第三話
「そ、そりゃあ確かに、力を持ってたら、それを使いたくなるってのは分かりますけど……」
まだ納得し難いと言った様子の撤也。彼らとて力を持っている。正義の味方として悪の秘密結社と戦う姿を見れば、少なくとも身体能力と耐久性は常人を遥かに超えているだろう。
もう一方の正義の味方であるヒナエツインズも同じくらいはあると思われる。どちらもまた、力であり、また正体を隠さなければならないくらいに異質な力なのだ。
「仲間同士、徒党を組むって言えば聞こえは悪いけど、相手の気持ちくらい、分からない年齢でも無いだろう?」
仲間は多い方が良い。同じ悩みを持つ仲間なら特にだ。慰め合うだけの関係性だって、時間が経てば腐れ縁にだってなってくれる。
「……僕のたちの方は、それでも構わないとは思うんですけどね」
と、志摩は素直に答えをくれた。彼らにとって、ヒナエツインズと手を組むのは、それほど精神的な障壁は無い様子だ。
「見たところ、どうにも単純に、女性だからって言う理由だけで手を組むのを嫌ってるわけじゃないみたいだね? まさか子ども染みた理由で喧嘩をしているってわけでも無さそうだ」
「いえ、売り言葉に買い言葉で喧嘩になってるのは事実です。僕もちょっとムカっと来る時ありますし」
事実らしい。残念だ。そう言えば高校生と言っても子どもだった。
「ただ、女性だから。みたいな単純な思いで組まないわけじゃないというか」
存外に、一番人見知りそうな志摩が話を続けていた。歳も一つだけ、彼だけが下のはずだが、これで中々に適応能力はあるらしい。
「確認なんだけど、君たち側は、別に彼女らがノリ気なら手を組んでビョースター団と戦っても良いと思ってる?」
大事な事だった。ビョースター団は彼らが事件現場で喧嘩をしなければそれで良いという話だったし、こういう話し合いで二つの正義の味方集団が、一つになれば解決する話だ。
「べ、別に俺達はだから、そんな風にこだわってるわけじゃないんですよ? 俺達はね?」
かなりこだわりがあるけれど、それでも我慢してるんですよと、撤也の本音を引き出せばそんな感じになるだろうか。
(何にせよ、こっちの正義の味方君たちは、それほど気難しくは無い。話して分かる相手だ。説得も……できるかな?)
彼らの事を深くは知らない。もしかしたらとんでもない精神構造をしているかもしれないが、ここまでにおいて、難しい部分は感じられなかった。
もし、ヒナエツインズの方もこんな様子ならば、話を上手く纏まるのではないか。そんな予感さえしてくる。
しかし、そんなに都合の良い話なら、そもそもこじれるはずも無いのだ。
「撤也と志摩の言っている通り、俺達側からなら、あなたの提案通り、あの女達とそれなりにやっていくのも構わないと考えています。けれど、向こうがどう考えているか。問題は向こうにありますよ、漢条さん……でしたっけ?」
眼鏡を光らせる誠一。これはどういうテクニックに寄るものだろうか。竜太も眼鏡を掛け慣れてくれば、光らせる事が出来る様になるのか。
例え出来たところで、わざわざ光らせたいとは思わないものの。
「そう。変わった苗字だよね? 名前の方もやや変わってるかな。で、問題と言うのは、一体どんなもの? 出来れば教えて欲しいと思うんだ。何せ君らの次は、彼女らに会いに行く予定なんだからさ」
「あの女達が直接言ったことは無いので確証はありませんが、予想するところ―――
さて、誠一から出て来た言葉は、竜太にとっては中々に悩ましいものであったが、悩ましいから仕事を中断するとは行かない。
昼が過ぎてから学生達の下校時間までまだ時間はある。だからもう一方の正義の味方であるヒナエツインズに会いに来たと言うわけだ。
そう、ヒナエツインズもまた学生であると言う情報を得ている。ただし、そのヒナエツインズが通う学校については、日苗東男子高等学校の様に、内部にツテがあるというわけでも無かった。
「だから仕方ないと言えば仕方ないんだろうさ。仕事に手段を選べるのは、恵まれた人間くらいなもんでね」
片手にはフランケンシュタインの怪物をモデルにしたであろう覆面。少し離れた前方には、私立日苗西女子高等学校と書かれた看板と高校への門があった。
まるで対になる様に、日苗市には男子校と女子校があるのだ。街が発展する過程で、どちらかが先に出来て、もう一方の性別の受け皿としてさらに片方が出来た。ということらしいが、詳しい経緯は竜太も憶えていなかった。
ただ宿命的と言えば良いのか、それぞれの学校に、それぞれの性別の正義の味方とやらが存在する様なのだ。
なのでとりあえず、竜太は手に持った覆面を被ることにした。
(男子校の時みたいに、放送で呼び出しなんてことはできない。向こうから出向いて貰うにはこれくらいしないとさ)
覆面を被った後は、そのまま女子校の正門へと真っすぐ歩く。勿論、そこには守衛やら校内を歩く生徒の目線やらが存在している。
「お、おい。君、いったいなんだ」
当たり前の様に、守衛に呼び止められる。怪しい覆面男なんて、呼び止めないで素通りさせては、職務怠慢も甚だしい。
「……はっはっは!」
とりあえず、愛想良く笑ってみる。覆面を被っているから、笑顔は見せられないわけであるが。
これも勿論、守衛は訝しむ目線を強めて行く。というか、明確に、目の前の人間が怪人物であり、絶対に校内へ入れてはいけない人種であることを理解したらしい。
だが、もう遅い。何が遅いかと言えば、竜太はややテンションが上がって来たのだ。女子校に覆面で侵入。中々の状況じゃないか。さらにこれから行う事を思えば、もっとハイになったって良いくらいだ。
「君……ちょっとこっちへ来なさい」
こちらの腕を掴んで来ようとする守衛の手を振り払う。捕まるわけにも、ちょっとそちらへ行くわけにもいかない。
「はーっはっはっはっ! 捕まえてみたくばヒナエツインズを呼んで来い! でなければ止まらぬし叫ぶし無断侵入するし走り続けるぞ!」
走り、と言葉にした時点で、実際に走り出す。これでも足には自信があるのだ。生半可な人間には追い付かれないだけの逃げ足が竜太の両足には潜んでいる。
向かう先は勿論、女子校の敷地内。高笑いを声に張り上げながら、自らの持久力の限界へ挑戦し続ける。
「きゃああ!!!」
「へ、変質者! 変質者が!」
「誰か! 誰か来てぇ! いえ、逃げてぇ!」
女子生徒や女教師たちの黄色い悲鳴が聞こえる。まるで走り続ける自分への声援の様だと竜太は己惚れた。
校門を過ぎて玄関口を潜り抜け、さらに生徒たちがいる校内へと侵入していく。そう言えばどうして学校の廊下とは走りやすいのだろうか。真っすぐで端にはちゃんと階段があって次に進める。
こういう構造であれば、廊下を走るな、などと言う決まりは破るために存在しているのではないかと思ってしまう。
実際、竜太は走っていた。すれ違う女子生徒たちから、また悲鳴の声援を受け取っていく。
「え!? 何あれ!? 何なの!?」
「少女諸君! 怪物フランケン仮面がやってきたぞ! 悲鳴を上げろ! 逃げ惑え!」
「いやああ!!!」
と、テンションアゲアゲで校内を突き進むわけだが、目的地があって侵入したわけでは無い。ではただ走り回り、幼気な少女たちを脅かすためにやってきたのかと問われれば、過程の部分はそうであると答える。
(ただ、何時までも怖がらせてばかりも居られないか。無為だし、何より可哀想だ)
彼女らを怖がらせるのはあくまで呼び水だ。そんな目的のために、何がしかのトラウマを抱えられたら堪らない。
なので早々に、こんな怪人を退治する正義の味方が登場して欲しいところであった。
そうして、その願いは見事に叶えられる。やはり正義の味方とやらは、満を持して登場する様だ。
「学園の平和を乱す、怪しげな仮面男!」
「私達が現れたからには、もう容赦はしな……ちょっと止まりなさいよ!!」
眼前に現れたるはヒナエツインズの二人。やはりこの学校の生徒であるとの情報通り、やってくるのも早かった。
「ふははは! 止められるものなら止めてみるが良い! この怪人フランケン面相を捕えることができるのならばな!」
相手の口上を待たず、背を向けてまた逃げ出し始める竜太。
「名前まで変わってますわよ!? ええい! この学校でこれ以上の狼藉は許せませんわ!!」
正義の味方が怖い顔を浮かべ始めた。これは怖い。実に怖い。ならばより一層逃げなければなるまい。
ここからは鬼ごっこだ。正義の味方と、喫茶店の店主。どちらの足が速いか、ここで証明してやろう。
「で? どうして校内に侵入したあげく、走り回っていましたの?」
校舎の屋上。あまり人気の無いこの場所へ、ヒナエツインズにすんなり追い詰められた竜太。
主に貯水槽へ竜太を追い詰めているのは、金髪のヒナエレインだ。それにしても、高校生なのにピンク色の服装をするというのは今の流行りなのだろうか。大凡、竜太には理解できないセンスである。
「気分がちょっと高まってき―――
「話すつもりなら覆面を外しなさいな」
と、ヒナエレインに凄まれる。聞いて来たから答え様としたのに、その途中で口を挟むのはちょっと酷いと思う。そんなにフランケンシュタイン仮面が気に入らないのか。
気に入らないだろう。竜太だって、冷静になればなんだこの仮面と思う。悪趣味この上無い。まったく、誰だこんなのを被って女子校に潜入しようなどと考えた奴は。外すことにもまったく抵抗が無い。
「ふぅ……考えてみれば、覆面をしながら走るなんて、なんの特訓だって思うよね。持久力のある体で良かったよ。まったく」
「……子ども?」
覆面を外した竜太の顔を見て、ヒナエクインの方が、やや距離を離した場所で尋ねてくる。彼女も近くで見ればドギツイ格好をしていた。だから恥ずかしがって近づかないのだろうか? その気持ちは大いに分かる。
「子どもかどうかって言うのは、外見とか年齢だけで判断するべきものじゃあないね。まあ、僕の言動や外見が子どもっぽいのは否定しない。だから君の言葉も間違いじゃあない。そう、僕は少なくとも、顔も心も子どもっぽい」
と、空気を少しでも軽くしようとお道化てみるも、ヒナエクインの方は機嫌を向上させてくれない模様。
ならばと迫るヒナエレインの方を見れば、こちらもこちらで睨んでくる。いったいどうしてこんな状況になってしまったのやら。
「で? もう一度訪ねますけれど、何故、学校に侵入……というか暴れていらしたのかしら?」
「今、この状況を望んで……かな? ああけど、敵対したいってわけじゃない。出来るならニコニコ笑顔を向け合いながらが理想だったから、ちょっと残念だね。もう少しやり方があったかもしれない」
思いつかなかったけれど。
確実度で言えば、こうやってヒナエツインズと向き合う事が出来たのだから、行動の結果としては上等だろう。
「あなた……何者?」
漸く、単なる変質者ではないということは理解してくれたらしい。どこまで行っても変質者という目線で見られれば、このまま留置所行なのだから本当に良かった。
「僕は喫茶店の店長さ。売れ行き好調な店のね。ついでに君たちが敵対している組織から頼まれごともされてる。正義の味方同士、どうにか手を組ませてやってくれってさ」
「はぁ?」
ヒナエクインが凄く蔑むような声を向けて来た。先ほどから彼女、こちらに敵意むき出しでは無いだろうか? こっちが何をしたと言うのか。
「だからね、君ら、正義の味方なんて名乗ってる割には、悪党と戦わずに正義の味方同士、みっともなく戦ってるのはどうかって、当の悪の秘密結社側から不評が出てるんだよ。僕はそんな人たちから依頼を受けて、せめてもうちょっとマシな方向に君らを向かわせるための存在ってわけ」
故に話し合いをするために呼び出したのだ。とても直接的な方法で。
だからそんな、頭の変な奴を見る目を向けないで欲しい。こんな人間だって傷つく事は大いにあるのだから。
「……何故、マシな方向に向かわせたいと考える方が、こんな馬鹿みたいな方法を取るんですの?」
「さあ? なんでだろ? その方がらしいからかな? ほら、君らみたいなのと関わるってなったら、これくらいするのがらしいじゃない?」
「君らみたいの……ですって?」
漸く、こちらへと近づいてきてくれるヒナエクイン。もっとも、敵意を増しながらであるが。
「君らが正義の味方を名乗りながら、やってることは子どもっぽい喧嘩で、悪の秘密結社にすら呆れられる様な状態だって言うのなら、“みたいなの”でしか無いんじゃない?」
あえて挑発する様な言葉を向ける。第一接触の関係から、友好な関係と言えない以上、相手の本音が生で聞ける方法で話す事を選んだのだ。
「……確かに、由々しき事態であるとは理解しますわね。そういう話が現実に出ているとなると」
意外な事に、ヒナエレインの方は的確に状況を判断したらしい。
(感情的な部分に関してはヒナエレインの方が冷静だね。制御もできるらしい。この年齢にしちゃあ大したもんだ)
ならば、今回の話は彼女主体で進めるべきか。ただ、正義の味方同士の仲を調整しなければならない以上、だれかを放って置くことはできないという問題もある。
(いや、ここで片方から交渉の余地を引き出しておければ上々さ)
あまり性急に事を進めるのもどうかと思う。まだ仕事を初めて一日目。誰かに急かされているわけでもない。
「なら、多少なりともヒナエソルジャーと共闘とかしたらどうかな? この街に悪の秘密結社は一つだけ。なら、正義の味方も一つだけが良い」
「けれど、それは無理な話ですの」
「何故に? はっきり言って、みんなから呆れられてるよ。君らの状況。手っ取り早く解決する方法があるなら、それを取っても良いんじゃない?」
と、無下に断られる。これについては意外でもあったが、悪い予想が当たったと言い換えても良かった。
「それというのは……彼女、ヒナエクインは、男性恐怖症という事なので」
「……いろいろ言いたい事があるけど、端的に言えばそう言うことよ。あのソルジャーとか言ってる連中と付き合うなんて、絶対に無理」
なるほど。ヒナエクインが、どうにもこちら側への敵意が強いと思っていたが、それは竜太が男性だかららしい。
「連中なんて呼び方するのは、相手を蔑んでる部分があるんだろうけど、その事、向こうも気づいてるよ。男性嫌いだから、自分たちとは組めないだろうって。その上で、君たちが組むって言うんなら別に組んだって構わないとも」
だからってどちらかが上の立場にはならないだろうが、どっちが大人でどっちが子どもな態度かは区分けできる。
何がしか理由があって男性を嫌っているとしても、正義の味方云々の話はまた別の話……。
(とも行かないだろうけどさ)
「……駄目。それでも無理っ。耐えられそうに無い。だいたい今だって、あなたの外見が子どもっぽく無ければ近づくだけでも駄目なのよ……!」
と、本当に耐え切れそうに無いと言う表情を浮かべている。酷くなれば蕁麻疹やアレルギー性の症状まで出るのでは無かろうか。
「見ての通り、恐怖症どころか本能に近い状況ですので……あちらの方々が懸命であることはわたくし、理解しましたけれど、だからそうですかと受け入れられる状況でもありませんわ」
「そこまで酷いとなると……仕方ないか。分かった。とりあえず、君らと向こうのソルジャー君たちと組ませる案は進展が無さそうだ」
聞きたいこと、話したいことはまだまだ山ほどあるが、とりあえず、当事者たちと出会うことが出来た。今日はそれくらいで満足するべきだろう。
本人たちの考え方や性格も表面上は知れたのだし、また違う形での調停を考えるべきだ。
「それにしても、相手にする怪人は怪人なんとか男~とか男性も多いよね? そっちは大丈夫なの?」
「そこはむしろ、直接的に攻撃できる相手だから、すっきりする部分があるの……」
「存外に怖い女だね、君。一般人にはそんな事しちゃ駄目だからね?」
正義の味方のあまり知りたくない一面を知ってしまった。今後、正義の味方を純粋な目線で見られなくなりそうだ。
「そちらの方こそ、喫茶店の店長が、そんな事までいちいち考えなければなりませんの?」
多少なりともこちらへの警戒は緩めた様子のヒナエレインであるが、それでも、こちらへの疑りは消えてないらしい。
まあ、女子校に覆面を被って侵入する輩を信用する方がおかしい。心配もする。
「報酬を貰う約束もしたからね。仕事になった以上は真面目にするのが僕の心情。それにね、こういう小さい事からこつこつと改善していくのが、案外、正義の行いかもしれないよ?」
「そういうものなのでしょうか……」
やはりと言うか、ヒナエレインの方はある程度、話しが通じそうだ。聞くべき話なら、怪しい人間からの言葉でも耳に入れて考える。正義の味方姿じゃない、普通の状態の彼女とも、いくらか話をしたいものである。
「正義の味方なんて名乗ってるのなら、寛容さは必須だろうね。狭い考えの正義なんて、考えただけでも恐ろしいでしょ」
厳しい言い方かもしれないが、力なんてもの持っているのだ。こんな言葉程度は向けられると思っていてもらいたい。
「偉そうな事をずっと言ってるけど、つまり何が言いたいのよ」
と、結構狭そうな正義を持っているヒナエクインが、堪りかねずに尋ねて来た。
「そうだね。今のところ言いたいことがあるとすれば、一人でこの女子校を出るのは厳しそうだから、帰りは送ってくれればありがたいってところかな?」
彼女たちの意識改革は彼女たちの課題だ。これ以上、竜太が口を出す問題でも無いだろう。それはそれとして、無理矢理突撃したこの女子校から、如何に穏便に脱出するかを考えたいところだった。
「不景気そうな顔だな? 等々、店が潰れる覚悟をしたのか?」
相変わらず客のいない『カニバルキャット』の客席にて、竜太が座りながら考え事をしていると、店内にいたヤクザの間上が茶々を入れて来た。
当たり前の話だが、間上を客の勘定には入れていない。
「まーだまだ。僕の夢はですね、老人になった時、孫が学校帰りに恋人を両親に内緒で連れて来て、お爺ちゃん、パパやママには内緒だからねって言って貰う事なんですよ」
「ほう。手に入らない夢ってのはそれだけ綺麗って事か」
どういう意味だろう。とても細やかな夢だと思うのであるが。何にせよ、ヤクザに喫茶店店主の繊細な心は分からない。
「で? 悩んでるのはその夢についてってわけじゃなさそうだな? どうだ? 紹介した仕事、上手くやれそうか?」
竜太が座る椅子の後ろに回り込み、わざわざそこから話しかけてくる。というか、さっきからぐるぐる動き回っていた。
そんなに運動不足なのだろうか。やはり不健康な生活を送っているに違いない。なにせヤクザなのだし。
「それにしても仕事って……こっちが悩んでる理由。分かってるじゃないですか」
「俺は上手くやれそうかって聞いたんだぜ? なんで分かったかなんて聞き返すもんじゃあねえ。答えるならこうだ。ええ、上手くやってますよ、間上さんってな?」
「ええ、かなりややこしくて、さっぱりですよ、間上さん」
言うほど深刻な状況では無いが、それでも進展らしい進展も無いため、ある程度は悩ましいということだけ報告しておく。
「なんだなんだ。どうせ性格の不一致だのやりたい事の違いだの、そんな子どもっぽい理由だろ? 大人がよ。がつーんと一発やってやりゃあ、収まる話じゃねえか?」
「そんな風に最初から思ってるなら、僕なんかに頼まなかったんじゃないですか?」
金銭というのは分かり易い判断基準だ。それが関係している以上は、どうでも良い内容の仕事なんてものは存在しないし、容易な仕事も同じく多くは無い。
つまり、竜太が今している仕事もそういう類のもである。だからこそ、一人前に頭を悩ませているわけである。
「現状、正義の味方同士がぶつかる根本原因は性格の不一致です。ただこれは生理的な問題ですから、周りから恥ずかしいから止めろなんて言ったところで直らないし、表面上直っても、常に不安定な状況になる」
そんな状態は調停したとは言えない。短期的にでも、互いがいがみ合う状況を解消してこその調停という言葉だろう。
「金を貰う以上、その分の仕事はしますよ。そういう考え方だから、あなたも僕に仕事を頼んでる。そうですよね? 間上さん」
「ん……まあ、こっちの仕事に関しちゃあ、喫茶店の店長よりかは信頼してるけどよ」
少し、居心地の悪そうな表情を間上は浮かべた。ただ、そんな表情だけで終わらせるつもりなんて無い。
「こっちもそれなりに根を詰めて仕事をしてるってことです。だから、そっちも、こんな喧嘩の仲裁みたいな仕事を頼んだ本当の理由。教えてもらえませんかね?」