことになるので、エルナも俺たちの戦い方やフィーネの動きなどをゆっくり把握していくことができるだろう。
もちろん俺たちはかなり手を抜いて、基本はエルナが主アタッカーとして戦うことになる。
これに関しては経験を積ませるという意味合いが大きいだろう。
短期間で彼女を冒険者として育てることになるのでこういったやり方になってしまうのだ。
こうして俺たちはギーレンの宿屋へと戻り、それぞれ部屋へ行ったり、訓練をしにいったりで別れた。
俺は軽く訓練をしたあと風呂に入り、今は部屋に戻っている。
そういえば結局俺は色々とあって実家に帰れていない。
明日は少しだけ顔をだそう。
そんなことを考えながら俺は眠りについた。
――そうして翌朝。
目覚めた俺は部屋にある小さな洗面台で顔を洗い整えたあと部屋を出た。
食堂へと下りるとすでにフィーネとエルナは起きていたようで奥のテーブルに腰かけている。
フィーネが俺に気づいて小さく手を振ったので、俺はそれに手をあげて応え、そちらへと向かった。
「おはよう、ルカ」
「おはようございます」
「ああ、おはよう、フィーネ、エルナ」
そうして彼女たちの座る丸テーブルに俺も腰かけた。
その数分後、遅れてミハエルもやってきて俺たちはともに朝食をとることになった。
今日の朝食もパンかご飯か選べて、厚切りベーコンと目玉焼きにサラダとスープつきだった。
ベーコンもおいしかったが、スープも実にベーコンと合う味付けだった。
あまり調味料が多いとは言えないこの世界でこれだけおいしい料理を出せるのなら、もし俺の調味料を提供すればどれだけおいしい料理ができるのだろうかと、少し気になるくらいだ。
朝食を終えた俺たちはそのままギルドへと向かい、依頼ボードを眺めた。
Fランクでいいものはないものかと思って見てみたが、大したものはなかった。
仕方ないので、結局コボルト百匹作戦をすることになった。
ただ、エルナには得意のアクアカッターではなく、アースバレットでの戦闘をするようにと告げた。
というのも、アクアカッターは確かに切れ味はいいのだが、幅が広いのだ。
それは、前衛がいるパーティでは少々扱いづらい魔法といえる。
もちろんミハエルであれば最適に動いてくれるであろうが、ミハエル以外だとろくに対応できないというのはよろしくないのだ。
それに、フィーネの動きも阻害してしまう。
俺やエルナは魔法で後方から攻撃するので、前衛はもちろん、弓使いの動きも考慮にいれなければならない。
隙間を縫って攻撃する場合だってあるので、アクアカッターではよろしくない場合もあるのだ。
エルナの得意な魔法ではないが、何度も使えば自然と上達もするはずだ。
最初は俺もサポートすることになるだろう。
なにせコボルトは素早いのだ。
いつも通り街道からそれて姿を消して飛び上がった。
彼女たちはもうかなり飛行に慣れてきて、短時間なら手を離しても真っ直ぐ飛べるようになってきている。
感覚さえつかめれば案外簡単なのだ。
ミハエルは『飛ぶ』ということに中々慣れなくて一年ほどかかったが、彼女たちは案外早く一人で飛べそうではある。
――とはいっても、こうして飛ぶのは精々あと数回だとは思うけども。
そうこうしているうちに、最初の獲物となるコボルトを発見した。
「いた。下りようか。エルナ、最初のうちはしばらくサポートをする。慣れたら一人でも大丈夫にはなるはずだ」
「は、はい。頑張ります」
エルナは連日の狩りで少し疲れているようではあるが、ダンジョンに潜ればずっとそんな緊張状態は続くので今から慣れておくにこしたことはない。
とはいえ、無茶はさせないつもりだけど。
地上に下りた俺たちは、ミハエルがコボルトをまず挑発し、俺がバインドの魔法をかけ、エルナがコボルトにアースバレットを撃ち込むという手順での狩りをはじめた。
それを十回も繰り返したころには、エルナからバインドの必要はないと告げられ、ミハエルが挑発するというだけになった。
そうして十五回を過ぎたころ、ミハエルのサポートも終わり、エルナ一人でコボルト狩りをはじめた。
何度も何度も撃ち込んだアースバレットは最初こそはずしたりとミスが多かったが、今は見事にコボルトの心臓を貫けるようになっている。
数回の休憩を挟んではいるが、エルナは今のところ一人で全てを倒している。
疲れは見せているが、怯えや恐怖は浮かべていない。
そうしてコボルト狩りを続けること二十八回、次のコボルトパーティで百匹達成となる。
なので、フィーネやミハエルとも相談していたことをエルナに伝えることにした。
「エルナ、次のコボルトパーティで終わりだな」
「はい」
「最後のコボルトだけど、君には魔法ではなく、剣での止めを刺してもらおうと思ってる」
「えっ 剣、ですか……?」
「そうだ。動きは完全に止める。だから君に危害が加わることはない。だけど、苦しみはあると思う」
「……」
「エルナ、魔法で殺すのと、己の手で殺すのには大きな違いがある。剣が肉を貫く感触、骨を断つ感触、その命を自らの手で消している感覚。すべてが自分の手に伝わってくる。辛くて苦しいと思う。また吐くかもしれないし、今度こそ無理かもしれない。だけど、それでも俺は、言うよ。エルナ、自らの手で命を奪え」
エルナは顔を歪め辛そうにしている。
エルナは魔法使いだ。
この世界にたくさんいる魔法使いで、自らの手でモンスターを殺したことがない人だっているだろう。
それでも俺は、エルナには自らの手で命を奪う感覚を知ってほしい。
魔法で命を奪うのと、剣を持った手で命を奪うのはまったく違う感覚だ。
同じ命を奪う行為だが、どうしても感触がない分、魔法の場合は気持ちが楽なのだ。
俺が黙ってエルナの返事を待っていると、ミハエルが言った。
「エルナ、ダメならやめろ。別に俺たちは気にしねぇ。それが悪いことでもねぇ」
ミハエルの言葉にエルナはキッと顔をあげた。
「いえ! やってみせます!」
そんなエルナの言葉を聞いたミハエルは口の端をわずかに持ち上げていた。
そうして、最後のコボルトパーティと俺たちは出会った。
俺はコボルトに闇魔法をかけて全ての動きを止めた。
エルナの前には彫像のように固まる四体のコボルトがいる。
エルナにはすでに身体強化をかけている。
非力な彼女にはそれがないとコボルトを刺し殺せないからだ。
もちろん彼女に渡す武器には切れ味アップをかけてある。
そんなエルナのそばにミハエルが近づいた。
そしてエルナの目の前にかつて自分も使ったサバイバルナイフを差し出した。
「エルナ、これを使え。これはかつて俺も使った武器だ。これで初めてゴブリンの心臓を貫き、首を切った。そして、ルカも初めてゴブリンを殺した時に使った武器だ。俺もルカも同じように苦しんだ」
ミハエルの言葉を聞いていたエルナは震える手で武器を受け取った。
まるで何キロもする重たい物を受け取ったようにしている。
エルナの隣にいるミハエルが、コボルトの心臓の位置を指し示した。
「エルナ、ここだ。ここをしっかりと狙って一回で刺し貫け。相手はモンスターといえど生物だ。何度も刺すな。一度で殺せ。いいな?」
ミハエルの声に上擦った声でエルナは返事をした。
「はい……」
エルナはコボルトの前に佇むとゴクリと喉を鳴らした。
胸の前えサバイバルナイフをぎゅっと握りしめなおした。
自分に言い聞かすように、決意をしたように、エルナは声をだした。
「いきます」
そして力いっぱいコボルトの心臓にサバイバルナイフを突き立てた。
皮膚を裂き、肉を突き進み、肋骨を断ち、心臓を貫く。
「エルナ、そのままサバイバルナイフを捻ろ。そうすればコボルトはそこまで苦しまずに死ねる」
返事はなかったが、エルナはサバイバルナイフをぐっと捻った。
途端コボルトはビクリと痙攣してそのまま崩れ落ちた。
エルナもそのままコボルトに引きずられるように崩れ落ちたが、すぐに立ち上がり、コボルトの胸からサバイバルナイフを引き抜いた。
パッと鮮血が飛び散り、彼女の髪や顔や服を赤く染める。
そのまま彼女は次のコボルトにも同じようにサバイバルナイフを突き刺した。
それをあと二回繰り返した。
最後のコボルトを刺し殺したあと、エルナはその場で立ち尽くしたままだった。
フィーネが近づこうとしたが、今エルナをずっと守ってきてくれた優しいお姉ちゃんがそばにいってはエルナの心が崩れる。
だから俺はフィーネを止めて首を振った。
フィーネは辛そうに両手を胸の前で合わせ強く握りしめ、エルナを見つめた。
そんなフィーネの代わりにミハエルが近づいていった。
「エルナ」
いつものように声をかけ、彼女が握りしめているサバイバルナイフから彼女の指を一本ずつはずしていった。
そして、サバイバルナイフから解放されたエルナの頭を優しくなでて告げた。
「よく、頑張ったな」
エルナは小さく頷くと、ミハエルにしがみつき声を押し殺して泣いた。
ミハエルはエルナが落ち着くまでそうして、頭を撫で続けたのである。
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