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出会いはいつも突然に4

 急に体が揺られ、目を覚ました。

 うそうそ! 寝てない! 寝てないよ! 寝てませんけど!

 どうやら馬車が止まったらしい。目的地に着いたのか、休憩かそれとも別の用事か。

 ともかく、揺さぶってジジを起こす。逃げ出すチャンスがあるかもしれない。

 寝ぼけまなこのジジがぼけぇーとすること数十秒、やっと状況を理解したのか、頭をふるい眠気を吹き飛ばしている。

 その隙に俺はもっとよく周囲の様子を探るため聞き耳をたてた。

 やっと着いただの、疲れただの、口々に文句を言い合い、気だるげな足音を立てて動き回る人々の気配。物を運ぶような雑多な音も聞こえる。

 ここが目的地なのか? そういえば馬のいななきもほとんど聞こえなくなっていた。

 檻に被せられた幌の縫い目のから目を細めて外を垣間見るが、宵闇のなかで小さなかがり火が人影を揺らめかせているだけで、ここがどんな場所かはさっぱり掴めない。


『目的地かどうかわからないけど、ここで一旦留まるみたいだ。どんなところかは暗くて見えなかったけど』


 背中合わせに戻り、少しでも分かったことをジジに伝えておく。情報共有大事。何かが解決の糸口になるかもしれない。

 あと会話の流れを自ら作り出すことでさもずっと気を引き締めていたかのように思わせるために。寝てたことを悟られないために。


『馬車の速さを考えるとそこまで遠くには連れられていないと思います。森の匂いにも変わりがありませんし』


 スンスンと鼻を鳴らすジジ。

 真似してフゴフゴ匂いを嗅いでみるが埃っぽいような幌と錆くさい檻の匂いしかせず、よくわからない。


『夜間の馬車の移動距離にも限度がありますし……馬車馬を替えたようなことはありませんでしたか?』


 マズい。さっそく分からないことを聞かれてしまった。俺も寝落ちして本当は分からないなんて絶対バレてはいけない。かといって間違ったことを言って問題が起きればもっとマズい。心中悟られぬよう慎重に言葉を選ばなければ。

 焦りながらもなんとか麩菓子のようなスカスカの美辞麗句を並べていく。


『馬を替えるのがどんな音か聞いたことないから分からないけど、特に大きい音は聞こえてこなかったと思うよ、多分。ほら、ジジだって起きなかったでしょ。馬車の中にいる人に気付かせずに停まるなんて難しいよね。でも、全部確証はないよ。だって俺馬車乗ったの初めてだから! 初めてならわかんないこともあるよね!? ね?』


 喋ってもないのに、息継ぎなしで喋ったみたいに心臓がバクバクする。呼吸が荒くなる。冷や汗が流れる。

 嘘をついたつもりはない。ごまかしたつもりもない。俺はあくまですべて推測しただけ。参考程度の意見を述べただけ。俺のこの推測が間違っていたならジジにも半分責任があることは主張した。所詮素人目線であることも強調した。あとはジジがどう判断するかだ。


『え、キュータロー馬車に乗ったことがなかったのですか? 珍しいですね……いや、もしかしてキュータローの世界では別の移動手段があったとか?』


 思わぬところで話が逸れた!

 ここぞとばかりに話を広げる。


『ああ、うん、その通り。馬車もあるにはあるけど、絶滅寸前だったね。主流はクルマとかデンシャとか……形は馬車に似たようなものなんだけど、馬や動物で引くわけじゃなくてそれ自体に動力があって……あれが、こうなって……これが、そう……して……』


 と思ったが、だんだんと尻すぼみ。やっぱり咄嗟に文明の利器を簡単に説明するのは難しい。それも技術的、文明的ズレのある人に向けて。

 眠ってたことがバレないで済みそうな話の流れになったのはいいが、また別の面倒ごとに悩まなければいけないらしい。

 よろしい。ならばまず、脳内でで自らの霊体を作り上げて脳内シンキングタイム。

 霊体となった俺は結跏趺坐しこめかみをぐりぐり刺激して木魚を打ち鳴らしてあーでもないこーでもないと唸って仏鈴が鳴るのを待つ。

 だがしかし、ポクポク木魚を鳴らし続けてもなかなか言葉は浮かばない。

 なぜもっとテクノロジーについて学んでおかなかったのか悔やまれる。

 そうすればもしかすると、この世界の技術発展に大いに貢献し、偉大な人間として歴史に名を刻めたかもしてないのに。世の中から持ち上げられてセレブで富豪な良い暮らしができたかもしれないのに。

 前世でも社会に出てからもっと学生時代勉強しておけば良かったと後悔したものだったが、新しい人生でも勉強不足で後悔することになるとは。

 うんうん唸り頭をひねる霊体の俺は木魚を叩くスピードもどんどん加速。頭から湯気を出して考える込み、ついには、木魚にすがって半泣きになってしまった。頑張ってくれお前が頼りだ、と鼓舞するも、霊体になろうが所詮は俺。結局は考えることに疲れ果て、ごろんと横になって一休み一休みとうたた寝を始めてしまった。

 はーつっかえねぇ! もういい、お前はどっかいっとれ!

 寿命数ミリ秒の頭の中の俺にさよならを告げて消し去り、新しく俺を作り出し、真剣に考え始めた。

 だが所詮、俺。なにも考えつかず、その俺も解雇。本当の俺を作り出し、本当に考え始めるも、やっぱり俺。考えたところで意味はなく、そいつもどっかにやって新たな俺を作って考えさせる。だが駄目。この俺は役に立たない。もっとすごい俺が必要だ別の俺をくれ。よしこの俺ならできるだろう……どうだいけるか、駄目か、ならこっちの俺なら……いけるだろう……頼むぞ…………。

 脳内の脳内の脳内の脳内の……世界でも物思いに溺れていた俺はズンズンとわき腹をつっつくジジの肘で現実へと引き戻された。

 そう急かさないでよ、頑張って考えたんだからと眉をひそめるも、ジジのそれは返答の催促ではなく、近付く足音への注意を促すものだった。

 おーっと、賊に動きがあったなら仕方ない。こんなこと考えてる場合ではない。思考を中断されてしまってほんとに残念ダナー。いい説明思いつきそうだったのにナー。


『話の続きはまた今度』


 うん……それまでにはちゃんと説明できるようにしておこう。

 ジジと顔を合わせると、互いに頷き合って耳をそばだてた。

 数人の声と足音がだんだんと馬車の後部に集まると、一呼吸あって、幌の紐が解かれ始めた。

 ピンときた。これは俺たちを出そうとしてるに違いない。ならば堅牢そうな鍵も外され、鉄扉も開かれるだろう。これは脱出のチャンスではないか。

 そう理解してからの俺の行動は素早くかつ静かで、奴らに怪しまれないよう扉からある程度離れたところで背を向け横になる。ジジが心配そうにこちらを見ているが、大丈夫だと笑顔を返す。

 幌が開かれ、檻の中がうっすらと照らし出される。

 ここを飛び出してからどうするか?

 錠前の外れる音が小さく響く。

 不意を突いたとしても、相手は複数。またすぐ捕まえられるかもしれない。

 閂がyっくりと引き抜かれていく。

 それでも一瞬でも自由になれるのなら何か有益な情報を得れるかもしれない。もしかしたら運よく逃げきれるかも。

 中を確認するような一瞬の間ののち、鉄の扉が開かれた。

 正直、どうなるかなんて知ったこっちゃない。

 ジジに助けるといった。

 だから、抵抗もせずブルってるだけの男と思われるんのは嫌だ。

 その音を聞いた俺は即座に立ち上がって扉へとつんのめるように駆け出した。

 扉越しに驚く賊の顔ににやりと笑い返す。

 すべての勢いと体重をかけて、扉へとタックルをかました。

 扉もその前にいた賊も吹き飛ばしそうな激しい音が鳴り響いた。

 呆気にとられる賊の顔。激しい目まいで倒れる俺。なぜか開かずの扉。

 扉を檻の()()()()()()笑いだす賊。

 脳震盪で白ばんでいく視界と意識の中で理解した。

 この扉、内開きかーい……かーい…………かーぃ…………ーぃ……バタリ。


 ◇


 土の臭いと冷たさで目を覚ました。

 気絶から目覚めるのは一体何度目だろう。何度目だろうが慣れることはなさそうだ。

 頭がジンジンしてひどく気分が悪く体が重い。

 何が起きたんだっけっと、全力で扉にぶつかり勝手に気絶した自分のあまりのどんくささを思い出してもっと気分が悪くなる。なぜもっとよく扉を確認しておかなかったのか。

 ああ、今は土の冷たさが心地よい。

 ぐったりとうつぶせで地に体を預け頭を冷やしていた俺の耳にくぐもった悲鳴が聞こえた。

 そうだ、俺は一人ではない。落ち込んでる暇なんてない。

 ジジは、ジジはどうなった?

 馬車を見ると今まさにジジが男共に掴まれて引き下ろされている。

 こんにゃろぉ、と思って立ち上がろうとするとそれ以上の力で押さえこまれた。


「別に取って食おうってわけじゃねぇんだから大人しくしてろや、ゲフゥ」


 頭上からゲップまじりに声をかけられた。別の野郎がピーターハーンを食いながら俺に座っていやがった。

 ふざけんな! そんかこと言われて誰が信じるか!

 何をしようとしてるか知らないがジジを離せ!

 なんとか上から振り落とそうと暴れるも手が使えないとうまく力をだせない。圧迫感が増しただけだった。

 どうした、見栄でもかっこつけでもジジを助けるといったじゃないか。

 お前はただ見ているだけの口だけの男なのか。それならば首輪に絞め殺されても文句は言えないぞ。

 さあ立ってジジを助けてみろ!

 何度も何度も自分を鼓舞して座り続ける野郎をどけようともがくがうまくいかない。

 クソッ……悔しさで泣きそうになるが口枷を強く噛んで必死にこらえた。

 ジジはどんな思いで情けない俺を見ているだろうか。

 恐る恐る囚われのジジの顔を窺った。

 ああ……見なければ良かったと後悔した。少しの時間だったが話をして、ジジがどんな性格か少しは理解していただろう。彼女がどんな状況にあるか理解していただろう。

 ジジの顔に浮かんでいたのは落胆や軽蔑ではなく、懺悔の表情だった。

 俺を巻き込んだと思っている。すべては自分のせいだと思っている。君のせいじゃない、と言ってあげたい。おれが駄目だったからなんだ。

 本当にごめんな、ジジ……。


「ナンダソレハ」


 抑揚のない異質な声が聞こえた。

 突然闇から現れたようにみえたそいつは全身黒ずくめで顔もベールに覆われ、なんだか全身の輪郭があやふやで幽霊みたく不気味だ。

 助けが来たかと一瞬期待したが、その怪しい姿を見ても賊どもは驚きもしない。仲間の一人なんだろう。


「銭の足しに後で奴隷商にでも売り払おうと思ってな」


 賊の頭領が俺をみて笑う。

 腹立たしい。こんな奴らに馬鹿みたいにへつらっていたあの時の自分も腹立たしい。


「要ラヌコトヲ。十分二金ハ渡シタダロウ」


「いくらあっても困るもんじゃねぇ。別に言われた通りお姫様は連れてきたじゃねぇか」


 黒ずくめは言葉を返さずジジのところまで行くと、手袋をした手をジジの顔へ伸ばす。

 どうする気だ。ジジを傷つけたらただじゃおかないぞ!

 何かをすると思われた黒ずくめの手はかぶりを振って避けようとするジジの頬を優しく撫で、軽く左右を向かせてジジを確かめただけだった。


「確カニ。モウイイゾ」


 ジジを押さえていた賊の二人を手を払ってどかせ、かわりに黒ずくめが貴婦人をエスコートするように腕を組んだ。

 どうやらあいつはジジに積極的に危害を加える気はなさそうだ。

 だからといって、じっとしているわけにはいかない。もうへとへとだがなんとか抵抗する。


「ほら、どーうどうどう」


 俺をなだめてるつもりか、馬にでも乗ってるつもりか、むかつくむかつく!

 何度暴れてもダメだった。やはり、振りほどけない。全力で頑張ったのに。

 思い通りにならない鬱憤だけがドロドロと心の中に溜まり、体も心も辛くて吐きそうだ。


『ソレハ処分シテオケ。モウ欲ハカクナ」


 黒ずくめは頭領へきらめく何かを弾いて、抵抗するジジを連れ去っていった。

 気づかなかったがそっちにはどうやら建物のようなものがあるらしい。

 疲れ果てた俺はとうとうジジを助けることはできなかった。


「ああ、これを貰っちゃ仕方ねぇ……すまねぇな兄ちゃん、殺さねえと言ったがありゃ無しだ」


 黒ずくめから渡されたきらめくコインを懐にしまい、かわりにナイフを引き抜いた。

 処分ってのはつまりそういうことだろう。

 お前らみんなクズだ……人をさらって、殺して……地獄に堕ちろ! 恥を知れ!


「面白い食いモン貰った礼だ。じっとしてりゃ楽に済ましてやるよ」


 俺に座り込む奴から頭領がピーターハーンを受け取り雑に食い散らかすせいで、ボロボロと食べカスが顔へと降りかかってくる。

 服もピーターハーンも尊厳も……ジジも奪われた。

 絶対お前らなんかに殺されたくない。こんな理不尽な死に方なんて認められない。この世界に良い事をするために来たのに、俺ができたのはジジに辛い思いをさせただけ。自分の非力さを理解させられただけ。俺はまだ何もできてないじゃないか。それなのに死ぬなんておかしいじゃないか。前の人生も今の人生もなんのためにあったんだ。ここでこいつらに殺されるためか。そんなの酷すぎる。

 ジジに助けると言ったのに。ここで死んだら本当にジジの重荷にしかならないだろうが。

 嫌だ。そんなの嫌だ……生きたい、生きたい!

 鼻の奥が熱くなり、視界がにじむ。


「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛んんんっっっーーーー!!!」


 必死に叫ぶ。

 口枷越しでは大して大きな音にならず、誰にも聞こえるわけない。声は闇に溶けて消え去るだけ。

 でも叫ばずにはいられない。心に溜まった恐怖や鬱憤も吐き出す勢いで叫ぶ。 


「ん゛ん゛っっ!! ん゛ん゛んっーーー!!!」


 誰か気付いてください! 誰か助けてください! 誰か気づけ! 誰か助けて!


「来世では頑張れよ、じゃあな」


 俺の震える喉めがけてナイフが振り下ろされた。








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