第四話
黒い布が周囲に展開し、さらには間上を縛りつけようとしてくる。その事に危機感を覚える間上であったが、口は塞がれていないし、手足もまだ動く。だからまだ、魁峰との話しは続けるつもりだった。
「で? 俺を罠に嵌めてどうしようって? まさか嬲り殺してそれで終わりってわけじゃあねえんだろ?」
「ふん。それも良いかもな。貴様への恨みもたんまりとある」
マジかよと、心の中で呟く。目の前の男に媚びへつらうのは癪だが、まったくもって、交渉の余地すらなく命を奪われるというのも些か面倒な状況だ。
「街へも復讐するとかなんとか言ってたけど、それはどうするんだ?」
「勿論、それも行わせて貰う。まずはあの店から潰し、その後は街全体へ……」
あの店とは『カニバルキャット』の事だろうか。どうやら今回の事件そのものも、この魁峰が仕掛けたものであるらしかった。
(そうだったらそうで、こいつがどんな方法で力を行使してやがるのかが気になるな)
魁峰が使う力は、変わらず人の精神力を使ってのものだろう。魁峰はその力の使い方を分かっている人間であり、さらには才覚がある。だが、そうだとしても、今回はそれ以上の大規模な結果を引き起こしていた。
「……お前以外に誰か裏にいるな?」
「何?」
「街への復讐だぁなんだ言ってるが、付け足し臭せえんだよ。お前はもっと直接に、俺やカニバルキャットの店主を襲いたいんだ。それがてめぇの復讐のはずだろうが」
誰かが、魁峰の感情を、街そのものへ向けさせている。そうしてその誰かが、魁峰に想定外の力を与えているのではないか。間上はそう考える様になった。魁峰の雰囲気から見て取った考えだ。
「ちっ。長話が過ぎたか」
周囲を囲む布が、魁峰の声に反応して、その範囲を縮める。どうやら、間上との話を、向こうは中断するつもりらしかった。余計な事を喋ってしまう。それを警戒したのだろう。
(だが、さっきの話を肯定したと受け取るぜ。俺はよ)
ある意味で、世間話での勝者は間上だ。あとは情報を持ち返って、漢条にでも報告すれば、自分の役割は終了する。この場を逃げ出せればの話だが。
「さあ、頑丈な体をしているが、どれだけもつかな?」
黒い布は一気に、全方向から間上を縛り付けて行く。逃げ出すように跳ね飛んでみるも、跳んだ場所で黒い布が体に引っ掛かる。もがけばもがくほどに体が縛られ、締め付けられて行った。
「八つ裂きにしてやろうか? 私の体の様に」
「頭と胴体は残してくれるってのか? そりゃあ大盤振る舞いだ……ぐぉっ!」
四肢を縛る布がさらにキツくなっていく。確かにこのままでは八つ裂きだ。いや、もっと酷い。細切れだろう。
(助かる方法はあるが……奥の手だからな……!)
その一つが破られればこっちの敗北だ。どうしたものかと逡巡する間も、布の締め付けは酷くなってくる。
(考えている暇は……おおっ?)
一瞬、布の縛りが緩くなった。何事だろうと考える前に、間上はその緩みから手を抜いた。空いた手で他の布を引き裂き、体の自由を取り戻していく。
「かつての敵は今日の友って感じか? んん?」
「漁夫の利を得ようとしたが、片方が不甲斐なくてな……」
緩んだ魁峰の布は、空間を埋め尽くさんばかりだった先ほどとは違い、その範囲を縮小している様に見えた。魁峰の意思では無い。また別の男が、魁峰と同質の力で、魁峰の力を減じさせたのである。
その男の名は水戸野・晃生。相神会日苗市支部の管理者であり、魁峰の元部下でもある。
「水戸野……貴様、裏切るか!」
現れた水戸野の姿に、魁峰の表情が怒りに染まっていく。復讐心を煮えたぎらせるこの男は、元部下にまでその感情を向けようとしているらしい。
「失礼ながら魁峰殿。我々を先に見捨てたのはそちらでしょう。あなたがいなくなって後、我々が本部からどれほど責められたか。日苗市内に基盤を築ける様になるまで、どれほど苦労をしたか……いや、まだその途上ですらある」
今さら現れて主人面するなと、続きがあるならそんな言葉が続いていたかもしれない。
実際、日苗市の相神会を管理しているのは水戸野であり、彼はその苦労の代わりに今の地位を得ている。今さら魁峰が姿を現したところで、彼に付くということも無さそうだ。
第一、今においても魁峰は相神会へは戻っておらず、間上を狙うのみだったのだ。
生き残っていたらしいが、今も何をしているのだお前はと、水戸野の立場なら聞きたいところだろう。
「貴様も街に毒されたか、水戸野! やはり滅ぼさなければならない。この街は……この街に渦巻いている物ごと!」
水戸野からの言葉も、魁峰には通用しないらしい。聞く耳無しとはまったくもってこの事か。
「だー、しゃあねえなぁ。本当に狂っちまったか何かしてるんじゃねえか?」
「同感だ。今さらのうのうと顔を出して、余計な混乱を撒き散らされる前に対処せねば」
非常に利己的な関係ながらも、間上と水戸野の考えは一致した。両者共に、魁峰の早急な排除を目的としている。
「ふん。一人増えただけで勝った気でいるのか?」
「前は俺一人に負けた側の癖に良く言うな」
「はっ、なら試してみる―――
「はいストップー」
さらに第三者。ここに至れば四人目になるが、その男の声がした。人気の無いところを選んだつもりだったが、これまた大盛況らしい。
「聞いた憶えの無い声だが……誰だ?」
場所は分かる。匂いでだ。魁峰のすぐ近く。後方にそれは立っていた。目の周辺に覆面の様な黒い隅が広がっている一人の男。
線が細く飄々としている姿が、なんとも気に食わない。どこぞの調停屋を思い浮かべてしまう。
「こんにちは。あなたは確か……間上・大。間違いないでしょう?」
「誰だって聞いたんだぜ? おい、水戸野。この変な奴、お前の知り合いか? なんで俺の事知ってる?」
「い、いや。私も知らない相手で―――
「そんな外見をしておいて、こちらが間違えるはずも無いでしょう? 僕は……ヒナエゴッドなんて名前はどうだろう? 本当の神様を前にして間抜けな名乗りかもしれないけどさ」
間抜け以上にむかっ腹が立ってきた。仕草一つ一つが、こちらを嘲笑している様にしか見えないのである。
「おい、“黒”。いったい何の真似だ」
「それはこっちの台詞さ、“虫”。お前の役目は、ここで狼と元部下相手と殴り合う事じゃあないだろう? 万が一でもやられたら、あの人にどんな顔を向ける気だい? ああ、やられたらそんな事を考える必用はないか」
腹が立つという意味なら、こうやって目の前で雑談を始める姿もそうだろう。こっちなんて鼻から相手にしていない。そんな態度だ。
「おう。じゃあ二人とも潰してやろうか? それなら、あの人とやらに二人して顔向けしなくて済むぜ?」
言いつつ、前にいる二人に、主にヒナエゴッドとやらを名乗る男へと近づいて行く。そうして飛び掛ろうとする。あと一歩で近づける、その距離まで相手は無防備だったのだ。
「漢条・竜太」
「あ?」
間上を止めたのは相手の行動ではなく言葉だった。良く知った名前が出て来たせいで、襲い掛かるタイミングを逃してしまう。
「彼に伝えておいてくれないか? 君にはもう目を付けたって。ああ、なんて偶然だ。最初会ったのは単なるボランティアだったが、その時はちょっと変わった感じの少年にしか見えなかったが……彼が調停屋か」
「何を言ってやがる? てめぇの目の前にいる敵は俺―――
「彼が関わるすべてが僕らにとっては敵……ということになるだろうね? 今回のを乗り切れたならの話だけど。それじゃあ、また会う事もあるだろう。いくよ、“虫”」
「ちっ。憶えておけ? お前達は必ず潰す。その時を待っていろ」
と、魁峰が挑発の言葉を発した後、すぐに空間が歪み、二人の姿は消えていた。
「馬鹿な……ここまでの転移術。あの頃の魁峰殿には使用できなかったはずだ」
驚いている水戸野の横目に、どうにも本格的に厄介になってきたと間上は頭を掻いた。
(どうする調停屋? 本当に、お前が狙われてるみたいだぜ?)
「ええっと、その……この店って、こんな店だったでしょうか?」
「さっきから居るのにそんなのも分かんなくなったんですか? 模様替えをする事だって無いでしょうに」
カニバルキャットに集まった人間から、突然に不躾な事を言われる。カニバルキャットが変わる事は無い。竜太が当然、芸術に目覚めたりしない限りは。
「いえ、ですがその……どうやらここも。いえ、むしろあなたが今までのあなただと思えなくなって来た様な……」
「……他のみなさんもそうですか?」
店内にいる全員が首を縦に振った。なるほどと納得し、一息吐く。
「それではみなさん。おくつろぎのところ申し訳ありませんが、店じまいしなきゃならないらしいです」
「そ、それは……どうして!?」
せっかく来ている客達に申し訳ないのであるが、どうやらこの店に彼らがいる必用が無くなったのである。
「その前に一応確認なんですが、みなさん、自宅のご住所を宜しければ教えていただけませんか? きっちりした位置を教えたく無い場合は、だいだいの場所で構いませんから」
「住所……と言いましても、ここの近所であるとしか……」
「あ、俺もそうです」
「私も」
各々が答えてくる。そりゃあそうだろう。近所に住んでいるのだから、カニバルキャットが目に付いたのである。
ここにいる全員が、恐らくカニバルキャットの近所に生活の範囲がある人間なのだ。
「みなさんに一つだけ。内の店にも、多分違和感を覚え始めます。恐らく、どこの場所よりもでしょうね。ですから……これ以上、店にいる必用はありません。それを伝えておきます」
とりあえず、敵に逃げられたと言うことでゴタゴタが一旦片付いた間上。カニバルキャットへ、とりあえず報告に向かう事にしたのだが、店の玄関がクローズドになっていたため立往生していた。
「あん? 外には出ねえって話じゃなかったか? しかも中には誰もいないみたいだしよ」
「それはですね、中に居たって仕方ない事になっちゃったからですね。残念なことに」
「うぉっ!?」
カニバルキャット玄関。そこに集中していたからか、脇から何時の間にかいた漢条に驚く。
「そろそろ来てくれたら嬉しいなって思ってましたよ、間上さん。ただ、喫茶店の中でゆっくりって気分でも無いので、歩きながら話をしましょう」
言われて歩き出すも、漢条がどこへ向かっているか、間上には分からなかった。状況自体も良く分からない状態のため、間上は歩きつつ、漢条の表情を見るくらいしかできない。
「そういやお前……そんな顔してたか?」
どうにも気になって、つい言葉にしてしまうも、良く分からない質問をしたと思う。こいつは何時だってこいつで、何かが変わっているわけでは無いはずだ。
「……どうにも、相手の術中に嵌っていたのは僕と僕の店だったらしくて」
「何だって?」
「自分の含む世界に違和感を覚える。今回の被害者は、僕の店の近所の人間です。つまりは……余波を受けた形になりますね。中心はこっち。間上さんが僕に違和感を覚え始めたってことは、先は長く無いな……」
漢条は淡々と口にするが、かなり大変な事ではないか。間上自身、もう一度彼を見るも、やはりその姿に違和感を覚えてしまう。相当なところまで害が及んでると言う事だろう。
「だが、ちょっと待てよ。まだ、他の人間ほど酷く無いんだろ? 他は家族からすら他人だと思われるくらいに症状が進んでてよ、お前はまだ……俺だってお前だと分かるぜ?」
「多分……結果が違うんだと思います。他の人間は、せいぜい周囲からどうこう思われる程度で落ち着きますけど、僕の場合はさらに先があるのかなと。例えば……本当にこの世界から消えてなくなる」
術の深さが違うから、その抵抗かは知らないのであるが、効果が発揮されるまでじわじわと進むと言う事なのかもしれない。
相手の狙いがまだ分かっていない状況では、正確な事は分からないだろうが。
「ちょっと待てって。悠長な状況じゃあないって事だろ、そりゃあよ」
「だから慌ててます。まずは何をするべきか。立てていた予定を幾らか先倒ししなきゃならないかも……。間上さんの方で何か分かった事がありますか? こっちが消えたり、間上さんに認識されなくなる前に、情報を聞き出しておかないと、後が面倒だ」
漢条は冷静そのものと言った態度を崩さない。実際は、本人だって相当に焦っていると言うことは間上にも分かるのだが、それでも調定という仕事をしている限りにおいて、この漢条という男は何が何でも遂行しようとする。
一種の仕事人と言えるのかもしれなかった。だからこそ、間上は彼を調定屋と呼ぶのだ。
「分かった。実はこっちも襲われてな。まあ、そうなる様に仕向けたんだが、術を使ってる奴は魁峰だ。憶えてるか? 俺とお前さんで街から排除してやった相神会の」
「ええ……ああそうか。彼、生きていたんだ。そりゃあ運の良い事で。もう一度、間上さんが退治したんですか?」
「いや、無理だった。どうにも不思議な事に、前より力が上がってやがった。それで……仲間らしい奴もいたな。ヒナエゴッドなんて名乗ってたが、魁峰の方は“黒”なんて呼んでたぜ?」
「……何か。他の人物についても言ってませんでしたか? その“黒”って人間以外で」
引っ掛かる部分があるらしく、目の前の男はしつこく尋ねてきた。
「そう言えば、“あの人”がどうのこうの言ってたな。多分、上役かまとめ役がいるんだぜ……くそっ。なんてこった」
「どうしましたか?」
「お前が誰か分からなくなって来やがった。名前も思い出せねえ」
目の前の男。確か仕事関係で大事な相手であった事は分かっている。事件に巻き込まれて力の影響を受けてそうなっている事も理解できていた。
だからこそ、ぽっかりと開いた目の前の男という存在が違和感として残ってしまう。
「想像以上に進行してるみたいですね。本格的に時間が無い……。間上さん。僕が誰か分からないかもしれませんが、どうか願いを聞いてくれませんか。敵を、魁峰でもヒナエゴッドとか名乗る奴でも良いんで、誘き出してください。とりあえずそれで……なんとか乗り切りま―――
「おい……ちょっと待て。お前……どこに……ちくしょう。願い事だけ置いていくなんて反則だろっ」
目の前で人が消えた。どこの誰とも知らない相手だが、さっきまで話していたのにいなくなった。
残されたものはそこにある。だが、それ以外が無くなると言う異常。そんな状況の中で、漢条が出来る事はと言えば……。
「頭の中に残ってる願いさえ実行すりゃあ、なんとかなるんだな? そう考えるぞ?」
聞いている相手はいない。少なくとも見えない。ただ、願いだけは叶えてやらないと。間上の出来る事は、それしかない。その記憶だけは残されていた。
日々、ヒナエソルジャーと言うヒーローをしている男、火比・徹也は、仲間と一緒に、自分達の身に起こった違和感について、学校の屋上で話し合いをしていた。
「記憶の欠如か記憶の捏造か。どちらかを疑わねばならないだろうな」
同じヒーローの水木・誠一の言葉に、もう一人の雷公・志摩という仲間と共に頷いた。
異変は軽いものではあったが、3人共にそうなってしまうのは驚きだ。記憶がおかしくなってしまっているのは間違いなく事実だろう。
3人共、ここ最近起こった事件に関して、どうにも一人、関係者がいた気がするのだが、その記憶が消失してしまっているのである。
それはおかしい事は分かるのだが、じゃあその関係者が誰かについては、誰も思い出せないのだ。
「誰かの記憶が奪われたか、そもそも誰かの記憶に関わることすべてが捏造か……ですよね」
「志摩の言う通り、そのどちらかかだと思うんだが、結論が今は出せないのがもどかしい」
徹也は頭を悩ませていた。他の二人も同じくだろう。何かしらの攻撃を受けているのは事実なのだが、その意図もその具体性も欠けてしまっている。
「やり口としては巧妙だな。こちらが対処方法を思い浮かばない形で害を与えて来ている……かもしれない」
誠一が眼鏡を光らせつつ、この場での結論を出す。
そう、巧妙だった。誰かの記憶が奪われている場合は、その誰かこそが真の被害者であって、その被害者の存在すら思い出せないと言う事になる。
一方で徹也に誰かの記憶とそれに関係する事柄を植え付けている場合は、それこそそんな記憶すべてを捏造できる存在がいると言う事でもある。
「話していても仕方ないのかもしれない。いっそ、行動してみるのはどうだろう? 誰かの記憶は無いかもしれないが、その誰かが消えたという記憶は残っているから……」
「具体的にどうするかって話については、俺も混ぜてくれないか?」
「誰だ!」
3人して、咄嗟に身構える。ヒナエソルジャー以外に誰もいないはずの校舎屋上に、3人以外の男の声がしたのだ。そちらの方を振り向くと、屋上の端の方で立っている狼男がいた。
「もしやビョースター団の怪人か!?」
狼男とは、怪人らしい怪人だなと思い、全員でポケットに入れているゴーグルを掛ける。何が変わるというわけでも無いが、気分の問題だ。
「待った待った。そっちじゃあない。俺だよ。っていうか、そこの兄ちゃん、ヒナエソルジャーだったのかよ……」
狼男の姿が変わって行く。怪人っぽい姿から、どこにでもいる様なヤクザ男の姿へ―――
「あなたは! 確かええっと……前に……どこかで会った!」
徹也がヤクザ男に向けてそう言うと、ヤクザ男の方は苦笑と言うに相応しい表情を浮かべつつ、こちらへ近づいてきた。
「間上・大だ。前に会ったわけだが、その会った場所すら記憶から消えてるって言うお互いヤバい状況を確認できたか?」
「待った、それ以上は近づかないでください。あなたとは知人ではありますが、その記憶だって捏造されたものかもしれない」
本当はこんな事はしたくないが、ある程度、相手とは距離を置きたかった。敵ではないと思うのだが、その思いさえあやふやだ。記憶が変化するという現象が、これほど厄介なものだとは。
「オーケー。態度としては、これが日常なら減点だが、今の状況だと満点だ。自分の記憶が疑わしい以上、あまり知らない奴を信用するわけにも行かねえだろ。お互いにな」
徹也は目の前の男の、苦笑の理由が分かった。向こうにしても、徹也達が信用できるかどうか不確かなのだろう。分かる事はと言えば、自分の頭の中にある記憶の齟齬に関係して、こうやって顔を合わせる事になったと言う事だけ。
「徹也さん。この人は?」
「記憶から消えた人の知人か友人……だったかなと思う。前に俺も会ったはずなんだが、その会った場所が思い出せない」
「今の状況で言えば、味方か敵かのどちらかと言う事になるか」
判断が付きかねる。ある意味では、ただ問題が一つ増えただけかもしれない。
「こういう状況だ。本当は不用意に顔を合わせるってのも不味いんだろうが、一人じゃ手が足りなくてな。俺達の記憶から消えた奴に、俺は消える前に頼まれ事をされたんだよ」
頼み。それは一体何だろうか。それすらも嘘かもしれないが、誰かからの頼みと言うのならば、徹也の心に響くものがある。
「で、俺はその頼みを聞くつもりだ。伸るか反るかって話になるんだろうが、俺は俺の記憶を信じることにした。昔っからの腐れ縁みたいな奴の記憶を忘れる馬鹿な頭だけどよ」
「その頼みと言うのは?」
「今回、仕掛けて来た奴をまた誘き出す。何としてもそうしてくれと頼まれた。だが、一人だけじゃあ難しい。兄ちゃんも、若いが筋もんだと思っての頼みだったんだが……どうする?」
徹也に向けられたその言葉。逡巡した後、他の二人へ視線を向ける。
「徹也、お前の判断に任せよう」
誠一の言葉に、志摩も頷いている。混乱する状況において、判断する役は一人とする。それはヒナエソルジャーとしての取り決めであり、さらに徹也はヒナエソルジャーのリーダーであるヒナエファイアーだ。
「街の……困っている誰かの頼みなら断れない。ヒナエソルジャーはヒーローだから」
「良いね、その答え。ちょっと格好良いと思っちまったぜ」
間上の苦笑がニヤ付いた笑いに変わる。恐らくはこの表情が、彼にとっての喜びの表情なのだろう。




