死神の説明をお聞きください(そのいち)
「アンタの死因は『ピーターハーンの粉まみれでうっかり死』ってとこだねー、つるっと滑って地面と頭がごっつんこーでフィニッシュ」
ソファに寝そべるショタっ子が自分自身の死期ダイジェストを見終えた俺に言い放つ。
「いや、そんな急に言われても……ってそれ俺のコーヒー牛乳とスモークタンじゃね?」
「ボクもこれ好きなんだよねー」
もっきゅもっきゅ、とおっさんのように至福を満喫するショタっ子。
「勝手に人のもの食ってんじゃねぇ! てか、そんな言葉信じられるか! 理解できるか!」
お前はもう死んでいる、って言われて映像見せられたぐらいで何をどうすりゃいいんだよ。
はいそうですか、なんてならねーよ。全然状況が呑み込めねぇよ。
「めんどくさいなーもきゅもきゅ……んじゃ、ズゾゾ……どうすりゃもきゅもきゅ……いいのさ……ズズズ……」
「食うか喋るかどっちかにしろ! 行儀わりぃな!」
……もきゅもきゅ……ズズズ……もきゅズゾゾ……もきゅもきゅ……。
「いやいやいや、食うことに集中するな! 食わずに話せってことだよ、分かるだろ!」
「はぁー……それじゃあどうしたら信じるわけ?」
大げさにため息をついて、つまようじでシーハーシーハー。
なんてあからさまな面倒臭さアピールだ。
だが、ショタっ子の言う通り何を見せられたら、何を言われたら俺は自分の死を納得できるだろうか?
仮に俺が死んでいたとして、生きている時と変わらず見ることを話すこともできている。後でドッキリでしたー、なんて言われたほうがしっくりくるぐらいだ。
しかし、所謂幽霊は自分が死んだことを理解できない霊魂が地上を彷徨っている、なんて話もある。今がその状態では?
結局のところ自分が死んだと思うことこそが死ぬということではないだろうか?
では今の俺はやはり、まだ死んでいないのではないか?
死の概念、死の定義という思考の深淵にはまってしまいそうなったので、俺は助けを求めてショタっ子に目を向けた。
鼻ちょうちんを膨らませながら、安らかな寝息を立てていた。
「寝るなっ!」
俺の怒号で鼻ちょうちんがはじけて目を覚ましたショタっ子は、寝ぼけまなこをこすってけだるげな視線をむけてくる。
「んあ……終わった? 結論でた?」
「いやいやいや、なんで寝てんだよっ! こっちは真面目に考えてるんだからそっちも協力して俺に死んだことを理解させる努力しろよ!」
「食べたら眠くなるのが普通でしょー……努力、努力ねぇー……あ、そうだ」
がさごそとテレビ台の引き出しあさり始めるショタっ子。
今度は一体何をしようって言うんだ。並大抵のものじゃ俺は納得しないぞ。
「確かにアンタに死んだこと理解してもらわないと話が進まないしねー……はい、これ」
と、手渡されたのは手鏡。
俺のイケメン(笑)の御尊顔でもセルフで拝めと?
それとも、幽霊は鏡に映らない、的な?
もしくはこの世で一番美しいものを尋ねたり?
はたまた、美少女魔法使いにでも変身しろと?
「ぶつぶつ言ってないで自分の顔を見てみなよ」
見たからって何が起きるんだよ。
不満を思いつつも、言われた通り鏡に目を落とす。
そこにはいつも通りの――
「って、アカン、これ死んでるやつやん!」
鏡には生前の自分とは似ても似つかない、生気のない青白い肌、落ちくぼんだ暗い瞳、やせこけた頬、額には三角頭巾、おまけに頭上に光の輪。
完全に死人の顔が映っていた。
「俺、本当に死んでる!?」
よくよく自分の体を見てみれば足首から先もクラゲみたいにおぼろげに揺らいでいた。
こりゃ誰が見ても立派な幽霊だ。
ショタっ子の言うことは事実だったんだ……俺が死んだ、なんて……。
「そう言ってるじゃん。やっと信じる気になった?」
……うつむく。
「ちょっと急に静かになってどうしたの?」
……体が震える。
「あ、お喋りしてたらお腹すいた? これ食べる? 嘘、あげなーい。食べなくても死なないでしょ、死人なんだから。死人に口無しって言うしねーあはははー」
……鳥肌が立つ。
……大きく息を吸い込んで、吐き出した。
「あんまりだぁー! ひどいむごすぎる! 俺が一体何したっていうんだ! 誰がこんな運命を決めた! 断固抗議する! 責任者を呼べ!」
恥も外聞も捨てて力の限り泣き叫ぶ。
生まれてこの方なるべく品行方正、温和勤勉に生きてきたつもりだ。まだ二十歳そこそこの若者の人生を摘み取るなんて、いくらなんでも鬼畜過ぎる。誰が得をする。世の中に損しかないはずだ。
「大の大人が泣き叫ぶなよー、みっともない……ま、そこらへんの事情を説明するためにボクがいるんだけどね」
「おーんおんおん……ぐすっ……じじょう……ぐすっ……せつめい?」
そうだ俺が死んだとして、このショタっ子は一体何者なんだ?
同じ死人か?
でも、俺みたく死人然とした顔はしていない。同じ死人じゃなく、死人が出会うモノといえば……。
ショタっ子が起き上がり、ソファに胡坐をかいてわずかに居住まいを正す。
「えー、コホン、改めまして初めまして。ボクは死神だよ。あなたの――」
「やっぱりか! お前がやったんか! 祟ってやる呪ってやる! 末代まで! うらめしや!」
「うわっ、キモッ! そんな顔で近づくなっ!」
青白い顔を涙で腫らし、鼻水や涎を垂れ流そうが気にしない。ショタっ子の肩を掴み、口角に溜まった泡を飛ばす勢いで叫ぶ。
「ひぃぃ、キモいキモい! はな、れろ!」
ショタっ子が掌を俺にかざしたかと思うと、突然その手が光を放ち、後ろに吹き飛ばされた。
何をされたか、自分がどうなったかも理解できず、世界が目まぐるしく回転し、全身に衝撃がはしる。
「へ? わぶっ、ぐっ、げっ、げばぁ、へぐ、ぐへっ、ばば、ず、ずうぅぅぅ……」
肉団子になるかと思うほど、削れるかと思うほど俺は床を転がり、ずりずり滑りを繰り返し、十メートルほど吹き飛ばされたところでようやく止まった。
「舐めんな! 神パワーなめんな! 平伏しろ!」
鼻息荒く、言いつけるショタっ子死神様。
恐怖の地面とお肌の大根おろし体験を済ませて、物理的にも精神的にもカドが取れた俺に逆らう気力なんてない。そんなものは激痛で跡形もなく消え去ってしまった。
「あ、……ふぁい……ナマ言ってすんましぇんでした……」
「わかればよろしい。それじゃあ本題にはいるからそこ座って」
促されるままボロボロの体をひきずり、というか幽霊なのでフラフラ浮かんで椅子に座りなおす。
体のいたる所にあざや擦り傷ができ、髪は乱れ、より幽霊度がアップしてるだろう。顔が腫れているのだって涙のせいだけじゃないだろう。
「アンタは死んだ。ボクは死神。ここまではいいよね」
コクコクとうなずく。
鏡に映ったこの世のものとは思えない自分の姿、人間業ではない摩訶不思議な『神パワー』とやらを見せつけられては否応なく理解するしかない。そうしなければまた何をされるか
「人間が死んだら生前の行いから天国行きか地獄行きか、地獄ならどの地獄行きかを、ボクたち死神が判断するんだけど、最近は人間が増えて死人も増えてで、その仕事が面倒くさくてさー、まあ、ずっと同じような作業の繰り返しでマンネリ化だし、つまんないから手抜きとか、死人から賄賂受け取って内緒で天国行きにしたりとか、だいぶテキトーな魂ロンダリングになってたんだよねー」
「たましいろんだりんぐ?」
聞いたことのない言葉だ。まあ死神の仕事自体初耳だけど。ってか賄賂なんてあるのか。神様のくせに人間から賄賂なんてなんか笑えるな。
「その名の通り、魂の洗浄。各地獄で前世の記憶や罪を清算して、魂をゼロの状態の無垢なる魂に戻すことさ。その後で転生させるんだけど、犯した罪に対応した地獄に送らないと正しくロンダリングができないんだよ。ほら、服の洗濯でも油汚れはこっちの洗剤、ドロ汚れはこっちの洗剤、って感じでさ」
服の洗濯と人間の魂を同列に語られても……ああ、所詮神様には人間の魂なんてそんな程度の認識なのかもしれない。賄賂だの面倒だの手抜きだの。さっきの手荒な真似も納得だ。
「でさぁ、最近の人間って荒んでるでしょ、薄情だったり、強欲だったり、変態だったり、無気力だったり。あれってきちんと魂が洗浄できてなくて汚点が残ったまま転生した結果なんだよねー」
けらけらと笑う死神。
ふざけんな。人間が駄目になってきてるのはこいつらのせいだったのか。神様仕事しろ。
神様には片手間の内職みたいな感覚かもしれないけど、人間にとっては一度きりの人生なんだぞ。手抜きしたり賄賂受け取ったりしてんじゃねえ。そのせいで俺みたいな真っ当な人間が損してんだぞ。
「俺の人生があんなマヌケな終わり方なのもお前らが――」
「それは全然関係ないない」
食い気味で返す死神。
なら誰のせいだ。どこのどいつにこの怒りの矛先を向ければいいんだ?
「人生にいわゆる『運命』とか『天運』みたいなのはないんだよ。神様だってそんなことまで面倒みきれないって。ボクらの仕事はさ、言ってみれば、水を流すようなもので、どこを通って、どんな速さで流れるかは埒外。ただ水を流し、流れ終えた水を奇麗にしてすくってまた流す。それだけなのさ。ひどい人生でもまともに生きてる人がいるのがその証拠さ」
「じゃあ俺の人生って……」
「アンタ自身の生きた結果さ。アンタが選んだ百パーセント、混じりっけ無し。魂に汚点があってもそれはその人の生き方を強制するもんじゃないんだよ」
……そんな馬鹿な。どんな人生を歩めば、ピーターハーンの粉が原因で死ぬ、なんて前人未踏のゴールに辿り着けてしまうんだ。
まだいたずら好きの神様が遊び半分で面白がってやった、とか言われた方が納得できるよ…………いや、できないけど。
「まあ、アンタの死因が空前絶後のマヌケなことは後で話のネタにするから置いといて……現世がどうなろうと放っておいてもよかったんだけど、色々面倒なことがこっちにも起きてきてさー」
なんて無責任なやつらだ。こんなやつらが管理していたら、そりゃ人間も駄目になるに決まっている。
やっぱり俺の人生がひどいことになったのはこいつらに原因があるような気がする。
「地獄の鬼どもがねー直談判してきたんだよ、こんな人間達の相手はもう嫌だー、って」
鬼ってのは嬉々として人間を痛めつけあざ笑うものだと思ってけど、そんな泣き言言うものなのか。イメージと違うなぁ。
「まー色々と鬼が文句言ってきてねぇ……『子供たちに石を積ませてたら代わりに出張ってきて石を積む親、どれだけ罪を与えても儂は悪くないって言って真っ当に償おうとしない頑固親父、複数人で結託して陰口を言ってくる若者、鬼赤スギーマジ地獄スギーなんて言いつつ肖像権無視で写メ撮りまくるギャル、地獄で罰受けてみたなんて動画アップしようとうする動画配信者、反省した振りだけで罰逃れようとするうわべだけのやつ……それを何万何億人、何万何億年休みなしに続けるなんてオラたちには無理だ! あいつら全然反省しねぇ。わら地獄が何のためにあるのか、どんなとこなのかわかってねぇんですよ!』ってな感じで」
「改善してあげて! 鬼の労働環境改善してあげて!」
鬼の目にも涙とはこのことか。それじゃあ鬼と人間の関係が逆転しているじゃないか。鬼がかわいそうすぎるよ。
生前勤めていた仕事のモンスターなお客様への対応を思い出し、人間より鬼に感情移入してしまう。確かに途方もない年月罰されるほうも大変だけど、罰するほうも大変だよね。
共感で目頭を熱くしながら心の中で、地獄というブラック企業で働く社畜の鬼へエールを送っておく。
鬼頑張れ――でも、実際には会いたくないけどな!
「アンタに言われなくてもそうしたってば。人間の相手するやつがいなくなったら困るし……で、その解決策として『自動判断システム』を導入したんだよ、ってはいはい説明するから」
『自動判断システム』なるよくわからない単語にまたもポカンとしている俺の顔を察してくれる。
「『自動判断システム』っていうのは……これ観て」
おもむろに再びテレビのスイッチを入れる死神。
言われるがまま、2度目の鑑賞タイムの始まりだ。