46 グロースラット退治
翌朝狭い部屋で目覚めた俺はぐっと手を伸ばして背伸びをした。
「はぁ、ベッド硬いなー。体が痛い」
ぐるぐると肩を回してから俺はベッドを出る。
さすがに安宿なだけあって、ベッドの布団は煎餅布団だったので体中が痛い。
これは具現化で布団作ろうかな……。
「さて、飯でも食いに行くかな」
現在は朝の七時、ミハエルとは七時半にギルドの酒場で待ち合わせだ。
部屋を出た俺はそのまま宿を出てギルドへ向かった。
――隣なのですぐ着くのだが。
ギルドに入ると酒場に目を向ける。
ミハエルはまだいないようだ。
そのままギルドの酒場に入ると適当に席についた。
俺が席についてすぐに酒場で働く若い女性がやってきた。
少し気が強そうな猫の獣人さんだ。
「お兄さん何頼む?」
「あー。じゃあとりあえず果実水だけ頼む」
「はいよ!鉄貨五枚だよ!」
俺は鉄貨五枚を女性に渡した後、肘をテーブルにつけて顎に手をあて、ぼーっとギルド内を眺めた。
まだ早い時間なのにソロっぽい冒険者が受付で何か話していたり、パーティであろう冒険者が依頼ボードの前で何を受けるか相談していたりする。
そんな光景を見て俺はファンタジーだなぁと思わず考えてしまった。
そのファンタジーな世界に自分がいるんだなと思うとなんとも不思議な気分になる。
前世では小説の中にしかない世界だったが、今ではそんなファンタジーな世界が俺の生きている場所なのだ。
果実水を受け取った俺はちびちび飲みながらミハエルが来るのを待った。
七時三十分を過ぎた頃、やっとミハエルがやってきた。
俺に向けて片手を上げて――
「すまん、遅れた」
そう謝るミハエルに、俺は苦笑する。
「いいさ。昨日あれだけ動いたのはミハエルだからな」
「いや、単純にベッドが硬くてよ、中々寝付けなかったんだよ」
「ああ、なるほどな。俺も起きたら体痛くてさ。布団、用意するか?」
最後は少し声を抑えてミハエルに聞いた。
「あー、たのめっか?あれはやばいわ」
「ああ、今日の依頼中にやっとく」
「助かる。――お姉さん!注文いいか!」
「はぁーい!」
俺とミハエルは朝食をさっさとすませると依頼ボードの前へと向かった。
「さて、何を受けれるかねー」
そう言いながら二人で依頼ボードを見た。
俺達は昨日Fランクに上がったので、受けれるのはGとFの依頼だ。
とはいえ、Gの依頼だとポイントが半分になるので出来ればFの依頼を受けたい所ではある。
「お、これどうよ?ルカ」
ミハエルの声に俺はそちらへ視線を向けた。
ミハエルが指す先にはグロースラット退治の依頼書だった。
――グロースラットとは、大きな鼠という意味だ。体長は約三十センチあり、鋭い歯で噛みつき攻撃をしてくるモンスターである。
そのグロースラットが畑に棲みついたので退治して欲しいという依頼だった。
Fランク依頼で、一匹につきポイントは一で、報酬は大銅貨一枚だ。
ぱっと見は報酬はとてもいい依頼書に見える。
だがこのグロースラット、かなり面倒らしいのだ。
巣自体が土の中で、モグラのように自由に土中を動き回り、地面から急に出てきて攻撃してくるのだ。
しかも結構数が多く倒しきるのにかなりの労力を伴う。
本来報酬がよければすぐに依頼はなくなるものだが、こうして残ってるのは面倒くさく、割に合わない依頼だからだ。
「じゃあこれ受けるか。まだ見たことないモンスターだしな。経験しとくのも悪くないだろ」
「おう、そうだな」
俺達はこの依頼を受ける事にした。
先にも言った通り、まだ見たことがないモンスターだからだ。
いざとなれば毒で巣穴からあぶりだせばいいだけなので問題はない。
受付に依頼書を渡すと、なんだか受付嬢さんに憐れみの目を向けられた気がする。
多分新米冒険者が面倒な依頼と知らず受けたんだな、ご愁傷様とでも思ったのだろう。
まぁ、こういうのも教えないのはそうやって痛い目を見て覚えていくからだ。
控えの板を受け取った俺達はその足で依頼主のいる村へ向かった。
依頼をした人がいる村へは歩いて六時間ほどかかる。
もちろん俺達は光学迷彩と飛行魔法で飛んでいく事にした。
余った時間でコボルトなりポイントを稼げるモンスターを探す予定なのだ。
そうして俺達は空を飛び、村へと辿り着いた。
「さて、それじゃ依頼主の家へ行きますかね」
「ああ。俺は今回エストックにしとくかな。突き特化武器のがよさそうだし」
空を飛んでる間に、グロースラットについては説明したので、それを聞いた結果だろう。
――ちなみにグロースラット自体は単体ではゴブリンと同じGランクだが、ゴブリンよりも弱い。
ただ、土の中を自在に動き回り、土の中から直接攻撃してくるという厄介さと、数が多い事でFランク設定となっている。
一匹みたら三十匹はいると思えってのがグロースラットに使われる言葉だ。
何やら黒い悪魔を思い出す言葉である。
「そうだな。突き系の武器の方が今回は向いてるな」
最近はミハエルは敵に合わせたり、単純に気分で剣を変えたりしている。
どんな形状であれ、剣であればミハエルのパッシブ魔法は補正するので問題はないようだ。
「こんにちは、グロースラット討伐の依頼を受けてきました。依頼主の方はいますか?」
依頼主が住んでいるであろう家の扉をノックして声をかける。
少しして中から声がした。
「ああ、悪いねぇ、来てくれたんだね。ありがとう」
出て来たのは人のよさそうなおばあさんと、ムッスリとしたおじさんだ。
多分おばあさんの息子さんだろう。
俺達はおばあさんと息子さんに案内されて、件のグロースラットが棲みついてしまったという畑にやってきた。
少し離れた場所から息子さんが説明をしてくれた。
「二週間程前からあいつらが急に現れて畑に棲みつきやがった。植えていた野菜は軒並みやられて全部ダメになった。すぐに依頼を出したが、まったく人が来なくてな。あんたらが来るまでにあいつらもだいぶ増えちまった」
遠目で見ても分かる程に畑は荒れ果てボコボコになっている。
大きいグロースラットもいれば、小さいのもいるのでかなり増えているようだ。
少なくとも二週間もあれば子鼠が大人の鼠になれるくらいの時間なので、六十匹以上いる可能性が高い。
これは下手したらグロースラットだけでEランクになれる可能性があるな。
そう思って少し苦笑してしまう。
「分かりました。全て退治しますので、終わったらお知らせします」
「おお! 本当か! 助かる。グロースラットの討伐依頼にも関わらず来てくれて助かったよ」
「ありがとねぇ、僕たち。まだ子供なのに立派だねぇ」
そうして依頼主達が去った後、俺達は仕事に取り掛かる事にした。
「とりあえず逃がしたらまた戻ってきて繁殖するからな、土の中も含め大きな結界で包んでしまうか」
「だな。んで、何匹くらいいる?」
「いやーミニマップに数えきれない赤い点があるんで、正直数えてない。ものすごい数だわ」
「まじかよ。しかしあんなクソでけぇくせにあの範囲の畑の中にいるのか」
「半数は子鼠だな」
「なるほどな。ま、それじゃサクサク退治していくか」
「ああ、結界はもう張ったから、後はグロースラットの殲滅だ」
こうして俺達はグロースラット退治に勤しむ事になった。
巨大鼠退治をしていると、確かにこいつらがFランク設定というのは納得がいく。
強くはないのだが、地中からの攻撃が厄介だ。
しかも数が多いので殺すにしても面倒くさい。
本来であればすぐに退治していれば二十匹くらいだったのだろうが、面倒がって誰も受けなかった為に、二週間も経ってしまい、倍々ゲームのごとく増えたという所だろう。
すでにもう四十匹は殺したが、未だに地中ではボコボコと土が動いている。
とはいえ、後二十匹くらいという所だろう。
「ミハエル、後二十匹くらいだと思う」
「お、やっとか。本当にめんどくせぇなこいつら。よえーのに数がなぁ」
ブツブツと言いながらミハエルは地面を泳ぐグロースラットを次々刺して行く。
表面に浮いてきてるのはミハエルに任せるとして、俺は土中の奥深くにいるグロースラットの始末をしよう。
あれは生まれて日の浅い子鼠だからどれだけ待っても出てこない。
巣の一番奥、最下層に子鼠がいる。
毒で殺してもいいが掘り出すのが面倒なので、まずは子鼠を結界に閉じとめる。
そのまま巣の中を結界に閉じ込めたまま移動させる。
しばらくして、問題なく外まで出せた。
出してしまえば後は剣で突き刺して殺すだけだ。
子鼠を始末した所で、俺はミニマップを確認した。
「お、全部倒し終わったな。もういないみたいだ」
俺の声に討伐証明部位である尻尾を切り取っては畑の端にグロースラットを放り投げていたミハエルが声をあげた。
「お、まじか。んじゃさっさと尻尾切っちまおうぜ」
「そうだな、しっかし何匹いるんだこれ」
思わずため息を零しながらも、俺達は黙々と尻尾を切る作業を繰り返した。
全てが終わって時計を見るともう昼を過ぎて二時になっていた。
この村に着いたのが朝の十時だから退治と尻尾集めで四時間もかかったようだ。
俺もミハエルもぐっと背伸びをする。
「あー。退治より尻尾集めのが面倒だったな」
「そうだな、エストックでサクサク刺してる方が楽だったわ」
畑のそばにはこんもりとグロースラット塚が出来上がっている。
後は依頼人に報告して、これを見せた後、依頼完了のサインを貰えば終わりだ。
グロースラットの死骸の始末は依頼人の仕事になる、が、きっと大変だろうから少し離れた箇所に大きな穴を土魔法で開けておいた。
埋める用の土も用意しておく。
「じゃ、報告に行こうか」
「おう」
そうして俺達は依頼人にグロースラットを全て駆除した事を伝えた。
依頼人の息子さんは――こんな短時間で?――と少し疑っていたが、実際にグロースラット塚を見て物凄く驚いていた。
処理用の穴も少し離れているが開けている事を伝えると大変感謝され、俺達はサインを貰って村を後にした。
「ルカ、結局全部で何匹だった?」
「聞いて驚けミハエル。六十八匹いた」
俺の言葉を聞いて少し嫌そうな顔をしてミハエルが言った。
「まじかよ。鼠だけで六十八ポイントかよ」
「後はコボルト十六匹で百ポイントになるな」
コボルトは一匹二ポイントなので後十六匹やれば俺達は晴れてEランクへとなれる。
「んじゃ、さっさとコボルト探して狩りしようぜ」
「ああ、そうだな」
そうして俺達は軽く昼飯を食べた後、再び光学迷彩と飛行魔法で空へと舞い上がり、コボルトの捜索を行った。
街から遠いせいか、案外あっさりコボルトは見つけられたので、すぐに十六匹分の討伐証明部位が集まった。
その後、少し時間をあけてからギルドへ報告に行ったところ、再び受付嬢さんの大きく見開いた目を見る事となった。
俺達は青銅のタグを受け取り、無事にEランクへと昇格した。
これで次からはダンジョンに挑む事が出来るようになる。
実に楽しみだ!
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