第六話
「だーかーらー! 邪魔をするなと言ってるんだ! どうして顔も出さなくて良いのに顔を出す!」
ヒナエファイアーは声を響かせている。場所は相も変わらない夕明商店街。子どもの頃はもう少しキラキラした場所だった様に見えたものだが、今になって見れば、どこもこぢんまりと寂びれている。
そんな商店街に、どうしてわざわざやってきたのか。それについては理由があった。ヒーローの格好をしている事についても、やはり理由があった。
「へへーん! 顔を隠してる奴になんて言われたくないのよ! 何よそのサングラス! 赤く染めて景色が真っ赤じゃないの? 試験勉強? 四六時中赤本で試験勉強中なの?」
その理由ではまったくないヒナエクインが、反対側の屋根で、こちらと同じく声を響かせていた。そう、ヒナエファイアーもまた、商店街に並ぶ店の屋根に乗っているのだ。
一人ではきっと恥ずかしい。だが、3人揃えばそれもできる。心は一つきりでは心細いけれど、絆が繋がれば強さに変わる。
「いや、ヒナエファイアー……口喧嘩するなら、せめて屋根から降りましょう? ね?」
と、左斜め後方からヒナエサンダーの絆を揺るがす声が聞こえた。そんな事でどうする、ヒナエサンダー! こんな格好をして正義の味方活動なんて始めた時から、恥とか世間体とか捨て去ったはずじゃないか。
「より高い場所で叫ぶこそが正義なんだ。高さは正義なんだよ、ヒナエサンダー!」
「もう意味が分からんな……」
右斜め後方のヒナエウォーターにまで呆れた声を向けられてしまう。みんなして屋根には上っているじゃないか! どうしてそんな声を上げられると言うのか。
「みんな、いったいどうしてしまったんだ? 向こうにいるはヒナエツインズだぞ! 共に罵り合うチャンスじゃないか!」
自分で言って置いて、ヒーローらしくない言葉だなと思ってしまう。だが、それでもヒーローとして叫ばなければならない。あんな女どもにヒーローを名乗らせないと!
「ヒナエツインズ! お前たちはヒーローではない! 何故ならば女性だからだ!」
「何当たり前の事言ってんのよ!?」
何故か言い返されてしまった。だってそうじゃないか。女性はヒーローになれない。古今東西そう決まっているはずだ。
「ばーかばーか! 前から思ってたけど、あなたって本当に馬鹿ね!」
「な、なんだとぉ!」
「良い? 聞きなさい? 私はね、ヒロインよ! ベストオブヒロイン! 可憐で健気で純情で汚れなく。男の暑苦しさも馬鹿っぽさも一切ない、綺麗な世界の優雅なヒロイン! ヒーローなんかと一緒にしないで!」
「ああ、そっちの意味での当たり前の事でしたの……」
ヒナエクインが叫ぶ傍らで、ヒナエレインが何故か頭を抱えていた。まったく、やはり女で正義の味方を名乗る輩は理解できない相手である。
「あっちの彼女の方とは仲良く出来そうなのだがな……」
「気苦労が多い人同士集まっても、苦労が増えるだけですって、きっと」
何故か、左右両側の斜め後方から、酷く疲れた声が聞こえて来た。ヒーローはどの様な状態であれ、疲れを見せない存在だから、ヒナエサンダーやウォーターの言葉では無いとは思うのだが。
「良いか二人とも! 俺達は彼女らを相手にしに来たわけじゃあない! 正義を行いに来たんだ。その事を忘れていないか?」
「じゃあ、とりあえず屋根から降りて、近所迷惑だから大声を上げるのを止めましょうよ……」
ヒナエサンダーはそう言うが、それは出来ない。正義を曲げることはできやしない。世の中、正義とはひたすらに強固で真っすぐに出来ているものなのだ。
「そんな弱気でどうする! 俺達を呼び出したビョースター団に笑われてしまうぞ!」
「最近は、ずっと呆れられている様子だが……」
それはヒナエウォーターの言う通りであるが、原因はヒナエツインズの方にあると高らかに言いたい。そう、高らかに、多くに聞こえる様に。
「そう、ビョースター団と戦うのは俺達であってお前たちじゃあない! ヒナエツインズ!」
「はぁ!? 何言ってんのよ! 今日はね、私達が呼び出されたのよ! そっちの方こそ部外者。お分かり?」
「なんだと!?」
どういうことか。自分たち、ヒナエソルジャーはしっかりくっきりビョースター団に呼び出されたはずだ。
今日、この日こそ、正義を名乗る集団と、崇高なる理念のために集まった秘密結社とが新たな展開を向かる瞬間だと、そう宣言したハガキが自宅に郵送され、場所はこの夕明商店街なのであると、そう伝えられていたのだ。
それがヒナエツインズも同様だとするならば、それ即ち、敵の方からわざわざ正義が集まる様に仕向けたということになるが……。
「フワァアアアハッハッハッハッ! よくぞも集まったな、ヒナエソルジャー、ヒナエツインズ!」
突然、この場で誰よりも大きく誰よりも野太い声が響いた。声の方向は下側。夕明商店街の大通りからだった。
そいつはその道を我が物顔で歩き、ヒナエソルジャーとヒナエツインズを見上げていた。その強靭で大柄で、すべてを破壊しかねないパワーを秘めたその姿。ヒナエファイアーが見間違うはずも無い。
「ビックビョースター! 貴様直々にだと!? 一体何が狙いだ!」
その姿、まさしくヒナエソルジャーが不倶戴天の敵とするビョースター団の大幹部である。
見た目通りの怪力と、見た目に反した戦術家としての知能を持つ厄介な敵だ。部下の怪人達には勝利を収めることが出来ているものの、彼自身が戦いの場に出た時は、何時も苦い思いをさせられて来た。時には敗北の味もだ。
その強大な敵が今そこにいる。
「何が狙いか。良いだろう、貴様らに告げてやる! 我らビョースター団の、真の目的―――
「ちょーっと! 勝手に話進めてるんじゃないわよ! 良ーい? 呼び出されたのは私達。重要そうな話を聞く権利は私達にあるの」
「あの……クイン? そういう話は、まず、話を聞いてからがよろしいのでは?」
「レインは黙ってて! 今、大切な話の最中なのよ!」
ビックビョースターの話を遮って、ヒナエツインズが何やら姦しかった。非情に五月蠅い。端的に言わせて貰えれば煩わしい。
「い、いや。そこの二人……今、私が話をしている最中で―――
「そおおおだ! その通りだ! ヒナエツインズ! お前たちこそ黙っているが良い! 今、我らヒナエソルジャーとビックビョースターが重要な話をするのであって、部外者には関係ないはずだ!」
また余計な事をされては困る。ヒナエファイアーは、ビックビョースターの言葉を遮ったヒナエクインの言葉をさらに遮った。
ここは戦いの場所。力と力がぶつかり合う神聖な場所だ。そんなところに、口と性格が悪い妙な格好の女に居て欲しく無い。そういう思いはヒーローとして共通のもののはずだ。きっとそうだ。
「いや、ヒナエファイアー。お前もちょっと黙っていた方が………ほら、ビックビョースターも、少し疲れた顔を浮かべ始めている気がする」
「気のせいではなく、実際に疲れているのだ! 馬鹿者どもめ!」
ヒナエウォーターが馬鹿者と言われてしまう。まったく、悪を前にして黙り込むなんて真似、できるはずも無いだろう。だからビックビョースターに馬鹿にされるのだ。
「言っておくが、この場にいる全員に向けて行っているからな、私は!」
「何!? ということは俺に対してもか!?」
「主に! お前と! そこの! ピンク髪にだ!」
「ええー! ちょっと、何で私まで馬鹿者なのよー!」
ぜぇはぁと息を乱しながらのビックビョースターを見て、自分は馬鹿じゃないとアピールしているヒナエクイン。
だが、やはり彼女は馬鹿者だとヒナエファイアーは思う。だって、ピンク髪だから。
「ピンク色の髪の毛をしている奴はだいたい馬鹿者だと決まっているんだよ、ヒナエクイン!」
「あぁん? この髪の色の何がいけないってわけ? そう言うのってどうかと思いまーす! 人間、選べないところで蔑まれるのって、人権がエグい方向で侵食されてる気がしまーす」
「確かに……その部分への侮辱はどうかと思いますわね……」
と、ヒナエツインズ両方から文句を言われてしまう。何故だっ。だってピンク髪なのに……。
「確かに、染めているとかなら兎も角、地毛の色をとやかく言うのは感心しないな。ヒナエファイアー」
「あー、そうだねぇ。僕もさ、その部分はファイアーが悪いかなって思うよ?」
「な、なんと……!」
身内からまで注意を受けてしまった。いったいどうしたと言うんだ。自分たちは仲間だったはずじゃないか。
「わ、私が悪へ落ちてしまったと、そういうことなのか! お前たちっ」
「悪はこっちだと言うとるだろうがぁ!! まーたさっきからごちゃごちゃごちゃと! 呼び出した相手と話すということすらできんのか、貴様らは!」
怒鳴られてしまった。けど、仕方ないじゃないか。みんながみんな黙る事が出来るのならば、口という機関は物を食べる時にしか使わないのである。
「だがな、ビックビョースター! お前がここに、我らヒナエソルジャーと、あのなんとかかんとかダブルを呼んだのだろう! ならば、こうなる事も予想できていたのではないか?」
「ちょっと、なんとかダブルって私達のこと!? なんとかは兎も角ダブルってなによダブルって! ツインズよ! ツ・イ・ン・ズ!」
まったく、まだまだやかましい。ツインズだかダブルだかを一々憶えていられるほど、ヒーロー業とは暇ではないのに。いや、ちゃんとヒナエツインズという名前は嫌でも記憶できているものの。
「ふん! お前たちを呼んだ理由はこれから判明するのだよ! 現れるが良い! ホワイトナイト! いや、ホワイトビョースター!」
高らかにビックビョースターが宣言したその瞬間、火薬が爆発した様な音が響く。それはビックビョースターが立つ場所とは反対側の通りでだ。
モクモクと灰色の煙が立ち、時間が経つにつれ、その煙も薄くなっていく。そうして気が付く、煙の中心に、人影がいるということに。
「おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」
人影は煙の中だというのに高笑いを上げていた。なんという声量、なんという肺活量か。
「そ、その声は……もしかして!」
人影について真っ先に反応したのはヒナエファイアーではなく、ヒナエレインだった。また、彼女と同じ表情をヒナエクインが浮かべているところを見るに、ツインズ共通の知り合いらしいが。
「また会ったな、ヒナエツインズ! 貴様らの予想通り、妾はついぞ帰って来たぞ! 偉大なるビョースター団の力を借り、このホワイトナイト改め、ホワイトビョースターが帰ってきたのだ!」
煙が完全に晴れた先、そこに立っていたのは、ホワイトビョースターを名乗る、際どい格好をした女性だった。
「状況をおおざっぱに見るなら、当初の状況に戻したって事になるんでしょうね。当初がどこまでなのかには議論の余地がありそうですけど」
夕暮れ間近の『カニバルキャット』。そこで料理を作りながら、竜太はカウンター席に座る間上に話しをしていた。
「一つの悪の秘密結社に二つの正義の味方ってのが自体の問題だってのなら、二つの悪の秘密結社に戻すってのが、お前の調停のやり方か」
「まるっきり元の通りじゃないですけどね。だいたい、悪の秘密結社は一つのままですし」
「いや、だが、これで直近の問題が解決して嬉しい限りである!」
と、間上以外の声が聞こえて来た。テーブル席に座る禿頭の巨漢。ビックビョースターだ。その席の前にはホワイトナイト改めホワイトビョースターが、服装を私服に着替えて座っている。
「私の方も、これで悩ましい事態が多少なりとも落ち付き、安心しました」
ほっと胸を撫で下ろす仕草をするホワイトビョースター。いや、今は既に白沢・美夜に戻っているらしい。
「問題自体が消えたわけじゃあありませんから、これからの行動次第って言うのは憶えておいてください。あの正義の味方たち2セットは、近くで出会えばいがみ合うって状況なんですから」
テーブル席に作った料理を運びつつ、今後の注意を伝える。これもまた、調停という仕事の一環だった。
そもそも竜太が行ったのは、現在も存在しているビョースター団に、既に崩壊した白夜の夜明けを接触させるというものだった。
行動の意味としては、白夜の夜明けの残党をビョースター団に吸収させるというものがあった。
間上の言う通り、二つの正義の味方と二つの悪の組織。その状態で安定していた状況が、片方が潰れた結果、正義の味方同士が罵り合う状態になったのである。
元の状態に戻すのが解決への一番なのだが、残念ながら、元の組織を復活させる事は、直接聞き取りを行った結果、不可能という事が判明する。余所から違う悪の組織を待つというのも難しいだろう。
ならばと白夜の夜明けとビョースター団。二つの組織の現状を利用する事にしたのである。
まず白夜の夜明けであるが、ここは既に潰れており、さらには元構成員が立場の悪化により、襲撃を仕掛けて来ているという状態だった。
一方でビョースター団は健在であるが、頭の痛い状態が続いているというは当たり前として、比較的新興の組織であるという部分に目を付ける。
(新興の組織っていうのは、手っ取り早く土地感を欲しがるもんだからね。なら、それを持っている人を雇うっていうのは、別に不自然じゃないし無理な事でも無い)
例えば、潰れた地元の組織の残党を、吸収する事も可能だろう。吸収される側が、既に潰れており、むしろ立場の改善を求めているのであれば、不平も少なくて済む。
そうして増えた人材を、二つの正義の味方のうち、片方に当てる何てことも出来るはずだ。ヒナエツインズという正義の味方とずっと戦っていたのならば、そのノウハウも持っているのだから。
「これより、新生ビョースター団は、二つの正義の味方集団に対して、二正面作戦を仕掛ける! 油断ならぬ状況である事は承知しているがね、そこはホワイトビョースター殿に期待したいところだ!」
「期待にどれほど応えられるかは分かりませんが、元部下たちも組織の一員として雇っていただいた以上、誠心誠意、働かせていただきます」
頭を下げる美夜。確かに、彼女の性格以前に、状況を考えれば必死になって働く事だろう。
潰れて、さらにヒナエツインズの言動により名声まで落ちた白夜の夜明けは、不平を持つ部下たちごと、ビョースター団に雇われる事で、一旦は体勢を立て直したと言える。
今後、他の土地へ移った元部下たちがまた襲って来ても、ビョースター団に雇い入れると言う形で、その不満を逸らすことができるのだから。
だが、それもしっかりとした結果をもたらせればの話だ。不甲斐ない姿勢を見せ続ければ、また、元の状態に戻ってしまう。その危険性は十分にあるのだ。
(状況は常に変化している。変化を当たり障りのない形に一旦は整えるのが僕の仕事。そこから良くしたり悪くしたりは、当人次第ってことさ)
ビョースター団にしてもそうなのだ。組織が拡大し、二つの正義の味方と、別々に戦うという事が出来る様になった。
別々に戦うのだから、ヒナエソルジャーとヒナエツインズがそれぞれ罵り合うという状況は少なくなるだろう。
が、まったくなくなる事は無い。戦力が減少すれば、二正面作戦とやらも出来なくなり、さらには組織が一気に弱体化、正義の味方側に潰される可能性だってある。
まさに当人の頑張り次第。竜太がやった事と言えば、本当に、今の状態をなんとかしたに過ぎないのだった。
(それでもまあ……今がなんとかなるなら、未来だってそう悪く無いさ。そう思えれば、本当に悪くなくなる)
世の中、心構えが出来ているのなら、どうとでもなる。だって心構えが出来ているのだから。どんな事態だって悲観せずに済む。未来の出来事なんてそんなものだ。
「いやしかし、目出度いことは目出度いであるからな! 今は二つの組織が一つになり得たと言う事で、ここは祝いをしよう! 記念会と言う奴だよ!」
「その場所に、うちの店を選んでいただいたのは嬉しい限りです」
ビックビョースターとホワイトビョースターが『カニバルキャット』に来店しているのは、ビョースター団が白夜の夜明けを吸収合併する際の区切りとするためだ。祝って騒いで、明日から頑張ろうという儀式みたいなものだ。どこでだってやっている、そういう会であった。
そうしてその場所が『カニバルキャット』である事は本当に光栄である。だって久しぶりにちゃんとした客だもの。
ここで飲み食い騒いでくれれば、それだけで店の売り上げが伸びる。そうなれば、今までの七面倒くさい仕事の頻度も減るというものだ。
やはりここで本業が賑わうのが一番の望み。ビョースター団が今後、さらに『カニバルキャット』を利用してくれるのなら、常連客となり得るのだが……。
「うむ。挨拶などは抜きとして、さっそく出された料理でも……………店主、これは一体何かね?」
「腕によりをかけて作りました。メンチカツですね」
何故かビックビョースターは、テーブルに置かれた料理を見て苦笑いを浮かべている。いったいどうしたのだろう?
「随分とその……焦げている様な」
苦笑いはビックビョースターだけでなく、美夜にしてもそうだった。確かに少しばかり。すこーしばかり焦げている。だが、物を揚げるというのは焦がすという事なのだから、仕方ないと受け止めて欲しい。
「ふふふ。味わっていただければ、多少焦げていたとしても、そんなのは小さな問題として―――
「苦いな……」
「ええ、苦い。ソースの味すらも吹き飛ばす苦さこそ斬新で大人の味というか……」
「このハンバーグも、肉がきちんと固まっていないというか、ボロボロで……」
「食べ甲斐があるでしょう?」
冷や汗が。冷や汗が出るものの、まだ挽回は可能だと自分に言い聞かせる。もうナポリタンだけしかまともな料理が無いとは言わせないのだ。どんな料理だって作って見せる、やる気と根性だけはある。そのはずだ。
「なあ、ホワイトビョースター君。この後、別の店で改めて記念会でも……」
「え、ええ。その方がよろしいかもしれませんね。その……やはり楽しまなくては良い記念となりませんもの」
と、二人が席を立とうとする。何故だ。まだ料理はたっぷり残っているではないか。何故、逃げようとする。
「いやその……待ってください。待って! ほら、これから、これからが本番なんです! うちの店の本領発揮というか―――
「この店はナポリタン以外は食えたもんじゃないから、美味い飯が食いたきゃ、別の店の方が良いぜー。代金に関しちゃ、調停仕事の報酬だと思って勘弁してくれや」
「ちょっと間上さん! 何言ってるんです! せっかくのお客なのに!?」
頭の痛い仕事を行ったのだ。ここで新たな客を捕まえずになんとする。
「では店主。代金はここに置いておくので。いや、釣りは良いよ。また今後、仕事があったら頼ませていただくから」
「ええっ!? そっちの仕事の常連になられるのは困るって言うか、できれば店の常連に……待って、待ってくださーい!」
去りゆく客の背中を見つめる竜太。しかして、舐めた仕事には客が寄り付かない。そう言うものだ。
彼にもう少し、副業に向ける程度の商魂があれば、この店も繁盛するだろうに。
店の隅、相変わらずナポリタンを啜っている老人は、もしかしたらそんな事を考えているかもしれなかった。