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日苗市の人々  作者: きーち
第一章 日苗の街
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第五話

「どう……とは?」

「恍けてるのか、本当に心当たりが無いのかは分かりませんが、今のヒナエツインズの態度に懸念があるから、間上さんにみたいなヤクザを頼ったんですよね?」

 間上からは、彼女らについての詳しい話についてを聞いてはいない。勿論、彼女らが間上に何を頼んだかについてもだ。だが、想像はできる。大方、ヒナエツインズの言動をなんとかして欲しい。という類のものだろう。

 そうして、そんな依頼を受けた間上が、何をしているかも同じくらいに予想できた。

(既に幾らかの金銭を払ってるんだろうさ、それは間上さんのポケットの中ってことか……)

 ここらが間上のヤクザというかチンピラらしいやり方である。似た様な悩みを持っていそうな対象、つまりビョースター団を見つけて、そこからも仕事をもぎ取って来たのだ。

 ビョースター団に関しては竜太へ報酬を支払わせ、実際に竜太が動く様に仕向ければ、間上はそれぞれを取り持つだけで、殆ど働かずに金銭だけを得ると、そういう構造になっている。

(そっちに関しては何時ものことだし、今さらだよねぇ)

 ことさらに目の前のホワイトナイトへ、こういう絡繰りだからヤクザに仕事を頼むのは止めた方が良いですよとは言わない。竜太にとって大事なのは、現状の人間関係を把握することだ。

「一方的に話しますけど、僕はビョースター団と二つの正義の味方集団としての争いについて、ヒナエツインズには申し訳ないけれど退場して貰おうと考えていました」

「ええっ!?」

 ホワイトナイトのその声は、驚きというより、それは困ると言った感情が込められた言葉だった。

「元々、ビョースター団とヒナエソルジャー。この二つが敵対関係何ですよ? そこにヒナエツインズが入ったからややこしくなっているわけでして。勿論、ご存じですよね?」

 相手がどこまでの状況を把握しているかは知らない。だが、ヒナエツインズの現状に関してを知っているなら、関係している他の組織についても、ある程度は知っているだろうと予想した。

「……やはり。そうなりますよね」

 と、肯定の言葉をホワイトナイトより聞く事が出来た。これで彼女は少なくとも、関係者が把握している程度の知識があるのだと理解できる。つまり彼女も関係者の一人。

「方法としては、ビョースター団に、ヒナエツインズを徹底的に無視して貰うというのもあります。現場に正義の味方が二種類現れたとしても、相手にするのはヒナエソルジャーだけ。自然と世間も、ヒナエツインズの存在を認知しないように―――

「そ、それは困るんです! だから間上さんに頼んで……あ、あの、漢条さんは、わたくし共が間上さんに頼んだことを知らないのですか?」

「だいたい予想はできますが、直接聞いてませんね。あくまで僕は、ビョースター団から正義の味方同士の醜態をなんとかしてくれという依頼を受けてるのみですので」

 間上の狙いについては、与えられた情報からしか判断できないし、それ以上の予想が出来たって、それを斟酌して行動を改める義理も無い。

 だが、 誰かが一方的に損をするというのなら、気にしないでもいられない。なにせ調定役なのだし。

 自分にとって無関係だからと損を誰かにすべて押し付けるのは3流の仕事だろう。

「その……話すとなると、非常にお恥ずかしい話になるのですが」

「それでも、あなた方にとっては切羽詰まった悩みを持ってらっしゃる。そうでしょう?」

「はい……実に困った状況になり……その、そういう状況にお強そうな方に、事態の解決を頼み込んだ次第でして……」

 間上がヤクザだとして、そのヤクザが介入するべき状態ということだ。まともではない。危険で血生臭くある問題……そういう類のものだろう。

「だいたい想像できるのは、組織が潰れて、周囲から買っていた恨みの返済期日が来たってところかな? そこにヒナエツインズが関わってるとしたら、あんな問題行動を起こす正義の味方にやられたしょぼい組織だったんだって思われてる?」

「凄い! まさにその通りです」

 当たっていて良かった。これで外れていたら、とてもとても格好悪い。すべてを知ってますよ。なんて顔をしながら発言したのだから。勿論、そんな顔はハッタリでしか無いけれど。

「実を言うとその通りの話で、これまでも所詮は正義に敗北した弱い組織と後ろ指を刺されて来たのです。いえ、それは事実ですから、甘んじて受け入れるつもりだったのですが……」

「状況が最近になって、さらに変わったと?」

「困った事に……。その、わたくし共の部下がいて、今もご存命の方々は多いのですが、その、特殊でしょう? ですから、組織が潰れたとして、次の働き場というものが必要になってくるのですが……」

「大概は他の組織に吸収されると聞きますが」

 悪の組織と言っても組織は組織。組織間にはそれなりに仁義というものがあるらしく、余所の組織が潰れたら率先して自分のところで雇ってやろうという風潮があるのだそうだ。

「そうなって暫くは良かったのですが、その、ヒナエツインズがあの体たらくですから、先ほど申された様に、弱い組織に身を置いていた人間だと見られる様になったらしく……」

「雑に扱われる様になったか、組織から追い出されたか……そのあたりですかね」

 世の中、どんな業界も世知辛い。義理も人情も、現実の風評には敵わないものだ。

「実際その様な形なのですが、そこからさらに一歩進んだ状況でして」

「一歩進んだ? それはどういう―――

 話が突然中断される。別に竜太の意思ではない。ただ爆発したのだ。

 爆発。そうだ。それは一見爆発に見えた。だが、実際には、様々な破片が跳ねただけなのだろう。

 何かが、地下室の壁の向こう側から(そこが地面の真っ只中であるはずだと言うのに)、壁をこちら側へ押したと言う印象。

 押された壁は何かの質量に敗北し、崩壊した。地下室に壁を構成していたものと、壁の向こう側にあるはずの土塊を、綯交ぜにして放出したのである。

 爆発などよりもっと酷い。子どもが砂場につくった山を、手の一振りで崩した様なものだ。瓦礫が飛び散る音は地下室中に広がり、振動は竜太の体のバランスを崩してくる。

(なんだ!? 何が起こった!?)

 頭の中で状況を整理しようとするも、実際に行えた事と言えば、バランスの崩れた体が膝を突き、地下室に飛び散る瓦礫から、せめて頭を守ろうと腕で庇ったくらいだった。

 こんな状況が何時までも続けば、地下室そのものが崩壊し、竜太は生き埋めになっていた事だろう。

 そうなる前に竜太が逃げ出さなかったのは、変化がある時点で落ち着いたからである。破壊された地下室の壁。その壁には穴が開いていた。

 地下室に現れた変化はその穴が開いたという事実に収束していた。いや、その穴から、妙な存在が現れたという事実にと表現するべきだろうか。

「ゲーッヘッヘッヘ。進退ここに極まったな、ホワイトナイト様! いや、ホワイトナイト! 今日、この秘密基地『白き夜城』は、この俺! 人力電動ノコギリのアキラの居城となるのだ!」

 穴から現れたそれは男だった。恐らくは人間だろう。両手がノコギリみたいにぎざぎざな刃物になっており、腕部分はごつい筋肉に覆われている存在でも、全体的にはきっと人間なのだ。

 腕部分以外は普通の外見をして……いや、顔に妙な刺青が彫られていたり、服装が何故かズタズタだったりと普通ではない部分はあるものの、まだ変わった人物として見られる部分だ。

(あのノコギリみたいな手で、地面を掘り進んで来た? 馬鹿じゃないか?)

 そういう感想しか浮かばない。穴を掘り、地下室の壁を貫く力は大したものだが、出入口があるのならそこから入れば良いのだ。

 秘密基地などと言うが、ここには竜太が見た限り、これと言った防犯機能は無かったはず。

「組織を滅ぼされて幾星霜! この地は情けなき貴様が占領したままとなっていたが、それも今日までということだ! ホワイトナイト! 元部下だった俺が、この城の城主となるのだよ!」

 と、男の話を聞くに、どうにも彼はホワイトナイトの元部下であるらしい。恐らくは白夜の夜明けの構成員だったと思われる。要するに怪人だ。

 そんな元部下の登場に、ホワイトナイトはどう反応するだろうと視線を向けてみると……。

「おーっほっほっほ! 組織の全盛期に城を寄越せと言うなら兎も角、白夜の夜明け無き今になり、自分にも城の一つくらいなどと考え違いをしたようだな! その姿、なんたる不敬! なんたる卑屈さ!」

 ホワイトナイトはなにやらノリノリだ。先ほどまで竜太と話していたのが白沢・美夜だったとするならば、今はホワイトナイトモードみたいなものだろうか。日頃からストレスを溜めていそうな性格っぽかったので、こういう二重人格染みた状態になったのやも。

(もしくは、こっちが素か)

 少なくとも、悪の秘密結社の親玉としてはらしい姿だった。きっと、現役時代はこんな台詞を存分に吐いていたことだろう。

 さて、傍から見れば間抜けな会話に見えるこの光景だが、竜太はやや危険な状態になったと頭を巡らす。

 現れた人力電動のこぎりとやらは、どう考えても一般人以上の力を持っていた。そもそも、この地下へあの馬鹿みたいな両手で掘り進んできたのだとすれば、腕を構成している物自体が凶器ということになるのである。

 そんな凶器を、人力電動のこぎり怪人(長いのでノコギリ怪人と呼ぶことにする)はホワイトナイトへ振り下ろそうとしていた。

 彼女が危険だと、そういう危機感があるものの、それ以上に、厄介な事に巻き込まれてしまったなと言う焦りが生まれる。

(隙を見て逃げるかな?)

 懸命な考えだと思う。あまり近くにいるべきではないのだし。そもそも竜太は、ホワイトナイトのすぐ傍に立っている。ノコギリ怪人が大振りに両腕を振り回せば、完全に巻き込まれてしまうだろう。

 だが、そういう判断が回る前に、ノコギリ人はその優れた身体能力でもって竜太たちに近づき、両腕でホワイトナイトごと挟み込もうとしていた。

 竜太は辛うじてその軌道から逃れていたものの、ホワイトナイトは完全にアウトだった。のこぎり染みた刃でもって、その胴体を真っ二つにされてしまうだろうと思えたが。

「ふんっ、良くお聞き! 愚かにも主人に立て付く駄犬っ! 主人は何時だって、飼い犬より優れているものだと知るが良い!」

 ホワイトナイトは何時の間にか、その腕に鞭らしきものを持っていた。鞭は振るう先が何本もに分かれており、今はそれらがのこぎり怪人の腕に巻き付いている。

 鞭はさらにのこぎり怪人の腕を締め付けている様で、その動きを固めていた。

 ノコギリ怪人がホワイトナイトを挟み込むことが出来ない以上、ホワイトナイトは二つには分かれないし、ノコギリ怪人もさらなる一手に繋げられない。

 それでも、腕が固められているのなら足で蹴り上げる等もできただろう。しかし、その判断を先にしたのはホワイトナイトの方だった。

 鞭を手に持ったまま、細いその足でのこぎり怪人を真正面から蹴り突いたのである。

「ぐげぇっっ!?」

 潰れた蛙みたいな叫びを上げて、のこぎり怪人は垂直へ飛んだ。さきほどやってきた穴へとそのまま飛ばされるのこぎり怪人の姿を見て、竜太は唖然とするより他無かった。

「サッカー?」

 穴へと蹴られ飛ぶ姿を見せられたせいか、そんな的外れな言葉しか出て来ない。

「ぬぐぐっ……衰えておらん様だな! ホワイトナイト!」

「ホワイトナイト様とお呼び!」

 穴から再度、這い出てくるノコギリ怪人。無事とまでは行かぬ様子だが、あれほどの衝撃を受けてまだ無事でいられることが驚きだ。

 だがそれ以上に、そんな衝撃を蹴り一発で生み出したホワイトナイトも驚愕の対象であった。あの華奢そうな体のどこに桁違いの馬力を保有しているのか。大きい胸の辺りだろうか?

「ふんっ。本来であれば妾の様に高貴なるものが、貴様みたいな下賤極まる者を相手にする事は無い! 故に光栄に思うと良いぞ?」

「な、なにを!?」

「だがそれもこれまで。貴様の相手はこの大首領ホワイトナイトではなく、幹部、地獄闇電脳の伝言郎がすることになるだろう! 来るのだ! 伝言郎!」

 ホワイトナイトの声が地下室に響く。響き渡った声はどこまでも遠くに届きそうだった。それでも木霊する声は時間が経てば消え去るのみ。声の後には静寂が訪れる。

「来ないが?」

「……」

 ノコギリ怪人に尋ねられるホワイトナイト。だが、答えるべきホワイトナイトは口を閉じたままだ。印象としては、どこぞの広場で飾られた銅像みたいに固まっている。もしかしたら思考の方も停止しているかもしれない。

「あー……もしかしたらまだ家の中を徘徊してるんじゃあ? その……かなり高齢でしたし」

 埒が明かないので、竜太が発言することにした。暫しの停滞の後、ホワイトナイトが漸く反応し、顔をこちらに向けた。

「……おーっほっほっほ! 伝言郎ではなく、妾直々に相手をしてやろうではないか! 感謝するが良い!」

 ホワイトナイトはこちらに向けた顔をサッと回し、再びノコギリ怪人を見やった。無かったことにしたらしい。

「げっへっへっへ。良いだろうホワイトナイト! かつての上司と言えども、俺は手加減せぬものと知れ!」

 ノコギリ男もノコギリ男でノリがとても良かった。ああいう姿であっても、相手を思いやる気持ちというのは失われていない様だ。

 こういう状況で、立派と言えるかどうかは甚だ疑問ではあるものの。

(とりあえず、巻き込まれない様にしなきゃか)

 二人は今にも戦闘を開始しそうだった。悪の怪人同士の戦いとなれば、周囲を気遣う戦い方というのもしなさそうだ。

 竜太は二人から距離を置くために、ジリジリと摺り足で後退していく。兎に角、相手の意識をこちらに向けないことである。

 初手から暴力沙汰を繰り広げようとする相手なんて、獣と似た様な感性を持っているに決まっているのだ。余計な隙を見せた段階で襲われる。

 ゆっくり、じっくりと距離を開き、安全圏へ自分を到達させなければならない。

(っと、始まった……!)

 なんとか、直接的被害が出なさそうな位置まで竜太が移動した瞬間、それが合図となったかの様に、ホワイトナイトとノコギリ怪人が再度ぶつかった。

 先に仕掛けたのはやはりノコギリ怪人である。怪人は両手を大きく広げて、さらに長いノコギリ状の刃を左右へと展開する。

 ノコギリ怪人はそのままホワイトナイトへ接敵していった。先ほどと同じ突貫か。そう思えたが……。

「温くって、眠気だって覚えようと言うものだ!」

 ホワイトナイトが振るう鞭がノコギリ怪人の前面へ、縦横無尽に跳ねまわり、怪人の突進を防いでいた。

「きぃぃやぁっ!」

 ノコギリ怪人は奇声を上げながら、その体を半回転させる。広げられた刃のせいで、その姿はまるで独楽だ。

 刃と幾らかの鞭が叩き合い、火花を散らす。鞭の勢いは、その一本一本が相当なものであることがわかり、それを手足以上に器用に動かすホワイトナイト。無駄なまでの技量の高さに驚く。

 だが、ホワイトナイトのその動きをノコギリ怪人は予想していた。弾け飛びそうな鞭の波を、その射程ぎりぎりに沿って移動したのだ。

 長い手と刃を振り回すことで、突進する方向を無理やりに曲げたのだと思われる。鞭が直撃しないギリギリの軌道でノコギリ怪人は半円を描いた。

 半円の先には、ホワイトナイトを横方向から薙ぎ切る軌道が存在している。鞭を振るった状態であるため、そこから鞭により妨害はできぬだろう。

 ホワイトナイトはすぐに切り伏せられる。竜太にはそう見えたが、そんな素人の発想はすぐに覆される。

 足を跳ねさせるだけで、ホワイトナイトはその場を移動したのだ。しかも敵の攻撃から離れる方向では無く、さらに近づく方向。つまりはノコギリ怪人の懐へ。

「おおうっぐ!?」

 ノコギリ怪人が大きく広げた両腕の空間。それがそのまま、ノコギリ怪人の隙となった。ノコギリ怪人が腕を畳むよりさらに素早く、ホワイトナイトはノコギリ怪人の腹部を、鞭を持たない方の腕で叩く。

 叩くというより、それの印象は砲撃だ。腕を引くことで導火線に火を点け、爆発の様な速度でもって腕を前方へ放つ。拳は砲弾となって敵を吹き飛ばすと思いきや、敵の腹部へと食い込むのみ。

(あれは……エグいな)

 先ほど蹴り放たれた時の様に、吹き飛ばされれば、その衝撃は相当なものだろう。だが、もっと酷いのは、その衝撃すべてが身体に及んだ時だ。

 ホワイトナイトの拳はノコギリ怪人の腹部にめり込み、殴りつけた角度からか、その反動で吹き飛ばされる事を許さずにいた。

 殴る衝撃すべてがダメージとなる。見た目は地味だが、食らった相手は夢を見る心地だろう。そんな機能が体に残っていればの話だが。

「かっ―――があっ……」

 吐き出す悲鳴も息も、か細いものにしかならぬ様子のノコギリ怪人。広げた刃が力無く下がり、体全体もまた地面へと伏して行く。

「えっと……やっちゃった感じで?」

「いいえ、この程度でしたら、気絶する程度かと。命まで取るのは、かつての上司として忍びありませんし……」

「あ、今はもうホワイトナイト的な口調じゃない」

 やはり仕事上の口調と言うことなのだろうか。その割には、結構ノリノリに見えたが。

「お恥ずかしい話なのですが、これが今の状況なのです」

「うん? えっと……おーけー。分かった。とりあえず、状況を整理する時間をくれません?」

 これが今の状況と言われても、目的の屋敷を尋ねたら、何故かそこから地下室へ移動し、さらに家主が際どい格好で登場した上、化け物みたいな襲撃者が現れ、家主直々にその襲撃者を撃退したという状況。

(何をどう整理するって?)

 整理とは片付けられる状況だからこそできるのであって、こんな粗大ゴミみたいな情報の数々を整理できる棚なんて存在しない。

「よーし。つまりあれですね。元部下に命を狙われる立場ってわけですか」

 とりあえず、分かり易いものだけ取り出して、分かり難い部分は捨てることにした。それくらいしなければ、目の前にいる人種とは付き合いきれない。

 大切なのは諦めだ。どれだけ諦められるかで、人間の度量は決まって来るのだと信じよう。

「だらしのない正義の味方。その正義の味方に敗れた組織はもっと酷いと、そういう噂が飛び交い、他の組織に所属していた元部下の方々に立場が無くなってしまい……」

 切実と言えば切実だろう。居場所が無いから、元の居場所を取り戻そうとするのだ。かつての上司に反抗してまで。

 元部下であるならば分かることもあるだろう。その元上司が、異常に強力だと言うことだって。

(やけっぱちになるって言うのは、つまり、そうなる以外の選択肢を奪われてるってことだ)

 無意味で無価値だからやるななんて言葉は通じない。そんな事を承知で行動しているのが、今、気絶している怪人なのだろうから。

 相手の事を考える場合は、相手を愚かだと考えてはいけない。自分が考える事程度は相手だって考えている。

 なのに自分が考えたってしないことを仕出かす理由は、考えたくも無い事態に陥っているに決まっているのだから。

「ここで僕が、単純にヒナエツインズを相手にしないよう、ビョースター団に助言すれば、あなた方はもっと困るわけですか」

 さらにヒナエツインズの地位は落ち、結果、彼女らに滅ぼされた組織の名声も地の底へ落下していく。後に残るのは、そんな組織に所属していたという悪名だけ。

「それはもう……とてもとても困ってしまいます」

 困ってしまうが、どうしたら良いのか分からない。そんな態度だった。

(はっきり言っちゃえば、僕がどうにかする義理も義務も依頼だって無い)

 あくまでこれは間上が引き受けた話であり、ホワイトナイトの悩みを解決したところで竜太に益は無いのだ。

 益どころか、今さっきまで、馬鹿らしい光景ではあったが、危険な状況に陥っていた。なるほど、こちら側に関われば危険だという間上の助言はもっともだ。もっともであるが……。

「もう一度、白夜の夜明けが旗揚げするってうのは無理ですか?」

「それは……難しいところです。一度潰れた秘密結社が、もう一度というのは、この業界ではそれだけで白い眼で見られますから」

 どういう業界だろうか。それは分からないが、もうちょっと搦め手が必要らしい。そうしてそんな搦め手について、竜太には考えが無くもなかった。

(面倒ごとだよ? これはさ)

 ただ、やれるのならやっても良いかなと竜太は思う。それで上手く収まると言うなら、調停役の仕事としては上等だ。

 何より、ホワイトナイトが先ほどみせた態度と腕力。それでもって、彼女は状況を打破したり、竜太を脅したりなどはしなかったのだ。

 少なくとも、竜太の行いは困ると言いながら、だから止めてくれとは言わなかった。そこにあるのは誠実という言葉である。

 誠実とは、どんな力を持っていたとしても大事な物だろう。自らの立場がどの様なものであろうと、社会を蔑んでいない。その証明だ。

 そんな人間に当たり障り無く日常を送らせる仕事こそを調停と呼ぶ。呼ぶからこそ、それをしなければ調停役などとは言えないはずだろう。

 それはそれとして、彼女が突飛な格好をしながらも、やはり美人と言うのも、行動を促せる理由の一つ。


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