まずいまずいまずいまずい!
混浴風呂での事件から1週間程が過ぎた頃に、竜狩りの者は魔王城に来た。
「魔王様、この人が竜狩りの者だよ!もう修行の話はしてあるから、頑張ってね!」
「あ、よろしくお願いします」
「魔王様は俺の弟子ということで間違い無いですな?」
「あ、ああ。師匠、これからお願いします」
竜狩りの者は、全身を銀鎧で包んだ男だった。顔は分からないが恐らくそれ程歳をとっていないような外見をしているだろうな。声が若く感じる。
「ならば敬語は使わない。……さっそく修行を始めるぞ。血飲みの者」
「はーい。最初は魔獣王の谷でいいんだよね?」
「そうだ。弟子、お前も早く血飲みの者に触れていろ」
「あ、はい。」
「魔王様。はい、手」
「ありがとう」
迷わず恋人繋ぎをする。完全にテレポートの度の恒例となっているな。
「目を瞑って……はい。じゃあ、私は魔王城に戻ってるねー」
「また頼む」
「ありがとう、血飲みの者」
確かテレポートする先は魔獣王の谷とか言っていたよな。てことは、目の前にあるこの広すぎる地面の割れ目のようなものは谷なのか……。どこまで続いてるか先が見えない。怖くて覗き込める程近づきたくも無いな。
「こっちへ来い」
「なんだ?」
手招きされて竜狩りの者の前に立つ。
「背中を向けろ。……そうだ。行ってこい」
言われるままに背中を竜狩りの者に向ける。
──いきなり持ち上げられたと思ったら、谷に投げ飛ばされる。
「はぁっ?!?!し、死ぬ!ちょ……っ!」
すぐに落下が始まり、光がどんどん遠のいていく。
──まずいまずいまずいまずい!そ、そうだ魔法!魔法を使えば……どうすればいいんだ?飛べればいい!よし、風だ!イメージは下に向けて突風を放つだけ!
下に両手を向けて意識を集中させる。だが、落下しているせいで集中出来ない。恐怖が押し寄せてくる。
「オーバーブースト!」
手のひらから出ていた風が一気に強くなり、落下している俺を上に押し戻してくる。
これなら……魔力が足りないな。まずい。いったん下に降りるか。
……どこまで続くんだこの谷は?!
どうすれば……そうだ。イメージは槍。持ち手の部分に紐みたいなのが付いているイメージ。その紐を俺の体に巻き付けて──
闇の槍を壁に向けて勢いよく放つ。突き刺さった槍は、紐で繋がっている俺を支えてくれる。……はずだったが刺さりが弱くて抜ける。
これ、本気で死ぬんじゃ……いや、槍をもっと大きくして、強く壁に刺せばいいんだ。
今度は普通の槍の4倍くらいの大きさ、8メートル程をイメージする。ついでに勢いよく放つ時には銃弾をイメージする。
今度は持ち手の部分まで壁に埋まる。そしてそのまま俺の体も空中に留める。
…………腰に巻き付けてたせいで、腰が痛い。魔王スペックじゃなかったら間違いなく折れてたな。
「おーい!竜狩りの者!いきなり何するんだよ!…聞こえないか」
結構落下したはずだから、上まで声が届かない気がする。
空の光がかなり遠くに感じる。それなのに地面は見えない。腰の紐だけで空中に浮いている。
……怖いな。なんとか登れないかな?
とりあえず、残りの魔力を見る。
水無瀬 空太
魔王Lv1
魔力78/698
筋力638
信仰0
耐性678
運10
適性
火A 水A 雷A 風A 氷A 光F 闇S
スキル
闇操作ー変質
能力定期上昇
魔法技
魔力過剰供給Lv1
寿命過剰消費Lv1
(能力過剰強化Lv1)
称号
闇の子 転移者
ほとんど残って無いな……回復するまでこの状態で待つのか?それしか無いよな……。
そういえば闇で作った槍と紐は時間経過で消えたりするのか?今までは意図的に消してたけど、今回は消えたら死ぬな……。
まぁ、なんとかなるだろ。いざとなったら地面スレスレで風の魔法を撃てばいい。
「とりあえず、壁に激突したくらいなら怪我もしない事が分かったから、きっと大丈夫だ。なんとかなる」
自分に言い聞かせて起きたい。この状況、結構やばいからな。精神を安定させておかないと、冷静に判断出来なくなる。
というかこの状況で冷静に思考出来る自分を褒めたい。
──問題は魔力だな。魔力さえあれば、闇の槍を定期的に壁に刺して減速しながら進めるし、風魔法でゆっくり降りることも出来るかもしれない。
魔力を回復するには……ライフブーストだな。さすがに命がかかっている状況だし、レスティと血飲みの者も許してくれるだろ。
「ライフブースト」
体中に力が満ちてきて、魔力がどんどん回復していく。スマホのような物で魔力を見ながら風魔法を下に向けて放つ。
……体がほとんど浮くくらいの風魔法を放ち続けると、だいたい秒間5くらいずつ消費し続けるな。ライフブーストを使っている今なら、魔力回復量とほぼ同じだ。若干消費の方が多いが、少しずつ落下していくから消費量の問題は無いだろう。
闇の槍と紐を消して風魔法だけにする。
少しずつ落下していく。
10分程降り続けて、やっと地面につく。真っ暗で何も見えなかったため、地面に顔がついたが、ゆっくりだったおかげで無傷だ。
……指先に火が灯るイメージで魔法を使う。明かりだ。
見えるようになった周りを見渡すと、どうやら横幅4メートル程になっている。地面には動物か魔物の骨が所々に落ちている。落下したのだろう。
……俺もああなりかけていたのか。もし帰れたら竜狩りの者をタコ殴りにしよう。絶対に。
これが修行だとしたら少し頭がおかしいと思う。俺はライオンじゃないから、谷の底に落とされても普通に死にそうになるだけだ。
「さて、ここは魔獣王の谷って名前だから、恐らく魔物が出るんだろうな。魔獣か?違いが分からないが……」
とりあえず、警戒しておこう。
それはそれとして。どうやって上に登るか……。風魔法は登るとなると消費が多いから途中で止まる必要がある。闇の槍でとまるか?
……せっかくの機会だから、空を飛ぶ魔法とか考えてみよう。
ええと、風で体を浮かすには魔力が足りなくなる。闇は……闇で飛ぶ姿がイメージ出来ない。
火属性……気球とか作るか?保留だな。
氷属性は、無いな。うん。雷属性も無いな。水属性は……無いな。
仕方ない。闇で気球を作って火で飛ばせるかやってみるか。
まずは気球を……細かい所がイメージ出来ないな。大雑把でいいか。
イメージして、形にしていく。……途中までは作れたが、魔力が足りなくなる。
「闇の魔力消費がよく分からないな……槍を作った時より使ってる闇の量は少ないと思うんだけど……細かいからか?」
とりあえず、気球は無理そうだった。となると、やっぱり風魔法で飛んで、闇の槍を利用して休息をとるしか無いのか……?
「……あの姿勢、体が痛いんだよな」
腰に全体重がかかる。それも細い紐に。
「…………よし、谷の底を冒険しよう。もしかしたら上に繋がる道があるかもしれない」
無さそうだったら、素直に風魔法で登ることにしよう。




