2.遺跡調査組合
遺跡とは、この島に人がやってくる前から存在していた古代の遺跡群のことを指す。
驚いたことに遺跡の機能は未だ生きているものが多い。だが遺跡を造った者、造られた目的や仕組みなどはあまり解明されておらず、謎が尽きない。
これらの遺跡群を管理、調査、解明をするために創られたのが遺跡調査組合であり、探索者の派遣や発掘品の鑑定買取を主に行っていた。
探索者の遺跡調査は誰もが出来るというものではない。組合により厳しい審査があり、また功績によって認められた階級により調査出来る範囲の制限もある。盗掘のような行為は認められておらず、大抵が組合の直接依頼のもとで行われていた。
これでは不満が出そうなものだが、探索者には組合からの依頼とは別に許可された場所でなら自由に出来ることがある。それは遺跡周辺・内部の植物採取、遺跡から発生する鬼種や住み着いた獣の排除であった。
それらによって薬や生活に有益な素材が採れ、鬼種は稀に珍しい品を持っている場合がある。その不思議な品は高額で取引されることが多く、主にこちらを生業とする探索者が大半のようであった。遺跡は街に恵みをもたらす存在として、なくてはならないものとなっている。
「ヴォルク、おまたせ」
食事を終えたトルクが店の前に居る大きな黒い犬に声をかけた。
耳は大きく尖り、足はすらりと長い。狼とも思えるその犬はゆっくり立ち上がり、長い尾を振りながらトルクにするりと身を寄せる。身体の大きさの違いにたじろぐ者も居るだろう。だが、その眼は優しげで少年が犬の身体を抱きしめる光景は、微笑ましいものとなっていた。
「ヴォルクのご飯を作ってもらったから組合で食べようね」
ヴォルクと呼ばれた犬の頭を撫で、トルクは右側の建物に視線を向ける。
この街では、縁が広がった三角帽子のような屋根の建物が連なっている。中心部のひと際大きい深緑色の三つ屋根の建物が組合だ。トルクとヴォルクはひとしきり遊ぶと、組合の建物に向かった。
組合は二階建て、中に入ると一階は受付と依頼掲示板。建物奥が受付で入り口の壁側が掲示板となっている。探索者の実力と見合ったものを引き合わせるため、私的な依頼も組合へ通される。それらは階級別の掲示板に分けられ、探索者へと掲示されていた。ちなみに右から階級の低いものだ。そして中央の空いた場所は細かな打ち合わせをするための机と椅子が並んでいる。
奥中央には二階へ続く階段がある。階段下には小部屋。組合から動物を相棒とする者に貸し出される部屋だ。トルクは扉を開けるとヴォルクを中に入れてやり使用中を伝える札をかけると、くたびれた鞄にある食べ物を取り出した。茹でた鶏肉と野菜がたっぷりとつまった容器を見るとヴォルクはキリッとした表情でおすわりをし、トルクが小部屋に置いてあった皿に盛りつけるのを大人しく待つ。
「今日のはメアリさんが作ってくれたんだよ」
待ち切れないのかヴォルクがトルクの手を舐め、クゥと鳴いた。
「よし」
声と同時にヴォルクは皿に向かい、勢い良く食べ始める。
トルクはしばらく食べる様子を微笑みながら眺めると立ち上がった。
「ちょっと二階に行ってくるね」
ヴォルクは返事をするように視線をちらりと向け、入り口へ向かうトルクを見送り再び食事を続けるのであった。
階段を上ると壁に仕切られいくつかの部屋が並んでいる。これらの部屋では鑑定や職員の休憩室、守秘義務が発生する案件のための防音室などだ。ちなみにこの防音室には最近解析された遺跡の技術が追加された。トルクはその部屋のさらに奥、組合長室に向かい扉を二回叩く。しばらく間があったが扉が開いた。
「来たか」
「はい」
壮年の、しかし覇気があり活力みなぎる男が立っていた。焦茶色の髪の毛全体を後ろになで上げ、髭を蓄えている。背は高く身体は引き締まり、一目見て一流の探索者だと皆思うことだろう。名はファルケ。組合の長であるが一線に立つ現役の探索者だ。最近は書類仕事が多くなっているようだが、島深部の遺跡へ行くこともあるらしい。
「組合長、今日の探索は無事完了しました」
「うん、そうか」
「詳細を報告した方がいいですか?」
「いや、いい」
「では、次の依頼は入ってますか?」
「いや、とりあえず明日は休みでいいぞ」
「そうですか。じゃあ家で過ごすことにします。使えそうな素材が手に入ったので」
「うん、それならお前に良いものをやろう」
ファルケは机の上に置いてあった小さな瓶を取り、トルクへ手渡す。
「これは?」
「イーサの真水。黒綬石に使うといいぞ」
ファルケがニヤリと笑う。
「ああ、今日一緒に探索したエミルさん達から全部聞いたんですね」
「探索の報告がてらな。なかなか稼げたようだし奴ら喜んでたぞ。礼に『自分たちでは持て余していた黒綬石をあげました』と聞いてな。これは依頼内容以上の結果に対する組合からの特別報酬だ」
「でもこれ組合長の私物でしょう?悪いですよ」
「気にするな。俺はお前に期待している。お前が作るものにもな」
「最後の一言がなかったら、素直に感謝してました」
「フフン。生意気な奴め」
ファルケはそう言いながらトルクの頭をグリグリと撫で回した。
「おじさん達はなぜすぐに頭を撫でようとするのですか」
「ちょうど手を置く位置に頭があるからな。悔しかったら大きくなれ」
「んー」
不満そうな表情になるトルクを豪快に笑い飛ばすファルケであったが、不意に視線を扉へ向ける。
「入っていいぞ」
トルクはノックに気付かなかったが、ファルケには聞こえたらしい。
「失礼致します」
金色の髪をまとめた妙齢の女性が、いくつかの書類を抱え部屋に入ってくる。トルクに気付くとほんの少し表情を崩すが、その知的で冷静な印象は保たれたままであった。
「モニカさん、こんばんは」
「トルク君、こんばんは。探索は上手く行えたようですね」
「はい、組合長に報告していたところです」
「そうですか。報酬支払いは既に承認されています。帰りに会計係のところに寄ってください」
「早いですね。いつも、ありがとうございます。では貰って家に帰ることにします」
そう言うとトルクは肩から掛けられた鞄の位置を整え、扉に近付く。
「組合長、モニカさん、さようなら」
「おう、また来い」
「さようなら」
そうして小さい身体で扉を開けトルクは出て行った。
ひと呼吸置いて、ファルケはため息混じりに口を開く。
「お前は相変わらず堅いね」
「仕方ないでしょう。これが性分なのです」
モニカは不愉快そうに眉をひそめる。
「俺にはそういう顔が出来るんだから、そのままでいいんだよ」
「そうは言ってもトルク君に気安い態度で接して他の探索者に特別扱いしていると取られたら、トルク君が困るでしょう?」
「そんな奴らが居ても放っておけ。トルクには不当な評価を受けても折れない芯の強さがある。そもそもあいつは《特別》なんだからいいんだよ」
「はぁ……」
モニカは飽きれたような表情をするが、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべファルケは構わず話を続ける。
「いつまでもそんな他人行儀な接し方をしてたらトルクがどう思うかねえ」
「嫌われてもいいんです。組合が彼を守り育てることこそ重要なのですから」
「思うことすべてがためになるとは限らんぞ。たまには手を離して見守ってやれ」
真面目な表情に戻ったファルケにそう言われ、モニカは押し黙ってしまった。そんな姿にファルケは仕方がないというように息をつき、モニカの持ってきた書類に目を向けた。
「で、この報告書は?」
モニカははっとしたような表情で視線を上げると説明を始める。
「……はい。森林遺跡に関する調査考察の報告書です。指示により三班に分かれ独立して行われたものですが、その中のひとつにこれまでにない面白い考察がありました」
「ほう」
ファルケは目の色を変え、書類をぱらぱらとめくる。
「うん、一度これを書いた本人と話がしたいな」
「はい。既に手配しております」
「よし」
そうファルケは頷き、窓の外の景色を眺めると日は完全に沈んでいた。街には暖かなランプの光が宿り、その下をランタンを付けた少年と巨体の黒い犬が寄り添いながら歩いていくのが見える。じっとその様子を見つめるとファルケは深く目を瞑った。
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