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牛乳戦隊みるれんじゃー

作者: 香枝ゆき

牛飼紅彦、18歳。岩市南商店街に自家製牛乳を納品する勤労青年だ。

しかし彼は胃を蝕むほどの激務を抱えていた!

それは、戦隊ヒーローのリーダーとして、敵を圧倒的になぎ倒し、反撃されない程度に圧倒するよう活躍…………をした仲間たちの後始末をすることだった。




 陽の光が白い壁を美しく照らしている。個室で、一人の少年がベッドに横になっていた。

「幸せだ~」

 と、まるで天国に行ったかのような表情をしていた。

 もちろん少年は死んでいません、生きています。そこ、お間違いなく!

 見た目が小学生に見えるほどの低身長だが、ネームカードには、18歳 男と書かれている。病院に入院して幸せもなにもないだろうが、彼にはそういうだけの理由があった。それが個室を選んだ理由でもあるのだが。

 廊下を歩くどたどたどたという音に顔をしかめたあと、少年はベッドからがばりと起き上がる。が、逃亡するには間に合わなかったようだ。

「こーんにーちわ~!!」

 ばんという騒々しい音とともに4人組が現れた。紅彦はみるからに嫌そうな顔をする。

「てめえら、何で来やがった。俺は病人だぞ……」

 その恨み節を彼等はものともしない。

「お見舞いに決まってるじゃない」

 そういうのは桃色のランドセルを背負った少女。

「大体神経性胃炎なんか病気じゃないって」

 お見舞い牛乳(瓶にはファーム牛飼の文字)をドンとおくのはセーラー服の女子高生。

「まあこれからも遊びに来るから」

 制服姿の中学生。

 この面子をみておなかを押さえる紅彦にむかってモノトーンの私服がぽつり。

「あきらめろ」

 中性的な顔立ちの人間の強烈な一撃が入った。

「……もう、なんで……」

 牛飼紅彦の日常は、変わらない。


 自転車が、ききき、とオイル不足のブレーキ音を立てて止まる。荷台にくくりつけられていた年季の入った赤色のケースを軽々と持ち上げ、白Tシャツに青いジーパン姿の少年は引き戸の前で立ち止まった。

 そうだ、ここは自動じゃない。手動だ。とどのつまり、先に扉を開けないと無駄な動きが増えてしまい、最悪なケースも予想される。

 だがいちいちケースを戻し、また安定するようにくくりつけるというのもまどろっこしい。ケースの中身が食品でさえなけりゃ地べたに置くが。

 自分の要領の悪さにため息をつきながら、開き直って足で戸を開ける。どうせ中にいる客は、そんなこと構うわけない。

 がらがらがら。

 客が一斉にこちらを見る。言いたくないと思ったが、一応得意先だから言っておくか。

「ちわーっす、牛乳配達でーす」

「遅いよ君!!」

 その少女の声に、少年、紅彦は顔をしかめる。

「うっせ桃亜!小学生と社会人を一緒にするな!3時には暇なんてことありえねえんだからな!!」

 それでも紅彦はまだ一般的な社会人よりは、3時ごろ暇な確立が高いが。

 むっとふくれた少女を応援するかのように、セーラー服の少女が口を開く。

「なによ、今どき高校生だって3時には暇になるのよ?」

「カウはいつものサボりだろ!!市内の公立高校はテスト期間中と終業式前以外は最低6時間以上の授業が義務付けられてる。ってことは、学校出るのは早くて3時半!おまえ留年しても知らねーからな!!」

 納品する牛乳を次々とおろしながら、紅彦は年上の貫禄を見せようとする。が。

「大丈夫ですよカウは。紅君みたいに落ちこぼれる事もないでしょうし。だって学年で20位以内ですよ?」

 机に突っ伏した。

「ふぇーふぇーどうせ俺は高卒の馬鹿やろーだよ」

 辛らつに突っ込んだ少年はシャツに黒い学生ズボンというシンプルな服装。ややぽっちゃりとした体型だ。

「ったく、そういう大黄もなんとかしろよ、ここ一応開けてるんだろ?客こいつらだけかよ」

 店内は紅彦と同じ年頃かそれ以下の子供が何人かいるのみで、閑散としている。これが常時ならいつ店がつぶれてもおかしくない状況である。

「だったら紅君が呼び込みして下さい。そうじゃないともう牛乳買いませんよ?」

 おとなしい顔をしてぶっとんだ事を言い出す大黄はここ、大衆食堂ミルキーの次期店主。名前と施設があっていないような気もするが、それは大黄の両親が決めた話なのでここでは割愛。とにかく圧力をかけた大黄は牛乳の購入先である紅彦の反応をうかがう。

「……てめ、けんか売ってんのか」

 眉をぴくりと震わせた紅彦。くそ、牛乳を買ってるお客様じゃなかったらすぐにけんかするのに。

「いえ、ただのパワーハラスメントです」

 余計たちが悪いよ、大黄君。君はそれでも中学生ですか?

 最近の中学生はこんなんなんですかー!?

 だとしたら嫌だなあ。自分も中学時代を振り返ると、人のこと言えないけど!

「一緒じゃねえかよ!!ていうか年下から命令ってありか!?」

「現代日本においては年功序列が崩壊して能力主義になったからありよ」

 カウのつぶやきを露知らず。

 紅彦はダンと牛乳瓶を机に置く。

「紅彦、割れてる」

「ああ?」

 納品する牛乳が空瓶なんてしゃれになりません。

 瓶のなかにはもちろん中身が入っていた。

「嘘だろ!」

「現実だよ」

 紅彦のほっぺたを引っぱる彼と同じ年頃の人間。

 あたりには牛乳の匂いが満ちる。

「うーんやっぱり小学生の肌はもちもちだな」

 紅彦は手を振り払う。

「だから俺は18だって行ってんだろくそレイ!!」

「嘘付け小学生1―――」

「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 余裕の表情で紅彦をからかうレイは、19歳。紅彦の誕生日の関係で、滞りなく学校に通っていれば同じ学年だ。身長は180センチ。

 対する紅彦。身長は本人の希望により自主規制。補足説明をしておくと、小学生に間違われる事がある。さらに説明すると、小学1年に勝つのは常識。19歳の白水レイに負けるのはまあしかたない。だが高校1年のカウ、中学2年の鎌鈴大黄に負けるのはいかがなものか。

 紅彦は大黄から布巾を借りると、こぼれた牛乳を拭き始めた。

「あ、紅君、今度から牛乳の取引変更したいんですけど」

「ヴぇ?」

 蛙がつぶれたような声を出す。

 個人経営小規模農家(しかも専業!)にとって、取引先一つから納品を少なくされるだけで死活問題だ。

「牛乳はそのままで、チーズとヨーグルト入れてください」

 条件としては悪くない。単純に考えたら納める品目は増えている。

 だけど。

「ちょ、大黄!おれんち牛乳専門なんだけど!普通に瓶詰め牛乳を近くの幼稚園に納品して、業務用の牛乳を商店街に卸して、あと朝の牛乳配達サービスやって。これのどこにヨーグルトやチーズ作れると?」

「え?でもヨーグルトもチーズも牛乳から作られるんでしょ?」

 そう答えたのは大黄ではなく桃亜。

 かわいい顔してなんてこと言い出す。しかも本当のことを。

「桃亜、ヨーグルトもチーズも発酵させてるの。つまりいい菌に助けてもらって食品をつくってるの。でもチーズはつくれるわよね?紅彦」

 なんで最初説得したうえでこっちの気持ちを突き落とすようなことするかなカウは。

あれか?確信犯的なノリか?わざとこういう人をいじめるようなことやってるの?(注:人をいじめてはいけません)

 それとも何?正義感が暑苦しいほど熱いこの子は人をいじめてはいけません、ただし牛飼紅彦を除く。とかそういう自分ルールを持ってるの?

「おまえら、俺をこれ以上忙しくするな……。配達に継ぐ配達に、販売経路拡大のお願いに、家に帰ったら牛の世話……。自由時間だってあんまりないし」

 店内がしんとする。

「でも紅君リーダーだよね?」

 屈託のない桃亜の笑顔。

 これ以上俺にどうしろと。

「……おまえら、自分でヨーグルトとチーズ作れるじゃん」

 すると、カウは反論する。

「そんな原産地不明の牛乳から造られてる食品食べられるわけないでしょう!?飲食店でだす以前の問題だわ!」

 まあもっともなんだけど……。

 と、紅彦が愛用している頒布の肩掛けかばんがもぞもぞと動いた。

 紅彦以外誰も気に止めるようすがない。

 仕事に必要なもの以外入れた覚えがないので気味が悪いながらもかばんに近づき、中身を確認せずとめ具を思い切り閉めた。

 かばんの動きが一段と激しくなる。

 紅彦は抑える力を強くした。

 事態にいち早く気づいたのはカウだった。彼女から殺気がほとばしる。

 ――これはまずい。

「あ、か、ひ――」

「ちょ、ま――」

「こー!!」

 あ、ヒット。

 名前を呼ぶとともに突進してきたカウ。苗字に入っている猪のような振る舞いに、人(といっても紅彦が知る限り紅彦だけ)はこう呼ぶ。

 猪突猛進暴走少女。彼女が人の名前を叫んでいたら、タックルされる5秒前。

 しかも体重が軽いくせに、走るスピードが速いからなのか、パワーが半端ではない。おまえラグビーやれよ。

 と、後方に吹っ飛ばされ、背中からたたきつけられた紅彦は思った。

「ちょ、なにしてんのよ、やめなさい!」

 そして口で制止する前に実力行使で制止する。

 いつものことだと思いながら、理不尽さを感じつつ紅彦は起き上がった。

 跳ね飛ばされたかばんを見ると、もぞもぞと動き、なかから牛のぬいぐるみがひょこりとでているところだった。

「ったくよお、もうちょっと丁寧に扱えんのか、ええ?」

 牛のぬいぐるみがただでさえ細い目を糸目にしながらそうふんぞり返っている。

 紅彦はそれをつまみあげると自分の顔の位置まで持ってきた。

「……おまえ来月商店街がやるフリーマーケットで売ってやろうか、え?」

「それやったら大声でおまえの秘密ばらすぞ。カセットテープだかMDだかが聞ける高性能ぬいぐるみの振りして」

 誰ですか、小さくてふわふわしたやつはかわいいなんていう人は。このぬいぐるみ、見た目は牛で、しかもぬいぐるみとしてデフォルメされた外見だからかわいいといえなくもない。だけど中身、いや中身はただの綿か。考えていることはとにかく腹黒い!普通のホルスタインがモチーフだから、黒い部分があっても白地の面積のほうが多いのに!鼻に丁寧につけられている輪っかがさらにふてぶてしさを強調している。

 紅彦はそれをつまんで牛を吊るした。

「……やっぱやめた。ゲームセンターのUFOキャッチャーの景品にするわ。これちょうどいい」

 さらに鼻輪をつまんでびょんびょんと縦に揺らしてやった。え、手加減?するわけないじゃん。

「いてて、鼻!鼻ちぎれるって、やめろおおおおおおおおおおお!」

「紅君、いじめかっこわるい!」

 桃亜の声とともにぺちっと背中に何かが張り付いた。場所が片手で届くかどうか微妙なところだったので、仕方なく牛を放し(人聞きの悪い言い方をすると落としたとも言う)背中からとる。物体を見てみると。さっき牛乳を拭いた布巾だった。

 ……あーあーシャツがべちゃべちゃだ。匂いが移る。イジメカッコワルイ。否定はしないけど、俺に対するこれってなんなんですか。いじめ以外の何物でもねえよ。

「ごめんなさい、くーさん。大丈夫でしたか?」

「ああ。おまえらのおかげで大丈夫だ」

 みんなにかこまれている牛のぬいぐるみ、くーは、またもそうふんぞり返った。……俺、くーっていったら近所のチワワしか思い浮かばないんだけど。あのチワワ目がうるうるしててかわいかったなあ。この偉そうな牛がくーってタマかよ。名前違う。

 紅彦の考えを図ることなく、くーは大黄を手招きして抱き上げさせた。

「いいかおまえら。今日も平常出勤だ!パトロール行くぞ!」

 いや、パトロールとかは警察官とかPTAの方々に任せましょうほんとなんでこんなことおいなにする離せカウーーーーーーーーーーーーーーーーーー!



 牛飼紅彦 酪農家にして牛乳配達員。社会人。

 鎌鈴大黄 商店街にある売れない食堂屋の跡取り息子。牛乳を購入。中学生。

 留我桃亜 繁盛している雑貨屋の娘。商店街近くの小学校に通う小学生。

 猪灰カウ 喫茶店の看板娘、のはず。サボりが趣味の高校生。

 白水レイ 大黄の食堂屋の常連。大学生。


 年齢も住む世界もたぶん違うこの5人には、ある共通点があった。それは自我を持つ牛のぬいぐるみ、くーの指示に従って、戦隊として変身、敵と戦闘し、岩市南商店街を中心とした世界を守ること――。

「だからっ!異常なんてないだろ!なんでおまえみたいなぬいぐるみ頭にのっけて街中歩かなくちゃいけないの?え?俺18なんだけど!男なんだけど!」

「紅彦は小学生みたいだし、大丈夫だろ。それにみんなで歩いているんだから。一人でやるか?」

 レイにあしらわれた紅彦の頭には、牛がべたりと寝転がっている。

「かわいいよ、それ!」

 そんなに嬉しそうにするなら、桃亜、代わりに乗っけてよ。落ちないようにするの、結構大変なんだけど。いやそもそも牛!知らない間にかばんのなか入ってたってことは歩けるんだろ?歩けよ。100歩譲ってもかばんの中入っててくれ。頼むから。

「それに私服だからいいでしょう?」

 俺の私服、桃亜に布巾投げつけられてからまだ時間たってないから半渇きなんだけどな、大黄。かといって戦隊服なんか着たくないけど。

 いつもと変わらない岩市南商店街。……なんも異常ないじゃないか。

「特に何も変わりありませんね……」

 大黄もそう言ったときだった。

 ガシャーン!

 ガラス食器が割れる音がする。

「あの喫茶店からだ!」

 レイが指差す方向に、カウが走り出した。

「ちょ、危ないぞ!」

 紅彦の声をカウは無視して走り去った。

 今まで任務といっても、敵が現れるわけでもなし、恥ずかしい戦隊の格好をして商店街のPRをしたぐらいだ。他にはひったくりを捕まえたりおばあちゃんを道案内したり。

 危険度はあまりないといっていい。それがなんだよいきなり!こんなへんぴな町で凶悪犯罪なんか起きたことねえのに!

「待ってください!」

 カウに遅れて現場に着くと、大黄が制止した。

「ここ、カウさんの実家ですよ。……様子を見てみましょう」

 紅彦たちは、十分とはいえないボリュームの植え込みから、喫茶店『モノクローム』の店内をうかがった。

 水の入ったコップが床に砕け散っているのが見える。

「なんだこのコーヒーは!豆のよさがないじゃないか!」

「申し訳ありません……!」

 マスターはカウの父親だろうか。ひたすら頭を下げている。 

 その姿に我慢できなくなったのだろう。カウはマスターの前にずいと出た。

「親父、ぺこぺこする必要ないわよ。……うちの味が気に入らないんだったらお引き取りください。代金はいりませんから」

 カウ!と小声で叱咤するマスター。それでも客は出て行かなかった。

「おれはなあ、コーヒーを愛してるんだ。こんな煎れかたされて黙っていられるか!」

「味の批評については感謝します。ですが変えるつもりはありません。好き好きですから。それにこのような迷惑行為、他のお客様に迷惑です」

「どこに他の客がいる。ええ!?味が悪いから来ないんだろう!」

 その場にいた全員が押し黙る。確かに他に客がいない。全国的に商店街離れが進む世の中。商店街に連なる飲食店は、どこも似たような状況。常連さんに来てもらっているから持っているようなものだ。

「……これ以上の侮辱はやめて。どうしてこんな因縁をつけるの!!」

 カウが泣きながらぶちきれた。だが理性を総動員させているのか、手をあげることはない。

 客はふっと嘲るように笑った。

「決まってる。俺が愛している銘柄をここまで落ちた味にしているからだよ!」

 客はカウンターのコーヒーメーカーを払い落とすと、悠々と出て行った。

 紅彦たちは慌てて脇へそれ、見つからないようにする。幸い隠れていたのとは別の道を歩いていったので見つからずにすんだ。

「……カウさん!」

 大黄筆頭に4人で店内に入ると、うなだれているマスターと、これ以上泣くまいとしているカウ、惨憺たる状態の店内が目に移った。

「ごめんみんな。……今日は帰ってくれないかな」

「カウ……」

「帰ってよ」

 そう目を合わせないように言われた紅彦は、なにも言えなかった。

「紅彦、あとイエローにピンクにホワイト。任務だ。……グレーも大丈夫になったら合流してくれ」

 頭の上が静かにそう言った。


 カウが抜けた4人でミーティングをした結果。因縁をつけた親父をみつけるまで、喫茶店周辺での張り込みと、パトロールをすることに決まった。店主は相当な落ち込みようで、カウが高校を休学して店を切り盛りするらしい。遅刻早退を繰り返すカウが届けを出した事で、高校側も並々ならないことだと理解したようだ。

 そしてあの事件から1日経った今日。紅彦はレイが作った張り込みシフト表を見ていた。

 

 張り込み、パトロールは2人体制のローテーション。年齢の関係で桃亜&大黄ペアは不可。街での聞き込みは4人体制で、商店街組は客に、配達組(紅彦)は得意先などに情報を聞く。

 ○張り込み当番表

  月曜~金曜 9時~12時 紅彦

        13時~15時 紅彦

        15時~18時 桃亜&白水

        18時~20時 大黄&白水

  土曜 9時~12時 白水&桃亜

     13時~18時 大黄&紅彦

     18時半~20時 紅彦

 

  日曜 全日 紅彦

 

  無断欠勤は厳禁。報告もすること。

「……」

 紅彦は近くの公衆電話から、迷わず電話番号をプッシュした。

 呼び出し音。呼び出し音。呼び出し音。

「……はい、白水」

「あ、おれ」

「オレオレ詐欺は間に合ってます。というか最近はアメリカでもはやってて、It`s me!っていうんですよ。時代遅れですね」

 無機質な声は無慈悲だ。しかもなにげに罵倒しやがった。

 声で分かってほしい。レイの口調からは冗談か本気かが分からない。

「……張り込み中の牛飼紅彦です」

「ああ、なに?今大学なんだけど」

 レイの声が一気に野太くなる。あれか、さっきのは事務口調か。それにしては怖かったけど。ひとまず本題に入ることにする。

「あのシフト表なに?俺の負担多くね?」

「順当と言ってくれないかな?」

 どこが順当なの、どこが?バイトに精出す大学生よりひどくないか?というかそんな小さい子に言い聞かせるような声で言うのはやめてくれレイ。

「小学生の桃亜や、中学生の大黄に平日学校さぼれって言える?二人とも義務教育だよ。アルバイトですーってサボれるような年齢でもないし、病欠も家の人にばれるでしょう。あの二人商店街の関係者なのに。そりゃ一日二日くらいだったらなんとかなるかもしれないけど、連続で休むと言い訳だってできない」

「でもカウは」

「高校生のカウは義務教育じゃないし、進学するんじゃなかったら最低限単位とって、出席日数足りてれば卒業はできるよね?家の手伝いですって言ったらもしかしたら大目に見てくれるのかもしれない。あのこは自己責任で学校さぼってるの」

 確かに、うかつだった。ローティーン2人は体力的にも、時間拘束的にもこのシフトで限界、か。

 ……ん?ちょっと待て。

「いや、でもレイだってもうちょっと出てこれるだろう!?大学生なんだし」

 電話越しでため息をつかれた。

 なんだよ、おれそんなに馬鹿なこと言ったのか?

「大学生は、バイトに明け暮れたりサボれたりできると思ってる~?まあ大学にもよるけどさ~。一回生は基礎科目っていう絶対ちゃんと受けなきゃ卒業できない科目がいくつもあって、それさぼると後々面倒なの。これでもこっちは出席日数と単位計算やって、サボれる分だけサボってあのシフト表なの」

 もうなにもいえません。学生も大変だよな、時間的拘束が。

「でも日曜は休息日にしたけどな、紅彦以外」

 前言撤回。

 こっちも本業、家業があります。

「ちょ、待てやレイ……」

「あ、悪い、そろそろ講義始まるから切るわ。それじゃ」

 テレホンカードが音を鳴らしながら出てくる。

「即効で切りやがった……」

ものに当たるのはよくない。

紅彦は静かに受話器を戻した。


 ある晴れた火曜日。

 牛飼紅彦は、喫茶店の前でたむろしていた。

 昼下がり。親父のお下がりの古い腕時計では1時過ぎ。腹の虫が鳴り響く。人影はない。

「腹減った……」

 通行人の視線は慣れてしまった。人からどういうふうに見られているのかな。けれど慣れって怖いな。なんでもできる。紅彦が販売経路の構想をつらつらと考えていたとき。

「ふーしーんーしゃー!!」

 聞き覚えのある声。

 どんどん近くなる足音。

 近づいてくる。

 分かっているけど振り返りたくない。いや、振り返ったほうがいいのか?

 紅彦の足は結局動かず、張り込んでいた10代の社会人は道路にぺしゃんと大の字に倒れる。

「店の前での迷惑行為はお控えくださ……って、紅彦?」

「………よっ!」

 声だけは空元気で言ってみたが、起き上がるのもやっとな状態では決まるものも決まらなかった。元からきまってなんかいないけど。


「まったく、店の前で警備してくれるのなら最初からそう言ってよね」

 店舗兼住宅、2階、カウの部屋。畳敷きの和室にはミスマッチな洋物が多々並んでいるが、基本的に和洋折衷といったコンセプトの部屋だった。

 救急箱片手に打ち身や擦り傷を手当てしてくれるカウ。消毒液が傷にしみる。戦隊でも、そのスピードとパワーで特攻するカウは、同時に回復役でもある。

「……昨日のミーティングが長引いたし、夜に電話するのもどうかと思ったんだよ」

 言い訳がましく言ってみると、カウは優しい表情を浮かべていた。

「みんなで助けてくれるんだね。……ありがと」

 その笑顔に少しどきっとしながら、カウは救急箱をしまいにいく。

「紅彦、お昼食べてないなら食べていきなよ。サービスするから!」

 その言葉に、紅彦は甘える事にした。



 セーラー服にエプロン姿。カウはウエイトレスのときはフリルのついた白エプロンだが、料理のときは普通の綿エプロンに替えているらしい。どっちも似合うけど。って変態か俺は。別にエプロンマニアとかじゃない。ただ単に、いいなって思っただけだ。

 でも、こんなこと口にでも出したら、ただじゃすまないんだろうな。確実にレイにからかわれて、下手したらカウに一発いれられる。あいつの愛情表現も攻撃手段も全部一緒くただから。

 カウンター席で厨房に立つカウを見て、考えを変えるために紅彦は置いてある漫画群へと向かった。

 えーと。一昔前の漫画。ヒット作を書く前の漫画家のデビュー作品がある。これは少女マンガだからパスとして、……バスケ漫画読むとするかな。

 漫画を数冊持って席へ戻ると、材料を確認し、メニューを持ってきたカウが待っていたところだった。

「なににする?」

 ひとまずメニュー表を見る。喫茶店だからドリンクメインだ。定番でもあるモーニングの時間はもう終わっているので、紅彦はピラフを頼む事にした。

「ピラフね、オッケー。ちょっと待ってて」

 厨房にはカウの姿しかいない。親父さんはまだ寝込んでいるのだろう。カウは材料を出してきて、くるくると動き回っている。フライパンも出してきていた。

 漫画のページを繰っていると、かたんと音がした。

 机の上には業務用のガラスコップ。氷が浮いていて、置いたときの衝撃だろうか、水がまわりに飛び散っている、

「遅れてごめん、お冷です!」

 普段と変わらない、少しがさつで大雑把なカウ。そういう面ばかりしか見えていないけど、忙しそうなときでも笑顔を浮かべているのを見ると、些細なことはどうでもよくなってしまった。

「ありがと」

 お礼を言う頃には、カウはもう奥に引っ込んでしまっていた。

 持ってきた漫画1冊を読み終わる頃。そろそろできてもいいだろうという頃合でふと厨房を見ると、なにかおかしい。

 視界に入ったのは、テレビの中で見るような、本格中華料理をつくる過程で出る火柱。

「!?」

 カウ、おまえいったいなにを。

 続いて焦げ臭い匂い。煙。

 そのそばでおたおたしているカウがいた。

いや、おろおろしている場合じゃねーし!てめーいつもの強気はどこいった!

「カウ、まずは換気扇だ!おまえスイッチ入れてないだろ!」

 その言葉で、初めて換気扇のスイッチを入れたようで、ぶおおおおんといううるさい音が聞こえてきた。

「次、火元を切れ!店燃える!!」

 続いてガスコンロのつまみを回して切る音も。なんだか指示しながら見ているだけでは怖くなって、紅彦は内心失礼しますと言いながら、厨房に入った。

「…………」

 フライパンの中には、原材料がなんだか分からないような物体が黒こげで鎮座していた。

「……ごめん、紅彦……。あたし、料理と裁縫苦手で……」

 どうやらカウの器用さは、自分が不利益にならないぎりぎりのラインを計算する事と、包帯を巻くなどの治療行為のみに発揮されるらしい。確かに器用さと大胆さ、繊細さと大雑把を同居させている人なんて、ほとんどといっていいほどいないけど。

「……とりあえず片付けよう」

 まあ、何事にも極端なカウらしいといえばカウらしい。


 結局ご馳走になった昼食は、モーニング用のフランスパンとジャム&バター、オレンジジュースとなった。そう、袋から出して自分で味付けしたら即完成の簡単メニューである。っておい!スーパーなりで買ってくるのと違いを述べよって言ったら、お前この価格帯の違いをどう説明するつもりだ。

 ただ、カウにこれ以上料理をさせたら本当に店が破壊されそうなので、追加で注文する気にはなれなかった。ピラフを失敗したときの匂いが抜けきっていないので、まだ換気扇はついている。

「オレンジジュースは子供っぽいから飲まないんじゃなかったの?」

 そういたずらっぽく聞いてくるカウはりんごジュースだ。

「牛乳は飲み飽きてるから。牛乳とオレンジシュースだったら絶対オレンジジュース飲む」

 ストローからちまちま飲むのは面倒くさいので、紅彦は出されていたストローの封をあけずにコップでぐいぐいと飲む。

「っああー!!やっぱ100パーセントはうまいなあ」

「紅彦おっさんみたい。見た目子供なのに」

「うっさい」

 穏やかな時間。店内にかかっている曲は、今日はカウに選択権があるので、朝に放送している戦隊アニメのメドレーになっている。いつもはクラシックなのに。このクールの主人公達は、みんな出演番組に恵まれ、それぞれ人気俳優となっていた。

 だけど、穏やかな時間にも終わりは来る。

「……で、昨日のあいつに心あたりないの?」

 その問いに、カウの顔が一瞬で曇った。

「ない。親父も今まで来たことないって言ってた。この商店街、駅に近いから、地価高いのよ。……地上げ屋かもしれない」

 商店街で代々商売を行っている人たちは、大体家族経営だ。たまに息子や娘が会社勤め、というケースもあるが、岩市南商店街に限って言うと、9割が店舗兼住宅。副業はなし。店を畳むと路頭に迷う可能性が高い。

「別にあたしはいいのよ。大学に執着してるわけでもないし、行きたくなっても奨学金もただでもらえると思う。これでも成績の貯金はあるから。ただ、コーヒーが好きで喫茶店の仕事に誇り持ってる親父の姿、見てられなくて……」

 いつだって、被害をもろに受けるのは、第一線で製品を作ったり、売ったりする人だ。

 第一次産業は、特に弱い。商売人も、徒党を組んでる大企業やチェーン店を除くと立場はものすごく弱い。

「……あんまり余計なこと考えるなよ。俺たちがいるじゃん。なんとかしてやるよ」

 俺はリーダーだからな。

 カウは安心したのか、やっと笑った。


 店の前に再度立つ。不審者に間違われないよう、箒とちりとりを持ってカムフラージュしてみた。やばい、カウと話してから口元が緩む。

「鼻の下伸ばして。メンバー内での恋愛は禁止だぞ」

 紅彦はぎょっとして振り返る。植え込みの上に、にっくき牛のぬいぐるみが座っていた。紅彦は一転、顔をしかめる。

「おまえ、覗き見って趣味悪いぞ」

「別に見てなんかねえよ、いただけだ」

 かわいいぬいぐるみのくせに屁理屈ばっかり言うこのぬいぐるみ。かわいくねえ……。

「そんなんじゃないよ。普通にメンバーの一人。落ち込んでたから慰めてただけだ」

 くーは嘆息する。

「そういうことにしといてやる。ほら、人がくるぞ!さっさと掃除しろ!」

 分かったからおまえ黙っといてくれないかなあ……。しゃべるぬいぐるみのほうが人目引くだろ普通。

 ――不意に通りがかった50代の女性は、喫茶店の前で止まった。

「……あの、なにか?」

 女性は普段見慣れない子供の姿に驚いたらしい。

「……あなた、カウちゃんの弟さん?」

 血管が切れそうになったが、耐えた。

「えーと」

 なんて答えればいいんだろう。とっさに言葉が出てこない。牛を見ると、祈りが通じたのか黙り込んでいる。まあ第三者がいたんじゃしゃべるにしゃべれないか。……いや、よく見るとぬいぐるみが震えている。笑いをこらえている!なんって醜悪なぬいぐるみ!

「紅彦、どうしたの?」

 扉を開けて出てきたカウも、この状況にしばらく固まっていた。


 すわ恋人かという誤解を解くのに労力を費やして。

 商店街で喫茶店を営むこの女性が来たのはとある情報を伝えるためだった。

「喫茶店やぶりい?」 

 紅彦の素っ頓狂な声に、女性二人はにらんで黙らせた。

 いや、ふざけてはないんですけど、はいすみません。

「やれコーヒーの味が悪いって難癖つけて、店を畳ませるらしいわ。その跡地に自分好みの味のコーヒーを出す店を出店するんですって。最近このあたりで目撃情報があったそうよ。カウちゃんも気をつけて!」

 彼女が去ったあと、後に残った二人は無言だった。


 時計を見ると3時。張り込み交代の時間だ。

 紅彦は交代に来た桃亜とレイに、これまでの経過を伝える。

 お疲れさん、といってもらい、自転車でその場をあとにする。その背中に無邪気な声がかかる。

「そういえば紅君、幼稚園に牛乳納品しなくてよかったの?」

 うちのお得意様。幼稚園に毎日納品する牛乳。配達当番は、俺。

 やっっべええええ、忘れてた!!たぶん連絡がいって親父かお袋が配達してるだろうけど百パー怒られる。いや、どつかれる。今日家に帰りたくない。

 そう思いながら、紅彦は待っている牛たちの世話をするため、家路へと急ぐ。

 案の定、帰ったらしこたま怒られた。


 学生だったら休める休日も。社会人になったら、まして自営業だったら休みなんてない。紅彦は社会人になって以来始めて休日を待ち望んだ。約束は絶対破らない。これが俺の心情だ。紅彦は仕事と張り込みをすべて行うため、睡眠時間を極限まで削り、あわよくば交通事故寸前といったスピードで自転車を漕いで配達する。金曜日にはもうふらふらになっていた。

「紅くん、大丈夫?」

 今日は土曜日。珍しくみんな全員集合。これみて大丈夫と思う人は眼科行ったほうがいいなあ、絶対。

「あー、大丈夫だ、桃亜」

「心配する事ないぞ。紅彦は徹夜なんて慣れてるからな」

「誰のせいでこんな締め切り直前の作家みたいな状態になってると思ってんのかなあ?」

 くそ、涼しい顔のレイに一発蹴りを入れたくなった。

「それにしても、喫茶店やぶりさん、来ませんね。張り込みのおかげでしょうか」

 大黄の言葉に、メンバーはうなずく。

「そうだね、私達がんばってるもん!」

「確かに、これだけ張り付いていたらうかつに手は出せないんじゃねえ?」

「いや、そうでもないよ」

 異論を唱えたのはレイだった。

「喫茶店の利用者は大体小遣いに余裕がある若者か時間に余裕がある退職者か主婦。もしくはモーニング狙いの男性。メニューの単価が高いんだ。喫茶店やぶりだって、仕事をしているはず。コーヒーにうるさいんだったら割と多くの喫茶店行っているんだろうし、お金はあるだろう。ただ、ありすぎて御曹司階級だったらわざわざ外で飲む必要はない。だから、そこそこの収入がある会社員と考える事ができる」

 レイの理路整然とした説明に、紅彦たちは黙った。

「じゃあ、あのおっさんが会社休む日に来るってことか…?」

「そういうこと」

 いつだよそれ。いいかげん張り込みも疲れたぞ。

 紅彦が肩をおとしたとき、人の悲鳴が少し離れた地点から聞こえてきた。

「――なんだ?」

 疑問と同時に頭に軽い衝撃が走る。

「って!」

 頭に牛のぬいぐるみ。黒い目がきっときつくなる。

「それを確かめるのがおまえらみるれんじゃーの仕事だろ!」

 おまえは入っていないのかよ!と突っ込みたくなったが今はそれどころじゃない。レイはすでに頭を切り替えている。

「じゃあ、紅彦と桃亜、大黄は様子をみてきて。オレはここに――」

「すとーーーーーーーーっぷ」

 リーダー然としているレイは、うしぐるみの制止に面食らう。

「仲間の店が大事だっていうのも分かるけどよ、今は困っている人のほうが先だ。それにまともな戦闘経験がないおまえらが、3人で勝てるっていうのか?」

 レイは押し黙る。悔しいけど、くーの言うことは事実だ。紅彦たちはまだ、自分の力を制御できていない。

「……それにグレーも、みるれんじゃーだ。店のことはあいつに任せて、俺たちは行くんだ」

 レイは顔を上げると、うなずいた。

「みんな、行こう」

 桃亜、大黄は力強くうなずいた。

 レイを先頭に、現場に向かって走り出していく。

 どうしてそこまで全力疾走できるのか。疲れているっていうのもあるけど、なんでそんな戦隊になれるのか。

「しゃきっとしろ!」

 ぬいぐるみに言われてもなあ……。

 なおも紅彦がゆるく走っていると、すぐ前を走っていた桃亜がふくれた顔をして戻ってきた。

「ほら紅君!行くよ!!」

 社会人が小学生女子に手を引っぱられるの図。どれだけ体力ないんだ。とまわりからみられるのは嫌だ。それにメンバーが見逃してくれそうになかったので、紅彦は観念して走り始めた。



 一同が駆けつけた駅前には、多くの人だかりができていた。人を掻き分け掻き分け。レイが桃亜を肩車してやり、男二人は人の頭の間から爪先立ちでのぞくようにする。

「……変な人が何人かいる!」

 桃亜の叫びと同時に、紅彦たちもそれを見た。

 駅前では茶色い服の集団が大量の段ボール箱をバックに何かを配っている。

「あれ、なんの騒ぎですか?」

 大黄が近くの初老男性に声をかける。

「おお、大ちゃん!高いコーヒーを配るイベントらしいよ?」

 どうもきな臭い。あの集団に商店街関係者は一人もいなかった。

「おい、そういうイベントやるって話あったか?」

「ないですね。少なくとも商店会には連絡なしです」

 大黄の親は商店街店主らで結成している商店会の会長も務めている。

 そこに連絡なしでイベントをするなんて、どんなゲリラだろう。

「それにしても、駅前でティッシュとか配るのとは全然違うよね、なんでだろ?」

「ああ、桃ちゃん!どうやら、とっても高いコーヒーを配ってくれてるようなんだよ。フーコーヒー、フフコーヒー?なんか、そんな感じの」

「そんなばかな……!」

 蒼白なレイは桃亜を取り落とした。

「あぶねえ!」

 慌ててキャッチする。

「おいレイ!いきなりなんだって」

「……おそらく配っているのは、フンコーヒーだ」

「なんだよそれ、なんかブランドのコーヒー?俺よく知らねえんだけど」

「……ありえませんよ、それ」

 大黄も顔色を変えて唇を震わせている。

「ねえ、それってなんなの!教えてよー」

 桃亜がせがむと、レイは息を吐いた。

「……1杯8000円ほどのコーヒーだよ。ジャコウネコのが一般的かな。コーヒー豆を食べた動物のフンを集めて、洗った豆を集めたコーヒー。産出量は少ない」

「日本でも流通はしてますけど、普通の店では出しませんよ。それをあの量、配るなんて……」

「偽物ね、あのコピ・ルアク」

人ごみを突っ切っていったセーラー服は、スカートとポニーテールを揺らしていった。

「ちょっとあんたたち、何してんの?」

 カウに問い詰められた茶色い人間は、ひるまずににたりと笑う。

「ああ、コーヒー豆を配っているんですよ。どうです?滅多に出回らないコーヒー――」

「ふざけないで!こんなコーヒー配るなんて許せないわ!」

 差し出されたサンプルを、カウは払いのけた。

「……もったいなくねえ?」

 ついつい出てしまう貧乏症。

「え、あれで正解じゃない?なに入ってるかわからないし」

「そうですよ。紅彦さん、高級品あんなに配ったりします?しかも流通量が限られてる代物をあれだけ用意できるのもおかしいです」

 商店街の看板娘、カウの顔は広い。誰もが固唾をのんで見守っている。

「タダで配られたら店の売り上げに影響するじゃない!」

 そっちか!

「しかも奥にいるあんた!この前うちにきた喫茶店やぶりね!」

 まじか。

「あ、ほんとだ、あいつよ」

「さすが、肩車してたら違うねえ」

 ほのぼのとした兄妹みたいな様子はギャラリーのモブのようだ。けれど、こんなのが長く続かないことを知っている。

「もう限界。あんたは商売敵兼敵!」

 待て、商売敵を先につぶしたいのか?

「みんな、変身よ!」

 待て待て待て、こんな公衆の面前で変身なんて。

「桃が薬品まいてったぞ、よかったな」

「は?」

 さっきまでレイの肩に乗っかっていた小学生は、もういない。

 周りは昏倒した人間ばかりだ。

 見た目は子供。頭脳も子供。ただしマッドサイエンティスト。

 おまえはどこの組織の人間だ。

「あいつら暴走するぞ、さっさと止めてこい」

 レイと二人で見た先には、光り輝く3つのシルエットがあった。

「待て待てあいつらたぶん一般人――!」

「i am faighter ミルマーブル!」

 聞いちゃいねえ。

「あいあむふぁいたー ミルピンク!」

 この3人組。

「アイアムファイター ミルイエロー!」

 独断専行にもほどがある。 

 光が消えた後には、戦隊服を着たカウ、桃亜、ダイキがいた。

「変身したな、あいつら」

「もう知らねえ……」

 あっけにとられる茶色い人間にかまわず、一人が叫ぶ。

「カウアターック!!」

 ドガッ。

 カウの服には肩当てとメリケンサックが標準装備されている。

 あー、骨折れたな。

 桃色服はどこからか取り出した毒々しい色の壺に、大きなスプーンを突っ込んでいる。

「ヨーグルトウェーブ!」

 何人かがヨーグルト状の物体に取り込まれている。ぱっと見チョコレートアイスみたいに見えなくもない。

「チーズ分銅~!」

 ぐしゃ。

 黄色がポケットから放ったなにかは巨大なチーズとなって落下した。

 ……圧死してないといいなあ。

「ほら、変身しないと本当に死ぬぞ」

 レイがそう言う。戦闘服を着ている。いつのまに。

 隣にいたのにあのこっぱずかしい文句は聞こえなかった。

「……その服も掛け声も、あと止めるのも無理」

「……you are faigher MIL RED!」

 本場の人間も真っ青な発音でレイがつぶやく。

「ちょー待て。強制的な変身ってありか!?」

 光が遠のいたとき、紅彦は赤い戦闘服姿になっていた。

「ほら、見た目ちびで赤だけど攻撃全部あいつらがやって全然そうは見えないけどリーダー、止めるぞ」

「帰っていい?」

 問答無用で牛乳をぶっかけられた。



 すっかり墓場と化した駅前では、3人のヒーローがだらだらと敵をつついていた。

 その現場にカビの生えた牛乳が当たる。におうし不衛生だ。

 3人は顔をしかめた。

「レッド、ホワイト~。仲間にそれはないでしょう?」

「るせー!お前ら一般人にやりすぎなんだよ!っていうかピンク!スプーン持つのやめろ、お前の武器はチートすぎるんだよ」

「コーヒー団はとかしても仲間は溶かさないよ?」

「嘘つけ!スプーンをツボに突っ込んで臨戦態勢待ったなしのくせに」

 ピンクの壺から出されたものは、周りのものを溶かす。

 みるレンジャーの中でも危険度が高い武器だ。こっちも喧嘩はしたくない。

「それにしても、こいつら本当にコーヒー団なのか?」

 世界をコーヒーで満たすことを目標としているコーヒー団。

 真っ白いものを目の敵にしているので、牛乳を愛し守るみるレンジャーとは相いれない。

 ただし今回、全くと言っていいほど反撃されなかった。

 やっぱり、ちょっと怪しい一般人なんじゃ。

「まったく……君たちのおかげで計画が台無しだ」

 ゆらりと姿を現したのは、喫茶店やぶりだった。

「あの店をつぶして、希少なコーヒーを出す純喫茶開店プロモーション戦略が、台無しじゃないか……!」

「いや、モノクロームはあんたの店じゃないから」

「あの完璧な内装!店員の制服!なのにごはんものを出す、喫茶店としてはいかがなものかという姿勢!ああ本当に我慢できない!高いコーヒーで客をとって店を買いたたいて僕がバリスタになるという夢が……」

「うるせえな」

 どすのきいた声で、大きなライフルを突き付けているのはホワイトだった。

「オレは今の岩市南商店街が好きなんだ。それに、仲間の店を好きになるならともかく、横取りしようなんて悪役、野放しにするわけにはいかねえんだよ」

「変化がなければ消えるだけだぞ」

「それは……!」

「3,2,1。発射」

 ライフルから瓶入り牛乳が発射される。容赦なく炸裂した攻撃は喫茶店やぶりを横目に狙い通り着弾した。大量の段ボール箱付近で、牛乳爆弾が破裂する。

 容量無視の牛乳があふれた。これで豆は使えないだろう。

「おまえが決めることじゃない」

「おのれ、みるレンジャーめ……!」

 あとには茶色い服の人間だけが残された。



 どうやら残ったのは、なにも知らないイベント会社の社員だけだったようだ。

 豆の真偽は、牛乳をかぶったのでわからない。

 とにかく、必要な届も出されていないものだったから、誰かの口に入る前に止められてよかった。

「あー!逃げられたの!?」

 カウは喫茶店やぶりを尋問できないことを悔しがった。

 けど、こっちとしては手綱を握れたほうで、よかった、とは思う。

「紅彦、これ」

「なんだ?」

 レイから手渡されたものは、請求書と申立書だった。

 1枚目は無関係の社員の入院費(骨折打撲、エトセトラ)。2枚目は、派手に暴れた場所の原状回復(ヨーグルト状のものと、牛乳の清掃)。

「……なんで俺に?」

「リーダーだからな」

「普通みんなで……こういうときだけリーダーって」

「責任持てよ」

 レイはダッシュで逃げた。さっきまでいたはずのメンバーもいない。

「どこいったあ!!」

 みるきーから勢いよく出ると、たくさんの人間に圧倒される。まるで待ち構えていたように。

「ちょっと来てもらおうか?」

「商店街のPRにも限度ってものがあるよ?」

 引きずられる中、思ったことはただ一つ。


「あいつら、覚えてろー!!」

その翌日、牛飼紅彦は胃の調子を悪くして入院した。

 


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