エデンはここにあった。
結局、話をするだけして俺は血飲みの者と別れてサウナを出た。
「あれ?師匠とサウナに行ったんじゃないの?」
「もう出てきた。サウナより風呂の方が好きだな」
「魔王ならサウナ嫌いでも師匠と一緒にいるためにサウナに居そうだけど……」
「まぁ、ここにはレスティもいるからな。レスティと一緒に居る方がいい」
話しながら最初に入ったぬるい風呂ーー既にレスティが入っている風呂に、入る。風呂は縦横5メートルほどあるから、2人くらいなら余裕で入れる。
むしろ狭くて密着するくらいが良かったのだが……ああ、いや、鼻血が出るな。神託の者が見当たらないから今はまずい。
「魔王って、この世界に来る前はモテてたの?」
「いやまったく。バレンタインもクリスマスも悲しみと嫉妬に狂ってたぞ」
「へぇー……魔王は、この世界に来て顔とか性格とか、変わったの?」
「いや、変わってないな。多分。見た感じはどこも変わってないぞ」
なんでレスティはこんな事を聞くんだ?まさか俺の事を好き……では無いだろうな。好かれるような事をした記憶が無い。むしろ引かれてる。
「そうなんだ……」
「ああ。何でそんなこと聞くんだ?」
「え?あ、えっと……そ、そういえば魔王さっきくりすますとかばれんたいんって言ってたよね?それって何?」
誤魔化すの下手だな……まぁ、聞かれたくないなら聞かないけど。
「ああ。クリスマスは偉い人の誕生日。聖夜だな。あと性夜」
「聖夜が2回あったような……」
「ああ。聖夜と性夜だな。で、バレンタインは女が好きな男にチョコをあげる日だ」
「そんな日があるんだ……」
「あとバレンタインはウァレンティヌスっていう偉人が処刑された日でもあるし、やばい人達が殺しあった日でもある」
「なんでその2つの事件があった日にチョコあげるの?!魔王のいた世界の事がよくわかんないよ……」
彼女が出来たことのない奴は、こういう事を結構知ってると思う。いやもう本当にバレンタインとかクリスマスとか、憂鬱でしかなかった。
「な、別の風呂に行かないか?」
「いいよ。ここ、ぬるいもんね」
深めのぬるい風呂を出る。後ろからレスティが着いてくるーー
「きゃっ!!ちょ、魔王、こっち見ちゃだめ!」
「え?おぉ……」
風呂の中でもタオルを着けていたせいだろう。それで重くなったバスタオルは、レスティの体から落ちていた。
……美少女の全裸を見てしまった。すぐにうずくまって見えなくなったが、確かに見た。
ーーああ、エデンはここにあった。ありがとう、異世界。
「ちょ、魔王?!落ち着いて!鼻血、鼻血!」
顔の横に柔らかい物が……ああ、レスティが全裸で俺を抱えているのか。そっか、勢いよく鼻血出しすぎて意識が遠のいて倒れそうになった俺を、レスティは咄嗟に抱えて助けたのか。
「あり、が、とう……」
最後に、お礼の言葉を言ってから、意識は完全に飛んだ。
「ここは……?」
「ここは彼岸。生と死の狭間にいる時、ここに来ることがある」
辺り一面、綺麗な花畑だ。彼岸というなら、川とか彼岸花とかあっても良さそうだが……
「て、なんで人形少女……闇の神アリアがここにいるんだ?まさか……」
「あなたに会いに来た」
「突然のラブコメ展開か?!」
「全然違う」
「まぁ、知ってた」
さて、どうやら俺はレスティの裸で昇天しかけているらしい。どんだけ美少女耐性無いんだ俺は。
「この機会に、あなたに色々と話しておきたい」
「何を?」
「魔王の意味、魔王の仕事が終わった後の事」
……そういえば、考えてなかったな。なんで俺は適度に暴れてほしいなんて言われたんだ?
それに今の闇の神アリアの言い方だと、魔王の仕事には終わりがあるみたいだ。何をするんだ……?
「話してくれ」
「まず、魔王の意味。少しだけ別の話から入る」
「どうぞ。ちゃんと聞いてるから」
「ーー世界は、たくさんある。あなたのいた魔法の無い世界も、私の魔法がある世界も、他にもたくさんある。数えきれないほど」
「なるほど。異世界はたくさんあるから行き放題か」
「好き勝手にほかの世界に行かれると困る。
……世界を維持する為には、世界に生きる生命にエネルギーを循環させてもらう必要がある。私達神は、巡っているエネルギーを操作して、世界を保つ」
「つまり俺たちは全自動発電機みたいな物か」
「少し違うけど、そう。……でも、エネルギーは循環出来ても増えない」
「エネルギー保存の法則だな」
確かエネルギーが別のエネルギーになっても、エネルギーの総量は変わらないみたいな法則だ。
「だから外部からエネルギーを入れる必要がある」
「それが魔王か」
「違う。外部からエネルギーを持ってくるのは、悪魔や邪神といった世界喰らい」
「なんだそのワールドエネミーって……」
直訳だと世界の敵か?
「私達神が倒すと、彼らは来なくなる」
「世界の敵が来なくなるなら……ああ、エネルギーが来なくなるのか」
「そこで、人間に倒してもらう。その為に、勇者が出来る必要がある」
「勇者か。魔王はだめなのか?」
「魔王は、私の使徒みたいなものだから」
俺は闇の神アリアの使徒になっていたらしい。初耳だ。まぁ別にいいけど。
「魔王が暴れる事で、人間は危機感を覚えて勇者が生まれる」
「なんで生まれるんだよ……てか、別に魔王が暴れなくてもそのワールドエネミーが暴れれば危機感を覚えるんじゃないのか?」
「ワールドエネミーが暴れてから勇者が出来上がるでは遅い」
生まれたての勇者だと勝てないのか。なんというか……RPGみたいだな。最初に負けイベントがあって、それから強くなって倒す。現実だと負けイベントの時点で死んでデットエンドか。
「だからあなたには早く勇者が生まれるように暴れて欲しい」
「まぁ、とりあえずそれなら大丈夫だ。灰都市アザレアにいる竜を倒しに行く予定だから、倒したら目立つだろ?強力な竜を倒す魔王が出たぞー、みたいに」
「灰都市アザレアに、竜……?」
「いるらしいぞ」
神でも知らない事があるのか。まぁ、エネルギーが足りないとか言っている時点で、全能じゃない事は分かっていたが。
「話は後。もう帰っていい」
「いや、帰るって言っても俺は瀕死なんだろ?」
「?私がここに連れてきただけ。あなたはあの程度の鼻血で死にかける事は無い」
ああ、そうだったのか。良かった……美少女耐性低過ぎた訳じゃないんだな。良かった。これで安心して美少女と風呂に……もう入る機会は無さそうだよな。
「今日、連絡する」
「え、何を?」
「後で。さよなら」
視界がブラックアウトする。
ーー目を開けると、レスティに膝枕されていた。覗き込んでいるレスティの心配そうな顔がすぐに視界に入る。
「あ、魔王が起きた!師匠、起きたよ!」
「魔王様!レスティの裸はどうだった?」
「最高。もう死んでもいいと思った程だ」
「私の裸も見る?」
「殺す気か?」
「魔王、起きたばっかりで元気だね……」
「ん?あー、なんか闇の神アリアに色々と話をされててな。寝てたって感じがしないからな」
結局話は微妙なところで終わったけど。なんであんなに竜に反応したんだ?




