34 ミハエルの覚悟
ミハエルと冒険者をするための魔法の開発をしてからもう三年が経った。
俺たちは十歳を迎える年となり、教会学校を卒業することになる。
今日が最後の学校だ。
「行ってきます、母さん、カール」
「いってらっしゃい、ルカ」
「にーちゃ、いてらっしゃい」
もうすぐ四歳を迎えるカールが小さな手を振って見送ってくれる。
なんと可愛いのか。
俺はマリーとカールに見送られて教会学校へと向かった。
今日は教会学校の卒業の日でもあるが、ミハエルを試す日でもある。
ミハエルは学校を卒業後、家を出て住み込みでマルセルの家の仕事を手伝うらしい。
ここ最近はほぼ毎日青痣を作っているのでもう限界なのだそうだ。
痛みはなくともやはり精神的に来るのだろう。
この世界では十歳から普通に働けるので、マルセルの父親も快く受け入れてくれている。
もちろん、ミハエルは冒険者になるつもりなので、三年だけお世話になると伝えているそうだが、マルセルの父親は冒険者にならない場合はここで正式に働いていいと言ってくれているそうだ。
本当に素晴らしい人だと思う。
教会学校についた俺はいつも通りにマルセルの所へ行こうとしたら、珍しい物を見ることになった。
「おはよう、マルセル、ミハエル」
そう、いつもギリギリに来るミハエルがすでに来ていたのだ。
「おはよう、ルカ!」
「よう、おはよう」
俺はミハエルの前を通らせてもらって席についた。
「珍しいな、ミハエルがもういるなんて」
「ねー! いつもギリギリなのに!」
「まぁ、最後だしな」
苦笑しつつそう言ったミハエルは自分の口元を撫でていた。
ミハエルの左側の頬にはクッキリと青痣があった。
「またか……」
「ああ、でも今日で最後だ。俺の荷物は少しずつマルセルの家に運んであってな。今朝家を出る前に親父に別れを告げてきた。そしたら殴られたんだよ。勝手にしろ、二度と帰ってくるんじゃねぇってな」
「そうか……」
「正直せいせいしてるんだぜ? これでもう俺はあの親父の側にいなくてすむんだからな」
「あの、あのね、ミハエルの部屋はね、もうできてるんだよ。僕楽しみで、ミハエルの部屋掃除して準備したんだ」
「まじかよ、ありがとな、マルセル。三年間よろしく頼むよ」
「うん! でも、本当に冒険者になるんだね、二人共……さみしいな」
マルセルは寂しそうな笑みを浮かべる。
「俺たちは冒険者になるから、マルセルは立派な道具屋になって、いい商品を入れて、俺たちを支えてくれ」
「ああ、そーだな。マルセルにしかできねぇことだ。頼むぜ?」
俺たちの言葉にマルセルは満面の笑顔を浮かべた。
「うん!」
――そうして、俺たちは教会学校での最後の時を過ごした。
教会学校が終わった後はお疲れ会と称して俺たちはいつもの屋台広場でいつも通りに買い物をして地面に座りながら会話を続けた。
「今日で学校終わりなんだねー。なんだか実感がないなぁ」
「うっかり間違えて明日学校行くなよ?」
「行かないよ! そこまでうっかりしてないもん! ミハエルのバカ!」
「はははは」
そんな楽しい会話を繰り広げていたが、俺はミハエルに伝えるべきことを伝える。
「さて、昨日も言ったけど、今日はミハエルを試す日だから、マルセルは悪いが先に帰っていてくれ」
「……うん」
「心配するなって、ミハエルには絶対ケガなんてさせないから。マルセルは家でミハエルの帰りを待っていてやってくれ」
「うん。ルカもミハエルも、無理はしないでね?」
「もちろんだ」
「ああ。すまねーなマルセル」
「ううん、それじゃあ僕先に帰るね。ミハエル、また後で!」
「おう」
そうしてマルセルは手を振りながら先に家へと戻っていった。
俺とミハエルはそれを見送ってから人のいない裏路地へ向けて移動していった。
「で、どうやって街から出るんだ?」
「まぁ、それはもう少し人がいなくなったらな」
俺とミハエルは黙って歩き、人がいないところへとやってきた。
もちろん探索魔法で周囲に人がいないのは確認済みだ。
「じゃあ今から魔法をかけるけど、驚かないようにしてくれ」
「その前に何かけるか教えてくれよ」
「それもそうだな。今からかけるのは姿が見えなくなる魔法と、飛行魔法だ。これで街の外へいく」
「は?」
「じっくり説明してやりたいんだが、出るのが遅くなると帰りが遅くなるからな、我慢してくれ。後は、慣れてないと飛行魔法は難しいから、俺と手を繋いでおこう」
「お、おう……」
ミハエルと手を繋いだ俺はミハエルと自身に光学迷彩魔法と飛行魔法をかけた。
俺の姿が消えたことに驚いているようだが、勢いでこのまま連れ出してしまおう。
ただ、消音魔法もかけておくべきかもしれない。
「ミハエル」
「は? え? なんだ?」
「落ち着けよ。今から消音魔法もかける。声が聞こえなくなるが目的の場所についたら解くから暫く我慢してくれ。いいか?」
「お、おう」
若干俺の手を握るミハエルの力が増した気がするが仕方ない。
消音魔法をかけて俺はミハエルの手を握ったまま空中に飛び上がった。
明らかに手からパニックを起こしてそうな振動が伝わってくるが、俺は今ここでミハエルを落ち着かせるためにあれこれするよりはさっさと現場に行く方がいいだろうと、そう思ってそのまま飛び続けた。
途中で静かになったなと思ってミハエルを見ると――姿は見えないが――彼の足元からポタポタと雫が垂れていた。
俺は黙ってミハエルに浄化魔法をかけ、見なかったことにした。
見なかったことにしたがこれはめちゃくちゃ怒られるかもしれない。
暫く飛んで、ゴブリンの集団を見つけた俺は周囲に他にモンスターや人などがいないのを確認してゴブリンの近くに下りた。
そのままゴブリンに向けて闇魔法の支配をかけて動きを止めさせる。
消音魔法と光学迷彩、そして飛行魔法を消してからミハエルに声をかけた。
「ミハエル……大丈夫か?」
ミハエルは青い顔をしていたが、なんとかしぼりだすように答えた。
「おう……」
それだけ言うと彼は座り込んでしまった。
ゴブリンが近くにいるというのにそれに反応できないほど疲弊してしまったようだ。
これは本気で悪いことをした……。
別に今日じゃなくても日を改めても良かったかもしれないが、しかし明日からは俺も仕事を始めるので、今日しかなかったのだ……。
二十分ほどして体力を回復させたらしいミハエルが顔を上げ、近くにゴブリンがいることに驚きパニックを起こしかけるという出来事はあったが、今はミハエルも落ち着いている。
ただ、説明をほとんどしなかったことに対してかなり怒られた。
さすがに俺も時間がないとはいえ説明しなさすぎたのでかなり反省した。
「ごめんな、ミハエル」
「はぁ、もういいさ。でも凄いな、ルカは。こんなに色々魔法が使えるなんてよ。俺聞いたことねーぞ」
「そうだろうな。俺も調べた限りは聞いたことがないし」
「だけど、へへ。ちょっと嬉しいな」
そういうミハエルに俺は首を傾げた。
「なんでだよ?」
「だって、お前がそんな魔法使えたり作れるの、俺がバラすなんて微塵も思ってねーんだろ?」
「思ってないな。お前らが俺を売るなんて考えられないからな」
「だからだよ。信頼してここまで秘密を明かしてくれてんのが嬉しーんだよ」
そう言って少し照れ笑いするミハエルに、俺もなんだか少し恥ずかしくなってしまう。
「やめろよ。なんか恥ずかしいだろ」
「いいだろ、本当のことなんだし」
一頻り会話をした後、ミハエルが聞いて来た。
「で、だ。俺を試すってのは、あれだな? こいつらを俺が殺せるかどうかってことだな?」
「――ああ。俺は昔に自分の覚悟を決めるためにゴブリンをこの手で殺した。こういう人型を殺せなくて冒険者になれない人もいるんだ」
「そうか。確かに人型を殺すっていうのは俺も気持ち的に抵抗はある。だけどな、ルカ。俺はあの日冒険者になるって決めてからちゃんと覚悟を持ってるんだ」
真剣な目で俺を見るミハエルを見て、俺は頷き、具現化したサバイバルナイフをミハエルに渡した。
「分かった。これを貸すから、時間はかかってもいい。覚悟を見せてくれ」
覚悟を見せてくれなんて言ってるが、仮にミハエルがこれでドロップアウトしても俺はそれはそれでいいと思ってるのだ。
すでに仕事先は確保されてるし、ミハエルなら商売人としても生きて行けるだろう。
それに冒険者は自由と引き換えに、危険な仕事だし、楽でもない。
街で仕事をして暮らしていけるなら、きっとその方がいいのだ。
「ああ……」
若干震える手でサバイバルナイフを受け取ったミハエルはその刃を見つめ、一度強く目を瞑るとサバイバルナイフをぎゅっと握りなおし、ゴブリンの前へ向かった。
ゴブリンの前に行ったミハエルは暫くゴブリンを見つめ、一つ深呼吸をすると覚悟を決めた目でゴブリンを見た。
そして、ミハエルはサバイバルナイフをゴブリンの胸に深く突き立てた。
俺はもっと時間がかかると思っていたのだが、ミハエルは本当にしっかりと覚悟をしていたようだ。
二十分もかからずにゴブリンにナイフを突き立てることができた。
俺と比べるまでもなく、ミハエルは本当に強い。
ゴブリンの胸に足をかけてナイフを引き抜くと、そのまま次の動かないゴブリンへと向かい、今度はゴブリンの喉にサバイバルナイフを滑らせた。
ナイフで切られたゴブリンは緑色の血を噴き出してそのまま崩れ落ちる。
ミハエルはそれをチラリと確認して次のゴブリンに向かった。
――そしてすべてのゴブリンをミハエルは倒してみせた。
彼の覚悟を俺は見せつけられることになった。
ゴブリンの血で汚れたミハエルは全てを殺して一息つくと、俺に向き直った。
若干顔色が悪いが、人型を殺したのだから当然だろう。
「ルカ、俺の覚悟を見てくれたか?」
「ああ。ありがとう。ミハエルは俺なんかよりずっと強いな」
俺の言葉にミハエルは笑みを浮かべる。
「おう、でもこれでも結構きてんだぜ? それでもオークの解体の手伝いの仕事を一度したことあるからな、多少慣れちゃいるんだよ」
「そうか、でもやっぱさすがだなミハエル。今後もよろしく頼むぜ」
「ああ、よろしくな」
俺とミハエルは拳を打ち合わせた。
その後、ミハエルに浄化魔法をかけて、ゴブリンの処理もした。
帰りにミハエルは少し飛行魔法を訓練したが、さすがに操作がおぼつかなかったようだ。
暫くして俺たちは街へ戻った。
俺とミハエルは十三歳を迎えたら家を出て冒険者として生きていくことになる。
装備などは最初はお金もないので俺が具現化魔法で用意することにした。
「じゃあな、ルカ」
「ああ。またな、ミハエル」
そうして俺達は色々な思いを胸にそれぞれの家へと帰っていった。
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