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異世界で魔王になったけど、観光したい。  作者: かしあ あお
一章
21/54

メイドっていいものだな

 …………目が覚めた。気絶してからどれくらい経ったのか、何で気絶したのかはよく分からないが、ひとつだけ分かる事がある。

 ──俺今、膝枕されてる。


 後頭部に適度に柔らかくて暖かい感触、そして体が地面に寝かされているからだろう、冷たく硬い感触。これらの全てが、寝起きの俺に最高の幸せを教えてくれた。

 ……そろそろ、目を開けるか。


「お、やっと起きたかまお……ご主人様」

「ご主人様……?それにお前の格好……メイドか?」


 最初に出会った、エルフのような獣人のような美人の姿だが、服装がメイド服だ。それもミニスカート。


「あ、ああ……。変じゃ、ないか?」

「もろ好み。しかし、魔獣王にそんな趣味があったとはな」

「趣味じゃねぇ!これはお前の物になったから仕方なく来てるだけだ!」


 俺の物……あ、全てを賭けるってやつか。なるほど、あの約束は本当に実行されるのか。

 ……何故、メイド服?もしかして俺は寝言でメイド服を強要したのか?!どうしよう、ありえなく無い。自分を信用出来ない!


「おい、ご主人様?どうした、頭を抱えて丸まりこんで」

「俺は俺を信用していたい……なぁ、そのメイド服って、俺が強要したのか?違うよな?違うよな!?」

「どうしたのいうのだご主人様……これは私が自ら着た物だ。全てを捧げる証として」


 メイド服の意味が重い!でもそうか、俺が強要したわけでは無かった。どうやら、まだ理性はしっかりとあるな。


 しかし、こんな美人……仮の姿とは言えこんな人の全てが俺の物か。うわ、どうしよう。本当にどうしよう。何をしたらいいんだ?

 とりあえず脱がせるか?!いや、まずは服の上から……じゃない!理性を保て俺!


「と、とりあえず、谷の上に出よう。話は竜狩りの者をぶん殴ってからにしよう」

「了解した」

「……お前はどうやって谷の上と下を行き来しているんだ?」

「谷底から出た事などない」


「……引きこもり?」

「出る必要もないだろう?」


 完全に引きこもりだな……。


「よし、じゃあなんとか二人で谷底から出る方法考えるか」


 風魔法は2人も運べない。さて、どうするか。


「私が飛べばよかろう?」

「飛べるのか?!」

「肉体変化で鳥になればいい」

「便利だな。じゃ、頼む」


 一瞬姿がブレると、そこには2メートルくらいの大きさの鳥が1羽現れる。本当に便利だな、肉体変化。……始祖鳥そっくりだが、飛べるのか?


「背中に乗ればいいのか?」

「ご主人様、早く乗れ」

「そのご主人様って言うのと口調があってないよな。お前、口調もメイドらしくしろよ」


「……かしこまりました、ご主人様。これでいいか?」

「それで頼む」


 話しながら背中に乗る。

 ──戦った場所から抜け出し、空の見える場所にでる。

 ……光なんてほとんど届いていないけど。

 指先に火を灯す。


「それでは参ります。ご主人様、しっかりと捕まっていてください」

「了解」


 指先の火を消し、背中にしがみつく。

 ゆっくりと上昇していく。降りる時と同じくらいの速度だな。上に着くまでに10分はかかりそうだ。


「あー、しかしもふもふだな。この羽、いいな。この羽で布団作れないか……」

「ご、ご主人様。眠ってもいいですので、どうか布団を作るのはご勘弁をお願いします」

「やらないからな?!冗談だって」

「だといいのですが……」


 信用無いな。まぁ、信用される事はしてないから当然か。


「まぁ、のんびりと上に着くまで背中で待たせてもらうから、よろしくな」

「はい。ご主人様」


 なんか、メイドっていいものだな。





「空だ……!よし、竜狩りの者を探すぞ」

「こちらに向かって来ている者がいます」

「どの方向からだ?」

「向こうの方向からです」

「よし、俺と竜狩りの者の間に穴を掘れ。竜狩りの者が着く前に落とし穴作るぞ」

「かしこまりました!」


 爽やかに笑う俺と、楽しそうに笑う魔獣王の2人で地面に魔法を放つ。

 ……俺の闇の槍が魔獣王の放った氷の魔法を吸収して大きくなる。

 結果、横幅1メートル程で深さは多分5メートルくらいの穴が出来上がる。上に氷魔法で薄く蓋を作り、土を軽く被せる。即席落とし穴の完成だ。


「さて、ここに落として、上がってきたところを殴るか」

「サポート致します」

「おう、頼んだぜ」


 ……闇の槍が魔法を吸収して大きくなった事に驚いたのは、魔獣王に言わない方が良さそうだ。自分の魔法の効果を把握していないのは何となく恥ずかしいからな。





「あ、竜狩りの者!こっちだぞー!」


 視界に入ったので手を振って向かってくるように促す。もちろん、間には落とし穴がある。


「あれが竜狩りの者か?ずいぶんと変わった雰囲気だ……」

「まぁ全身鎧着けてるからな。変人だろ」

「魔力的なものなのだが……」

「口調がメイドじゃなくなってるぞ」

「大変失礼致しました」


 竜狩りの者と落とし穴の距離、1メートル程。

 そして──踏み抜く直前に竜狩りの者が浮き上がる。10センチ程だが、落とし穴は避けられた。


「俺の弟子ならば偽装しろ。それでも魔王か?」

「……殴らせろ」

「殴れるものなら殴ってみろ」


 迷わず右ストレート。体を逸らして避けられる。左フック。また避けられる。右足で回し蹴り。……鎧に阻まれる。


「満足か?」

「…………魔獣王、竜狩りの者を殴れ」

「魔獣王?なるほど、魔王の味方になったか……さすがは魔王と言ったところか」


 魔獣王の殴りも蹴りも尽く避けられている。


「魔獣王、もういい。……魔獣王って呼び続けるのも変だな。名前は何て言うんだ?」

「決まった名前は無い。私は姿を変えながら生きてきたものですから」

「じゃあ、気に入ってる名前を教えろ」


「では、リンリンとお呼びください」

「パンダか?!……他の名前は?」

「ではロンロンと」「ああもういい。お前の

 名前は俺が付ける。いいか?」


「もちろんです。私の全ては魔王様のものですから」

「……じゃあ、パトラッシュだな」


 狼も犬も似てるから、これでいいだろう。


「かしこまりました。では、これから私はパトラッシュと名乗らせていただきます」

「そうしてくれ。……俺にしてはネーミングセンスあるな」


 悲劇の犬という感じの名前だけど、そこを除けばいい感じの名前だ。


「全てを……弟子、魔獣王と何があった」

「全てを賭けて戦った。で、俺が勝った」

「ふむ。先代はこうなる事が分かっていて私にあの話を……?」

「なんだその話って?」


「先代の世界で百獣の王と呼ばれる生物は、子を崖から落として強くすると教えて貰ったのでな」


 ああ、つまり俺はライオンが子供を崖から落とすのと同じようにあの谷に落とされたのか。


「……すげぇ腹立つな。動物扱いされて死にそうになったのか俺は」

「だが事実強くなって帰って来た。強くなるのも案外早いかもしれんな」

「だといいんだけど……」

ライオンは崖から子供を落とす。というのは「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」という言葉から来ていますが、獅子というのはライオンの事では無いので、魔王と先代魔王は2人揃って勘違いしているだけです。


そんな言葉があるのか、と思った人には申し訳ない事をしました。

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