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閑話――ある男の願い――

とある男は祈った、死神に天罰を、と。





「いってらっしゃーい!」


 笑顔で目の前の光球に手を振る。

 大きく輝いていた光はだんだんと小さく弱くなり、ついにはさっきまでいた人間の魂共々消えてしまった。

 今一度空間を見渡す。ちゃんと向こうの世界に送りこめたようだ。戻ってくる気配も無し。


「ぷはーー!」


 盛大に息を吐いてお気に入りのソファに座り込んだ。

 よくやった、と自分を褒めてあげたい。

 人間を生き返らせて異世界に飛ばすなんて実は初めての試みだ。成功するかどうか自分でも半信半疑だった。魂が崩壊してしまうかもしれないし、肉体の再構成がうまくいかない可能性だってあった。

 でも、やり遂げた。完全に転生させることができた。

 満足感と達成感、自画自賛に包まれて、ソファに横になる。

 ま、失敗しても貴重なデータとして次に活かせばいい。三秒ほど黙とうののち、欠伸をしたらさっぱり忘れて、いつもの業務に戻るつもりだったのは、あの人間には内緒。


「ごぼうびーごぼうびー」


 成功には報酬が必要だ。

 さっきの人間からの供物がまだ残っている。

 仰向けになりながらつまむ。

 スモークタンとコーヒー牛乳。こういうジャンキーなものを食べるときは、だらしない恰好であればあるほどよりおいしく食べれるのだ。

 食べカスを散らかし、飲みこぼしを気にせず、ゴミはそこらに放り捨て、盛大にゲップを吐く。

 一仕事終えた後のゆるーい時間を満喫。このために仕事しているようなものだよね。

 そうだ、今日はかなり頑張ったから、ほかの仕事はまた明日にしよう。

 そうと決まれば今からは全力で惰眠を貪るのみ。体の力を抜き、ズブズブとソファに埋もれる。

 指をパチンと鳴らし、神パワーで明かりを落とす。

 では、オヤスミナサイ。

 ……。

 …………。

 ………………ぐぎゅるるるるるる。

 突如、お腹急降下を知らせる警報が鳴り響いた。


「あぎゃぁぁぁぁぁ!!」


 腸を蝶々結びされたんじゃないかと思うぐらいの超腹痛に悲鳴が漏れる。

 気を緩めていたところ、不意をつかれたせいで括約筋のダムは崩壊寸前。秒読みにはいっちゃってる。悲しいかな、万能の神パワーも自分の生理現象までは制御できない。

 刺激を与えないよう、ゆっくりと、かつ最速でトイレを目指さなければ。

 歩くことはままならない。四つん這いで行こう。

 ソファから翻るように降り、もぞもぞと芋虫のように這いずる。

 なんでこんな腹痛が急に?

 何が原因なんだ?

 何か悪いものでも食べたっけ、と思い返して、浮かぶものが。

 あの人間からぶんどっ……もらったスモークタンとコーヒー牛乳。

 あれが悪くなっていたのかも……人間のくせに神様になんてもの食わせるんだ、罰当たりな人間めっ!


「はううぅっ!?」


 怒りで防御の力がおろそかになってしまった。まずい、まずい。

 今は原因とかはおいといて、どうトイレまで安全に行くことに全力にならないと。

 トイレだけを見つめ無駄なことを考えずに、刺激を与えないよう一歩、また一歩慎重に進めていく。

 3メートル……2メートル……1メートル……なんとかトイレのドアの前に到着。

 よし、ここまでくれば、無駄に時間をかけていくより、一気に行くほうがいい。呼吸を整え、精神を統一。お尻に力をこめ、トイレにダッシュ!

 うおおおぉぉぉ、と力強く駆け出した足がズルリと滑る。

 なんでなんで?

 何が起きたか理解できず足元を見ると、そこには先ほど投げ捨てたスモークタンのパッケージ。

 肉の脂でコーティングされたプラスチックの摩擦係数は、バナナの皮に等しく、地面と平行のベクトルをちょっとでも加えたなら簡単に滑るんだよねー、なんて妙に冷静な分析をしている場合じゃない。

 ここでコケては何かこう、神様として色々と終わる。

 絶対にコケることなんてできない。

 ならばどうする?

 手を伸ばせ。トイレのドアノブを掴め。体を引っ張り上げろ。その勢いのままトイレに飛び込む。それしかない。

 最後の力を振り絞り、ドアノブへと手を伸ばす。

 届け、この思い――!!!!

 果たして渾身の願いは通じ、ドアノブを掴むことに成功した。

 成功はした。成功はしたが、ドアノブは鰻の如くにゅるりと手から逃げてしまった。

 いったいボクの手に何が起きたんだ、と思い手を見ると、スモークタンの脂で七色に輝く手指が目に入った。ああ、これが原因か……。

 ――終わった。すべてが終わった。

 あのスモークタンを食べなければパッケージで転ぶことも手がヌルヌルで掴みそこなうこともなかった。お腹を壊すこともなかった。あの人間がスモークタンなんて持ち込まなれば。

 もう全部後の祭りだ。

 もし、あの人間とまた会うことがあれば絶対に許さない。ありったけの天罰を下してやる。

 ボクは床に倒れこむと、


「安らかに、眠れ、ボク」


 と一言言い残し、目をつむって、押し寄せるすべてのものを解き放った。





 一人の人間の願いは届き、死神に天罰が下された。




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