少し頭にくる
「修行って、まだ続くのか?」
「当たり前だ」
「次の修行は何をするんだ……?」
また崖から落とされるのはやめて欲しいところだ。
「次は海底でレベルを上げる。水中戦は慣れていなければ動く事もままならない」
「そ、そうか……水中ってことは、何か道具を使うのか?ボンベとか、フィンとか──」
ポケットに入れてあるスマホが鳴る。
「ちょっと待っててくれ……」
メッセージが来ている。手早くメッセージを開き内容を確認する。
『勇者は現れた。状況が変わったから、早く勇者を強くして』
つまり、俺が何もしてないけど勇者は現れた。本当は勇者が現れた時点で俺の仕事は終わりだけど、状況が変わったから勇者を強くして欲しい。
……いや、色々と分からないところがあり過ぎるだろ。
『とりあえず勇者は今どこにいるんだ?何故急に状況が変わったんだ?』
送信すると、すぐに返信が来た。
『灰都市アザレアの竜は倒さないで。勇者に倒させて』
いや、俺の送信に対して返信してくれないかな……。それに竜を倒すなって、何でだ?
『……意味が分からないから説明しろ』
「ご主人様、どうかされたのですか?」
「よく分からないけど、色々と状況が変わってるらしい。全く理解出来てないけど」
「そ、そうでしたか……大変失礼致しました」
……やはり、メイドは素晴らしいな。ミニスカメイド服、最高。
「いやいや、全然いい。むしろ最高だ」
「……?ありがとうございます」
さて、気を取り直していこう。次は水中か……。火魔法は使えないだろうな。雷魔法も危険そうだな。水魔法も、水中で水攻撃ってイメージ出来ないな……。風魔法を水中で使うイメージも出来ないな。となると、氷か闇だな。
「説明、聞くなら聞いて」
「ん?……え?ここ、最初に来た謎の和室?また勝手にテレポートされたのか……」
「独り言が長い。説明、聞くの?」
考え事をしてたら、辺りの景色が一瞬にして変わっていた。テレホートだ。アルティアダンジョンでも経験した。
今目の前にいるのが人形少女もとい闇の神アリアだから、こいつが俺をテレポートさせたのだろう。説明とか言っていたのは、俺がメッセージで説明を求めたからか?
「聞く」
長い思考を挟んだが、これは悩むまでも無いな。
……魔獣王と竜狩りの者は俺を探してるかな?後で謝らないと。
「灰都市アザレアの竜はワールドエネミーだった」
「そのネーミングセンス、付けたやつは厨二病だな」
「黙ってて。ワールドエネミーだから、勇者に倒して欲しい」
なるほど、簡単な理由だな。
「なんで勇者が急に現れたんだ?」
「ワールドエネミーが町を襲った。その時に、勇者が現れた」
「うわ、その勇者、小説とかなら間違いなく主人公だな」
「黙っててと言ったはず。勇者はまだ弱くてワールドエネミーに勝てないから、勝てるように空太が鍛えて」
「あれ?いつの間に俺と闇の神アリア……アリアは名前で呼び合う関係になったんだ?」
「……黙れ」
酷くないか?!と、声を出そうとするが声が出ない。魔法か?そこまでするほどうるさいのか、俺は……。
「勇者は、魔王と戦う度に飛躍的に強くなる。だから戦って」
まだ俺もそこまで強く無いんだよな……。修行中だからな。
しかし魔王と戦う度に強くなるって、勇者補正か?やっぱり勇者の敵は魔王だからな。
「他に聞きたいことはある?」
他にも何もまだ最初の質問の答えすら貰ってねぇよ!
……声が出ない。魔法解除してくれないかな?
「ないなら、今から勇者のところに飛ばすから鍛えて。……元々頼んでいた事とは違う事だから、報酬は出す。行ってきて」
聞きたいことある!声を出させて?!
……あの、飛ばすって、テレポートだよね?俺は今魔獣王と竜狩りの者のところに戻りたいんだけど。
目に映る景色が一瞬にして変わる。町だ。
……おい。どうするんだこれ?2人とはぐれて、レスティも血飲みの者もいない、金もない状態で知らない町に放り出されたんだけど?
何でこんなことに……
声を出そうとして、まだ出せない事に気づく。
…………。
『声が出ない。金が無い。勇者が誰だか分からない。ここどこだよ』
クレームを並べてメッセージを送る。
『解除した。金は自分で何とかして。勇者の名前はアルシア・ウェンディ。そこは鉱山都市ルドガルフ』
「何とかってなんだよ……お、本当に声出るな」
とりあえず、勇者の名前と町の名前が分かっただけだいぶ楽になったか。
……金、とりあえず冒険家ギルドに行ってみるか。登録はしてあるから、依頼を受けられるはずだ。
……冒険家ギルドどこにあるんだ?分からないな……仕方ない。また聞いて見るか。
人の良さそうなおばさんがやっている屋台に目をつけて道を聞いてみたところ、徒歩2分程のところにあった。近いな……。
冒険家ギルドの中は、アルティアダンジョンの近くにあった町のギルドとは違い、酒臭くて、ガタイのいい男達が武器を持って酒盛りしている。……異世界という感じだな。昼間からガタイのいい男達が酒を浴びるように煽る。
……早死にしそうだと思うが、まぁ言っても聞かないだろうな。
壁の一面を埋めている大量の依頼書を見る。
──ゴブリン討伐、ロックワーム討伐、鉱石採集など、俺でも受けられる依頼もそれなりの量がある。仕事に困る事は無さそうだ。
適当にゴブリン討伐の依頼書を取り、受付に行く。
「おい、ガキ。お前パーティはいるのか?」
……俺に話しかけてるよな。ジャンといい、このおっさんといい、何故ガタイのいいおっさんは俺の事をガキと呼ぶのか。いや、実際ガキかもしれないけどな?ちょっとこう、いきなりガキ呼ばわりは少し頭にくるんだよ。
「ソロだ」
「その依頼書、ゴブリン討伐じゃねぇか?一人ならやめとけ。死ぬぞ」
「俺は強いから大丈夫だ」
「お前みたいな新人はよくいるが、どいつも忠告を無視して死ぬ。それだけでも覚えておけ」
「忠告感謝するけど、俺は本当に強いから大丈夫だ」
「なら、俺と戦わねぇか?勝った方は負けた方の酒代を奢るって条件でよ!」
突然、見ていただけの野次馬の一人が割り込んできて勝負を持ちかけてくる。
いや、俺まだ酒飲めないんだけどな……。
「アルタ、てめぇは黙ってろ」
「懐が心許無いんだ。許せよ少年」
「その少年って俺だよな?そもそも戦わないぞ?俺は酒飲まないからな」
周りに集まってきている野次馬から笑いが漏れる。俺を笑ってるのか、アルタというこの青髪天パの男を笑っているのか、判断に困るな……こういう時は笑われたのは俺じゃないと思うべきだな。心の安寧の為に。
「なら、飯でどうだ?」
「それならまぁ、いいか」
食べなくても全然平気だが、食べられるし、何より最近は魔王城で毎日神託の者が作る料理を食べていたから食べ物に飢えている。美味しかったからな……。
「よし!ならさっそくやるぞ。こっちに広場がある。あそこでいいだろう」
「ああ、あそこでいい。……魔法の使用は禁止じゃないよな?」
「当たり前だろう。お前は見たところ純魔法使いみたいだからな」
純魔法使い……確かにそうだな。日本では剣の振り方も武器の扱い方も習わないからな。イメージするだけの魔法が俺の唯一の武器だ。
ギルドを出てすぐのところにある、四角い空き地。縦横共に20メートルくらいか?何かの建物を潰して出来た空き地なんだろうな。ぽっかりとここだけ空いている。
「あー、ルールは相手が降参する、もしくは気を失うことで負け。殺しは禁止。これだけでいいんだな?なら──始め」
最初に話しかけてきたおっさんがルールを慣れた感じで話して、すぐに戦いが始まる。よくあることなのか……?
「くっ、この、素早いな少年!」
「え?……ああ、そうかもなー」
相手の振る木刀があまりに遅いから、考え事をしながら無意識に避けていた。
さて、どうしようかな……軽く手に雷魔法を纏わせて。
「ふっ!」
「はい。じゃあな」
相手の木刀を、雷魔法を纏った手で掴む。
感電した男はあっさりと気を失った。……死んでないよな?!
とっさに脈を取る。──異常なし。
生きていることを確認してから、集まっていた野次馬にピースする。これだけあっさり倒せば、俺に喧嘩売るやつもいなくなるだろう。
野次馬は楽しそうにはしゃいでいる。賭けをしていたらしい。俺は大穴扱いされている。二分の一の確率のくせに、大穴ってどれだけ俺は弱そうに見えてるんだよ……。




