59 フィーネのお願い
翌朝になって村まで戻った俺たちは、村で待機してくれていた御者さんと共に一週間かけてシュルツの街へと帰った。
戻ってからすぐに俺たちは無事Cランクへと上がることができた。
ギルドマスターからは何かあればすぐに相談しろと言ってもらえたので、とても助かっている。
俺もミハエルも何かあればギルドマスターに相談するつもりだ。
ギルドから出た俺とミハエルはその場で解散することになった。
馬車移動がほとんどだったが、長期間の移動をしたので今日、明日は休みにすることにしたのだ。
「じゃあな、ルカ」
「ああ、また明後日」
俺はミハエルと別れたあと、可愛い天使たちに会うために実家に戻ることにした。
ギルド前から歩いていると、俺に声をかける人がいた。
「ルカ!」
何かと思って声のした方をみると、そこにいたのはフィーネだった。
かつてダンジョンで救った女性だ。
「フィーネ?」
フィーネは俺に近づいてくると俺の腕をとりどこかへ引っ張っていく。
何がなんだか分からないが、何やら焦っているのでとりあえずついて行きながら声をかける。
「フィーネ、どうしたんだ?」
「助けてほしいの、あなたの力を貸してほしい」
何かわからないが、どうやら俺の助けが欲しいらしい。
彼女は俺が深い傷を治せるほどのヒールを使えることを知っている。
実は彼女についてはすでにギルドマスターに相談はしてあるのだ。
ギルドマスター曰く、彼女は他人の秘密を話すような人物ではないそうで、理由についてはさすがに話せないが最初に黙っていたならきっと話さないだろうと言っていた。
だから俺はギルドマスターのアドバイスで作った記憶操作を彼女に使うのはやめたのだ。
「力を貸すのはかまわないが、理由を教えてくれ」
「あ、そう、そうよね。でも時間がないから移動しながらでいい?」
「ああ、いいぞ」
「妹、私に妹がいるのは前に話したでしょ?」
「ああ、あまり体が強くないとか」
「そう、その妹が危ないの、だからあなたに助けてほしい」
「どういうことだ?」
「それは家についたら話すわ、今はとにかく一緒にきて頂戴」
「分かった」
俺は彼女に手を引かれながら移動を続けた。
大きな道からはずれ、どんどん奥へ進む。
ここはいわゆる、貧困な者が住む場所だ。
彼女の家はここにあるらしい。
「もうすぐ着くわ」
少しして、彼女が住むという家についた。
あまり状態がいいとは言えない家で、有り体に言えば、ボロ屋と表現できるだろう。
すきま風の多そうな扉をあけると彼女は中へ入っていった。
「ここよ、入って頂戴。ボロ屋だけど」
「ああ」
家に入ったところで彼女に少し待ってて欲しいと言われ、俺はその場で待った。
待っている間に部屋内を見回したが、物がほとんどない。
彼女は冒険者としてはソロではあるが優秀なのでお金はあるはずなのだが、なぜこんな場所に住んでいるのだろうか。
もしかしたら妹さんの薬代などでお金がかなりかかるのかもしれない。
ああ、もしかして俺を呼んだのは、その妹さんにヒールをしてほしいとかか?
そこまで考えたところで、フィーネが戻ってきた。
「ごめんなさい、お待たせして」
「いや、問題ないよ」
「妹の様子を見てきてたの。今は少し落ち着いてるみたいだけど……」
「俺を呼んだ理由は?」
「……とりあえず座りましょう。安い紅茶くらいしか出せないけど」
「別にかまわないさ」
そうして俺たちは椅子に腰かけた。
席についてからフィーネが話し始めた。
「ねぇ、ルカ。ハッキリ聞くわ。あなたすごい魔法を使えるわよね」
「……」
「別に誰かに話す気はないから安心して頂戴。ただ助けてほしいの」
「そうか、助けてほしいっていうのは妹さんか?」
「ええ、そうよ。ねぇ、ルカは子供の頃から魔法が使えたの?」
「ああ、そうだな」
「魔封じの腕輪をしなくても平気だったの?」
「いや、小さい頃はつけてたよ」
「そう。ねぇ、今はつけてなくても平気なの?」
「平気だが……話がみえない。フィーネ、どういうことだ?」
「……妹が、妹は生まれて少ししてから魔封じの腕輪をつけてるの。最初はそれで平気だった。でも――」
フィーネが話すには、フィーネの妹は生まれて少しして魔法の火花を起こし、すぐに両親が魔封じの腕輪をつけたらしい。
三歳まではそれで何事もなかった。
しかし四歳になった時、魔封じの腕輪をしているのに彼女の周りに火花がちりはじめた。
両親は慌てて魔封じの腕輪を追加で装備させたらしい。
だけど、一年後、五歳になったフィーネの妹はまた火花を散らした。
それから毎年、彼女には魔封じの腕輪が追加されているそうだ。
今は十三歳だったはずなので、彼女には十一個もの魔封じの腕輪がつけられていることになる。
「――だけど、十歳から半年に一個追加してるの。だから今は十四個つけてるわ」
俺はフィーネの話を聞いて心底驚いた。
それはつまり、魔力を封じきれなくなっているということだ。
フィーネの妹の限界が近いということになる。
「お金なんて私が頑張っていくらでも稼ぐわ。でも、妹はもう、時間がないの。最近腕輪を追加したばかりなのに、火花が時々散るの……」
「そうか……。俺が参考になるのかどうかは分からないぞ」
「それでもいいわ、お願い。助けて。あの子はたった一人の家族なの」
そう言ってフィーネは泣いてしまった。
見てみなければ分からないが、きっと俺と同じようにフィーネの妹はあの魔力の塊に触れてしまったのではないだろうか。
そうであれば、俺のように体の中に吸引箱を持っていないと難しいだろう。
「フィーネ、妹さんをみてもいいか?どこまで分かるかはわからないが……」
涙を拭いながらフィーネは頷く。
「ええ、お願い。エルナはそこの部屋で寝てるわ。動くと火花がたくさん散るから、ここ最近はずっと寝たきりなの……」
フィーネの案内で妹、エルナのいる部屋へ向かった。
フィーネはドアをノックして中に声をかける。
「エルナ、今大丈夫?知り合いが来てくれたの」
中からはか細い声が聞こえる。
「大丈夫よ、お姉ちゃん」
そうして中へ入ると、俺は思わず後ずさった。
扉を開けた瞬間、肌を打ち付けるような感覚があったからだ。
フィーネがどうかしたのかと聞いてきたが俺はなんでもないと首を振って中へはいった。
ベッドで横たわる少女が、こちらへ首を向けた途端バチっと火花がはじける。
彼女の腕には俺が幼い頃につけていたような魔封じの腕輪がたくさんついていた。
俺はざっと腕輪を鑑定してみたが、ほとんどが壊れていて、機能しているのは五個だけだった。
だがそれも、どれも壊れかけだった。
フィーネが言っていた通り、もう時間がない状態だ。
「初めまして、俺はルカだ」
「初めまして、私はエルナって言います。寝ころんだままでごめんなさい」
「いや、かまわない。そのままじっとしていて大丈夫だよ」
エルナの状態を確認した俺は、とりあえず彼女を鑑定してみた。
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エルナ・フォン・アルネム(13)
人間:女性
称号:アルネム準男爵令嬢
状態:魔力過多
パッシブ魔法-
魔力操作・中
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やっぱりだ。
彼女は魔力操作のパッシブ魔法がある。
だからきっと普通の人よりも魔力を感じ取れたのだ。
そして、何かのきっかけで、魔力の塊に触れてしまい、魔力が爆発的に増えたのだろう。
まずはそれを覚えているか確かめてみよう。
「エルナ、これから質問をするからそれに答えてくれ」
「はい」
「幼い頃、体内にある何かに触らなかったか?生身の手ではなく、見えない手で」
「ごめんなさい、覚えてないです……」
「そうか。じゃあ、体内を巡る魔力を感じることはできるか?」
「はい、物凄くたくさんあって、それが体から飛び出そうとしてます。でも腕輪で抑えてるから苦しくて……」
「自分でその魔力を動かしたりはできるか?」
「少しだけなら」
これなら、彼女ももしかしたら俺と同じように魔力無限収納を習得できるかもしれない。
だが、この魔力無限収納は俺が作った魔法だ、もしかしたら無理かもしれない。
その場合は彼女の中に俺が作って設置するしかないな。
できるかは分からないが……。
「じゃあ、少し試してみよう。目を閉じて、まずは無限に収納できる箱を想像してみて」
「無限に収納できる箱、ですか?」
「そう、蓋のついた無限にいくらでも収納できる箱」
「……はい、想像しました」
「それを体の中に設置してみて。イメージでいいから」
「はい……」
「その箱に漏斗をつけて、体内で暴れまわる魔力がその漏斗に吸い込まれていくのを想像してみて」
「漏斗、吸い込まれる……」
「そう、しっかりと想像して、自分の中で暴れる魔力が漏斗のついた箱にどんどん吸い込まれていくのを」
「はい……」
暫くそうしてエルナは目を瞑りじっとしていた。
俺はその間何度もエルナを鑑定しなおしていた。
だけど、彼女には特殊パッシブの項目が増えることはなかった。
「エルナ、もういいよ」
「はい、もういいんですか……?」
「うん、残念ながら俺と同じ方法では魔力を保管する箱を作るのは無理だったようだ」
「そう、ですか……」
エルナはそう言うと、寂しそうに微笑んだ。
「今度は俺がやってみるよ。初めてだし、成功するかは分からない。それでも試していいかい?」
「お願い、します」
エルナの返事を聞いた俺は目を閉じると久しぶりに見えない手を動かした。
そのまま、見えない手を伸ばしてエルナに触れる。
「エルナ、今何かが触れてるのがわかるか?」
「は、はい。えっと、何かが触ってるのはわかります」
「うん、今からそれが君の中に入っていく。すごく違和感があるかもしれないし、気持ち悪いかもしれないけど、我慢してほしい」
「は、入る、ですか? わ、わかりました……」
怯えを含んだ声音だが、仕方ない。
「大丈夫、傷つけたりはしないから。だけど俺も初めてのことだから、何かあったら教えて」
「は、はい」
そうして俺は見えない手をエルナの中に潜り込ませた。
エルナの中は、まさに暴風と言える状態だった。
魔力が溢れかえり、出口がないのでエルナの中で暴れ狂っているのだ。
俺は見えない手でエルナの体内にある、魔法の空間に入り込んだ。
俺にしかないかと思っていたのだが、エルナにもあったようで一安心する。
その空間の中で、エルナの中で暴れまわっていた魔力を捕らえてそれを無限収納ができる箱に作り替える。
他人の魔力で作るのは初めてなので少々手間取るが、なんとか箱を作ることができた。
さらに魔力を捕らえ、今度は漏斗に作り替える。
もちろん、某吸引力の変わらないアレを想像しながらだ。
そうして出来た漏斗を箱に差し込む。
暫く観察をしていたが、吸引箱は見事機能しはじめたようだ。
彼女の中で暴れまわっていた魔力が次々と吸い込まれていっている。
その確認を終えた俺は見えない手を戻し、エルナを再び鑑定してみた。
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エルナ・フォン・アルネム(13)
人間:女性
称号:アルネム準男爵令嬢
状態:魔力過多
パッシブ魔法-
魔力操作・中
特殊パッシブ魔法-
魔力無限収納
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成功だ。俺はほっと息を吐いた。
「うん、成功だ。しばらくしたら、魔封じの腕輪を全部はずしても大丈夫になるよ」
「え?」
「え?ルカ、それはどういうこと?」
「ここまでしたから言うけど、秘密を守ってくれるか?」
俺の言葉にフィーネは即答した。
「命を懸けて誓うわ。私は、私の命に懸けて、決してあなたの秘密を誰にも話さないわ」
「私も決して話しません」
そんな二人に笑みを浮かべながらも俺は保険をかけることにした。
これもギルドマスターからの案で作り出した魔法だ。
「じゃあ、誓約魔法をかけてもいいか? この魔法をかけると、俺に対して誓った言葉は君たちへの鎖になる。もし誰かにあらゆる方法で俺の秘密を伝えようとした場合、誓約魔法の鎖が君たちの心臓を締めあげる。まさに命を懸けてもらうことになる。だけど、誓約魔法が嫌だというなら、記憶操作で俺の秘密を全て消させてもらう。もちろん、エルナに施したものはそのままにしておくけどね。――どちらにする?」
「私は誓約魔法をお願いするわ。エルナを救ってもらっておいてその恩を全て忘れるなんて嫌だもの」
「私も、誓約魔法でお願いします。お姉ちゃんと同じで恩を忘れて生きていくなんて嫌です」
「そうか。うん、分かった」
そうして俺は二人に誓約魔法をかけた。
これで二人は俺に関する秘密を俺以外の誰かにあらゆる方法で伝えようとしたら魔法の鎖が彼女たちの心臓を縛り上げて、最初は警告の痛みを。そして二度目は命を奪うことになる。
本当は記憶を奪うだけにしたかったが、そんな甘い考えではだめなのだ。
こうして俺は、二人に俺の秘密と、何をしたのかを説明した。
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