162 閑話 ヒルデさんの日常
私はヒルデ、ヒルデ・リースマンです。
冒険者ギルドの副ギルドマスターをしております。
ギルドマスターは、最近は『イストワール』という子供たちの冒険者パーティを気に入っておられるようです。
彼らは少し前の冒険者登録を致しました。
驚くことに登録をしたその日にFランクへとあがり、すぐにEランク、Dランクとあがったのです。
最初は逸材が入ったと思ったものです。
ですが、私の子供と同じくらいの年齢の子が冒険者登録をしたことで少々気になっていたのです。
あの子たちがギルドに戻ってくるたびに、私はこっそりと覗き見をしておりました。
ケガはしていないかどうか、気になったのです。
そしてある日、あの子たちがCランクの試験を受けることになりました。
予想通り、試験官はギルドマスターがなされると言い張ったので、そのように手続きを致しました。
あの子たちが危険になればギルドマスターがきっと守って下さることでしょう。
もちろんギルドマスターにはしっかり守るように釘を刺しました。
しばらくして、無事に帰って参りまして、彼らはCランクだと認定されました。
怪我もない無事な姿を見たときはほっとしたものです。
それから、色々とありました、あの子たちのパーティに女の子が二人加わりました。
フィーネさんは以前からパーティに入らずずっとソロをしていた子です。
特別な事情があったのですが、どうやらあの子たちは彼女の事情を知った上でパーティを組んだようです。
しかし何をどうしたのか、彼女の妹さんは魔力暴走から逃れ、元気になりました。
彼らが何をしたのかはわかりませんが、妹さんが無事で私は大変ほっとしたのです。
彼女たちがいざというときは支援できるように、ギルドマスターにはきつく申し上げておりましたが、彼らのおかげで救われました。
そこから暫くして、彼らのパーティはBランク試験を受けることになりました。
あのような幼い子たちが貴族という面倒な生き物と交渉するという事実に私は心配でなりませんでした。
「ギルドマスター、早すぎはしませんか? あの子たちはまだ十三歳ですよ」
「ヒルデか。わかっちゃいるが、まぁ事情があってな。あいつらなら問題ねぇよ。俺が面倒みる」
ギルドマスターの強い言葉に私は黙るしかありません。
「そうですか。そこまで仰るのでしたら必ず守って下さい。無理とかは聞きませんよ」
「お、おう。わかってるよ。ちゃんと守るから安心しろ、ヒルデ」
「わかっております。ギルドマスターを信頼しておりますので」
私の言葉にギルドマスターが苦笑なさいました。
何を笑うことがあるのでしょうか。
失礼な方ですね。
ギルドマスターと彼らがBランク試験として出かけて二週間、もう首都についたでしょうか。
心配ですね。
心配はしていても私も業務を終わらせ家に帰宅せねばなりません。
愛しい家族が待っております。
「それでは皆さま、お疲れ様です。私はお先に失礼致しますね」
「お疲れ様です、副ギルドマスター」
「お疲れ様です、ヒルデさん」
皆さんに声をかけてギルドを出ます。
今日は何に致しましょう。
市場に寄り、食材を購入して帰ります。
「ただいま」
私の声に家族の声が返ってきます。
「おかえり、お母さん」
「おかえりーママー」
「おかえり、ヒルデ、ご苦労様」
愛しい息子と娘と、愛する夫の声に迎えられました。
私は思わず笑みを浮かべます。
「すぐ、ご飯にするわね、待ってて頂戴」
「はーい!」
「お母さん、何か手伝おうか?」
息子の優しい言葉に笑みを浮かべます。
「いいのよ、座って待ってなさい」
「わかった、でも何かあったら言ってね」
「ええ」
私の家族は本当に素晴らしい家族ばかりです。
夫も私の仕事を理解し、応援してくれますし、いざと言うときは家事も代わってくれます。
良き夫と、賢く優しい子供たち。
だからこそ、近しい年齢のイストワールはとても心配になってしまうのです。
彼らの家族関係の事情も知っておりますので、決して家族の話は致しませんが、どうしても母親として心配な気持ちが湧いてしまいます。
そうしてさらに二週間と少し、無事Bランクとして彼らは帰って参りました。
なぜか少しだけ皆さん大人びておりました。
ギルドマスターが彼らがBランクになった宣言をしたあと、首都でのお話を伺いました。
随分大変だったようですね。
まさか、『シュラハト』が『イストワール』に絡むとは。
詳しくは説明して頂けませんでしたが、最終的にはよき関係を築けたとのことで一安心です。
ある意味で、Aランクである『シュラハト』が彼らの後ろ盾になったに等しいわけです。
そうなれば、貴族もそう簡単に彼らに無茶な依頼をして来ないでしょう。
そんな風に安心しておりましたが、やはり時折下らない貴族からの依頼がありました。
ギルドマスターにお知らせもしておりましたが、どうでもよさそうな分については私が断っておりました。
元々貴族はただの顔つなぎ目的でどうでもいい依頼をして参りますので、断る分には簡単です。
とはいえ、子爵クラスの依頼となりますと、私では判断し兼ねるので、ギルドマスターに回します。
「ギルドマスター、子爵様からのご依頼です。お断りをしておいてくださいね」
「お、おう」
「それではよろしくお願いいたします」
どうせギルドマスターも受ける気もなければ彼らに通す気もありませんので、問題はありません。
そんな彼らへの貴族からの依頼を断る日々が続き、ある日ギルドマスターが彼らをAランクにすると連絡が参りました。
「ギルドマスター、本当に彼らをAランクになさるのですか? 少し早くございませんか」
「はえーんだけどな、あいつらは本来ならとっくにAランクになってるはずなんだが、これでもかなり待たせたんだよ」
「そうでございますか……。しかしAランクになってしまいますと、守り切れなくなりませんか」
「わかってる。でも、それでも、そろそろ俺が断るのも厳しくなってきていたからな」
「そうでございますね……」
すでに、貴族からは軽い圧力がかかってきておりました。
それでも、当ギルドの専属で忙しいからと断り続けてきたのです。
これもそろそろ限界と言えますでしょう。
彼らがAランクともなれば、本人で依頼をハッキリと断れることができます。
彼らにとっては煩わしい作業が増えてしまいますが、最低限の顔つなぎ程度の依頼でしたら、私たちが断ることも可能です。
しかし感慨深いものです。
初めてギルドへやってきたとき、彼らはまだ十三歳になりたてで、とても幼い子供でした。
冒険者になれたことに嬉しそうに笑っていました。
私は対応していなかったので、チラリと見ただけでございましたが、可愛らしかったのをよく覚えております。
そんな可愛らしい子供たちがまさかの一日でFランクになるためのポイントを溜めてきたということで、一時はゴブリンの耳が本物かどうかと問題になったものです。
しかし、私が見た限り、それは新鮮で本物でした。
私はすぐにこれは本物であり、彼らの言葉は真実であると告げました。
こうして彼らはFランクとなりました。
その後、時間を置かずに彼らは次々とポイントを溜め、あっというまにDランクへとなりました。
日を追うごとに、彼らの顔からは幼さが抜け、何かを決意したかのような凛々しいものへと変わっていきました。
それが少し寂しく感じました。
そして彼らが冒険者登録をして、たった一年と少し。
彼らは遂にAランクへとなりました。
ギルドマスターに宣言された彼らは少し恥ずかしそうにしておりました。
そんな彼らを見て、私は笑みを浮かべてしまいます。
こうして彼らがAランクとなり、すぐに貴族から依頼がやって参りました。
さすがに子爵以上からの依頼は一応彼らに伝えねばなりません。
とはいえ、本当に顔つなぎ目的のくだらない依頼ばかりなので煩わしく思います。
それでも彼らがきたときに伝えなくてはなりません。
彼らは当然ながら受けることなく、しかし、きちんと依頼内容を聞いて、質問をし、そして断っていました。
とても好感のもてる断り方です。
依頼を聞きもせずに断ることも多いのが冒険者です。
しかし、彼はきちんと依頼内容を把握し、そのうえでお断わりをしているのです。
普段から受付嬢などへの対応を聞いていてもとても真面目で丁寧なのは知っておりましたが、これほどまでとは思いませんでした。
正直、貴族出身かと思ってしまうほどです。
そうして日々を過ごしていると、私とルーカスがギルドマスターに呼び出されました。
ルカさんについての秘密を聞き、記憶を消すか、誓約魔法を受けるか選択を迫られました。
私たちを信頼し、私たちであればと話して下さったのです。
どうして断れましょう。
「私はかまいませんよ。ギルドマスターがそうして信頼をして下さるのでしたら応えましょう」
だから私はそう答えます。
そうして誓約魔法を受けました。
しかし、私はルカさんに提案を致します。
「少し宜しいですか?」
「はい」
「誓約魔法が命の危険があるゆえに、ルカさんが自身の秘密を全て話したいのは理解します」
「はい」
「ですが、秘密は最低限のみで基本は黙ってて頂きたいのです」
「え、なぜですか?」
「秘密というのものは知らない方がいいこともあります。私たちは余計な秘密を知らない方がうっかり話してしまうリスクも減らせます。必要なとき、必要な情報を得るだけで構いません。その方がお互いのためとなります」
「そう、ですか……」
「ルカさん、秘密を話さず、誓約魔法という命の危険のある魔法に見合っていないとお考えでしょう?」
「はい……」
「それはあなたの思い込みですよ。あえて話さないことによって相手を守ることにもなるのです。秘密を知り過ぎるのは、それはそれで危険なのですよ」
ルカさんは私の説明に納得して下さいました。
実際余計な秘密を知らない方がいいこともあるのです。
それが逆に私たちの命を守ることにも繋がります。
そうして彼から色々と聞き取り調査をしますが、途中で欠伸をしているギルドマスターに気づきました。
「ギルドマスター、もうあなたはいりませんので、さっさと戻って仕事をしてください。休憩は十分でしょう」
「お、おう……。じゃあな、ルカ……」
ギルドマスターはすごすごとお部屋へ戻られました。
そして再び聞き取り調査を致します。
それから二時間ほどでしょうか、全てを書き終えたので私はペンを置きます。
「お疲れ様でした。シュタルクドラッヘやシュバルツデーモンについても記録は取らさせて頂きましたが、こちらは『イストワール』の皆さまがSランクになったときに公開させて頂きます」
私の言葉にルカさんがペコリと頭を下げます。
「はい、お願いします」
そんなルカさんを見つめ、私は彼を息子と重ねてしまいます。
いえ、実際息子と近い年齢の子供です。
本来ならこのような秘密を抱え、苦労する年齢ではないのです。
ですが彼は秘密を抱え、苦労することになりました。
だから、私は彼を守る立場になれたことを感謝しましょう。
ルカさんを見つめ、私は言います。
「あなたたちはAランクですが、冒険者としては未熟です。何かあれば私たちを頼りなさい。いいですね?」
私の言葉に彼が少し驚き、しかし深く頭を下げて感謝しています。
彼が困ったとき、私は私にできる範囲で守りましょう。
彼は色々な秘密を抱えておりますし、大変です。
しかし、彼らはただの子供です。
私たちが守れる範囲では守るべき子供です。
精神的にとても成熟しておりますが、それは秘密にもあるのでしょう。
ギルドで女性冒険者に揶揄われ、顔を真っ赤にしているのも、ギルドマスターを小馬鹿にしているときも、私に挨拶をする笑みも、すべて守るべき事柄です。
彼らが、純粋に真っ直ぐ生きていけるように、大人である私たちは導かねばなりません。
いえ、導くなんて言いすぎですね、そうですね、出来る範囲で守っていきましょう。
ギルドマスターには頑張って頂かねばなりませんね。
そうして私は日常へと戻ります。
いつも通り、ギルドマスターに書類仕事を催促し、他の業務をこなします。
そして『イストワール』に関する、貴族の書類を振り分けます。
ここ最近は貴族のいらぬ依頼も若干減りはしましたね。
よきことです。
さて、資料をまとめましょう。
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