過去と今
暗めです。
ウェンディが何をしているのか、中継で見る。
「血飲みの者と別れてる……?なら、どうして血飲みの者は帰ってこないんだ?」
……もしかして、ファフニール倒すのを血飲みの者は待つのか?確かに、倒した後剣を返すなら血飲みの者は待ってる方がいいよな。中継の事も知らないはずだから。
だが、絶対にウェンディじゃファフニールに勝てない。というか虫みたいに潰される。どれくらいの大きさか知らないが、竜だし相応に大きいだろう。
……そういえば宝物庫の近くの部屋に転移魔法陣あったよな?それ使って血飲みの者のところに行くか。
少し歩き、重厚な扉の前に着く。転移魔法陣のある部屋だ。
「あれ、前より扉が軽くなってる……?ああ、エスカレーションステータスか」
筋力が上がっているおかげで扉はあっさりと開いた。
「ええと……イメージは……中継でみた血飲みの者のところ…………」
「魔王様?どうしてここにいるの?」
「あ、もう着いてるのか……。ウェンディじゃ絶対に勝てない。今すぐ止めに行く。ほら、これでウェンディの状況が見れるからそこにテレポートして……早く頼む!」
「え?わ、分かった、そこにテレポートするね!」
既に、ウェンディの前に竜が居た。体長十五メートルくらいの、黒い竜だ。
「魔王様、行けない……テレポート出来ないよ!?」
「何でだ?!」
これ、やばいやつか……?焦るな、俺。冷静になれ……。
「分からないよ……どうして?!」
「走るぞ!どっちに向かったんだ?」
「あっち!」
今いる場所は、辺りを灰で覆われた町の中の十字路だ。中心には噴水もあって、広場のようになっている。もっとも、既に噴水としての役割を果たしていないが。
「『ライフブースト』、全力で走るぞ!」
「魔王様……うん、分かった!」
景色が流れるように遠ざかっていく。魔王スペックを駆使した全力疾走だから、当然といえる速さだ。
ウェンディの居た場所に着くまで、二十秒もかからなかった。
…………ファフニールは、静かに佇んでいる。まるで俺達の反応を待つように。
「魔王様……ねぇ、魔王様。魔王様ってば!」
「……っ!血飲みの者?どうした?」
「魔王様……大丈夫、なの?」
「大丈夫?それよりウェンディはどこに行ったんだ?ここにいたはずだよな?」
中継で見た時は、この場所に、ファフニールの前にウェンディはいたはずだ。
「魔王様……」
「ウェンディのやつ、強さの差に気づいて逃げたのか?それなら、追ってくる必要も無かったな」
「魔王様……っ!私達も、逃げよう?」
「そうだな。あ、でも貸した剣を……なんで、ここに落ちてるんだ?おとしていったのか?」
まぁ、命からがら逃げ出したなら仕方ないか。それより、なんでファフニールは何もしてこないんだ?オーバーライフブーストを使う必要は無いか?
「魔王様。手を……ううん、少し触るね?テレポートするよ」
「その前に一つ、いいか?」
「ど、どうしたの?魔王様、何かするの?」
「いや……。なぁ、ファフニール!お前はなんで襲って来ないんだ?」
「ちょ、魔王様?!」
スキルオーバーブースト、ライフブースト。オーバーライフブースト。よし、言葉に出さなくても出来るな。
「私から手を出す事は無い」
「やっぱ喋れるのか。……なら、ウェンディはどうして逃げたんだ?」
「…………」
「魔王様、テレポートするよ!」
「ちょ、血飲みの──魔王城に戻ったか。早すぎるだろ……」
ウェンディから攻撃したのか?まぁ、恨んでいたしありえるな。……オーバーライフブーストは解除しとかないと。
「で、なんで急にテレポートしたんだ?」
「魔王様…………」
「なんでそんな悲しそうに俺を見るんだ?」
血飲みの者の目が、悲しそうに伏せられる。俺を見つめて、悲しそうに目を伏せた。あれ、俺何かしたか……?
「魔王様、ウェンディちゃんは……」
「ウェンディちゃんって、あの短い時間でよくそんなに仲良くなったな」
「……魔王様、ちゃんと聞いて?」
「聞いてるぞ?」
血飲みの者の様子がおかしい。
「ウェンディちゃんは、ファフニールっていう竜に殺されたんだよ……?」
「え?いや何言ってるんだ?ちゃんと逃げたんだろ?」
「…………」
「お前も言ったよな?私達も逃げようって。血飲みの者がそう言ったよな?」
いったい、血飲みの者は何を急に言い出すのか。
「あれは……魔王様が、あの場所で崩れ落ちちゃったら、どうなるか分からなくて……」
「だいたい、なんで殺されたって言い切るんだよ。死体でもあったのか?無かっただろ」
「……魔王様も、気づいてるんだよね?だからあの時、剣と一緒に、ウェンディちゃんの胸当ても拾ったんだよね?その、血まみれの胸当てを」
拾った?いったい何を……
左手にウェンディに貸した剣を握っている。そして、右手にはウェンディの胸当てを握っていた。もはや胸当てとしての機能を持たない、潰れて血まみれの、ウェンディの胸当てだ。
「え?…………え?嘘、だろ?俺はこんな物拾ってないぞ?なぁ、血飲みの者。もしかしてドッキリとかなのか?今なら許すから話してみろ」
「魔王様、それは魔王様が自分で拾ったんだよ?」
嘘を言っているようには見えない。血飲みの者が、悲しそうに泣いている。これを見て、嘘だろ。なんて言えるはずがない。
でも、するとウェンディはどうなったんだ?胸当てがこんなになっているところを見ると、無事だとは思えない。
……けど、そんなに急に、死ぬはずがないよな?
「ちゃんと、現実を見ようよ……ウェンディちゃんは、もう死んじゃったんだよ……」
ウェンディが、死んだ。
…………俺の体には、灰が大量に付いている。走ったから当然だが、その灰の中に、赤く変色している物が混じっている。特に、足元は酷い。赤く濡れた灰が、足に沢山付いている。
ウェンディの血、なのだろう。胸当ての惨状から考えて、間違いない。
血まみれになった足元。姿が見えない。俺の手元にはひしゃげて血まみれな無残な胸当てがある。
「嘘、だよな?」
「嘘じゃないよ」
……そうか、俺はまた、身近な人をいきなり失うのか。
「そんなの……もう嫌に決まってんだろ!ふざけんなよ!何でだ?!何で急に俺の前からいなくなるんだよ!ウェンディも、父さんも!ふざけんな!ふざけんな!ふざけんなよ……っ!」
「ま、魔王様?!落ち着いて?魔王様!」
血飲みの者に抱きとめられる。
「俺が悪いのか?!俺が何かしたのか?!なんで、急にいなくなるんだよ……っ!」
「魔王様…………」
……なんで、俺はこんなところでキレてるんだ?俺は、魔王なんだ。魔法が使える。力がある。父さんの時とは違う。明確な相手がいる。
「血飲みの者、俺は落ち着いたから大丈夫だ」
「……本当に?本当に離しても大丈夫?」
「ああ。もう抱きとめてなくていい」
血飲みの者が俺を離す。
……スマホのような物を開き、アリアに電話をかける。
『……何』
「ウェンディを生き返らせろ」
『何故?』
「しないなら俺がファフニールを殺す」
『……こっちに来て』
「俺からは行けない。お前が転移させろ」
一瞬で、景色が変わる。魔王城の正面入口から、小さな和室に。何としても、ウェンディを生き返らせる。それが俺がここに来た理由だ。




