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出会いはいつも突然に2

 首輪から神秘的な力を感じます、と彼女は言った。いや、正確には俺の手に書いた。

 薄暗い馬車の中で背中合わせで互いの手に文字を書き合ってコミュニケーションを取る。


『そうかな、俺には何も感じないけど』


 物理的な首絞めパワーは嫌というほど体感したが、それ以外スピリチュアルでオカルチックなパワーは体験していない。そんな力がもしあるなら是非俺も知りたいね。


『強大な、それでいて聖なる力です……とても人間が作り出したとは思えません。どこでそれを? 貴方は本当に人間なのですか?』


 特殊な生まれ方だけど、人間に転生したはず……死神様もそういってたはず……俺、人間だよな?


『人間、だと思う、多分。で、この首輪は貰ったもので俺が作ったわけじゃないよ』

『貰った? どなたから? それほどのものを貰える貴方は一体何者なのですか?』


 興味津々、ずいずい背中を押し付けてくる。

 出生を話していいものか。別に死神様から隠せとは言われていないけど……言って信じてもらえるものか……誇大妄想狂だと、変な目で見られないだろうか。


『教えてください! 教えてください!! 教えてください!!!』


 催促の掛け声のたびに背中が押されてのしかかられるような形に。不自由な手では体を突っ張ることもできないので、前屈姿勢で無理矢理折りたたまれて全身から筋やら腱が千切れていくような嫌な音が聞こえてくる。

 いでででで、わかったから、言うから、ちょっと押すのを止めなさい。あと、指で手のひらをぐりぐりするのも止めなさい。手に穴開いちゃうから。


『死神様からかくかくしかじか……転生して善行をブラブラブラ……ってことなんだ』


 転生の経緯を簡単に説明していく。

 語った一節一節に肩を揺らすほど頷き、興奮して荒くなった鼻息が聞こえてくる。どうやら何も疑わずに信じてくれているようだ。

 説明を終える頃には彼女の体温の上昇を背中合わせでも露骨に感じた。寒かったから温かくて丁度良い。

 彼女はというと興奮冷めやらぬ心を文字にして俺の手のひらに書き殴っている。

 えーっと、なになに……ふむふむ……。


『ではではでは、貴方は神様の御使いということですか!?』


 う、うん?


『この世をよくするために救世者として遣わされたのですね! 素晴らしい使命です!』


 え、えと……。


『首輪の力も神から賜った神器でああれば納得です! 故郷の秘宝でもそれほど神聖な力を内包しているものはありません!』


 あのぅ……。


『宜しければお名前をお聞かせください!』


 なぜ話がこんなに飛躍してしまったのだろう。御使いとか救世者とか神器とか俺は一言も言ってないぞ。

 勝手に補完して大げさに表現しないでくれ。


『いや、ちょっと待って、ちゃんと説明聞いてくれた? 理解してくれた?』


『はい、完璧に理解しました! だから、お名前を――いえ、人に尋ねるときはまず自分から、ですね』


 背中にかけられていた重みが軽くなる。もたれるのを止め、居ずまい正したらしい。なんだか真面目な雰囲気に俺もつられるように姿勢を正した。異性の温もりが離れてしまったことへの寂しさは内緒。


『オホン、私はジジ・ソーンリンシュと申します。遠慮なくジジとお呼びください。で、貴方は?』


『ああ、ええと、オオサカキュウタロウ、です……オオサカでもキュウタロウでも好きなほうで呼んでくれ』


『では、キュータロー、もっとお話を聞かせてください! 教えてください!』


 自己紹介を終えるとすぐさま背中グイグイモードに逆戻り。離れたと思った温もりが戻ってきた嬉しさは内緒。やっぱり人は支え合って生きていかないとね。


『別に教えるのはいいけれど、どうしてそこまで知りたいわけ? その熱意は何なの?』


 そりゃ、異世界転生が珍妙なことだとは思うけどそんな前のめり――体勢的には後ろのめり――になるほどのことか?

 ちょっとファナティックな感じがして怖いんだけど。


『それはですね、私は今までずっとエルフの国の中で籠ってばかりいて、外の世界に触れたことがなかったんですが、今日……』


 そこで彼女は一度手を止め、何か迷うように俺のてのひらの上で指を彷徨わせる。背中を押す力も弱くなったように感じた。


『あぁ……そうですね、どれくらい時間が経ったのか……もう昨日でしょうか……初めて国の外に出て、初めてほかの種族の方にも出会えて……もっと色んなことが知りたくて……知りたかったんです……』


『初めて国の外にって……キミ、ジジこそ一体何者なんだ。先にジジのことを教えてもらってもいいかい?』


『それは構いませんが……面白いことなど一つもありませんよ?』


『それを言うなら俺だっておもし――』


『転生した人間なんて初めて聞きました見ました! もうそれだけで興味津々です!』


『いやいや、俺だってエルフなんて初めて見たよ。興味津々だよ』


 こんなめんこい娘が囚われの身だなんて、よくよく考えたら何かあるに違いない。それもエルフの箱入り娘ときたもんだ。これでなんてことない普通の身の上だったら、そりゃもう詐欺だ。


『俺もジジと同じでどんな些細なことでも知りたいんだよ。俺は転生したばかりで、赤ちゃんみたいなもんだから、この世界について何も知らないんだ、だから……そうだな、互いに話をして色々教え合うってのはどう?』


『わかりました。キュータローがそこまで言うのならそうしましょう。でもどんなことを話せばいいのですか?』


『そうだな、まずは君の名前以外の自己紹介となぜこんな状況になっているのかも教えてくれると助かる』


『わかりました……私はエルフの国、星の森の国第三王女として生まれました。満30歳の成人となったので“出初め”として……人間との和平10周年記念式典のため……』


 ハァ? 

 ちょ、ちょっと待って、と、話を一旦中断するためにジジの手のひらを何度も叩いた。


『お、おお、王女って言った、言われました、でしょうか? エルフの国の王女なんで、いらっしゃる?』


『はい、王女です。私の父は国王のガフ・ソーンリンシュ……あ、王女の意味が分かりませんでしたか、王女というのは……』


 すらすらと文字を書き続けられるが頭に入ってこない。

 王女……王女だって。嘘やん。だって王女って……え?

 一目見た時から良いとこのお嬢さんだって薄々気付いてはいたよ。だって檻の中にいるのに、拘束されているのに、小綺麗な服を着て雰囲気に品があったんだもん。

 ただ、王女様とはなぁ……ちょっと想像の上に行き過ぎてるね、それは。

 んじゃ、なに、俺って王女様誘拐事件っぽいことに巻き込まれたってこと?

 それってヤバくね? ヤバいよね、ヤバいヤバい……いや、逆に考えたらこの娘を助けたら英雄になれんじゃね? これは英雄譚の始まりじゃね? いやいや、馬鹿言ってんじゃあない。外のゴロツキ共に勝てると思うか? 思わないね。じっとしておくべきだ。

 ――首輪の警告音が鳴る。

 あ、今はまだね! 王女様を助けるという良い事を放棄したわけじゃないから! 首輪さん早まったちゃいけない。時期をみてちゃんと行動するから。首に圧をかけるのはおやめなさい。

 そもそも、王女様とこんなに身を寄せ合っていていいのだろうか。すごく無礼なことをしてるんじゃないだろうか。あとで不敬罪とかに処されないだろうか。

 よし、とにかくまずは非礼を詫びるべきだな。

 王族っては地位に傘着て、うわてに出たがるものだろ。よくあるファンタジーなら。俺知ってるよ。


『王女様とは知らず数々の失礼な振る舞いお許しください! なにぶん異世界人なもので!』


 謝罪文を書いて、そそくさと背中合わせから離れ、床に這いつくばって土下座をキメる。

 へへへぇ、と平伏する俺に沈黙だけを返す王女様。いや口枷されているから喋れないのは当たり前だけど。

 何かリアクションは返してほしい。許していただけたのか、まだまだ謝罪が足りないのか。

 そのままの姿勢で馬車に揺られ、1分ほどそのままでいたが、もう耐えきれずゆっくりと顔を上げ王女様の御尊顔を仰ぎ見た。

 それはもう見事なふくれっ面でこちらをお睨みになさっていた。

 なんだか子供が駄々こねてるみたいであら、かわいい、なんて思ってる場合じゃない。

 何がご不満か。これだけ頭を下げても許してもらえぬのか、土下座は日本では最上級の謝罪なのですが、駄目ですか。もう死んで償うしかないのか、ついに切腹か。

 妄想の13階段を上がり始め絶望する頭を指で優しくなぞられた。


『やめてください。私、そういうかしこまったのキライなんです。せっかく堅苦しい場から離れられたのだから気楽にお話したんです』


 赦免の御言葉を賜り、安堵と喜びで落涙を禁じ得ない。

 何と懐広き御方。王女様がそうお望みならば然様振る舞いいたしますぞ、ってことでコクコク頷いて了承の意を表し、おっかなびっくり元の背中合わせの体勢に戻る。とはいえ、身分を聞いた手前ちょっぴり緊張してしまう。尻に力を込めあまり持たれ過ぎないようにしておこう。


『それでどこまで聞いていました?』


『…………王女様ってとこまでです……っと、だよ』


『全然聞いていなかったんですね……キュータローが話すときにはいっぱい話してもらいますから!』


『ごめんごめん、それだけ王女様ってのが衝撃的なんだって。元いた世界じゃそう簡単に王族とか貴族なんていうものに出会えないんだよ。そんな身分の人がいるのかどうかもよく知らないし。とにかく何倍にも話し返すからもいちど教えてくださいな』


『仕方ないですね……えーっと、私が満30歳なったので王女の務めでもある“出初(でぞ)め”として……って“出初め”は分かりますか?』


『いや、ちょっとよくわからな――ってジジ30歳なの!? そこがまず驚きなんだけど……あ、いや、ごめん不躾だった』


『いったい何がですか?』


『いや、年齢のことをだな……』


『年齢? どういうことです?』


『だから……えっと、女性に対して年齢のことでとやかく言ったり……』


 失言をなんとかオブラートに説明しそうとするもキョトンとした様子でどうにも噛み合わない。気づかなかったのか、気にしてないのか……いや、もしかして……。


『俺の世界では関係の浅い人間の、特に女性の年齢に触れることは無礼なことなんだ。どうしても年齢を言わなきゃいけないときは若く言ったりする人もいるほどで……でも若くみられたがるのは男女一緒かも。エルフにはそういうのはあんまりない感じ?』


『人間とは不思議なことを気にするのですね。エルフはどちらかというとその逆です。年齢を重ねることはそれだけ知見を重ねること。知恵を蓄えた者のほうが尊ばれます……でも、人間が年齢に敏感なのは当然のことかもしれませんね。数百年生きるエルフに比べれば人間ははるかに短命です。ならば若さは一つの評価になり得るのでしょう。自らを高く保とうとする思いを一言で暴かれてしまうのは快くないかもしれませんね。これは勉強になりました。これからは人間に対しては年齢の話をするときは気を付けるようにします。ありがとうございます、キュータロー』


 なんか黙々と勝手に考察して、結果なんか知らんが感謝されてしまった。この世界の人間がそういうことを気にしているかは知らないが、まあいい、ジジの一人語りが一段落したところで逸れた話を元に戻そう。


『それで“出初め”ってのはどういうことなんだ?』


『そうでした、“出初め”の話でしたね。“出初め”というのはエルフは生まれてからずっと国の中に籠もり、知識として学びはしますが他種族の社会には一切触れないのです。そして、30歳で成人を迎えたのち初めて他種族と交流が許されるのです。その初めて他種族と交流するとき、とくに私たちのような王族が他種族に触れるときのことを“出初め”というのです。一種のお披露目会みたいなものです』


 へぇー、不思議な風習もあったもんだ。でも、30年間も国の中にいて退屈しないのだろうか。聞いてる限りではちょっと息苦しいような。


『それってみんなしっかり守ってるの? もし俺なら退屈で耐え切れなくなって飛び出してしまいそうだなぁ』


『もちろん例外もいますが、ほぼ全員が守っていますよ。“出初め”は一部の者だけの儀式ですが、国で成人まで過ごすこと自体は昔からの掟ですから。そうしなければ真のエルフとして認めらず、故郷を追い出され捨てることになりますからね。30年、人間とっては人生の半分かもしれませんが、エルフにとっては、やっと自分の足で歩き始めた程度の感覚です。時間のとらえ方が違うのです。それに退屈と言われましたが、やることに尽きたことはありませんでしたよ。でも……そうですね、人間から見ればエルフは暇つぶしが得意なのかもしれません』


 他国から隔離された状態と聞くと息苦しさを感じたけど、よくよく考えてみたら別にひきこもってるわけじゃないんだよな。自国にいるだけ、というのは別に珍しいことじゃない。日本から外国に行かない程度のことだもんな。エルフが数百年生きるなら“出初め”は人間でいうところの七五三みたいなもんか。その程度の年齢まで海外旅行したことがない人なんてたくさんいるだろう。

 うんうん、言葉のインパクトに騙されるとこだった。


『ちなみにエルフの暇つぶしってどんなことしてたんだ? 一番面白かったことは?』


 これからの異世界生活の足しになるかもしれない。教えてもらって損はないだろう。

 ネットもねぇ、ゲームもねぇ。こんな世界じゃもとの世界でやっていた暇つぶしはできないことも数多いだろうし。


『そうですねー、例えば誰が一番大きな木の実を見つけれるか、とか色んな花を摘んで色んな味のお茶作ったりー、国一番の大樹に何枚葉っぱがついているか数えたりー、動物とかくれんぼしたりー、あっ

 私が一番面白かったというより好きなことなんですが、初雪を採れたての樹液をかけて食べるんです! それがちべたくて甘くてサクサクでぇぇ……』


 その味を思い出してか、小刻みに震える素朴な王女様……。

 いや、なんだそのスロー過ぎるスローライフはっ!

 俺が知りたいのはもっとこう、血沸き肉躍るような……ほら、エキサイティングで……そんな感じのやつ。

 初雪の樹液がけはちょっと食べてみたいけど、ほかのエルフ流ひまつぶしをしていたら体より先に心がヨボヨボになってしまいそうだよ。俺はエルフの国で暮らして行くのは無理そうだよ。エルフに転生しなくて良かったよ。


『人間はどんな暇つぶしをするんですか? キュータローの一番面白かったことは?』


 前世の趣味や娯楽を振り返ってみる……あのマンガどう終わるのか、あの映画の続きはどうなるのか。もう色々と触れることができないと思うとなんだかセンチな気分。


『何してたかなぁー、ゲームしたり、ネット漁ったり、マンガ読んだり、映画観たり、たまーに運動したり、とか……えっと、言葉の意味分かる?』


『運動以外はちょっと、よくわかりません……どういったことをするのですか?』


 淡い期待でテキトーに言い並べてみたが言葉からして分からないようだ。エルフの国にないものなのか、やっぱり根本的に世界の文化レベルが違うのか……どう考えても後者だろうな。ひきこもり性のエルフでもゲームやネットを知らない、聞いたことがないなんて変だし、そんなのがある世界で馬車が走り回ってるのはおかしいだろう。


『改めて説明って言われると、うーん……そうだなぁ、マンガとか映画は物語にたくさんの絵や音を足したものかなぁ……絵本のもっとすごいやつみたいな感じ。で、ネットっていうのはそれらがまとめられてる場所みたいなところで、ゲームってのは決まりごとの中でみんなで戦ったり争ったりすることかなぁ、ざっくりいうと』


 だいぶ端折ってしまったけど、どうだろう。まあ、ネットの仕組みとかゲーム機とかをまじめに説明してたらきりがないし、説明したところでどこまで伝わるものなのか分からない。意味がちょっと変わろうがニュアンスが伝わればいいだろう。

 頑張って俺の言葉を理解しようとしてくれているのか、少しの間の後、


『戦うことは、争うことは楽しいですか?』


 痛いぐらいの筆圧でそう書かれた。

 急な雰囲気の変化を感じ、戸惑い、何か返事をしなければ、と思うも何もできず、様子を窺うために振り返った。

 目と目が合う。

 彼女もこちらを見ていた。目を覚ましたときに見た瞳と同じ色。でも今のその眼差しにあるのはどんな感情なのか……分からない。

 ただ、ネガティブなものであるのは感じ取れて、気まずさに目をそらしてしまった。

 目をそらしたあとでそれすらもまた気まずく思えて、色々視線を泳がした挙句、やっぱりゆっくりと視線を戻した。

 彼女は俺にどんな答えを求めていたのかは分からない。

 再び目が合うと、彼女は深く瞬きをして背中合わせに戻って、文字を書き始めた。

 彼女のあの目を見なくていいことになって、なんだか安堵してしまう。


『ごめんなさい、キュータローはこの世界に来て間もない人間でしたね……なぜ、私がこんな状況なのか尋ねましたね?』


『……あぁ、うん。たしかに聞いたけど……』


『ここからが肝心なところです……私の“出初め”の場として選ばれたのが、エルフと人間の和平10周年記念の式典でした。式は滞りなく終わり、私も帰路につきました。ですが、その途中で賊に襲われ、護衛の方々は皆死んでしまい、私はこの通り囚われてしまったのです。数十年前は殺し合うまでにいがみ合っていたエルフと人間の仲がようやく落ち着き、互いに冷静さを取り戻した証の式典のはずが……私が襲われたことが世間に知られたらせっかく回復した関係は一体どうなってしまうのでしょうかね……』



 ジジの力いっぱい書かれたその言葉に何と返せばいいのか。なんとなくで聞いてしまってことを後悔した。それが深刻なものであることは手のひらで小刻みに震える彼女の指からも十分伝わってきた。そんな複雑な問題のさなかにいたなんて……いや、一目見たときから何かあると思っていたじゃないか。王女様だってわかったときもそうだ。

 もっと考えて慎重に言葉を選べばこんな嫌な思いはせずにすんだかもしれないのに。


『ごめん』


 なにがごめんか、なぜごめんか、自分でも分からないが彼女の気分を悪くしたのは事実だ。

 謝らなければいけないと思った。

 いや、違う。これはただ自分のばつの悪さを取り繕うだけのものだ。


『キュータローを責めているわけではないのです……エルフだって争いを起こしているわけですし、争い事は理解できます。誰しも好き好んでやっていることではないことも……ただ、思うのです。本当にそうなのか、なんとかならないのかな、と。ある者達の狙いや願い、思い、考え、それらはそんなにも“重い”ものなのですか……』


 スン、と鼻をすするジジ。

 手のひらに食い込むほど突き立てられた指。

 彼女がどれだけこの馬車で独りでいたのか。暗く冷たい檻の中で何を考えていたのか。

 俺には想像できない。


『皆から話では聞かされていました。王家として生まれたからには多くの責任がある、と。どんな時でも覚悟を持ちなさい、と……確かに初めての外の世界に浮かれていました。でも、私に何ができたのですか? 私がうまく立ち回れば、襲われず、捕まらずに済んだのですか!? これからの人間とエルフの世の混乱を回避できたのですか!? 何も知らない一人のエルフの娘がっ!?』


 再び鼻をすするジジ。

 彼女がなぜ俺に戦いや争いは楽しいかと聞いたのか。

 彼女が直面したであろう理不尽な暴力への疑問、人間への疑念、自らが争いの種になるかもしれない恐怖、責任感からくる罪の意識や無力感。そんなこんながないまぜになって一人で苦しんでいたところに、「人間」の俺のちょっとした言葉がきっかけとなって、そんなつもりはなかったのに、思わずあふれてしまったのだろう。

 問いかけだったがそれは答えを求めているのではなかった。

 これは訴えなんだ。俺はしっかりと聞かなければいけない。

 三度鼻をすするジジ。


『君は悪くないよ……』


 月並みな言葉を書いて、彼女の震える指をゆっくりと握った。

 少しでも、彼女の辛苦が軽くなればいい……。





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