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6.ポルタ・アルバ (2)

「あらトルク。今日は早いのね」


 食事も終わり〈駆ける狼亭〉でオットーと共に花茶を味わっていると、店の中に女性が入ってきた。

 オットーの姪、メアリである。


「こんにちは、メアリさん」

「良い香りね。花茶かしら」

「はい。メアリさんも飲みますか?」


 新たなお茶の用意を始めるトルク。


「ありがとう。おじ様、カップを頂けるかしら」

「急にどうした、変な話し方をして。熱でもあるのか?店は休むか?」


 にやにやと笑いながら、オットーはカップを用意する。


「失礼ね。私だって優雅な気分に浸りたいときがあるのよ」

「それはすまんな」


 少しも悪いと思っていないであろうおじに怒りながらも、トルクに入れてもらったお茶をゆっくりとメアリは味わう。マトゥリュカ特有の華やかな香りがメアリの気持ちを落ち着かせた。味も良いねと呟いたメアリの言葉にトルクはひとり安堵する。


「知り合いのお茶売りの人に手伝ってもらったのだけれど、開く前の花を毎朝摘んだり、何回も香り付けに使う花を取り替えたり、結構本格的に作ったんだよ。上手く出来て良かった」


 満足だというトルクの表情にもう茶屋になっちゃえよと思うオットーだったが、本人が良いなら何も言わなくて良いかと黙って食器の片付けをする。昔から凝り性で何でもとことんやりたがるので、これからもトルクは色々と手を出すことだろう。


(そう言えば、昨日は黒綬石に夢中だったしな……)


 そんなことを考えながら、オットーは忙しくなる店の用意をそろそろと始める。


 ・


「あ、大陸からのひとに声かけられたから、この店の場所教えたわよ」


とカップを置いて急に思い出したかのようにメアリが口を開いた。


「島に着いたばかりで、食事するところや宿屋を探してたみたい。案内人も欲しいみたいだから、組合か〈駆ける狼亭〉で見つけたらどうですかって言っておいたわ。身なりは良かったし、あれは報酬期待できそうね。良い男だったから私が案内したいけど、島外のひとだから諦めたわ。そうだ。トルクが案内なさいよ。その人が来たら売り込みなさい。あたしも口添えするからさ」


 息継ぎはいつしてるんだろうと見当違いな想像をしているトルクを放って、オットーが話に割り込む。


「おいおい。トルクはこう見えて指名依頼が多くて忙しいんだぞ。組合が依頼の半数以上を断ってるくらいだからな」

「そうなの?」


 ぼーっと考え事をしているトルクに疑わしいという視線を向けるメアリ。


「しばらく組合依頼はないかも。前から冬の準備の話は組合長にしてて休みを作ってもらうように話してたから」


 視線に気が付いたトルクが言葉を返す。


「なら、ちょうどいいじゃない」

「今日明日は保存食つくるから無理」

「じゃあ明後日ね」

「明後日は黒綬石の……」

「いつでも出来ることより、ひとときの出逢いを大事にしなさい」

「それってメアリさんの……」

「いいわね?」

「……もし頼まれたら考える」

「よし」


 勝ったという表情のメアリと、疲れてふらふらとヴォルクを抱きしめに向かうトルクに苦笑いを送るオットー。


「もう買い物に行った方がいいんじゃないか?」


とトルクに促す。


「そうだね。ヴォル、そろそろ行こうか」


 我関せず、と寝そべっていた黒犬は大きく伸びをし、トルクの前でおすわりをする。


「ヴォルク、また大きくなったんじゃないの?狼犬……狼かそれ以上あるわよ。昨日のごはんの量で足りたのかしら。あなた、足りないならちゃんと言いなさいよ。増やしてあげるから」


 メアリの言葉に黒犬(ヴォルク)はちらりと視線を送り、そろりと近寄る。そして緊張した様子でメアリの差し出した手を舐め、ゆっくりと店の扉の前でおすわりをした。


「やっぱりヴォルクは頭が良いねえ。私の言うことが分かったみたいだわ。さあトルク、待っているみたいだから行ってあげなさい」

「……うん」

「わんこはお前のことが怖いから、早く出て行きたいんだろうよ」

「そんなことはないわよ。私のことが好きだからよね」


 自分の鞄の紐を咥え、早く行こうとクゥクゥ鳴き始めた黒犬(ヴォルク)に「仕方ないなあ」とトルクは扉を開けた。

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