表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

4.トルクの薬草園

 いつもより少し遅めに起きた朝、トルクは家の前、薬草園にある花々を眺めながらひとり歩いていた。

(マトゥリュカの花が終わる頃かな。ケーカの開花はそろそろってところだな、急がないと)

 ヴォルクは香草のマンネローが気になるらしく、しきりに香りを探っている。


(すぐに秋が来る。そうこうしてると冬だ。いろいろ用意しておかないと間に合わなくなるし、黒綬石は後回しかなぁ)

 今日は貰った綬石と真水(しんすい)を使おうと思っていたトルクであったが、思いのほか早く秋が迫りつつあるのを感じて予定を見直すことにした。

(楽しみにしてたのに……仕方ないか)


 薬草や果実の収穫を考える。収穫物での保存食作りは冬を迎えるにあたって重要な準備である。

 必要なものは街で揃えることも出来るが、冬ごもりで身動きが取れないときのことも考えて多めに用意しておいた方がいい。それはこれまでの冬で経験している。

(籠ることは苦ではないけれど、うちには大食いが居るし自分の分は別に用意しておかないとね)


 視線の先には興味の対象が次に移ったヴォルク。何やら木の枝を見上ている。


「ヴォル、鳥を追いかけて森に入ったら駄目だからね」


 ヴォルクは微動だにせず耳だけこちらに向けている。鳥を標的にした黒犬に今は何を言っても無駄だなとトルクはため息をついた。

(ちょっとさぼってた分、これから収穫は大変だな。マトゥリュカの花茶はたくさん出来たから、これを半分売って買い物を先に済ませようか……)

 ぼーっと畑を眺めつつ頬杖をついてトルクはしゃがみこんだ。


 しばらく考えていると鳥を逃がした黒犬がしょんぼりと自分の元に帰ってくるのを見て、息をついて立ち上がり今日の行動予定を決めた。


「晴れてるし今から収穫。昼過ぎから買い物」


 決まれば早い。ついでに綬石用の薬草とかも採ってしまおうと計算する。


(師匠、帰ってきてくれたら頼もしいのに……)


 今年はひとりと一匹で冬を越さないと駄目だとトルクも分かっている。だが心のどこかで期待している気持ちが残っているのだ。しかし、あの優しくて厳しい師匠は言ったことは絶対に守るだろう。次に会えるのは春だろうと言っていた。春までは会えない。


「考えてても仕方ないね。ヴォル、家からかごを持ってきて。ぼくは道具の準備をするから」


 すんと鼻を鳴らすとヴォルクは元気よく駆けていく。トルクもゆっくりと歩き始めた。


 ・


 しばらく収穫作業に集中していると、トルクに呼びかけるふたつの影が道の向こうにあらわれた。

 となりの……となりと言ってもそこそこ距離はあるのだが、となりの家のエッダ婆と孫娘のユッテらしい。

 トルクが遺跡に行くようになり、ひとりで管理は大変だからと、ときどき薬草園の世話をしてくれていた。

 エッダは高齢だが畑に関しての知識は豊富でトルクは助けられている。ユッテは幼く、家の手伝いをするよりは畑に連れてきて遊ばせた方がいいだろうと、子守りがてらエッダ婆に良く連れられてくる。


「エッダばあちゃん、来てくれたの?ユッテおはよう」

「おはようトルク」

「おはよ、トルとボル」


 さっそく小さいユッテはヴォルクと遊ぶようだ。ヴォルクも慣れたものでじっと様子を伺いつつ、ユッテにされるがまま草むらに横になっている。しばらく面倒を見るらしい。


「収穫しているのかい?」エッダ婆が当然のように手伝い始める。

「今日は時間があるから薬草を束で乾燥させようかと思って多めに収穫してる。時間があれば干し果物も作ろうかな」

「こりゃまた、たくさん採れたね。果物がまだ畑に残ってるのならジャムも作るといいよ」

「ジャム作りは手伝ったことはあるけど自分で作ったことない」

「じゃあ私がやるよ。砂糖はあるのかい?」


 家の様子を思い出す。食料や調味料の備蓄はほとんどなかったはずだ。


「ないから買ってくる」

「そうかい。じゃあ今日行きな。そろそろ値上がりする時期だよ。ジャムは明日作ってやろうかね」

「うん、お願いします」

「よし、じゃあ今日採った分は朝露がついてるかもしれないから丁寧に拭いておきな。それが終わったら買い出しに行くんだよ。あとはやっておくから」

「それじゃあ悪いよ」

「トルクには他のことで色々と助けてもらってるからね、おあいこだよ」


 少し思案したあと、トルクは「ユッテにお菓子を買ってくる」ということで納得することにした。


 ・


 二人で作業すると早いもので昼過ぎという当初の予定を繰り上げて、買い物に行けそうだ。


 エッダ婆の「あとは任せな」という心強い言葉に背を押され、用意を済ませる。

 黒犬から離れたくないユッテがぐずるというささやかな妨害が入るものの、お菓子の誘惑につられてあっけなく道の封鎖は解除された。


「いってきます」


 花茶と銀貨入りの財布を鞄に詰め込んで出発した。

 ヴォルクにも荷を背負わせているので、売る分としては充分だろう。


 途中、出会った知り合いの探索者の話によると、昨日は港町に交易船団が着いたらしい。

 今日にはこの辺りにも荷が届くだろうから、大陸の品が売り出されているだろうという話だった。

 (砂糖はないのかな?)とのんきに考えながら、探索者にお礼を言ってヴォルクとトルクは街へと向かう。

花々のイメージ。実際のものとの差異は多少あるかも。


マトゥリュカ→ジャスミン

ケーカ→キンモクセイ

マンネロー→ローズマリー

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ