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死神の説明をお聞きください(そのさん)

「もっかい言うよ、取り戻せ徳! 一日一善異世界生活(首輪付き)ポックリもあるよー!! どんな内容か聞きたい? 聞きたいよね! うんうん、教えてあげましょう!」


 うぜぇ……何にもいってねえよ。こっちの気も知れずニッコニッコしやがって。

 いるよなー聞いてもいないのに好き勝手しゃべるやつ。こっちが聞きたいこと聞いてもテキトーに返すくせに。


「これはねー、徳がゼロのアナタに徳を得るチャンスをもう一度あげましょう、っていう救済措置なんだー。蘇ったりー異世界行ったりー」

「よみがえり? いせかい?」


 しょうもない話が始まると思っていたら聞き捨てならない言葉出てきて、オウム返し。


「そそ。元の世界に蘇ると色々メンドーだから、異世界で蘇ってちゃんと徳を積み直しましょうってこと。再試験みたいな感じで。監視用にこの首輪を付けてもらうから、完全自由ってわけじゃないけど」


 どこからともなく、細い金属の輪を取り出した。装飾も凹凸もない銀色の、見たところなんの変哲もない普通の首輪だ。


「どう、興味出てきたでしょ?」


 なるほどぱっと聞いただけだといい感じ、むしろ、魅力的。別世界を体験できるなんて夢物語、男の子なら誰しも憧れるものだ。

 だが、待ってほしい。この死神の言うことだ。何かあるんじゃなかろうか。


「悪くないな……」

「でしょ! じゃあ、さっそく――」

「ちょっと待ってほしい。確かに聞こえはいいが、何かデメリットや俺に不都合なことはないのか?」

「デデデデデメリット!? ふふふふふつごう!?」


 目が泳ぐ。冷や汗タラタラ。ひきつる表情。

 はい、確定。何かある。


「詳しく説明して下さい」


 にっこり笑って追及する。

 少し逡巡するかのように空を仰いであーだのうーだの呻いたあと、観念したのか面倒くさそうにため息をはいた。


「まあ別にデメリットってほどのことじゃないと思うけど……異世界っていうのが、所謂剣と魔法のファンタジー世界で……ちょっと、ちょ~っとだけ、毎日が死と隣り合わせみたいな? でも、そういうのに憧れあるでしょ。だから、メリットでもあるわけだよね?」


 おいおい、これ俺が何も聞かずに諸手を挙げて、はいやります、って言ってたらどうなってたんだ。平和しか知らないただの一般人だった俺がファンタジーの世界に行って何ができるんだ。秒で骨になる自信があるわ。

 ただのリスキルじゃねーか……って待てよ。こういう場合何か特殊能力がもらえたり、目覚めたりするもんだが、そういうパターンか?


「何か能力を付与してくれるんだよな、神パワーで」

「ないよ」

「『ナイヨ』ってのはどういう能力なんだ?」


 聞いたこともない能力だ、さぞすごい力なんだろう。

 その授けられた力を使って、大活躍の自分を夢想する。

 魔王を倒し、世界を平和に導き、美しい姫と恋に落ちる。吟遊詩人に歌われ、後世にもその姿は語り継がれていく。素晴らしい。実に素晴らしい。


「能力なんて何もないよ、アンタのままって言ったじゃないか」

「あーーーーーーっ!!」


 栄光の夢が瓦解した。

 やっぱり何も無いのか。血生臭い世界でどうやって生きればいいんだ。俺はとうの昔に牙を抜き、爪を切り、闘争心を捨てた現代人なんだぞ。

 頭を抱えてうずくまる。


「あっ、ちょっとだけいいことあるよ!」

「まじで!?」


 得意げに指を立てる死神の言葉にしぼみかけていた期待を膨らみ、伏せていた頭を上げた。


「向こうの世界の成人年齢、18歳になるよ! やっぱりちっさい子供の頃から徳積めって言ったってできないこともあるだろうからね。優しさ優しさ」

「あーーーーーーっ!!」


 だからどうした。ちょっとぐらい若返ったぐらいじゃ何も変わらんわ!

 なーにが優しさじゃ、現代の大人の未熟さ侮んな! 子供から大して成長しとらんわ!

 所詮、俺には骨になるのがお似合いなんだ……。


「大丈夫だって、そうそう死なないって。死神のボクが言うんだから」


 はい、なんの励ましにもならないお言葉頂きました。

 人の生き死にをヘラヘラ笑って話すお前のようなやつの言うこと信用できるか。こちとらお前に2回ぐらい殺されかけたんだ。


「もうひとつデメリットというか、これはアンタの行い次第でなんとでもなるけど、この監視用の首輪は装着者に善行を積ませるために、装着者が悪いことをしようとすると、首輪が絞まるようになってるから、戒めで」


 死神が取り出したものだから普通じゃないと思ってはいたが、なんつーろくでもない首輪だ。

 でも、もう驚きもしないし、落ち込みもしない。死神にまともな倫理を求めるだけ無駄。

 死んだ魚の目で聞き流すのみ。


「あんまり悪いことやりすぎると絞まり続けて、最後首が飛ぶよ、物理的にね」


 ヘルメットを両手で脱ぐような動作で首が飛ぶことをジェスチャー。死神さん楽しそうに笑ってはるわ。

 もう言葉も出ない。首が飛ぶ首輪ってソリッドシチュエーションスリラー映画か何かかな。もしくはもう、ただの拷問やね、それは。

 正直、異世界に転生しようという気が失せてきた。死と隣り合わせの世界で善行を強制されて、ちょっと道を誤れば呪いの首輪で絞殺される。普通に地球で生まれ変われるなら、そのほうが気楽に生きれていいんじゃないか。


「聞きたいんだけど、善行で徳を積む以外に目標とか、目的ってないの? 魔王討伐とか、世界平和とか、俺TUEEEとか」

「ないってば。善い人間として生きて死ぬだけ。魔王倒したり平和に導いたり、最強目指すのは自由だけど多分、そんな力はないと思うよ」


 うーん、やっぱやる気でないんだよなぁ……ファンタジーへの憧れってのはそういう中二病心をくすぐられてこそ、なんだから、ただの寿命の延長みたいな転生なら、する必要なくね?


「あれ、どしたの、渋い顔して……もしかして転生したくない、とか思ってる?」

「実は、ちょっと、うーん……ねぇ……」


 考え込んでいた俺の心情を察してか、死神が訊ねてきたので、語尾を濁しつつ、やんわり否定の意を伝えてみる。


「それは……それは残念……とっても残念だ……」


 途端に声色から感情が失せ、目を伏せてやたらと大げさなポーズで頭を振る死神。

 あれ、なんだか室温が下がった?

 寒気がする。震えが止まらない。

 死神はその手に持っていた銀色の首輪をテレビ台の端に置いた。死神の手が小刻みに震えているせいで首輪とテレビ台が何度もぶつかり耳障りな音を立てた。

 俺と同じく寒がってるいるのかな?

 あ、うん、違うわ。怒りの震えだ。俺のは恐怖の震えだ。


「なら仕方ない……ボクは嫌だけど、アンタが転生したくないなら魂ごと神パワーで存在を消し去るしかないか……」


 え、なんですと? 消し去るって? 存在を? 冗談でしょう?


「ボクは嫌で嫌で仕方ないんだ……本当に……はぁ……」


 だったらその狂気に染まった笑顔は何なんだ。真っ赤に輝く血眼でこっちを見るな。どう見ても快楽殺人鬼のソレだ。

 黒い瘴気のようなものをまとい、死神が神パワーを行使せんと手を突き出して近づいてくる。

 ああ、分かった……これ選択肢とかじゃなく、拒否権ないやつだったんだ。最初から転生される気だったんだ。

 はいはい、諦めがつきました。行きます、行きます、行けばいいんだろ!

 誰だって自分の魂が消されるより少しでも存続できる可能性があるほうを選ぶだろう。それしか救いがないんだから。


「あー、行きたい行きたい! 早く異世界行きたいな!」


 遠足前日の子供ばりにニッコリ顔笑って、しかし、心で泣いた。


「だよねー、びっくりさせるなよーもー」


 死神を包んでいた黒いもやがたちまちに消え、天使のように笑いかけてくれる。

 心にある感情は両極端なれど、二人して笑いあう。


「それじゃあ、ちゃちゃっと準備してくよー。まずはねーこの首輪をーホイッと」


 人差し指で首輪を器用に回し始めたかと思えば、掛け声と同時に首輪が消えた。

 目にも止まらぬ神業に、はれぇ、なんて間抜けな声を出してしまう。いったいどこへやったのか。


「これでよし……どう首輪着けた感じは?」

「ハッ……いつの間に!?」


 言われて感じる首元の不思議な感触。

 ひんやりとしているが、不快な冷たさではなく、むしろ心地よい。首回りに隙間は無いのに息苦しさなど無く、金属っぽい見た目とは裏腹に大して重さも感じられず、装着感も良い。

 手触りもつるりと滑らか、聞かされていた拷問器具、処刑器具のような用途のイメージなどとは正反対の高級感。


「この首輪……けっこう悪くないかも……いや、良い。良いよ」

「でしょ! 装着者が一生着けるものだからかなーりこだわったんだー。あ、こだわったのは見た目や手触りだけじゃなくて、なんと、肩こりを予防、緩和してくれます! もちろん、長時間着用しても金属アレルギーも出ないし、抗菌仕様の親切設計!」


 そうよ、そうだよ、そういうとこにこだわり発揮してくれればいいんだよ!

 初めて死神の凝り性に感心できたわ。


「あ、ちょっと鏡貸してくれる?」

「はいはい、どうぞどうぞー」


 死神から手鏡を受け取って斜め45度で確認する……いいねぇ。

 最初に見た落ち武者のような死に顔とは大違いだ。銀の首輪がきらりと光ることで端正でシャープな顔つきになったね。こんな死に顔じゃなくちゃんと生きた顔なら誰もが振り向くイケメン君間違いなしだろう。


「よっカッコいいぞ! よっクールガイ! 世界一首輪の似合う男!」

「よせやい、照れるじゃねぇか……へへっ」


 鼻の下をこすって照れ隠し。


「首輪着けるのも全然悪くないでしょ。首輪が絞まるのだってそんなに怖がることじゃないから。まっとうに生きていれば全く害ないから。ね、ね?」


 確かに俺は悲観し過ぎていたのかもしれない。どんな世界でも辛いこと、怖いことはある。でも、楽しいことだって同じくらいあるはずだ。

 それに、「死」なんてどん底に比べたら大抵のことはへっちゃらだろう。

 人生何が起こるかわからない。ピーターハーン食べてたら死ぬことだってあるし、異世界に転生できることもある。もしかしたら、魔王だって倒せるかもしれないし、英雄も夢じゃないかも。

 命があれば生きていれば可能性は無限大だ。いろいろしたいこともまだまだあったのにと、後ろばかり向いて悔やんでも仕方ない。前世でできなかったことはこれから行く世界でやればいい。

 これから先真っ暗闇かと思っていたがうっすら光が見えてきた気がする。

 大事なのは心持ち。鏡を返して、前を向く。


「俺……頑張ってみるわ」

「そうそう、その意気その意気。んじゃ、次はこれに自署と拇印おねがいー」


 今度は書類と羽ペン、朱肉をどこからか取り出して、こちらに渡してくる。

 なんの書類かと見てみるが、読めない文字で書かれていた。自署と拇印が必要ってことは何かの契約なんだろうけど……本当にサインしていいものか。

 死神の顔を窺う。

 どうしたの、とばかりに小首を傾げる死神。

 いや、今更迷っても仕方ないんだ。変に追及したり抵抗しても無駄に暴力を行使されるだけだ。人間如きが神様に逆らえるわけはないんだ。さっさとサインしてしまおう。


「ちなみにこの書類はなんのために?」


 書きながら、一応、聞いてみる。


「あー、向こうの世界の神様との契約書だよ。まあ、人間は大して気にしなくていいよ、大して」


 なんだか若干含みのある言い方に愛想笑いと軽い相槌を返して、自署、押捺済みの書類も返す。

 不利益をこうむるようなことじゃないといいけど。


「はい……んじゃこれで準備はオッケー。後は向こうの世界に転送するだけだけど、何か言い残したことや聞きたいことある?」

「やっぱさぁ……本当に何の能力もくれないのか?」

「食い下がるなーそれに」


 腹をくくったとはいえ、魔法やとんでもスキルの蔓延る異世界に行けたとしても、自分がそれを使えなきゃ、その世界に入りこめたとは完全に思えない。一人だけルールが違うのはなんだかフェアじゃない。

 何か些細なものでもいいからギフトがほしいんだ。


「神様だろぅー……あっそういや、スモークタンとコーヒー牛乳だって捧げたじゃん! それに対するご利益くれよー」

「あ、覚えてたんだ……うーん……それじゃこれあげるよ」


 はい、と渡されたのは封の開いたピーターハーン。やったね!


「これも俺のじゃん!」

「ボクそれ嫌いなんだよねー甘いような酸っぱいようなしょっぱいような……はっきりしない味付けでさ」

「嘘だろ!!!」


 今までで一番驚いた。ひとつ食う。

 自分が死んだことより、死神より、異世界に行けることより驚いた。もひとつ食う。

 ピーターハーンを嫌いなやつがいるなんて。またひとつ食う。


「こんなに……バリバリ……うめぇのに……ハグハグ……」


 ついつい手が止まらず最後まで食べきってしまった。もう食べることはできないだろうと思っていたのに、まさか再び食べれるとは。

 ふいに訪れた幸せを少しでも長く味わっていたいので、指をべろべろに舐めまわした後、その濡れた指で袋にこびりついている粉末をこそぎ取っては口に運ぶ。粉一粒と残すまい。

 袋の内側がピカピカになるまで繰り返し、ねぶり過ぎてふよふよにふやけて何の味もしなくなった指を、それでも名残惜しくしゃぶり続ける。


「そんなに好きなんだ……ああ、なら念願のご利益として不老不死属性つけてあげるよ」

「えっ、嘘まじ、やったね!」


 突然すごい能力をもらえることになってしまった。なんでもごねてみるもんだな。


「んじゃ、えいっと。はい、不老不死。これで餓死することはないでしょ」


 ぽいっと何かを投げるような動作。


「え?」


 それで終わり?

 そんなあっさりで不老不死なれるの?

 身構える暇もなく、終わってしまった。もっとこう、小難しい呪文唱えたり、禍々しい魔法陣が浮かんできたり、俺の体が光り輝いたり、とか特別な感じを期待してたんだが……拍子抜けだ。

 あれ、きれいに食べ切ったと思ったピーターハーンが袋いっぱいに入ってる。なんでだろ?


「よーし、今度こそ異世界に行ってもらうよ……では、おほん……現世の門、幽世の門よ、神が命ずる。その扉を開け」


 2秒で終わった不老不死化に戸惑う俺をよそに、今度こそ仰々しい呪文を唱え始める死神。


「我紡ぐは世を繋ぐ道、我導くは黄泉返りの魂」


 俺を取り巻く空気がざわめき立ち、プラズマが走る。明るかった部屋がだんだんと薄暗くなり、興奮半分ビビり半分で鳥肌が立ってきた。


「我は力の揺り籠なり、揺り籠は泡沫となる。我が力は流れなり、奔流となり泡沫を運べ」


 半透明で球体の幕が俺の体を包んだかと思うと、急に体が軽くなりそのまま宙に浮かんでしまった。

 慌ててもがいたせいか、バランスが崩れ、体の動きが言うことを聞かない。

 周りでは不思議な力を蓄えた空気が渦を巻いて雲となり、荒れ狂い、雷光が幾度となく明滅し俺の目を焼く。

 終末の日、ラグナロクの訪れの如き気配に俺の不安メーターは危険域。


「これって俺に害ないよね? 痛かったり気持ち悪くなったりとか! 俺けっこう乗り物酔いするほうで絶叫マシーンとかも苦手なんだけど!」


 死神は唱えることに夢中で、目をつむって聞こえていないらしい。

 なんかすんごく不安になってきた。冷や汗が止まらない。心臓が高鳴って、なんだか息苦しい気もする。吐きそうだ。お腹もゴロゴロしてきた。


「今一度、魂に洗礼を、魂に祝福を」

「ちょっと、一旦出して、出して! 吐きそう! 息できない! 苦しい! 助けて! 死んじゃう死んじゃう!」


 フワフワ浮かぶ体を無理くり動かして膜を叩くも、膜はビクともせず。

 不安に押しつぶされ死に物狂いで叫んだ声も死神に届かず。


「血を与え、肉を与え……命を与えよ!」


 死神がカッと目を見開いたかと思うと、眩い光に包まれた。

 光の中、薄れゆく意識で見た最後の光景はニッコリ笑顔で手を振るショタっ子死神だった。







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