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日苗市の人々  作者: きーち
第六章 誰かが消える日苗市
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第三話

 変化が起きたのは丁度二日後の、朝に店を開店する時間であった。

 何時も通り、朝に来客の気配が一切無ければ、昼ごろには店を閉めて調定屋の仕事をしようと考えていた竜太。だが、予想は外れ、客が数人程やってきた。

「いらっしゃーい。テーブル席が空いてますよー」

 やってきた客に声を掛ける。扉を開いて現れたのは、辛気臭そうな表情を浮かべる若い男女が1セット。

 デート中なのかと思ったが、どうにも両者ともに、明るい事をしてそうには見えない。二人は二人共に、竜太の勧め通りテーブル席へと座るものの、こちらへは会釈も返事も返ってこなかった。

「ご注文は何にしましょうか?」

 どんな相手だろうと客は客。そう考えて、応対する事にする。一方で肝心の客の方は、店をきょろきょろと見回し続けていた。

(なんだこの反応。何か前にも無かったっけ?)

 そんな風に客を見つめていると、男の方が、意を決したようにこちらを向き、口を開いた。

「すみませんこの店は……前にもここにありましたよね!」

「ええ、まあ」

 男の言葉に、嫌な予感を覚える。この後に及んでは予感なんて生易しいものではなく、実感と呼ぶべきかもしれないが。

「そうよ、前にもあった。あったはずよ!」

 女の方も、何か興奮した様子だ。それでも、一切料理を注文しないのなら帰って欲しいと思う。が、そうもできないだろう。

「お二人とも、もしかしてなんですが―――

 男女二人に尋ねようとした時、また、カニバルキャットの玄関が開く音がした。またしても見知らぬ客が。今度は中年男性であり、店をじろじろと見まわしている。

「いらっしゃい……お連れの方はいらっしゃいますかね?」

「あ、ああ。後ろに……3人いる」

 中年男性の後ろには、確かに別の人物が3人並んでいた。老婆に子どもに、蟹頭までおり、どう見ても家族には見えない。

「……うちの店が興味深い様で?」

「あ、ああ! そうなんだ。そうなんだよ。ここだけは、違って見えないというか……いや、こんな事を言っても分からないと思うが」

「……なんとなくは分かりますよ。あくまでなんとなくはですけど」

 どうにも竜太は、この時になって確信した。これは完全に喧嘩を売られているのだと言う事に。

「みなさん、もしかしなくても、今まで暮らしていた環境に、違和感を覚え始めたとか、そういう状況ですかね?」

 店に集まって来た人間たちに尋ねる。そうすると、全員が黙って頷いた。つまり、街で続いている事件の被害者と言う事でもある。

 また、ここに来て、竜太自身も既に巻き込まれていた事を知った。

「これも質問なんですけど、この店、『カニバルキャット』だけは、その違和感を覚えない。そう感じていらっしゃる?」

 竜太の問い掛けに、またもや全員が頷いた。

「なるほど……ああつまり、うちの店が標的になってるって事か」

 犯人は誰か知らない。その狙いも。だが、早めに解決しなければ、『カニバルキャット』が辛気臭い顔をした集団で占拠されてしまう。竜太はその事を認識したのだ。




「参りました」

「まあ、普段はここまで繁盛してないからな?」

 客……と言えば良いのか分からないが、今の『カニバルキャット』は人に溢れている。

 大半が初めての客であり、さらには『カニバルキャット』にだけは他と違って違和感を覚えないという発言をしてやってきたのである。

 そんな客達の中で、唯一毛色の違う人間が間上だ。客の応対に手一杯の竜太が、急遽呼び出したのである。

「店を空ける訳にもいかないから、外に出てのあっちの仕事が出来ないんですよね。そこで間上さんに外で動いて欲しいなと」

「は? おいおい。そりゃあきな臭いもんが街でやんちゃしてるってんなら調べなくも無いがな、わざわざお前を手伝うってのもねえだろ」

 まあ、だいたいこういう奴なのは分かっている。ヤクザに困っているから助けてくださいなんて道理は通じないものだ。

「別に断ったって構いやしませんけどね。あー、けど、そうだなぁ。日ごろから人に面倒くさい仕事を持ってくる癖に、こういう事態になったら、逆に逃げるんだから。義理や仁義なんてあったもんじゃあない。ヤクザは信用するな、僕みたいにはなるなって、知り合いに言い回らなきゃ」

「あー、はいはい。分かった分かった。ちょっとくらいは手伝ってやるよ。だからいじけんなって」

「そうですか? そりゃあありがたい。それに、僕の店がこうなっている以上、次は間上さんかもしれませんしね?」

「……なんでそうなる?」

 間上の視線が変わった。竜太の言葉に、聞き捨てならないものを感じたのだろう。

「今回、相神会が使っていた力と同種のものが使われていると判断できます」

「ま、当の本人が言ってるんだから違いねえわな。少なくとも相神会の関係者か」

「この街で、相神会関係なんて、僕らだってそうじゃないですか」

 相神会が日苗市へとやってきた時、彼らは強硬な手段で街の裏側を牛耳ろうとした。その狙いを打ち砕いたのが間上であり、その後の調停役で動き回ったのが竜太だったのだ。

 ずっと前に、既に関係者となってしまった結果、今の状況があるのだとしたら……。

「これがその意趣返しって考えてんのかよ、お前」

「まだこれがと決まったわけじゃあありません。この次があるのかも。でなきゃ、今は店が繁盛しているだけですからね」

 こういう状況になった時、むしろラッキーと思えれば良かったのだが、気を抜いたら次に酷い事が起こってしまうと思う様になったのはどうしてだろうか。

「分かった。俺の方でも注意はしておくし、相手さんを出し抜ける様に頑張ってみようじゃねえか。で、そっちはどうするんだ? 久しぶりに喫茶店の店主に専念ってか?」

「そうはありたいんですけどね、調停役っていうのは事件の解決屋じゃあない。だから……案外、どんな場所でも出来るもんです。ここでもね?」

 竜太自身が何も手を打たないという選択肢は無かった。手を休めた時点で、どこの誰とも知らない相手に出し抜かれる。そう思うのだ。

 調停仕事に限らず、何かを策謀する立場であれば、勝つためにどんな状態でも考えて動き続けなければならない。徒競走みたいなものだ。

「お前がやる仕事だからな。お前自身のやる事にあれこれ言っても仕方ないか。分かった。そんじゃあちょっくら、外をブラブラしてきてやる」

「よろしくお願いします。お互いのために」

 背中を見せつつ手を振りながら、間上が店を出て行った。これで一応は、動き回って集める情報に関しては、彼に任せる事ができる。

 他人に任せる分、自分が望む結果には必ずならないだろうが、それは仕方ないと飲み込む。

「さて、じゃあ僕は僕でこっちの仕事だ。ちょっとすみません」

「え? あ、はい」

 竜太はカウンターに座っていた若い男へ話しかける。彼は竜太が作ったビーフストロガノフを怪訝な表情で食べていた。仕方ない。きっと、色々あって複雑な心境なのだろう。

「今の状態、ずっと続くのは勿論嫌ですよね?」

「あ、はい……。単なる噂だと思ってたのに、どうして俺まで……こんな」

 男もまた、周囲の環境や人間に違和感を覚え始めているらしい。そうして案の定、『カニバルキャット』にはその違和感を覚えず、店へとやってきていた。

「とりあえず、街の中には、そんなあなたみたいな人を助けるために動いてる人もいます。僕じゃあありませんけど、何か、今後は変化があると思われます」

 それが良い方向か悪い方向かは分からない。だが、必ず変化はあるのだ。この街で、異変はこの程度では終わらない。一度渦巻き始めた世界は、さらに混沌を広げて行く。

「俺達は……助かるってことですか?」

「そこが重要な話でして、勿論、あなた方が解決を望むのなら、それはそれだけ力になりますよ? ただ、放っておいて何もかも元通りって話はない」

 自分で言っておいて、詐欺師みたいな言い方だなと思う。ただ、目の前の人間の力を借りなければ解決からは遠のくとは思うのだ。

 もっとも、竜太は解決役ではなく調定屋であるが。

「こんな状況にずっといるくらいなら、何だって手伝うさ!」

「うん。その意気ですよ。で、さっそく協力して欲しい事として、何か……今日、店にいる方々の中で、今回の違和感の原因に心当たりのある方はいらっしゃいませんか?」

 目の前の男だけでなく、店に集まった人間全員に尋ねた。何時もは閑古鳥の『カニバルキャット』。店にいる大半は、自らに襲ってきた違和感の犠牲者だ。

「……」

 全員が沈黙する。つまり、原因がさっぱり分からないと言う事だろう。

 それが分かっていれば、わざわざ困ってこの店までやってきていないのだから、当たり前と言えば当たり前。

(けど、それが分かったって言う収獲が無いわけでも無い)

 本人に気付かれない様に事が進んでいるということだろう。元々、相違の法と言うのは、本人への脅しとして使われていたそうだが、今回の意図は別にある事は分かる。

(原因が分からない脅しなんて、脅しにはならないからね。狙いは別にある。ますます、うちの店狙いなんじゃないかって思えてくるよ)

 少なくとも、目の前の被害者達は直接的に関わりが無い様にも思えた。となると、不憫な人たちとしか思えなくなる。

「何か……些細な事でも良いんです。みなさんが困ってる違和感に対して、情報が欲しい。例えば……うちの店以外で違和感を覚えない場所が無いかとか、どういう具合にその違和感が激しくなって行ったかとか」

 店にいる人間は、今のところ8人程。被害者全員が『カニバルキャット』へ来ているわけでも無いだろうから、さらに人数は増えるだろう。

 それなりに大規模なやり方なのだ。必ず、どこかで襤褸を出しているはずだと思う。

「あ、私……家族のみんなから、あなた誰だっけ? なんて聞かれるくらいになっちゃったんだけど、県外に住んでる姉さんは、そんな事無いみたいだった。今も連絡を取り合ってるし」

 テーブル席の方に座っている女性客が手を上げて発言する。竜太はその言葉を頷いて受け入れる。

「なるほど。つまり問題は街限定で発生していると言えますね」

「街限定と言えば……一度、街の外まで出て見たら、こう……今まで感じたものが軽くなったと言うか……それでも、街の外で何をすればと思って戻って来たんだけど」

「じゃあ、やっぱり街自体に現象が起こっているわけだ」

 結構に有用な情報が入ってきていると竜太は考えた。あくまで、事件は日苗市で起こっている。中心はこの街であり、そこに意図があるとすれば、少なくとも街の何かを対象にしている。

(対象は少なくとも街で……何故か僕の店だけが例外になっている? 被害者に関しては無差別か? けど、結構な人数ってことは、それだけ強い力が働いている……)

 相神会が使う力は、人の精神力に依存する力である。だとしたら、これだけの規模の力はどれだけの思いが集まった結果なのだろうか。

(むしろ、それだけの規模だって言うのに、足がまだ見えてこない。そこに、何か鍵がありそうだ)

 考えれば、色々と予想はできる。ならば竜太は相手の狙いを予想し続ける事に決めた。相手の狙いが分かれば、その狙いと現状を調定させる事ができると考えるから。




 調定屋、漢条・竜太から頼まれ事をされた間上・大にとって、日苗市は今や面倒事だらけの街だった。

「街が面倒じゃなかった時の方が珍しいけどよ」

 顔を不機嫌に歪めながらぼやく。横を通り過ぎた人間が驚き避ける様な仕草をしているものの、知った事では無かった。

 面倒事は嫌いだし、好きである人間の方が少ないだろう。間上にしても多数の方で、何時だってそんな面倒を与えてくる街には辟易とする時もある。

 ただ、それ以上に魅力のある街でもある。こんな常識外れの街であるが、誰であろうと受け入れる。そんな空気がどこかにあるのだ。

 だからこそ、外から色んな人間がやってくる。かつてはこの土地で神様みたいに崇められていた間上にとって、街に惹かれて人がやってくると言うのは、どこか嬉しいところもあった。

(だから、余計な事で街の魅力を損なわせる奴は、なんとかしてやらねえとよ)

 誰に対しての貢献と言うわけではない。あえて言うなら、今回は頼みをしてきた漢条・竜太と、街そのものへの義理であろう。

「さて、義理果たしってんなら、まず何から手を付けるべきか」

 間上は直接的な暴力を振るうタイプである。あの調定屋の様に、ちまちまと情報を集めるのはどちらかと言えば不得手だ。情報を手に入れるなら手に入れるで、相手の首根っこを掴んで聞き出している。

(相神会は……あいつ自身が行ったんだったか。被害者関係ってんなら、あいつの店にごろごろいるから、俺が追う必要もねえ)

 外に出ての情報集めと言っても、できる事が無い様に思えた。漢条へ文句でも言いに戻るかとすら考えた時、思い浮かぶものがあった。

(確か……順番的には次は俺かもしれない……だったよな)

 一旦立ち止まり、自分の発想について考える。

「そういうのの方が、俺向きじゃねえか」

 にやりと笑い、再度足を進める。出来れば人気の無い場所が良い。それでいて、咄嗟に身を隠し易い場所だ。

 間上が隠れるわけではない。むしろ、間上は堂々と姿を現さなくては。

 そうして歩いてやってきた場所は、工事現場である。増える人口を受け入れるために、新たにマンションなどを立てている途中であるらしいが、本日は休日なのか誰もいない。

 都合が良い場所と言えば都合が良い。ここには間上以外は周囲に誰も見当たらず、勝手に工事現場へと入ったとなれば、もっと人は少なくなるだろう。

「こういう場所でもな、隠れられる場所さえあれば、馬鹿みたいに追って来たりもするんだよ」

 間上は特段、大声と言ったわけでも無いが、実際に考えを言葉にする。

「隠れてればバレないと、本気で思っていやがる。けどなぁ、こっちは匂いでもわかっちまうんだよ。コンクリートや木材なんか以外に、生臭い匂いがあるくらいはな?」

 振り返り、建材が積まれている場所を睨む。するとその後ろ側から、影がするりと這い出てきた。それは影だ。人影には見えなかった。なにせ手足が無いのだから。

「犬コロらしく、鼻は効く様だな」

 影は全身に黒い布を纏っていた。目筋の部分だけが晒されており、その影が人間だろう事は分かったが、やはり人影ではない。

 もしそれが人だとするならば、手足がもげた人間という事になるが……。

「なるほどねぇ。芋虫っぽいわな。犬コロの方は随分マシだ」

 間上が犬歯を見せて笑う。嘲笑の意味も込めて。

「ああ、そうだとも。私は“虫”だ。芋虫だよ。虫に成り果てて、それでも復讐に生きる虫だ」

「さて、復讐ってなあされる憶えが無い健全な人生を歩んでるんだが……ああ、そういえばちょっと前に、もしかしたらそういう相手がいたかもしれねえ。なんだったか。てめえの臭いに良く似てたが、そんときゃあ手足があった様に思うぜ?」

「忘れたとは言わせんぞ! この顔を! 貴様のせいで相神会にすら戻れず、無様な姿に成り果てた私の姿をなぁ!」

 影の顔部分の布が剥がれた。そこから現れたものには、確かに心当たりがある。

「魁峰・陶生。確かそんな名前だったよな? 運の悪い事に、街に乗り込んですぐに大ポカやらかして自爆した奴だ。お前の後釜になったお前の元部下は上手くやってるみたいだぜ? すっかり日苗市を彩ってやがる。この街の空気ってなあ、すぐ人を慣れさせるんだ」

 魁峰・陶生は元々、日苗市へとやってきた相神会の一団の中でトップに位置する男だった。本部を権力闘争で追われ、一発逆転を狙ったのか日苗市で権益を拡大しようとしたが、間上によって街から排除された。

 排除したと思っていた。だが、実際はこうやって生きている。手足は無くしてしまった様だが。

「街……そうだ、街が私をこの姿にした。この醜い姿は、私に刻み込まれた恨みなのだ。貴様と戦い、私は咄嗟に逃げる手立てを考えた。空間ごと自分の体を転移させる。その力があったと言うのに」

「範囲でも間違えちまったか? けど、良かったじゃねえか。頭と体は無事だ。まだ生きてる。役所に行けば、生活保護でも受けられるかもな?」

「誰が頼るかっ。私は……私から多くを奪ったお前に、この街に復讐するためにこそ存在している」

「そりゃあ大変だ。逆恨みっぽくあるが、世の中の恨み辛みの大半はそんなもんだろうよ。が、そんな体でどうするって? 一度、俺に負けた事を忘れちゃあいないよな?」

 間上は笑い、その笑みを浮かべた頬はさらに裂けて行く。頬を無くし、代わりに耳が立って、全身に灰色の毛が生えはじめる。

 間上は狼男だった。いや、狼の姿が本来であるから、何時もは人に化けていると言うべきか。ただ、完全に狼にはならずに、人型は保っている。仮装をしている人間の様にも見えるだろう。

 そんな狼の視線で、魁峰を睨んだ。

「私は力を得た。でなければ、こうやって姿を現すものか。目の前の敵が、まさかまんまと罠に嵌って姿を現したと、そう思っていたのか?」

「そうかい? じゃあどんな罠か見せてもらおうか。トラバサミ程度じゃあ、そのまま踏み潰してやるがなぁ!」

 間上は気にせず、魁峰が立つ場所まで肉体を跳ね飛ばさせた。一歩踏み込み、そのまま体を跳ばすだけで十分なのだ。それだけで、獣の筋量を持つ肉体が俊敏な動きでもって、その爪を敵へ届かせる。その事に数瞬も掛からない。そのはずだったが……。

「馬鹿がっ。もっとも馬鹿な選択をしたぞ、貴様は!」

 魁峰の体が膨れ上がった。顔の部分はそのままだが、黒い布で包まれ肉体が肥大化した様に、黒い布が膨らみ、範囲を広げた。

 狼男の姿になった間上は2m以上の身長があるが、魁峰の体はそのさらに倍近くにまでなっていた。そうして振り下ろした間上の腕が、その体にめり込んでいく。

「こいつは……!」

 腕に伝わる感触は、どう考えても肉を切り裂いたそれではない。まるで空気をパンパンに詰め込んだビニール袋を押している様な、そんな感触。

 さらに厄介な事に、腕を引き抜こうとしても引き抜けず、肥大化していく魁峰の体に合わせて、さらに間上を飲み込んでいく。

「どうした? 踏み潰してみるんだろう? 罠をな!」

 頭上から魁峰の嘲り声が聞こえる。だが、それは無視だ。今はいちいち聞いている時じゃあない。

「しゃらくせぇ!」

 飲み込まれる腕の反対側の足を上げて、大きく地面を踏んだ。バキリとヒビが入るその勢いのまま、間上は飲み込まれた腕ごと、肩を振り上げて行く。

「うぉらぁああ!!!」

 肥大化した魁峰の体を腕が持ち上げた。そうしてまた振り下ろす。振り回された形になる魁峰の体は、ずるりと間上の腕から離れ、地面へ勢い良く転んでいく。

「はっ。手足が無くて丸いから、良く回るじゃねえか」

「ふんっ。この程度で倒せるとは思っておらんわっ!」

 と、転ぶ魁峰が次には弾けた。四方八方に魁峰の破片が飛び散り、その軌道にも黒い布が帯状に残っていた。その飛び散った帯は転がる魁峰を支えて留まらせ、次の瞬間には、触手の様に間上の方へと迫る。

「ほんっきでキモチ悪くなったな、てめぇは!」

 黒い触手となったその帯を、間上は自らの反射神経により避けて行く。地面を跳ね、周囲の資材を足場に、時には建築途中のマンションの壁を殴りつけ、体の軌道を縦横無尽に変えて行く。

「恨みだ! 恨みが私をこう変えた!」

 叫び、触手を振るう魁峰と、狼の瞬発力で避け続ける間上。どちらが有利かと聞かれれば、間上は舌打ちをする。

(くそっ。あれだけの力、相当に信仰やらを集めなきゃ無理だろ……!)

 魁峰の体が広がっていく。触手は振るわれた軌道に、また黒い布を残し、間上が避け得る軌道を塞いでいく。

 時間が経つ程に逃げ道が無くなる。それを実感し、気が付けば黒い帯に囲まれている。それが今、間上が陥った状況であった。

「どうだ? 罠に嵌った気分は?」

「けっ。良い気分になるわきゃあねえよな」

 唾を吐き捨てるも、それも黒い布に飲み込まれる。魁峰の顔だけは視線の先にあったから、間上はただ彼を睨み据えていた。




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