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出会いはいつも突然に3

『でも、そんな目に遭ってもよく人間の俺と話そうと思ってくれたね。奴らの仲間かもしれなかったんだよ?』


 ジジも少し落ち着いたようなのでまた話しかけてみた。ちなみにもう手は握っていないぞ。


『身ぐる剥いで乱暴に檻に放り込むのが仲間への扱いですか? だとしたら人間は奇妙な風習をお持ちなんですね。また、一つ勉強になりました』


『いやないない、そんなのないから……いや、ないことないか……ごく少数そういう扱いをされたがる人間もいるにはいるけど……』


『ええっ、本当にいるんですかぁ!?』


 ジジも冗談を言ったつもりが、まさか本当にあることとは思いもしなかっただろう。


『本当に、本当にすこーしだけだよ? 特殊な大人達の極めた遊びっていうか?』


『そんな遊びがあるんですね。なんだか興味が出てきました。今度私と一緒にやりませんか?』


 …………なんと答えたらいいんだ。

 うら若き乙女ジジさんじゅっさいとくんずほぐれつ、縛りっこSMプレイに興味がないわけではない、いやむしろ大いにある。してみたい。されてみたい。

 ここは人生経験の一つとしてやっておいても損はないんじゃないかな。

 別に無理矢理じゃない。双方合意のもと、なんならジジから誘ってきてるわけだし、ジジも未成年じゃないし、何か問題があろうか。ここにマッポはいねぇ! 荒くれのがさばる無法地帯だ! アイアムザロウ、俺が法だ! やりたいことは俺が決める!

 さあ、めくるめく性的倒錯の世界へいざ行かん!


『私と遊ぶのは嫌ですか?』


 妄想がもんもんとふくらみ興奮状態で爆発寸前の俺を、返事が遅いため乗り気でないと勘違いしたのか、懇願の眼差しで振り返るジジ。

 その緑の目のくりくりなこと、つやつやなこと。淀みのないまさに無垢なる瞳……彼女のその目に見つめられてもまだ先ほどの変態行為を考えられるだろうか。俺は紳士だろう、思い出せ。淫道なぞに堕ちてはならない。


『そんなわけないよ、俺も遊びたい。だから……ジジ、解放されたら俺を思いきり殴ってほしい』


 ごめんよ、ジジ。

 俺は邪な夢を見た。愚かなことを考えた。


『それも遊びの一環ですか?』


『そうそう、仲良くなった男女は女のほうが男の頬を思いきり殴る。そんなことも遠慮なくできるって仲の証に』


『そんなんですか……分かりました。それならば気合を入れて全力でやりますから覚悟しておいてくださいね。それで、縛るほうの遊びは?』


『それは……忘れてくれ。俺もそっちの遊び方は知らないんだ……そのかわりもっといい遊び教えてあげるからねぇ』


 グヘヘヘヘ、ニヤリ、ウヘヘヘヘェ……ハッ!! 駄目だっ駄目だっ! マーラよ、去れっ!


『本当ですか? 面白い遊び期待してますね!』


 手のひらに触れる彼女の指は期待にあふれてほっこり温かく、何を教えれば彼女を喜ばせられるのかという重圧と、彼女が喜んだときの達成感を想像すると胸がなんともこそばゆく、そのこそばゆさと邪な考えを紛らわせるために話題を戻した。


『んで、下着姿で縛られてたから信用したの? 確かに奴らの仲間ではないだろうけど、それが良いやつの証明にはならないでしょ。例えば、敵対グループの悪い奴かもしれないよ? 俺がいうのもなんだけど簡単に人間を信用してはいけないぞ。どれだけ人畜無害な身なりをしていても腹の底では何を考えてるかわからない奴もいるかね』


『もちろん、そのあたりは弁えてるつもりです。エルフにだって悪い輩はいますから。私も王族の一人ですので権謀術数、手練手管について多少は、ね。お姫様だって甘い事だけじゃないんですよ? でも……結局こんなことに巻き込まれては説得力ありませんよね』


 あら、世間知らずの箱入りお嬢様に育てられたかと思ったら、これは失礼なことを。偉そうに説教しといて見かけで判断していたのは俺のほうだったか。

 彼女は自嘲もできるほどにちゃんとしたレディなんだ。そりゃそうだよな、現実はおとぎ話みたいに甘くないんだから……現在進行形で。


『私がキュータローを信じたのはその首輪が放つ聖なる力のおかげですよ。とても悪人が持つものとは思えない代物です。それがなかったら……どうでしょう、ね?』


『ええっ!? それって俺自身には何の魅力もなかったってこと!? 首輪にしか惹かれなかったと!? 俺はどうでもよかったと!? 所詮俺は無価値だと!? 役立たずだと!? 穀潰し、無用の長物、ゴミで、クズで……ひどい、ひどすぎる!』


 からかうようにくつくつ笑うジジに鼻息荒げて抗議する。


『そこまでは言ってないでしょう……ただ、そうですね、本当言うともしキュータローじゃなく別の人でも、それこそ悪い奴だったとしても何か話しかけていたかもしれません』


 ぐぬぬ……なんでそんなこと言うの……別の世界線の誰かがジジをたぶらかしているのを夢想して嫉妬心に心を燃やしてしまう……おのれ、どこのだれかの下衆め……許さん。


『だって、やっぱりこんなところで独りでいるのって寂しくて辛いじゃないですか。でも、今は出会えたのはほかの誰でもなくキュータローで良かったと心底思っています』


『そうだよねー』


 さすがジジ、わかってらっしゃる。やっぱり上衆の御方は素晴らしい慧眼をお持ちのようで。もうぜーんぶ許すわ。

 先ほどまで心を覆っていた憎悪の雲はきれいさっぱり吹き飛び、正義の光が心から全身に満ち満ちていく。


『ジジ、もう心配はいらないよ。俺が来たからには君に寂しい思いも怖い思いもさせないよ、安心したまえ』


 頼れる男に思えるよう、大きく息を吸い込み、少しでも胸を膨らませる。肩も怒らせ広い背中を演出。アイムタフガイナイスガイ。


『俺がここからジジを助けるから。そのために俺はこの世界に来たんだ。必ず助け出すから。男に二言はない』


 ジジに伝えているとなんだか自分でも本当にそんな気がしてきた。人生の希望が見えてきた。やっぱりここが俺の夢の国、ユートピア、桃源郷だったんだ。死神様も粋な計らいしてくれるじゃねえの。


『本当ですか? 私キュータローのこと信じてます! ありがとうございます! で、どうやって助けてくれるんですか?』


『えっ? あ、その……えっと……うーんっと……ほら、あの……えーー……』


 どうやってと聞かれましても……考えろ考えろ考えろ……何か名案を……どうしたら助け出せる抜け出せる……考えろ考えろ……あっなんか考えろと与えろって似てるよな……ちがう余計なこと考えてる場合じゃない。

 この檻から逃げて……逃げ出せたとしてアイツら全員をどうにかできるのか……倒しきる? ちょっと無理っぽい。逃げ出して隠れるとか? どこに? 

 なにかアイデア降ってこい降ってこい……神様仏様何か与えてくださいおねがいします……。

 智慧熱を出してもんもんと悩む俺に、頭を冷やせとばかりに檻に中に夜風が吹き込む。と、同時に覆いの帆の端がめくれて少しだけ外の様子が見えるようになった。


『ちょっと待ってて』


 と言い伝えて、敵情視察とジジからの追及から一旦逃れるために隙間を覗き込んだ。


「あーーん、んがんが、ばりばり、ムシャムシャ……うめぇうめぇ」


「おい、俺にも寄越せよ」


「こっちもこっちも」


「しゃーねーなぁ、ほらよっと」


「っとっと、おいどこ投げてんだへたくそ!」


「ゲハハハハ!!」


 馬車に並走する数人の男が見えた。

 最初何を騒いでるのか分からなかったが、よくよく見ると俺のピーターハーンを食っていたのだ。ピーターハーンが無事だとわかったのは僥倖だが、それ以上に……。

 あんにゃろう!!

 久太郎は激怒した。人のものを遠慮なく盗み食いする悪党に。

 なんてことを……。

 久太郎は悲しんだ。粗雑に食い荒らされ投げ捨てられ、泥砂にまみれ、蹄鉄に踏みにじられるピーターハーンを。

 ピーターハーンを盗み食いするのはまだ許してやろう。ピーターハーンの旨さは人間を狂わせるからな。

 だが、その旨さを理解してなぜ粗末にしてしまうのだ。旨いだろ。もれなく食べたいだろ。ピーターハーンが神秘の力で泉の如く湧き出るからといって無駄にしていいものでは断じてない!

 食べられなかったピーターハーンの気持ち、作った人の気持ち、食べられなかった人の気持ちを考えなさい!

 食べ物を粗末にする奴らは必ず罰が下されるからな、あとで覚悟しとけ!

 いーや、天の裁きを待たずとも俺がこの手で罰を下してやる! ピーターハーンを大事にしないやつは万死に値するんだからな!

 お前たちなんてこうしてやる! こうでこうだ! どうだ参ったか! いやまだ許さん! オラオラ! まだまだ! 反省しろ! これはピーターハーンのぶん! これはジジのぶん! これは俺のぶん!

 ……ふう、ボコボコにしてやったぜ、脳内で。

 そこそこ気も晴れたのでほったらかしにしていたジジの懸念を払わねばいかんのだけれども…………ま、なーんにも思いつかないから別のエサを吊り下げて、問題を棚上げしとこう。いつかいい案思いつくだろ。今後の自分の知恵を信じろ。


『ジジ、ここから逃げ出したら、俺の国のお菓子をごちそうするよ』


『それは嬉しいのですが……まずどうやってここを抜け出すか――』


『食べたくないの!? すごいおいしいよ! 食べたいでしょ! どうなの!?』


『それは食べたいですけ――』


『みなまで言うなみなまで言うな。大丈夫大丈夫。任せておいてくれ。ジジはお菓子のことだけ考えてればいいから! わかった!?』


『そこまで言うなら……わかりました、キュータローを信じます』


 はい勝ちー、勢いで乗り切った俺の勝ち。完璧だ。少々強引だった気もするがすべて計画通り。順風満帆。何の問題もない。大丈夫大丈夫。そう信じていればそうなるから、大丈夫。誰に言うでもなく心の中で何度も唱える。


『じゃあ、キュータローがお菓子を用意してくれるのならば、私はお茶を用意しますね。それも飛び切りのものを。初咲きの花だけで作った花茶があるんですよ。それを木の葉に溜まった月の雫だけで淹れて、花の蜜をちょびっとだけ……どうです、すごくいいと思いませんか? なんだかすごく楽しみになってきました!』


『ああ、いんじゃないかな……』


 よく分からないけどジジの興味が移ったならなんでもいいや。


『異国のお菓子は一体どんな味がするのでしょう? 甘いのですか、しょっぱいのですか?』


『甘くもあり、しょっぱくもある』


『それはまた不思議な……さすが異国のものですね。大きさは……どのくらいですか? 数は? みんなで……食べれ、ますか?』


『一つ一つは小さいけれど、安心してくれ。これも神様に特別な力を込めてもらったからいくらで食べることができるんだ』


『それは……すごいです……ね……あと、は……聞きたい、こと……』


 字を書いていたジジの指が止まる。

 どうしたのかと思い、肩を使ってジジの体を揺らしてみる。


『っ! すみません、何でしたっけ、ああ、お菓子のことでしたね、えっと……』


 ビクリと急に体を震わせるジジ。

 ああ、そういうことか。


『ジジ、もしかして、寝てた?』


『あ……えへへ、ごめんなさい。ちょっとだけ』


 ジジがどのくらいここに拘束されてるか分からないけど、不安や恐怖の中に独りでこの先どうなるかも分からずずっと気を張ってれば誰だって疲れるよな。

 眠くなるのは、俺と話をしたことで、余計なことを言っちゃったこともあったけど、少しは気が緩んでくれた証拠かも。それならば男冥利に尽きるってもんよ。


『寝たかったら寝てもいいよ。俺が起きて見張っておくからさ』


『そんなわけにはいきません。呑気に寝ている状況ではないのですから』


『そうは言っても今できることは大してないよ』


『色々作戦会議したりとかあるでしょう?』


『寝ぼけ頭で? 万全の体調でもないのに?』


『ううっ……では、キュータローこそどうなんです? 全く疲れてないのですか? そんなわけありませんよね?』


 そりゃもちろん異世界に飛ばされてからドタバタの連続で心も体も休まる暇は無かったが、今はジジに俺の懐の深さを見せるけるとき。


『いいや、全く全然これっぽちも』


『なら私も大丈夫です。ほら、これからどうするか考えましょう。キュータローの脱出計画の話も聞かなければいけませんし』


 なんとまあ頑固で見栄っ張りな王女様なんでしょ。このままじゃ無計画なことがバレてしまうじゃないか。

 ならば、少し譲歩すると見せかけて。


『わかったわかった、認めるよ。疲れてる。ほんと言うとゆっくり休みたい。だから、こうしよう。見張りと睡眠を交代でする』


『じゃあ先にキュータローが――』


『俺はここに放り込まれたときに寝てたから次はジジの番』


『……脱出の話は?』


『それは心配しないで大丈夫。ほんと心配しないで。おねがいだから』


『…………ちゃんと起こしてくださいよ?』


 悩んだのち、やっぱり睡眠欲には勝てなかったのか、しぶしぶ了承してくれた。心の中でガッツポーズ。


『絶対ですよ? 絶対に、ですよ?』


『起こす起こす、必ず起こすから。早く寝てくれないと俺の寝る時間が無くなっちゃうだろ。さあさあ、ほらほら、寝て寝て』


 ふう。王女様の疲れを癒やすために無駄な問答をして無駄に疲れてしまった。二人の疲れを総量で考えれば変化無しかも。


『分かりました。ではお言葉に甘えて、お先に』


 背中合わせのまま、遠慮がちに体重を預けてくるジジ。とはいえ決して寝やすい姿勢ではないだろう。どうせなら少しでも質の良い睡眠を取ってほしい。


『ちょっと待って。もすこし寝やすいところに移動しよう』


 言って、床をゴロゴロ壁際まで転がってそこにもたれるように座りなおして、目顔でジジに隣に来るように促す。

 さすがに俺みたいに転がりはせず、ちまちまとすり寄ってきた。

 そこで今度は肩を揺らして、どうぞとアピール。背中だけよりも方にももたれられたほうが楽だろう。

 おずおずともたれかかってきた後、こっちを見上げて照れたようにはにかんだ。

 …………おうふ。そんな顔で見られちゃ…………困る。

 これはただただジジを癒したいという気持ちからの行動で、やましい気持ちは一切ない。陽だまりの花畑みたいなジジの匂いを嗅ぎたいとか人肌の温度をもっと感じたいだとか、あわよくば胸元がもっとよく見えないかとか、そんな気持ち全然ないんだからね。勘違いしないでよね。

 かっかっと沸き立つ体温とマーラの訪れを抑えようと必死に自分を言い聞かせる。

 そんな俺の葛藤も知らずにジジは口枷の上からでも分かるぐらい大きな欠伸をふわりとして目をつむったかと思えば、数秒後には無防備な姿ですうすうと寝息を立てていた。その目尻に光る雫は欠伸をしたからに違いない。

 ジジの安らかな寝顔を眺める。この顔を見れただけで気苦労も些細なことだと思えてきた。不思議と俺の心も安らかになる。

 あとはこの馬車がどこかに着くか、朝日が差し込んできたときにジジを起こせばミッションコンプリ。

 ジジは怒るかもしれないが、それもまたいい。

 よーし、もうひと頑張り。しっかり起きていないとな。薄暗い車内では目を開けているのか瞑っているのかよくわからない。なんだか頭がぼんやりしてくるのはなぜだろう。長期戦に備えて、俺もすこーし体の力を抜いてリラックス。

 ………………。

 ガタゴトと小刻みに揺れる馬車。


 ………………。



 リズミカルなジジの吐息。




 ………………。




 ほんのりと温かいジジの体温。





 ………………ぐぅ………………ぐぅ。

 こんなん寝てまうわ。






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