1.駆ける狼亭にて
遺跡調査組合のとなりにある〈駆ける狼亭〉は安くて美味しいと評判の食堂だ。
活気に溢れ、給仕は食事や酒を運ぶのに忙しい。
客の笑い声はどこまでも響き、深くなりつつある夕闇の中へ吸い込まれていく。
それは月ホタル石のランプが放つ光と共に、更なる客を引き寄せる一因となっていた。
そんな店の片隅、厨房に半分入った角のテーブルで、ひとり食事をしている少年が居る。
名はトルク。
組合選定の付き添いなしで遺跡調査ができる15歳にはひと月前になっている。もう青年と呼ぶべきなのだろうが、そうとは思えない容姿をしているため多くの者は子ども扱いするだろう。小柄で髪は短く切り揃えられている。長めの耳当てが付いた帽子を被りその後ろ姿はどこか頼りなげ。人物の印象は穏やかに見える。しかし琥珀色の瞳には強い意志を秘めていた。
おおよそ店とは不釣り合いな存在、だが、ここ《駆ける狼亭》の主人はトルクが赤ん坊の頃からの旧知の中であり少年を店で見ない日はない。それは不思議と、この店の日常として溶け込んでいた。
「トルク!喰ってるか?」
喧騒に負けじと大声で話す主人はいかにも豪腕といった風体。
だが表情は柔らかく、人懐っこい印象を与える。
「うん。美味しいよ」
かき消されそうな小さな声にそうかと嬉しそうに主人は少年の頭を撫でた。
頭がぐるんぐるん動いているが、そんなことは慣れっこのようだ。
「食べ終わったらお店の手伝いしようか?オットーさん」
「今日は大丈夫だ。メアリが手伝ってくれているしな」
視線の先には若く美しい女性が酔っぱらいを軽くあしらい、忙しげに食器を片付けている。
「それより今日の探索隊はどうだったんだ?」
何気なく聞いたようにみせる食堂の主人のオットーだが、その視線は定まっておらず空を泳いでいた。
トルクは気にした様子もなく飲み物を一口飲み、ポケットに手を突っ込む。
「探索して少しの時間で目的の鬼種をみつけたから今日は楽だったよ。リーダーの人が良質なものが手に入ったからってお礼にコレくれた」
「なんだ?」
ガサゴソとポケットを漁り、トルクはひとつの石を取り出した。
指関節ひとつ分の大きさの黒く鈍く光る宝石。黒綬石。魔力を伴うそれは様々な術具の素材として用いられる。
「おぉ黒綬石か。中々の透明度だ。今日の奴らは分かってるな」
「うん。きちんと評価されたみたいで嬉しいよ」
一般的に魔力が籠った石は、透明度の高いものが良いものとされる。この透明度だと銀貨5枚分くらいだろうか。
オットーの店で思いっきり飲み食いしてとして銀貨1〜2枚なのでなかなかのものである。
「目的の鬼種ってのは何だった?」
「泉鬼。特殊個体の水鬼だね。水鬼の大角っていうのが必要でなにかの材料になるんだって」
「ふうん。おそらく武器の素材だろうな。金属と魔材のつなぎで使える。ついでに水の力も封じ込められるって話だな」
「へえ……強そう」
そう言うものの、トルクの興味は指先で転がしている黒綬石に向かっているようだ。
その生返事に苦笑しつつ、オットーが尋ねる。
「その石は組合に卸すのか?」
「ううん。術式用に自分で使う」
「……そうか。頑張れよ。お前は遺跡に潜るよりそっちの道の方が向いていると思うしな」
「うん。でも素材とお金を稼ぐために、しばらくお守り家業を続けるよ」
「無茶するなよ。働くならここでもいいんだからな」
「ありがと」
トルクはそう言うと小さく笑う。
それを見たオットーは頭を掻き肩をすくめ、店の奥へと戻っていった。
トルクはお守りである。
遺跡探索者にとっては幸運の兎の足。
組めば驚くほど分かる。求めているものを引き寄せる黄金の恩寵。
だがお守り自身にその幸運は訪れず、探索隊には手強い敵も引き寄せる諸刃の剣。
危険と富が隣り合わせの至高の恩寵を受けた少年。
多めの報酬を払ってでも組みたいと思う野心持つ探索者は多く居るだろう。
トルクはそんな古代遺跡の島で生きていた。
はじめまして。
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