第一話
他人と自身の強弱を決める際、重要になってくるのは腕力だろう。単純に殴り合えばどちらが強いか。そういう単純な理屈が、その後の強さや弱さの根本部分を作るのだと思われる。
一方で、他人と自分の価値について、高低を決めるのは何だろうか? こういう話になると一気に話題は難しくなる。
価値というのがそもそもどんなものか不確かであるし、その価値がどうであれば高く、どうすれば低くなるのかも謎が多い。
ただ、価値が高い人間というのは決まって選択肢が多いものだ。多くの選択肢。他者とは違う可能性を持つ。そういう人間は総じて高い価値を持っている……かもしれない。
例えばである。とあるショッピングモールの飲食店にて、メニューを選んで注文をする。店の品ぞろえ如何によっては、選択肢の多い立場となれるだろう。
だがしかし、本当に価値の高い人間は、ただメニューから注文を選ぶという選択肢以外の可能性をも持っているものだ。
出された商品に対して、色々と文句を付けたりとか。
「頼んだチーズインハンバーグ定食だけどさぁ。ほら、チーズの量少なくない? 肉が2に対してチーズが0.5。それがこの店の売りなはずだよね? ね?」
「は、はぁ?」
言葉に困っている様子の店員。そんな店員を椅子に座りながら見上げる。店員の対応はたどたどしいものであるが、これは仕方あるまい。安めの値段を売りにしている店であるため、そこまで来客対応に高望みはしない。
ただ、売り文句に反した商品を出されて、黙っているという選択肢は選べない。何故ならば、出された商品に対して忠告をするという選択肢の方が上等で、また、遥かに大きな意味を持つからだ。
別に、店の商品に兎に角いちゃもんを付けたいとか、そういう曲がった思考をしているわけではない。決してだ。
「この量だと、ハンバーグ2に対してチーズが0.4だ。これじゃあチーズインハンバーグとは呼べないね。あえて言うならばそう……チーズ入りハンバーグだ」
「何が違うのでしょうか?」
「全然違う。全然違うよ! 入りとインには大きな違いがある。それが分からなくて、良く飲食店の店員をできるよね! びっくりさ! 超びっくりだ」
「おい」
まったく、なんて奴だ。こんなので金銭を取っているなんて馬鹿げてる。これなら商店街にある、やや寂びれてはいるが美味しい料理を出すと評判の店へ通う方がまだマシのはずだ。
丁度昼飯時だと言うのに、そんな美味しい料理を出すと評判があるはずの店へ、どうしてこの店の客はやって来ないのか。そんなに安い料理が良いのか。チーズインハンバーグでは無くチーズ入りハンバーグなのに。
「おい。聞いているか」
「聞いてます。聞いてますよ。このハンバーグをどれほどチーズインと言おうとも、僕は……あれ? なんだ、衛青さんじゃないですか。なんでこんなところに?」
「……それはこっちのセリフなんだがな、漢条・竜太」
衛青・翔也は公務員である。日苗市役所に勤める、一般と頭に付く公務員だ。きちんと試験を受けて採用され、日々、問題を起こさぬ様、無難に仕事を進めている。そんな公務員だ。
公務員を志望した理由については、当たり前の様に安定を望んだからである。こと、公務員程に余の安定を望んでいる人種もいない。
公務員とは社会に混乱が発生すれば、真っ先に仕事が発生する職業であり、大半の公務員がそんな事は起こってくれるなと日々、神か上司か、はたまた日苗市そのものに祈りを捧げている。
衛青自身もそんな公務員の一人である。仕事は多くなく、出来れば楽が良いと思いながら、書類か文句の多い住人を相手に就業時間と精神力を削っている。
本当に、問題なんて無い方が良いのだ。その方が絶対に良いと思っている。だが、そんな願いなんて、目の前の現実に対しては無力この上無い。
「……そのひたすらに面倒な仕事を、私がしろと?」
目の前に上司が座っている。上司と自分を区切っているのは広いデスクだ。無駄に広い。この広さが無ければ、職場ももう少し広くなるのにと思わなくもないが、大量に積まれた紙資料と汚れたノートパソコンを見れば、このデスクが未来永劫、どこかへ行くことは無いだろうという諦めを感じさせて来る。
「しろと言ってるんじゃない。ただ、君がやらなきゃ誰もやらんし、仕事は何時までも片付かん。だから私は、常にやってくれんかと君に頼み続けることになるだろう。私の言葉を延々と聞くか、仕事をさっさと片付けるか。君には選ぶ自由がある」
何にせよ、ストレスを抱えろと上司は仰っていた。髪が薄いというより、もう無いその姿は、上司自身も抱えきれぬストレスを体全体で受け止めて来たのだと証明している。
もっとも、そんな姿にあやかりたいなどと欠片も思わないが。
「何度も言いますが、面倒な仕事ですが」
「そうだな。まともに取り扱えば面倒な仕事だ。我々は公務員なのだし、まともに取り扱うしか方法は無いから、やはり面倒な仕事と言えるだろう。ただ、このまま放置していれば、もっと面倒になるかもしれない」
「……面倒は増えて欲しく無いですね」
「だろう? 君も私もそう思ってる。ただ、やはり公務員らしく仕事をする限り、面倒さは無くならない。実に困ったものだ。ところで衛青君。君、この仕事をする気はないかね?」
上司の言葉を頭の中で反芻する。まともに受け取れば、面倒な仕事を背負い込めと言っている様にも聞こえるが、一方で、まともに相手をする必要もないと言っている様にも思える。
ただ、後者の意味なのかと確認したところで、否定の言葉が返って来るだけだろう。そうなれば、本当に面倒くさい仕事を抱えることになる。
(つまりここが分水嶺か)
何も言わずに受け入れる。それが出来れば、面倒くさい仕事もそうで無くなる方法がある。それを知っている衛青だからこそ、上司はこの話題を始めたのかもしれない。
「分かりました、とりあえず受けましょう。旅費と残業代は出るんでしょうね?」
「ああ、“適切な”額だけ出すとは約束しようとも」
どうにも公務員らしくない会話をしてしまった。衛青は頭を掻きたい衝動に襲われるも、なんとかそれを我慢することが出来た。
「それで? その話のどこに、僕に会いに来るって言う選択肢があるんです?」
衛青の話を黙って……比較的黙って聞いていた竜太であるが、何時までも聞いていられるかと言葉を返す。
公務員は大変だなという感想しか湧かないのだ。いや、喫茶店の経営者も同じくらい大変だけど。今、客が来なくて本当に大変だ。
「まず第一に、自分のところの店があんまりにも何で、目の敵にしているショッピングモールでクレーマーになってる奴を止めるのは、公務員の仕事だろう。社会の奉仕者としては当たり前の仕事だ」
「まるで人を社会にとって不必要な存在みたいに言ったね、この人。ねえ、店員さん? どう思います? あれ? いない?」
「店員なら、さっさと奥に言ったよ。お前の相手なんぞしていたって、時間と賃金の無駄遣いだ」
なんて奴だろう。これだからこのショッピングモールの店員は信用ならないんだ。ショッピングモール自体が明日あたり爆発しないものだろうか。
(その可能性は低いとして、目の前の人間からどう逃げるかは考えといた方が良いかな?)
衛青・翔也。当たり前の様に公務員であり、当たり前でないくらいには問題と混沌を多く抱える日苗市の公務員でもある。
一筋縄でいかない街には、一筋縄でいかない公務員と言う奴がいるもので、目の前の男もそんな公務員の一人ではある。
確か年齢は30代前半だったか。それくらいの年齢のはずだ。何時も不機嫌そうな顔をしていて、実際に不機嫌らしい。
仕事態度は比較的真面目。サボる時は良くサボる。昼休憩時なんかは特にそうで、就業時間を15分ほど割り込んで役所近くの喫茶店でコーヒーを飲んでいる姿を良く見掛ける。なるほど、真面目ではない。やはり不真面目と言い換えよう。
仕事態度は比較的不真面目。
「おい、口に出ているぞ」
「え? どこくらいからですか? 参ったな。傷つけるような事言ってたらどうしよう」
「お前の言葉でいちいち傷つく奴が、お前に会いに来ようなんて思うか?」
「思いませんね。なるほど、だからか……最近、厄介な人ばかり会う機会が多いのは」
これは反省しなければならない。竜太が主に出会いたいのは、自分の店にやってくる純粋な客なのだから。
「で、さっそく仕事の話に入るが、良いか?」
「良くありません。ちょっ、だから席に座らないでくださいよっ」
二人用の席に一人で座っていたのが運の尽き。目の前に衛青が座ってしまった。
「どうせ客も来ないからこんな場所で時間潰してるんだろう? 生活費を幾らか工面してやるから、代わりに働け」
「ひっじょーに受け入れがたい提案ですね。具体的にはあなたの態度が気に入らない。水でも啜って飢えた方がもっと良い気分で人生楽しめそうだって強く思います」
「そうか。つまりこの店でクレーマーしてた事について、なんらかの行政処分を受けたいと、そう思ってるわけか」
「な、なんでそうなるんです!?」
小市民は権力に弱い。行政処分とかそういう言葉には簡単に屈してしまうのだ。だからそういうのは本当に止めて欲しい。
「出した金に対して、本当に金額以下の料理しか出さない店の店主なんて、処分対象に一番だ。騙される奴が少ないのが唯一の救いか」
「あーあー聞こえません。うちの店は優良で、出される料理だって美味しいでーす」
なんで真っ当に商売をしていて、こうもいじめられなければならないのか。これだから公務員って嫌なのだ。一般市民を自分たちの権力で縛り付ける対象としか見ていないんだもの。
「で? どうする。受けるか?」
「さっきまでの話聞いてました? 僕、一切、あなたの話に乗り気じゃありませんでしたよね?」
「事の起こりは、ある人物の来訪からだった」
「お願いだから人の返事を待たずに話を進めないでくれません?」
耳を塞ぎたい衝動に駆られるものの、塞いだところできっと話をし続けるのだ。そうして、全部話したのだから働けと言う。これがこの厄介この上無い公務員のやり口なのだった。
こんなやり方で、何度、面倒な事をさせられたか。
「僕は勝手に帰りますからね。話を続けたいのなら、空の椅子にでもしていてくださいよ」
あちらが勝手なら、こちらも好き勝手にさせて貰う。そう考えて席を立ち、会計を済まそうと思ったのであるが……。
「あっ」
「一食分の食事代にも困ってる様子だな。どうだ? 仕事を紹介してやろうか?」
「畜生っ!!」
どうして世の中、こう上手く行かないものなのか。せめて、この店へ入る前に、財布の中身を確認しておくべきだった。
衛青が持ってきた仕事はと言えば、この上無く厄介な代物である。単純に表現するとすれば、人の家探しだろうか。
住む場所が無い人間に住む場所を提供してやる。実に公務員がしそうな仕事だ。問題は、その仕事が何故竜太に回って来たのかと言う部分と、住む場所を探している人物の素性であるが……。
「ええ、いや、すみません。本当に。私の家探しなど、本当に付き合ってもらう必要なんてないのですよ?」
そこには小柄な女性がいた。場所は変わって竜太の店である『カニバルキャット』。長い話になりそうだったので移動して貰ったのだが、その店内の席に、こじんまりと座っている女性こそが、仕事の起点となる人物らしい。
「そうもいきません。こちらとしても立場というものがありますから。漢条。彼女の名前は見風・妙という。君には彼女の家探しを頼みたい」
同じく店内の席に座りながら、衛青が漸く仕事内容について説明を始めていた。要約くらいなら聞いてはいたが、それでもさっぱり内容が理解できていなかった。
「家を探すのは別に構いませんけどね……そんなのは誰にでもできるし、わざわざ僕みたいなのに頼む仕事じゃないって、そう思いますよ」
困っている人間を助けるというのは、実に公務員らしいとは思うが、公務員が必ずしなければならない仕事ではない。
さらに言えば、竜太はそもそも公務員ですら無い。
「彼女にはこの街の不動産会社がどこにあるのかも分からないし、土地勘も無い。そうして我々が案内をしたところ、彼女が満足する住屋を見つけられなかった」
「その……大変に申し訳ない話です。はい」
小柄で、所在なさげにきょろきょろとしている女性……見風は、本当に申し訳無さそうに頭を下げている。が、重要なのはそこではない。
「はぐらかさないでくださいよ。見風さんがこの街と縁が無いってのは仕方ないですが、だからと言って、この仕事が発生するわけも無い。世の中に、不動産紹介を専門にする公務なんてありますか?」
あるかもしれないが、少なくとも衛青の仕事ではあるまい。彼の仕事は確か総務だったはずだ。役所内のなんでも屋みたいなポジションらしいが、それにしたってこういう類の仕事では無いだろうに。
「……彼女の年齢と立場が問題になってくる」
「は?」
見た感じ、見風は20歳前半か中盤と言った程度の年齢だ。若作りをしていなければの話だが、やはり見た感じ、そんな事をする人間には見えない。女性って奥深いから、実はしていたとしても驚かないが。
「彼女は戸籍上、125歳になる」
「…………わぁ。明治生まれくらいですかね? もしくはもっと前?」
なんと返すべきなのか迷いつつ、そういうこともあるかなと納得するしか無かった。衛青は冗談を口にするタイプでは無いし、今は冗談を言う状況では無い。さらに救いの無い話として、この日苗の街では、そういうことだってあるだろうという諦めが蔓延している。
日苗市は混沌の街。無秩序に成長し、どいつもこいつもを悩ませる。
「うちの戸籍係が徹夜して、書類の山から黴と一緒に書類を見つけた。ボロボロの紙だったが、それでも判読はできた。間違いなく、彼女の名前と暦が記されていた」
「らしいですけど、なんかのドッキリとかじゃないですよね? ええっと、見風さん?」
困った表情を浮かべるだけの見風にも、会話に参加させたいと思って聞いてみる。ただ彼女は、こういう状況にすっかり慣れてしまったのか、曖昧な苦笑いを浮かべた。
「その……こうなった混乱も漸く落ち着いたところと言うか……そのドッキリとはどういう意味で言っています?」
「……明治時代には意味がちょっと違ってたかもですね。えっと、兎に角、あなたは本当に125歳」
「自分なりには23歳だと思っていたのですが……」
「彼女は23歳の頃、行方不明として処理された。実質的に死亡扱いだ」
役所というのは、それくらいの年代の記録も残されているのか。それとも、日苗市が特殊なのか。
何にせよ、彼女の記録は公的に残されており、その記録は彼女の外観や認識と多いに相違していると言うわけらしい。
「だいたい102年くらい前の話になりますね。ええっと、確認なんですが、102年前に確かに生きておられた?」
「はい。街の風景も変わっているというか……本当にここ、日苗村と同じ場所なのでしょうか?」
「村って呼んでるし……ええ、間違いないですよ。ここは日苗と呼ばれる土地です。なんてこったって奴ですよね。ご愁傷さまです」
それ以外に何を言える? 彼女は明治時代からタイムスリップしてきた立場と言う事だ。残念でしたね。頑張ってください。影ながら応援しています。それだけしか言えない。
「時空の歪みだなんだと科学者の先生が言っていたが、とりあえず、102年ほど時間経過をすっ飛ばしたのが彼女でな。で、困っている」
「でしょうね。見れば分かります。分かり易いくらいの困り顔だ」
と、視線を向けられた見風は、また体を縮こませる。彼女が臆病と言うより、この空間。時代そのものが、彼女にとっては異質な空気なのかもしれない。
「気が付けば、家も家族も無いそうで……もう私、どうすれば」
手で顔を覆い始める見風。泣きたいという気持ちは分からないでも無いが、ここでは止めて欲しい。うちの喫茶店に涙は似合わないのである。
「だいたい事情を把握できましたけど、なんで僕に仕事を持ってくるんですか」
目を閉じ、話を別の方向にしようと頭を掻きながら発言した。
「調停役だろ。お前の仕事は」
「喫茶店の店主ですよ。僕の仕事は」
「そっちは詐欺紛いじゃないか」
どういう意味だ。まるで金を取って金以下の料理しか出さないと言っているみたいだ。竜太はきちんと真心を込めて作っているのである。真心だけは。
「このまま放置するわけにも行かない。かと言って、うちが付きっ切りになれば、それはそれで住民から文句が出る」
「困った立場であろうとも、市民の一人でしかない……ってことですか」
「うう……」
話の途中で、さらに見風の肩を小さくしてしまった様だ。彼女も彼女で、自分の状況というのが嫌でも把握出来るだろう。
現時点で、どれくらいの事を理解しているかは知れないけれど。
「なんかこう……過去からタイムスリップしてきた人を専門に扱う機関とか、そういうの無いんで?」
「少なくともこの街には無いし、国の方には確認作業に少なくともひと月は掛かる。実際に動くのはもっと後になるだろう。適切な答えが返ってくるとも限らない」
「……住居の紹介は急務ですか。けど、その肝心の住居が見つからないのは」
「それはその……やはり私のせいなのです」
「なるほど。やや困った状況で、調停が必要って言うのは分かりました」
ため息を吐く。こっちの仕事に関しては、本当に面倒なものしかない。面倒になったからこそ持ち込まれると考えれば当たり前かもしれないが……。
「お爺さん。悪いんだけど、そろそろ店仕舞いになりそうなんだ。お皿、下げちゃっても良い?」
「ほっほっほっ」
店で数少ない客であった老人に話し掛ける。既にナポリタンを食べ終わり、水を飲んでいたため、彼が喫茶店を出れば喫茶店の仕事は終了だ。終わった後は、副業を開始しなければならない。
「衛青さんには、大変なご迷惑を掛けているとは自覚しているのです」
昼も15時を過ぎた頃だろうか。見風を連れて日苗の街を歩く竜太に、当人の見風はそんな言葉を向けて来た。
「迷惑と言われれば迷惑でしょうけれど、あなたの立場を考えれば、彼が負うべき迷惑の類でもあるわけですよ。無責任に放り出せる類の話じゃない。あなたという存在は」
「その……この様な……私の様な立場はそうにあるものなのでしょうか?」
顔をやや上げつつ、さらに見風が尋ねてくる。小柄な竜太よりさらに小さい。そんな彼女は、すぐにでも折れそうな弱弱しさを感じさせてくる。
「過去から時間をぶっとんで現れたというのでしたら、そんなに例はありませんが……そうですね。地面の下で村を作っていた一族がいたそうなんですよ」
「はぁ?」
「彼らが突然地上に進出してきて、昔っからここにいたから、居住権を要求するって上に住む人たちに文句を言いに来まして……だいたい、その人たちが地下に住み始めたのが300年ほど前の事だったかな。それくらいです」
「ええっと?」
「そういう問題に比べたら、見風さんの問題っていうのは、まだマシだと言えなくもない。そう思うでしょう?」
どこもかしこも問題だらけ。厄介でない問題など無いし、放置するわけにも行かない。そんな事があり得るのかと混乱する情緒など、この街は失ってしまっていた。
「それでも……役所の方やあなたが、私のせいでいらぬ悩みを抱えているのは、どうにも……」
意外と責任感が強いタイプらしい。タイムスリッパーなんて、もっとおおざっぱなもんだろうと思えたが、そもそも彼女は時を飛びたくて飛んだわけではないのだから、立場で性格の判断はできない。
「僕に関してはね。報酬をもらっている以上は、頭を悩ませるのも仕事の内です」
「そうなのですか?」
「こういう類の面倒も初めてじゃあない。だから安心してとまでは行きませんが、あたなが責任を感じるなんて言うのは、世の中に余計な負債を増やしているだけでしょう」
だから暗い顔をする必要なんてない。公務員の衛青に関してもだ。
「衛青さんも……彼は公務員です」
「けれど……」
「あなたが先日まで生きていた時代がどうだったか知りませんけどね。公務員っていうのは公共の奉仕者です。あなたは死んでも無いし、自分の責任でも無いのに財産権も住む土地も生きる場所を失わされた。法律上はそうしなければならなかったんでしょうが、無事、また現れた以上、自分がいない間、勝手してた借りを返せと言える立場だし、答えるのが公務員のお仕事ってわけですよ」
そんな事は、きっと衛青が一番理解しているのだ。だから竜太に仕事を押し付けた。仕事そのものは捨ててはいけない。そう考えているからである。
「衛青さんって言う人は厄介な公務員です。厄介この上無い、けれど仕事熱心な公務員なんですよ」
「……」
だから、そちらに関しても、見風が責任を感じる必要は無い。そう伝える。
「さて、じゃあさっそく探しに行きましょうか。あなたの住む家とやらを」