これは、夢だろうか
…………勇者を拾ってから、何時間経ったのだろうか?
森の中を歩き続けて、もう何時間経つんだろうか?
それほど木が密集していないこの森なら、日が登れば分かるはずだ。そしてまだ日は見えない。つまり、まだ夜なのだろう。
魔王スペックのおかげで肉体的な疲れはほとんどない。ただ、精神的にキツい。
暗い森の中を女の子を背負って道も分からずに歩き続ける。背中には、柔らかい感触。
……最後の1つが、1番精神的にキツいんだよな。触りたい。けど、触っちゃいけない。
1番精神に負荷をかけているこの2つの柔らかい感触だが、これが無かったら多分俺は勇者を適当なところに置いて空を飛んで1人で帰っていただろう。
……いや、別に俺は最低な奴じゃないからちゃんと勇者が森にいるって誰かに伝えるくらいはするだろうけど。
取り留めもなく意味も無い事を考えながら歩いていると、見覚えのある景色が目に付く。
ただし、それは──
「ここ、勇者を拾った場所だよな……何時間も掛けて歩いて戻ってきたのか、俺は」
足元は沢山の破壊跡があり、周りの木々は倒されていて、3メートルくらいの空き地が出来ている。
……もう、ここで寝て勇者が起きるのを待とう。勇者は帰り道分かってるよな?
まぁ、分かってなかったらその時考えるとして、今は美少女と2人で寝られる幸せを噛み締めよう。
……一応、周りを闇で結界みたいなドームを作っておく。魔物は見かけないが、念の為だ。
それほど広くないアパートの一部屋。そこには、よく見覚えがある。
「いいか空太。きっとなんとかなる。さぁ行くぞ!」
「いや、無理だろ!って、おい!……」
育て親である叔父さんと2人でゲームをしている自分を、後ろから見ている。
これは、夢だろうか?
「ああ、ちょっ、よし!父さん今!」
「任せろ!…………ほらな?何とかなっただろう?」
ゲームでは、銃を持った2人のキャラクターがゾンビの成れの果てに囲まれている。確かあの時は、ゾンビの群れに父さんが飛び込んで、俺が援護射撃をしながら戦ったんだっけか。
懐かしいな。これは過去を夢で見ているみたいだ。
「本当に、なんとかなったな。さすが父さんだ」
「馬鹿、お前1人でもなんとかなっただろ。いいか、大体の事はなんとかなる。覚えておけよ!」
「はいはい、覚えてる覚えてる」
叔父さん……父さんの口癖は「なんとかなる」だった。実際、父さんがなんとかなると言って、なんとかならなかった事は1度しかない。
「ふむ、しかしお前もだいぶゲームが上手くなってきたな」
「父さんといつもやってるから、嫌でも上手くなるだろ」
「空太、お前は運動神経もいいよな?」
「まぁ、平均よりはだいぶ高めだけど……」
「なら、今度は走るか!」
「なんでそうなるんだよ」
他愛ない会話が凄く懐かしく感じる。多分、今までで1番楽しかったのはあの頃だろう。父さんと2人で暮らしていたあの頃が、1番楽しかった。
「──…………起きなさい!」
「っ……痛っ!?」
腕の関節の痛みに目が覚める。そして起き上がろうとして、頭をぶつける。
……そういえば、寝る前に闇で結界みたいなものを作ったんだよな。天井を低く作りすぎたせいで頭がぶつかったらしい。
「…………おはよう勇者。あ、勇者であってるよな?」
「ええ……あなたは誰?いったい何者?私をこんな場所に閉じ込めて何をする気なの?」
「閉じ込める?……あ、これか」
闇の結界を解除する。
「……あなたは、いったい何者?今のは闇魔法よね。まさかあなたはあの竜の配下?」
「あの竜?もしかして灰都市アザレアにいるっていう竜か?俺は違うぞ。……今更だが初めまして、俺は水無瀬 空太。魔王だ。お前はアルシア・ウェンディ、勇者だな?」
「魔王……?!私を殺しに来たのね?!」
いや……言わないと分からないのか?分からないのか。
「俺がお前を……ウェンディを殺せる場面はいくらでもあったが殺して無い。むしろ殺されそうになっていたウェンディを助けたのが俺だ」
「助けた?……あ、そっか、私……」
土地神達に殺されそうになったのを思い出したか。これなら俺が敵じゃないことが分かるだろう。
「……でも、なんで魔王が私を助けた?まさか私を利用する気なの!?させないわよ!」
「……あのさ、落ち着こう?俺がお前を助けたのはただウェンディが倒されてたからってだけだ。それに利用ってどう利用するんだよ」
「…………ああ、そういう事ね。助けてくれてありがとう。それで、自称魔王はこれからどうするのかしら?」
自称魔王?……そうか。この女、俺が魔王を名乗る痛い奴だと思ったのか。まぁ、普通そうだよな。魔王が勇者を助けるとかありえないよな。
「とりあえず森を出たい。道がわからなくてな。迷子になった」
ウェンディを背負って迷子になっていた、とは言わないでいいか。
「あら、私も道は分からないわね。魔物を追ってここまで来たから」
「……どうやって帰る予定なんだ?」
「……歩いて、でしょうね。私は飛行魔法が使えないからそれしかないわ」
飛行魔法なんてあるのか。俺のあの不格好な飛び方じゃなくてきっとかっこよく飛べる魔法なのだろう。
──俺があの方法で飛んで方角を確かめればいいのか。
「少しなら俺が飛べるから、方角を調べながら帰れるな」
「そう。……じゃあ、私はあっちに行ってみるわ」
「まだこの森に用事があるのか?あ、魔物を狩るのは止めとけよ。また土地神達が来るからな」
「違うわよ。私もこの森を出るわ」
「なら、なんで適当な方向に行くんだ?」
「……あなた、魔王を名乗るならもう少し魔王らしくしたらどうかしら?」
……あっ、俺と別れて森を出ようとしてるのか。確かに、魔王と勇者が仲良く森を脱出、なんて普通ないよな。
「いや、魔王は勇者の味方だからな?普通に一緒に森を出よう」
「……じゃあ、お願いするわね。空太」
俺が勝手にウェンディを名前呼びしてるからなのか、ウェンディも俺を名前で呼ぶようだ。
……喜びが表情に出てないよな?喜んでることバレてないよな?
「おう。じゃ、とりあえず町が見えるくらい高く飛んでみるか」
両手を下に向けて風魔法で飛ぶ。……やっぱりださいよな。
ゆっくりと高度をあげる。しばらく上がっていくと、森の奥に町が見える。
──それと、森の中に小さな建物が見える。石造りの、洞窟の入口のような物だ。
ゆっくりと降下してウェンディに建物の事を伝える。
「石造りの入口?きっとダンジョンよ!行きましょう!」
こんなところにもダンジョンがあるのか。しかし、俺が前に見た2つのダンジョンとは違って、地下に続いてるのか。火属性魔法の使い方が難しいな……。使わない方針で行くか。
「よし、じゃあそこまで歩くか!…………それほど遠くないし、俺が背負って空を飛んでいくか?」
両手は使えないが、勇者が俺にしがみついていれば大丈夫だろう。
……夜の間、背中にあったあの感触がまた味わいたいだけではない。森の中を歩くのは結構疲れるからだ。木々の間隔が広かったとしても、疲れるからな?
「空を飛んで……お願いするわ!私はどうすればいいのかしら?」
「俺の背中にしっかりと抱き着いて。……よし、行くぞ」
背中にしがみついたのを確認して、魔法を使う。
背中の感触が最高だ。短い時間だが、しっかりと味わっておこう。




