滝と城
鍾乳洞の中は暗く、指先に灯した火が無ければほとんど見えない。
そして道は迷路のように入り組んでいて、所々水の中を泳がないと通れない道もある。
さらに、時々水滴の落ちる音が響き渡り、その度に少しビクッとする。自分以外の音がしない場所で、いきなり近くで音がするのは、結構怖い。
「いつになったらこの鍾乳洞は終わるんだ……?」
微妙に違う景色から、ちゃんと進めているのはわかっているが、それでも不安になってくる。
──道の先が、また水の中を通らないと進めないようになっている。
仕方が無い。指先の火を消し、水の中に入る。……入ろうとしたが、水の中で何かが光っているのを見つける。
「なんだあれ?……よし、『闇の網』」
闇で網を作り、光に向けて広げる。
……光は生き物のように網をよけ、こちらに近づいてくる。
「あれは魚か?──っ!魔物か!」
突然速度を上げて水中から飛び出してくる。咄嗟に避け、指先に火を灯す。
「……半透明な、チョウチンアンコウか?」
頭の先に光を灯す球体をぶら下げ、体は丸みを帯びた魚のそれだ。しかし、半透明で陸に上がっている。
魔物だろう。
……とりあえず炎の槍を一本撃つ。
頭から一直線に貫くはずの炎の槍は、突然体を大きくへこませられて避けられる。スライムのような体なのか?とりあえず、見た目は最悪な感じになっている。
「なら、あれだな。……レーヴァテインに命令したように、地面に触れると爆散する炎の槍をイメージ。……よし、行け『炎の槍』」
今度は斜めに、避けられでも地面に当たり、爆散出来るように撃つ。
……水中に逃げ込まれた。
炎の槍が爆散するが、水中には何も被害を出さない。
さて、どうするか……。無視して行きたいけど、後ろから攻撃されるのもな……。
悩んでいると、再び水中から姿を現す。
──二匹に増えて。
「……分身?それともいたのか?」
まぁ、とりあえず今度は水中に逃げないように炎の壁を作り囲む。
囲むと同時に、二匹の頭の先の発光体が白から赤に色を変える。
……なんだろう、この独特な生体を持つ生物に少し興味が湧いてくる。
──余計な事を考えていたが、すぐにその余裕は無くなった。二匹が攻撃してきた。しかも、舌のような何かを弾丸のような速さで。
「っ!『闇の大盾』」
咄嗟に防ぐが、回り込むように撃ってくる。
「『闇の結界』『炎の槍』」
結界で防ぎ、爆散する炎の槍で仕留める。
炎の槍は体をへこませて避けられるが、その後の爆散を受け、溶けるように消える。
炎が弱点だろうという予想は外れて無かったようだ。水中にいるなら、炎に強いという事は無いだろう。
「なんとかなったな。しかし、魔物がいるのか……ああ、めんどくさいなこの場所は。もう、いいか」
草原から始まり、不気味な森、迷路のような鍾乳洞だ。いい加減、冒険は疲れた。
「……オーバーライフブースト」
巨大な闇の槍を作り、上に向ける。
──槍の後ろに掴まってから、一気に打ち上げる。天井を壊し地面を掘り進み、すぐに外に出る。
かなり派手に破壊したが、まぁ俺を罠に嵌めた報いということで諦めてもらおう。
……外は、どうやら森の中のようだ。ただし、あの不気味な森ではなく、美しいという雰囲気の森だ。
地面が芝生のような植物に覆われていて、木々も等間隔で生えている。さらに、近くから水の落ちる音が聞こえる。滝があるようだ。
「行ってみるか。どうせ行くあても無いし」
これだけ綺麗な森の滝なら、きっと綺麗なものだろう。
滝に辿り着くまで、十分くらいかかった。
──滝は、予想していたより遥かに大きく広く、絶景だった。
「これは……凄いな……」
川が流れ落ちている。川幅は二キロ以上あるだろう川が、そのまま全て落下していく。
高さも相当ある。水量も結構ある。
……それだけなら、スケールの大きい滝だったのだが、この滝は違う。
川の上流には夕日が落ちていき、川の落下が始まる地点の中心には、陸と、城がある。城が夕日に照らされて、幻想的だ。
「……城、か。丁寧に橋が架けてあるから、行ってもいいよな?不法侵入とか言われないよな?」
…………言われたら、空を飛んで逃げよう。なんならさっき開けた穴の中に飛び込んでもいい。なんとかなるだろ。
「えーと……お、お邪魔します……誰か、いませんかー?」
城に辿り着き、ドアを開ける。途中にあった豪華で大きい門は、少し力ずくで開けさせてもらった。壊れては無いから大丈夫だと思う。たぶん。
城の内部は窓の外から入る夕日のみが光源となっていて、少し薄暗い。だが、中も外と変わらず、それどころか外観よりも手が掛かっている。綺麗なシャンデリアにも、地面の大理石にも、汚れひとつない。
「誰か、いませんかー!話を聞きたいのですが、誰かいませんかー!」
これだけ大きな城をこんなに綺麗に、一人で掃除出来るわけがない。必ず誰かいるはずなんだけどな……。
仕方ない、もう少し様子を見ていくか。
……こんなに綺麗な城の中を自由に歩き回れる機会なんてそうそうない。しっかりと堪能しておこう。
城に入ってから、おそらく二時間は経っている。玄関に始まり、客間、寝室、食堂、大広間……と、色々な部屋を見た。どの部屋も塵一つ無く、さらに調度品などが上手く置かれていて作った者のセンスの素晴らしさが伝わってくる。
そして、この城の最上階の部屋の前に着いた。俺が歩いたのは城の中の半分くらいだろう。途中で階段を上って来たから、まだまだ見る場所はある。
……だが、最上階には部屋が一つだけあり、その部屋の扉は美しい銀色で、芸術的な彫刻がなされている。
「この中、気になるな……だが、この扉は壊したくない。だが、どう動かしても開かないのは確認した。さて、どうするか……」
最上階にある、美しい扉の先が気になる。
だが、開けられない。
……もしかしたら、どこかに鍵があるのかもしれない。探しに行くか。
──この時、既に人を探しに来た事は忘れていた。
「……無い。どこにあるんだ、鍵は」
全ての部屋を探し、引き出しなども片端から開けて探していった。だが、引き出しの中に物はほとんどなく、読めない文字で書かれた紙や本が入っているくらいだった。
日はすでに昇り始めている。一晩中探し回って、何も見つけられなかった。
「これは、扉を壊すしかないか……」
「──なぁ君。君は何を求めてここまでやって来たのか教えてくれないか?」
後ろから突然話しかけられる。……魔王になってから、こういう事が結構あったので、それほど驚かずに後ろを向く。
──パーティーにいたような、霊体がいる。
「誰だ?」
「鍵を守る者、ただの鍵守だよ」
「……鍵、か。俺は水無瀬 空太だ。その鍵っていうのは最上階の部屋の鍵か?」
「そう、最上階から繋がる『図書空間』への道を開く鍵だ。これが欲しくて探し回っていたのかな?」
図書空間……?図書館か?まぁ、いい。とりあえず入れればそれでいいからな。
「そうだ。少しでいいから入れさせて貰えないか?」
「水無瀬君の目的によるね」
「扉が綺麗だから中が気になるだけだ」
「…………嘘は、言ってないね。本当に、それだけかい?」
「まぁ、中が図書館なら少し本を見てみたいけど、だめなら別に見なくてもいい。中が気になるだけだからな」
「本当に見たいだけなのか…………」と呟く鍵守。そもそも中がどうなっているかも知らないのに、具体的に何故と言われても気になるから、くらいしか言えない。
「……それならいい。はい、これが鍵だ。本は見てもいいけど、見すぎには気を付けて」
「ありがとう。……よしっ!じゃあ行ってくる」
一晩中探し回ってて良かった。おかげで鍵が手に入って、中に入れる。さらに、中の本を読む許可もでた。異世転は無いだろうが、何か面白い本を探してみよう。
楽しみだ。




