5.ポルタ・アルバ
トルクは買い物の前に〈駆ける狼亭〉に立ち寄っていた。店の主人のオットーは独り身だが家族のように迎えるので、もうひとつの家になっている。
探索で遅くなる日は泊まることもあるので「もういっそ、ここに住んだらどうだ」とオットーに言われているのだが、薬草園が気になるし、師匠がいつ帰ってくるか分からないからという理由でトルクは断っていた。
「昼間に来るとは珍しいな」
「冬の準備があるから買い物に来た。オットーさん、花茶持ってきたから出来がどうか飲んでみて」
「今から用意しよう。こっちは薫製肉を作ったから味見しろ」
「それなら今朝摘んだ香草があるから焼くときに使って。ヴォルクを奥に入れてもいい?」
「ああ」
奥の部屋に入り、ヴォルクに背負わせた荷物から花茶を取り出す。ひとつをオットーへ渡し、五つほど奥の戸棚に収める。
「芋の皮むきをするなら一緒に焼いてやろう。パンとスープもあるから、それで昼飯はどうだ」
「ありがと。粒辛子と蜂蜜ある?」
「おお、あるぞ」
「薫製肉に添えるから使わせて」
「旨そうだな。俺も喰うか。チーズが熟成に頃合いだろうから、それも出そう」
オットーは食品庫に向かい、トルクは慣れた手つきで下ごしらえを開始する。
「わんこ、お前には干し肉だ」
チーズを取り出し戻ってきたオットーが干し肉を見せると、ヴォルクは足を踏み踏み喜んだ。
「ふふん欲しいか。ではお手をするのだ」
「ヴゥ」
「俺に唸るとは要らないのか」
「オットーさん、さっさとあげて。ヴォルも威嚇しない。変に仲が良いんだから」
オットーは可愛がるくせに気のないふりをしたり、ヴォルクは頭を撫でさせるのに唸ったりと、よく分からないその関係がトルクは可笑しくて気に入っている。
「今日は砂糖を買いに来たんだけれど、相場はどんな感じ?高くなってる?」
干し肉をヴォルクに渡し薫製肉を慣れた手つきで切り分けていくオットーにトルクが聞いた。
「最近は安定してるな。値上がりはしてないし、島内産でも割と良いのが出回ってきたからな」
「お茶を売ったら多めに買えるかな?」
「ちょうど下の町に交易船団がきてるだろう。砂糖は反対に安くなっているかもな。茶を仕入れて帰る船もあるだろうから、売る方もいつもより期待出来ると思うぞ」
「ポルタにも船の商人さん来るかなあ」
ポルタ。この街、領都〈ポルタ・アルバ〉の略称である。
「むしろ、ここが奴らの目的だろう。遺跡研究による新製品とか持ち帰るだけで倍値で取引されたこともあるらしいぞ」
「へぇ。昨日の石も研究すれば高値で売れるかなあ?」
「そうだろうなあ」
「でも自分で使うけどね」
「そうだよなあ、トルクは」
そう頷きながらオットーはトルクから受け取った野菜と、切り分けた薫製肉を焼いていく。それはじゅうと音を立てると香ばしい空気が辺りに広がった。
「焼き目の付いた方が美味しいよね」
「そうだな。俺は酒のつまみにカリカリに焼いたくらいが好きだぞ」
「花茶の味見があるんだから忘れないでよ」
「ああ、そうだった」
葡萄酒でも飲みそうな口になっているオットーにトルクが釘を刺す。ヴォルクはというと、干し肉を一通りカジカジし終わり、ついでで貰った丸い骨を咥え、隠し場所を探してウロウロとしている。
トルクは横目でちらりとそれを見て、何も言わず手招きして黒犬を足元に座らせた。
「また何かあげるから外に隠しにいくのはやめようね、ヴォル」
黒犬は大人しく言うことを聞き、伏せをして骨を楽しむことにするようである。
「そう言えば今回の交易船団は規模が大きいらしい。新しい探索者が入ってくるかもな」
少し心配そうな顔でオットーが言う。体格が良く腕っ節の強そうな男が見せる優しい気遣いにトルクは苦笑しつつ感謝した。
「そんな顔しないでよ。何かあっても組合が仲を取り持ってくれるだろうし、オットーさんも相談に乗ってくれるでしょ?」
「ああ、俺はいつでもトルクの味方だぞ。家族みたいなもんだしな」
「僕に構い過ぎてるから、良い人が出来ないのかもねえ」
「ぐぅ」
「……」
二人が無言になり料理と花茶を並べていると、ヴォルクがふんと鼻息を立てた。
「こいつ!鼻で笑いやがった」
「まあまあ。料理が冷めるし食べようよ」
そうして二人は席に着き、どうということもない会話で紡がれる豊かな食事の時間は穏やかに過ぎていく。