襲いました。なんて言いたくない。
「済まなかったな」
野次馬の中を抜けて冒険家ギルドの中に戻る。……後ろから着いてきていた、最初に話しかけてきたおっさんに声を掛けられた。
「いきなりどうしたんだ?」
「お前には無理だと言ったことだ」
……ああ、ゴブリン討伐の依頼書を受付に持って行こうとした時の事か。
「別にいい。あれ、嫌がらせじゃなくて親切心で言ってきたんだろ?」
「ああ。……お前、いったい何者だ?アルタに使った雷魔法、見たことも無かったぜ」
何者……魔王ってやっぱりバレない方がいいよな。勇者がこの町にいる訳だし、討伐隊とか組まれたら嫌だしなぁ……って、俺はその勇者を鍛えろって言われてるんだよな。
どうすればいいんだよ……。
「……俺は勇者を探してるんだ。ちょっと、訳ありでな。知らないか?」
とりあえず、話題を変える。俺の事を話すのは墓穴掘りそうだからな。
「勇者か……」
「何か知らないか?」
「……勇者に会いたい理由は聞かんが、会わなくていいなら会わない方がいいぞ」
「もしかしてヤバい奴なのか?」
タトゥーとか入れちゃう系の人とかだったらどうするか……鍛える前にこっちがぼこぼこにされる気がする。
「ああ。ここら辺の魔物を狩りまくってやがる。俺達からしたら商売あがったりだ。まったくよ……」
「なるほど。まぁ、危険人物みたいだし、関わるのは最低限にしておく。ありがとう、おっさん」
再びゴブリン討伐の依頼書を持って受付に行く。
……今回は何事もなく依頼を受けられる。これで、今晩の宿は確保出来た。余った分は、レスティに借りてる金の返済に当てよう。
「では、頑張ってください」
「ありがとうございます」
どこにいるのか等、必要な情報を貰い、町の外へ向かう。
ゴブリンがいるのは、町から徒歩で2時間程の草原の一角らしい。
「往復だけで4時間か……魔王スペックと魔法を使って走ればもっと早く着けるな。町を出たらやるか」
町の出入り口となっている門は、入る為には審査が必要だが、出る分には自由らしい。……俺、不法侵入者だな。戻ってくる時はちゃんと許可をとろう。
町を出て5分程歩き、町が見えないくらいのところに辿り着いたから魔法で移動速度を上げる。
──属性は風。背中を押すように強めの風を吹かせて……。
イメージすると、背中に強い風を感じる。
……強すぎて立っていられないから、魔法を解除する。
「うーん……これ以外に移動速度を上げる方法が思いつかないんだよな。でもこれ転びそうだしな……」
どうすれば……そうだ。魔法をもう1つ使おう。使う魔法は氷と風。氷でボードを作って、ホバークラフトの要領で浮かせる!
──バランスが取れずにひっくり返る。
…………ステータスを信じて、走ろう。
上がりに上がったステータスは、魔法を使わないでも十分に早く走れた。魔王スペック万歳!
「ここ、だよな……」
言われた通りに、ゴブリンの巣があるはずの森の中に来ていた。
だが、そこにあったのは凶悪な破壊跡だけだった。誰かここでかめは○波でも撃ったのか……?
周りを探してみるが、死体も見つからない。これだけの破壊跡だから、死体が跡形もなく消し飛んだのかもしれない。
……依頼失敗だよな、これ。
どうするか。このままでは今夜泊まる場所すらない。野宿は嫌だしな……。
仕方ない。他の魔物を狩ってギルドで引き取ってもらうか。
…………森の中も、奥に進むにつれて例の破壊跡が増えていく。魔物にはまだ会っていない。
「いったい誰がこんな事をしてるんだ……」
ふと、おっさんに勇者の事を聞いた時に言っていた言葉を思い出す。『ここら辺の魔物を狩りまくってやがる』……だったよな。つまり、これは勇者がやっている事だよな?
よし、勇者を鍛える方法が思いついた。ちょっと魔物に混ざって奇襲してやろう。何、殺しはしない程度に攻撃してやる。
──金に困った冒険者兼魔王を舐めるなよ、勇者。
しばらく森の中を歩いていると、轟音が聞こえてくる。勇者だろう。急いで聞こえた方向へ向かう。……風魔法で空を通っていく。飛ぶ、というにはかっこ悪いよな、両手をしたに向けて直立して飛ぶのは。
森の中に開けた場所が見える。……いや、誰かが暴れた跡、と言った方が正しいか。
中心に、女の子と2匹の青く発光する鹿のような生物が見える。
女の子が勇者で、2匹の鹿のような生物が勇者を倒した。という感じだろうか?
とりあえずその開けた場所に降りる。
『貴様はコレの同類か?』
「喋るのか……。いや、同類というかむしろ敵?そいつに奇襲しようと思ってたんだ」
殺す気はないけどな。
『ならばコレはくれてやろう。殺してはいない』
「え?……助かる。じゃ、これは貰ってくぞ」
ここで助けて恩でも売っておくか。ついでに勇者をだしにして今夜泊まる場所とか確保しよう。
殺されそうになっている勇者を助けたとなれば、無下にはされないはずだ。
『その女に次は殺すと伝えておけ』
「分かった。……この森で魔物を狩るのはダメなのか?」
『狩りはほどほどにしろ。この森が壊れるほどに狩るのなら我々が止める』
そういえばここに来るまで1度も魔物に合わなかったしな……生態系が変わりそうだよな。だから止められたのか。
「分かった。最後に、お前達は何なんだ?」
『我々はこの森を守る主。ただそれだけだ』
「土地神みたいなものか?まぁ、分かった。ありがとう。じゃあな」
勇者を背負って森の中を歩いていく。2匹の土地神は、振り返ったら既にいなかった。
──周りは暗く、背負っている勇者は邪魔で、木々によって見通しの悪い夜の森は歩くだけで疲れる。そして、方向感覚が狂う。
……言い訳から入ると、勇者が悪い。こんな森の奥深くで倒されるな。それと、大きくないとはいえ女の子の特徴であるその2つの幸せが背中に押し付けられてて歩くのに集中出来ない!
黒髪な勇者は顔立ちはアイドルみたいに整ってるし、何よりスタイルがいい。胸は多分Cくらい。多分、だいたい……いや、実物を見たことが無いから仕方ないんだ。
足はすらっとしてて細いし、全然筋肉質ではない。年齢も俺と同じくらいで、可愛い。
ああもう、これ襲っていいかな?夜の森でこんな女の子と2人だけなんだぜ?むしろ襲わない方が失礼なんじゃないか?!そうだよな?!
…………落ち着こう。これ、襲ったら人として終わりな気がする。気を失ってる女の子を、森の中なのをいい事に襲いました。なんて言いたくない。なりたくない。それに、俺にはレスティと血飲みの者がいるんだ!そう、この子は勇者、魔王の敵。
──魔王に命を救われる勇者って、どうなんだろうか?勇者としてこれでいいのか?
まぁ、魔王は勇者の敵じゃなくてむしろ味方だからいいか。さて、背中の幸せな感覚だけを噛み締めながら町を目指すか。……ここ、どこだろう?
完全に迷子だ…………。




