死神の説明をお聞きください(そのに)
「これが自動徳判断システム」
画面の中に空港で検査に使われるゲートみたいなものが映し出される。
「これが人間の魂」
今度はテレビやマンガでよく見るお馴染みの青白い火の玉みたいなものがいくつも現れ、ゲートの前に列をなした。
「人間の魂が自動徳判断システムを通り抜けると、徳がプラスの場合……」
するすると一つの魂がゲートをくぐり抜けると、軽快な音に合わせてゲート上部のディスプレイ部分に『GOOD!』と表示された……なんだこのゲームみたいな仕様。
演出はそれだけでは終わらず、神々しい光と共にファンファーレを吹き鳴らす天使が舞い降り、魂を連れて、再び天へと舞い上がっていった。
こんな無駄に凝る意味があるんだろうか。
「逆にマイナスの場合は……」
次の魂がゲートをくぐると、今度は『BAD!』と表示され、不快なビープ音が響き渡り、その魂の下に黒い穴が広がった。
その穴から無数の黒い手が現れ魂を引きずりこんでいく。魂が穴に消えるまで女性の悲鳴のようなものが木霊していたが、それは魂の叫び声とかじゃなく、後付けの効果音だと思いたい。
「こんな感じに天国地獄逝きを機械を使って、簡単で明確で迅速に処理できるようにしたものが自動判断システムなんだ」
こんなところにまで機械化の波が訪れていたとは……死神任せでテキトーに判断されるのも嫌だが、人間の最期を機械に判断されるのもなんか物悲しいもんだな。
暗転していたテレビが切り替わり、『実際の利用者の感想を聞いてみましょう』なんてテロップが出て、目元に黒い線の入った人物が映し出されていく。
『これが導入されたから全部機械がやってくれるので効率が上がり、上司からの評価も上々ですよ(死神業・Aさん15歳)』
『今まで何度も判断ミスで地獄に落としてしまっていたんですが、これが来てからミスが全くなくなりました(死神業・Bさん17歳)』
『ずっと悩まされていた肩こりがこれを使ってから嘘みたいに取れたんですよーもう手放せません ※効果には個人差があります(死神業・Cさん18歳)』
なんだこの胡散臭いテレビ通販の真似事は。ヅラ被ったり、付け髭したりしてるだけで全部目の前のショタっ子死神の変装だし。最後のやつなんてなんの関係があるんだよ。
「どうどう? どうだった?」
我ながら素晴らしい出来だねー、なんてドヤ顔で自画自賛の死神。
まあ、前半は分かり易かったが……。
「後半で、なんか、すごく説得力無くなった……」
「はぁ!? あの部分撮るのにどれだけ手間かけたと思ってるんだ! いっっっちばん面白いところじゃんか、ボクの七変化!」
「いや、『利用者の声』なんて必要なくね? そんなのなくても十分理解できたし、おふざけで無駄な映像撮ってる暇あるならちょっとでも死神の仕事に専念したほうがいいでしょ、神様なら、遊んでないでさ」
「…………そうだね、ボクが馬鹿だった」
俺の正論に静かにうつむく死神。
分かってもらえたようでよかったよかった……って、あれ、なんて光り輝くオーラなんてまとってるの?
それって神パワー発動の前兆じゃない?
死神の右手が光を放ちだす。やっぱりそうだ神パワー使う気だ。
うつむいていた死神が顔を上げた。その顔は死神の名に恥じぬ般若のような御尊顔。
「ボクが馬鹿だった! どーせ、人間如き下等な存在には理解できるわけないよね! 神パワー!」
なんで正論を言っただけで神パワーを受けなきゃ――ぐええええぇ!!
死神を虚空を掴むのと呼応して俺の喉も掴まれたようにぐいぐい締め付けられていく。息ができない。酸素を求めてもがいて、椅子から転げ落ちて、開いたくちからよだれがあふれ、なみだがあふれ、あたまから、ねつが、ぬけて、しにがみみる、くらくなる……。
「エイゾウハ、スバラシイ」
闇の中に沈みつつある意識に、死神の声が直接頭に響いてくる。
頷かなければ、と脳ではなく脊髄が催促するので、残った力をふりしぼり何度も頷いた。
「エイゾウハ、スバラシイ」
もう一度頷く。
途端、喉の圧迫感から解放された。
息をしなければ。ただそのことに体が支配されて体裁も気にせず、這いつくばって犬のようにヘッへッへッとただ酸素を取り込む。心臓を目一杯動かして、肺もパンパン、喉から変な音がしても気にしない。吸って吐いてを繰り返して全身に酸素を流して息を整える。
しばし、俺の呼吸音をお楽しみください……ひっひっひゅー、ひっひっひゅー、ひっひっひゅー……。
なんとか落ち着きを取り戻した俺は、涙を拭き、よだれを拭い、鼻水をすすり、きちんとした姿勢で椅子に座りなおす。
傍若無人、邪知暴虐の死神様の御前では不埒な態度は許されない。苦しいのはもう本当に御免です。
「話を元に戻して……この機械によって正常な魂ロンダリングが続いていけば、モンスターな精神の人間も少なくなっていくはずだったんだよ、アンタが死ぬまではね」
「と、言いますと?」
流れるように相槌を打って、死神様の話しやすいように続きを促す。
「死後、アンタの魂もあのゲートを通ったんだけど……ゲートは何も反応しなかったんだ。まだ導入して数か月しか使ってないのに、故障かと思ってすんごい焦ったよ……でも別の魂が通った時はちゃんと判別されたんだ」
「ほう、では一体どういうことなのでしょうか?」
滑らかな会話になるよう話しやすい受け答えを心がけて。
「考えられるのは、アンタの徳がプラスでもマイナスでもない……ゼロってことだ!」
「そんな馬鹿なっ!」
音を立てて椅子から立ち上がりひどい誤認に断固抗議の声を上げた。
「俺ほど真面目に生きてきた人間はそうそういないぞ! 俺が天国に行けないわけがない! 何かの陰謀だ、そうに違いない! どこかに黒幕がいるな、どこだ、出て来い!」
誰がか俺の素晴らしき人生に嫉妬したんだろう。なんと愚かで卑しき行為。死神が見落としてもこの俺の目はごまかされないぞ。もしかすると、今もこの空間のどこに潜んでいるかもしれない。鼻息荒く辺りを見渡していく。
隠れてそっとほくそえんでいられるのも今のうちだぞ。必ず見つけ出して真相を暴いてやる。
「よくもまぁそんなテキトーな妄言をペラペラと……さっきの自分の死に様を見てもそんなこと言えるなんてねぇ、はぁ……」
なぜ呆れた顔する? なぜため息つく?
これはテキトーでも妄言でもなく、確かな自己分析に基づいての発言なんだ。
「いやいや、おかしいじゃないか。聖人君子を地でいく俺が天国に行けないなら誰が行けるって言うんだ。何か見えざる手が動いたと思うのが普通だろ? それともなにか、死因がちょいとお茶目なだけで天国に行けなくなるほど、天国ってのは生真面目のみでひとかけらのユーモアも許されないところなのか?」
「失業保険不正受給」
「うっ……」
たしかに不正受給と言われればそういう見方もある。があれはもともと受け取る権利はあったんだ。それをちょちょいと誤魔化して何もしなくても多めに長い間手に入るようにしただけで大した悪ではない……と思う……はず。心の陽がかげることは誰にでもあるもんだろ。
「無職」
「うっ……」
確かに労働の義務を放棄していた。でも、一時的なものだ。ちょっと休息したらまた再開するつもりだったんだ。それに働いていた時はほかの人の2倍、いや3倍は多く働いていたんだ。それを考慮すれば、帳消しどころかお釣りが来てもいい。だからこのモラトリアムは悪いことではない。
「童貞」
「どどどど童貞ちゃうわ! 仮に……仮に童貞だとして何の罪になるんだよ!」
「種族繁栄の放棄、相互愛の欠如とか? ま、逆にこんな無能でお間抜けなやつが子孫を残さなかったことは人類のプラスかもねー」
「誰が――はっ!」
無能でお間抜けだー、とヒートアップしそうになるが、人を小馬鹿にしてゲラゲラと下品に笑っている死神には恐ろしい『神パワー』とやらがある。
吹き飛ばされたことや首を絞められたことがフラッシュバック。あの力を味わった者にしか分からない得体の知れぬ力への恐怖感に身震い。
冷静になれ。再び『神パワー』の行使で臨死体験(死んでるのに!)は避けたい。
目の前の死神に精神レベルを合わせて、子供のような罵声の応酬からの突如一方的な暴力、のパターンはやめ、大人の対応をするんだ。
「それ以上の侮辱はやめていただこう。死神様とはいえ意味なく人を侮辱するのは許されないはずだ」
「あ? 神様が人間のことどう言おうが勝手でしょ。存在の格が違うんだし。許す許さないとか知ったこっちゃないってーの」
ぐぬぬぬ……、なんというジャイアニズム。なんという根性の腐り具合。これがほんとに神様なのか。
「それとも何? アンタまた殴りかかってくる気? だとしたらいい度胸してるじゃん。いーよいーよ、かかってきなよ」
むきーーーーこのクソガキ!!! ニヤニヤしながら指をクイクイするのをやめろ!
どうせ俺が襲い掛かったところでまた神パワーで無茶苦茶するだけだろう。人を痛めつけて何が楽しい。
落ち着けー落ち着けー深呼吸するんだ。怒りでは何も生まれないことは十分理解したはずだ。ぐっとこらえて心のハンカチを細切れになるまで噛みちぎって怒りを鎮めろ。
「……まさか、死神様にそんなことするわけないでしょう。十分死神様の力は理解しておりますので」
慇懃無礼に。顔に筋肉をひきつらせつつ受け答え。
心では、神様の上の存在がいたならばこの死神に天罰を、と祈っておく。
「なーんだつまんないの。ま、いいや、とにかくアンタの徳がゼロで、問題はそれにどう対応するか……数値は見なかったことにして、こっちで判断して天国か地獄のどちらかにふりわけてしまおうかって話もあったんだけど……」
まーたテキトーな。死神の悪い癖だぞ、それ。
人間の魂よりも先に死神の魂の良し悪しを判断すべきでは?
「せっかく公正な魂ロンダリングを始めたってのに、イレギュラーとはいえ主観頼りで判断しちゃったらまた同じことになっちゃうじゃん。今後、おんなじゼロ判定の魂が現れる可能性もあるわけだしー。まーたほかのとこからクレーム来たらメンドイしー」
最後のが本音だな。
こりゃ死神の魂の良し悪しだけでなく監督が必要だわ。こいつらほっといたら何するかわかったもんじゃない。天国の方、地獄の方、今からでも遅くないんで、ちゃんと死神のこと監視したほうがいいですよ。
「それじゃあ仕方ない、きちんと対応を決めましょうってことで、決まったのが名付けて……『取り戻せ徳! 一日一善異世界生活(首輪付き)ポックリもあるよ(はぁと)』です!! ……おい、拍手は?」
「ハイ!」
俺一人の寂しい拍手とそれに不釣り合いなほど大きなパンパカパーンなんて効果音、キラキラの紙吹雪とともに、ふざけた名前の横断幕が現れた。
……死神の癖その2.自分が楽しいと思ったことは無駄に力を入れる。