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日苗市の人々  作者: きーち
第五章 蠢く日苗市の影
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第五話

 漢条・竜太が警察に捕まり、取り調べを受けている。ヒナエファイアーこと火比・徹也がそれを知ったのは、平日の昼間。学校の昼休みの事である。

 場所は屋上。何時も、ヒナエソルジャー関係の話をする時は、この場所で行っていた。出入り口は常に施錠されているが、ヒナエソルジャー達の身体能力なら別の場所から侵入可能。そういう場所であり、他に聞かれたくない話をするのには持ってこいだ。

 そうして、今回、話を持ってきたのはヒナエウォーター、水木・誠一だった。

「本当なのか? 誠一。その……あの調定屋の人が、拷問染みた取り調べを受けているっていうのは……」

 屋上のフェンスに体重を傾けながら、徹也は誠一を見る。漢条・竜太と言う男が、警察に捕まったと言う話は、ヒナエサンダー、雷公・志摩より聞いていたが、そこから、まさか公僕が、罪状を確定していない相手に厳しい事をするとは思えなかった。

「父から聞いた。容疑者段階ですら無い相手に、過酷な事をしていて、相手はかなり憔悴しきっているとの話だ。まったく……どういうことだ……!?」

 誠一の父親は警察関係者であり、内部情報に詳しい。その情報を元に、怪人の動向などを探ったりする事もあったため、疑いはしていなかったが、正直、状況が掴めなかった。

「や、やっぱり……僕があの時……止めておくべきだったんじゃあ……」

 黙って聞いていた志摩が口を開く。黙っていたというより、気落ちしていたと言うのが実際なのだろう。彼は最後に、直接、漢条と話していた。そうして漢条が捕まっているのは、どうやらヒナエソルジャーを庇っての行動である事も、直接聞いている。

「た、助けるべきですよ! あの人が犯人じゃあないって言う事は、僕らは分かってる……例え相手が警察だったとしても……正義のためなら」

 志摩はヒナエソルジャーの中で、普段はやや臆病なところがあるが、ここぞと言う時は徹也以上に豪胆なところを見せる。普段の徹也ならば、その姿に絆され、同調するところだったが、今は違う。

「犯人が漢条さんじゃないと決まったわけでも無いはずだろ? 俺たちはあの人が人殺しをする場面を見ていないってだけで、本当にしていなかったところを見たわけでもない」

「随分と……辛辣な意見を言うな、徹也?」

 誠一が自分の眼鏡のズレを修正しながら、徹也を見つめてくる。意外だったのだろう。徹也自身、何時もとはまったく違う反応をしていると、自らを客観視している。

「そ、そうですよ、徹也さん! そんな……最初から疑って掛かるなんて……」

「いや、待ってくれ。疑ってるとかそういうことじゃあないんだ。志摩、思い出してくれ。漢条さんは冷静に、状況を見てから動けと言っていたんだろう? 俺も短い間だが、付き合って、あの人のやり方を見てきた。なんというか……何かがある人間である事は間違いない」

 少なくとも、意味無く捕まったり、意味なく言葉を残したりはしないタイプの人間だ。冷静になれ、状況を観察しろ。ヒナエソルジャーとして動くならその後……そのすべてが、忠告と言う意味と、もう一つ、こちらへの頼み事でもあるのではないか? 徹也はそう考えていた。

「つまり……彼が拷問染みた取り調べを受けているのには意味があるし、だから見過ごせ……と?」

 誠一はまだ納得していないらしい。それは仕方ないと思う。徹也も納得できずにいる。ヒナエソルジャーとして、今の自分達は及び腰過ぎるのだ。

 だが、それでも、この3人の中で、漢条・竜太と言う人物を一番知るのは徹也だ。

 そんな自分が、漢条の言葉を解釈した結果、今はまだ、警察に対してどうこうする段階ではないと判断している。

「できる事は……他にもあるんじゃないかと、そう思っている。それが何か……浮かばないけれど……」

 不甲斐ないと強く思う。こんなのは自分たちのやり方でないなんて、今だってずっと思っている。

 だが、それでも、直接的な手段には、まだ出るべきではないとも思えてしまった。

 状況が混乱したまま無意味に動けば、必ず罠に嵌められるぞと、頭の中で、あの調停屋の声が聞こえ続けている。

「出来る事なら、確かに別にあるな」

 誠一が眼鏡を光らせる。学校の成績こそ悪いが、頭は回る方なのだ、彼は。

「あっ、そうか。唯一生き残ってる辰石三兄弟の一人! その人がちゃんと話せるなら、事情も全部分かります……!」

 志摩の言う通りだ。事件が発生したその場に、直接事件を見た人間がいるのだ。普通は、そこから真実が判明するはず。

「だが、そもそも警察がそれをしているはずだし、じゃあ何故、今でも調停屋が捕まっているかが謎になる」

「そうか……その通りだよな」

 誠一の続く言葉に、徹也は肩を落とす。そういう調査ごとこそ、警察がやっているはずなのだ。ヒナエソルジャーがしたって意味は無いし、実際に行えば、それだけで無用に場を荒らす事にもなり得る。

「あの人がまだ警察に捕まっているのは……つまり……あの人が本当に犯人だった……とか?」

「そ、それは無いんじゃないですか? 多分、襲い掛かっても、返り討ちにされそうって言うか、実際、襲われて逃げ回ってました……し」

 考え過ぎて、有り得ない想像を口にしていたらしい。志摩からすぐに否定の声が上がる。普通に考えてみればそうなのだ。だいたい、漢条は旧村に来てからの暫く、ずっと徹也と行動を共にしており、殺人事件なんて起こせる暇すら無いだろう。

「じゃあ、やっぱり何かあるんだ。俺達の知らない何かが……」

 ただひたすらに歯痒かった。力を持っているのに、それで何もしない事が嫌で、ヒーローなんて事を始めた。

 始めてから、ヒーローとして色々する様になって、それなりに自分たちの力を活かせる様になったと思う。だと言うのに、結局は、ここに来て力が通用しない事態に悩んでいる。これが悲しくなくて何になるか。

「……けど、それでも、出来る事から始めなければならない。考えるというのはそういう事だろう?」

「僕たちに出来る事……や、やっぱり、カチコミですか?」

「いや、違う。そういう発想は、むしろ俺達の力に囚われているんだ。やる事は……今、どうなっているかを、俺達が知る事じゃないか? あの人は捕まっているけど、事件そのものはあの人の元で起こってるわけじゃあない。旧村の方だ」

 ならばヒナエソルジャーがするべきことは、まず、旧村の様子を探る事ではないか。徹也はそう考えた。

 良く考えて、慎重に行動する。それが正解の道だと信じながら。




 一方で、囚われの身になった竜太であるが、拷問染みた取り調べは続いていた。

 さすがに体のどこぞが傷つけられる様な物では無いが、眠らせてくれなかったり、呼吸が困難になる様な状況に置かれるなど、精神的にキツくなる。

「君も良く良く強情だな。普通、本当でなくても、いろいろとゲロってしまうところなのだが……」

 すっかり竜太の尋問役となっている刑事の間知が、竜太の顔を覗き込んでくる。一方で竜太の方は、視線を出来るだけ下側に向けていた。

 顔を上げても、あまり良いものが映ると思えなかったと言うのもあるが、そもそも、顔を上げる気力が無い。

「だから……何か言える様な立場じゃないんですけどね」

 顔は上げないが口は出す。項垂れた状況の中でも、竜太は反論だけ忘れなかった。

「ふむ。もう一度、水でも飲むかね? 喉が渇いているのではないかな?」

 間知がコップにやかんで水を注いでいる。これもまた辛いのだ。水を飲めと強制されて、無理矢理口元に持ってこられる。

 それだけなので、窒息する事は無いが、自分のペースで呼吸が出来なくなる。誤って水が気管に入ってむせたりもする。

「思うんですが……警察がそんな事してて、大丈夫なんですか? 僕が例えば……弁護士なんて雇って訴えたら、それだけで勝てそうなレベルですけど」

 竜太がそう言うと、間知はコップに水を入れるのを止める。そうしてまた、こちらに視線を向けるのだ。

「実を言うと、大変に困る。我々は法に従う側で、今やっているのはそれスレスレが、むしろ越えている様な行動だ。君だってそう思ってるんだろう?」

 当たり前だ。竜太は今、容疑者ですら無い立場なのだ。取り調べにしても、何時だって拒否して立ち去れる側でもある。逮捕状なんて出ていないのだから。

「だからむしろ、こういうのを続けている。疑問に思うからだ」

「疑問……」

「最初は軽いものだったね? それから徐々にキツくしている。さて、ここで問題なのだが、何故、君は逃げ出さない? 逃げられる立場のはずさ。だが、君は耐え続けている。我々が知りたいのは、君がそうしている理由の方だよ」

「……」

 押し黙る。目の前の刑事。最初の印象から変わらず、一般的な思考をする相手ではない。むしろ聡く鋭い方だろう。

 余計な事を言葉にすれば、こちらの意図を察してくる可能性もあった。

「声が出ないかな? なら、水分を与えよう。ほら、どうした? 飲みなよ」

 口元にコップが近づき、竜太の呼吸を阻害してくる。その事に不快感を覚えながらも、竜太は、間知に見えぬ様に、笑みを浮かべていた。

 上手く行っている。こっちは順調だ。あとはヒナエソルジャー達が、上手く動いてくれると良いのだが……。




 火比は再び、旧村へとやってきた。場所は前回、漢条へと連れてこられた中央広場。相も変わらない雑多かつ古めかしい街並みが広がっており、また人々の喧噪……いや、怒声も聞こえてくる。

「前とは少し雰囲気が違う?」

 一緒の風景だと思おうとして、何か違和感を覚える。そう何度も来た場所ではないけれど、何かが違う気がするのだ。

「雰囲気とは……具体的には?」

 共に来ていた誠一が尋ねてくる。だが、それは難しい質問になった。何が違うか、徹也自身も計りかねているのである。

「さ、さすがに……ここまでは騒がしく無かった様な……?」

「そうだ。幾ら荒れてる場所だからと言っても、ここまで煩くは無かったはずだ」

 志摩の言葉を肯定する。怒声は聞こえる事もあったが、絶え間なくと言えるほどでは無かった。つまり、旧村全体が騒がしい。

「何か様子が変わってピリピリしている……そ、そういうことですね」

 志摩の言う通りであり、さらには嫌な雰囲気とも言えた。一触即発。そんな現場に、今、徹也達はいる。

「誠一。聞き耳を立ててくれないか?」

「分かった」

 徹也は、この場において誠一の力が役に立つと考え、彼にその身体能力を使う様に頼んだ。

 誠一は徹也と同じく、身体的な能力が他者より優れているという“力”を持っているが、徹也や誠一とはまた違った特徴を持っている。それは、五感が特に鋭くなるというもので、例えば聴覚などは、耳を澄ませば、100m先の人の囁き声までしっかりと聞き取れるのである。

 今回は、騒がしさの原因。広場に集う人々の怒声を聞き取って貰うつもりだった。

「少しばかり……煩いな。耳が痛い……だが……うん。やはり、あまり良く無い状況の様だ」

「そ、それは一体?」

 志摩も興味を示しているらしく、誠一からの答えを待っている。徹也もまた、同じ心情だ。良く無い状況なのは分かるが、その理由を知らなければ改善もできない。

「例の事件について、旧村にいる人間は……旧村の外の人間に、怒りを覚えているみ様だな。外の人間が内の人間に害を与えた。その報復をと言う様子で……なんだ、これは」

「つまり、旧村が、その他の日苗市民全員に怒りを覚えている状況と言う事に?」

 デモでも起きそうな、そんな状況だろう。ただ問題なのは、彼らが掲げそうなのは看板などでは無く、力そのものであろう事だ。

「旧村は“力”持ちの集まりみたいなものだ。一致団結して、外を目指すとなれば、その被害は大規模災害クラスになるんじゃあ?」

 徹也の言葉に、他二人も頷いた。本当に、この旧村は危険な状況になっているらしい。

「一つの殺人事件でここまでになるとはな……。あの調定屋……自ら囮の様な形で警察に捕まったが、こうなるとは予想できなかったのか?」

 誠一の懸念も分かる。漢条・竜太は旧村の外の人間であり、その旧村外の人間が事件を起こし、旧村内の人間を惨たらしく殺したと、今の伝聞はそうなってしまっているのだ。

 だからこそ、当事者だけの話に収まらず、地域全体での問題として大きくなってしまっていた。これでは、漢条が捕まった理由は何なのだと言う事になる。

「こ、このまま放置すれば、結構危険かもしれませんよ?」

「怒声の内容を詳しく聞きたい」

 徹也はさらに状況を把握したかった。誠一に問いかけてみると、彼は頷いて返答してくる。

「ふむ……外の人間は、内の人間を蔑んでいるから、こんな事件を起こせるんだ……今こそ、旧村より外側へ、自分達の力を示す時だ……、だが、警察も動いている以上、自分達が動くのは時期尚早では? 関係あるか……俺たちの力で、犯人を潰してやる……だが、警察が直々にキツい取り調べをしているそうだぞ……それは俺たちが暴れ出さない様にするためのポーズだろ……だいたい、そんな話の繰り返しだ」

「わかった……緊迫はしていると」

 この状況で、自分達はどうするべきか。徹也は考える。

 ヒーローとして……ヒナエソルジャーはヒーローとして活動している。主な活動範囲に旧村は含まれていないものの、それでも、場所に限ってその信念を曲げるつもりは毛頭無い。

 このまま混乱が拡大し、明らかに被害が出るという状況になれば、自分達は必ず動く。暴動によって、他者を傷つける。そんな状況は看過できないし、力を持たぬ一般市民の盾にならなければ、何がヒーローか。

 ならば今、この場でヒーローとなり、この喧噪を止めるか?

(いや、そんな事をすれば、火に油を注ぐだけにしかならない)

 ヒナエソルジャーは旧村の外の人間……旧村の人間にはそう映るし、今ここで、物騒な事を止めろと言ったところで、外の人間が外の人間を庇っているとしか……。

「いや、待て……それでも……ちょっと……誠一。なあ、さっき拾った声なんだが、もう少し詳しく―――

「待ってくれ!」

 と、待てと問いかけたところ、待ってくれと返された。何事だと聖地を見るも、彼の目は驚きに目を見開いている。

「そうだ……すっかり意識が外れていたが、俺達は彼を助けるために動いていたはずだ! そうだろう?」

 誠一が指さすその先。鋭くした聴覚によりその人物を知れたのだろう。釣られて、その指の先を見る徹也と志摩。3人の視線の先には、自分達が旧村にて助けるはずだった、神谷・卓の姿があったのだ。

 驚く徹也達。何故だ。彼は捕まって……いや、捕まっていた相手である辰石三兄弟は、誰かを捕まえられる立場では無くなっているはずだ。そうして、その時点から、すっぽりと神谷の存在消えていた。

「追うぞ……くそっ、気づかれた!」

 神谷と目が合った。その瞬間、神谷は走り出す。まるでこちらから逃げるかの様に。それを追って徹也達も走る。

(そうだ……そもそもおかしかった。本当に、ただ、彼を救出するためだけの話だったのに、話が大きくなり、色々な人物を巻き込んで、果ては旧村が暴動を起こしかねない状況となってしまった。彼を追っているだけでだ)

 まるで、彼自身が状況を悪化していると、そう言えてしまう状況……。実際、辰石兄弟が殺されたあの現場には、怪しい人物が一人いたはずなのだ。

 ヒナエソルジャー達ではない。漢条・竜太でも無い。人質に取られているはずの神谷・卓その人こそが、一番、犯人として疑わしい人物ではないのか。

 徹也達は神谷・卓の背中を追い、結果、旧村において、あまり人通りの無い地区まで辿り着いた。木造の塀に囲まれた行き止まり。

 だが、追い詰めたと言うより案内をした。そんな雰囲気で、神谷はこちらを振り向いて来た。

「やあ、ヒナエソルジャー。意外と素早い行動に、つい驚いてしまったよ。どうしたんだい? 漸く、僕が怪しいと気付けたか?」

 神谷の第一声は、そんな不敵なものだった。隠し立てなんてするつもりは無い。最初から自分が黒幕だ。そう名乗る男の姿がそこにあった。

「か、神谷先生……何を言ってるんですか!? そんなっ……あなたは一体?」

「なんだ……そんな事もまだ分かっていなかったのか。それは残念。まだまだ振り回し甲斐はあった様だね?」

 志摩の発した言葉を、神谷は失望という形で返しているらしい。まるで何かと遊んでいる様な、それでいて、遊び相手があまり面白く無い相手だと気付いた様な、そんな姿……。

「最初から……あなたはこれが目的だった。そういうことでしょう? 旧村とそれ以外をぶつける。そのために……なんて回りくどい」

 徹也は唇を噛んだ。そうだ。自分達ヒナエソルジャーも、振り回された側の一部分なのだ。神谷はボランティアなんて形で旧村へと入り込み、わざと、旧村内にある争いに関わった。

 そうして浚われる形でヒナエソルジャーを巻き込み、また、浚った側の辰石三兄弟も事態の一部分として引き入れた……そうして、彼がやった事は……。

「さすがヒナエファイアー。ソルジャーのリーダーだけある。そうだよ。すべてを巻き込み、混乱した状況を作り出す。そこに少しばかり方向性を示してやれば、ある程度、状況は操れる。そうは思わないかい?」

「ちょっとまて、徹也……どういう事だ? 何のために、何の理由があって……どうやって彼は……」

「誠一。動機も、目標も、俺達には分からない。俺達は多分、そこまで頭が良く無い。けど、どうやったのかだけは分かる。この人は……この人も“力”持ちだ。さっき、俺達は全力で後を追った。身体能力が一般人よりも強い俺達がだ。なのに、追いつくまで時間が掛かった……それは……」

「正解だ。ヒナエファイアー。僕もまた……君らと似た“力”を持っている。ほんの少しばかり、他人より優れた肉体を持っているのさ」

 神谷が言葉を発したその瞬間、覆面となるかの様に、神谷の目周辺に黒い隈が広がった。黒いその隈は、神谷の相貌を大きく変え、人が好さそうだったその表情が、凶悪なものへと変貌した様に見せてくる。

「勿論、力を使って辰石三兄弟のうち二人をやったのも僕だ。彼らは僕を弱い側の人間だと思っていた。奇襲するには容易い」

「だから……一体何のために!」

 事もなげに言ってのける神谷に、誠一が怒りの感情をぶつけた。許せないのは徹也も同様だ。動機は未だ不明であるが、命を不遜に扱っている姿は、誰だろうとも怒りを覚える。それが正しい感性のはず。

「理由か……そうだな……それが出来るからじゃあ……不満かな?」

「は?」

 戸惑いの言葉を発したのは誰か。徹也自身にも分からない。もしかしたら三人ともに、その言葉の意味が分からなかったのかもしれない。だが、神谷は凶悪に笑った表情のままだ。

「何時も思っている。自分の力を発揮できる場所はどこだと。出来れば、大きな事をしたい。せっかく他人とは違う力を持っているんだ。もっと、他人と違う結果を残したい。君らだって、そう思っているからこそ、ヒーローなんてしているんだろう?」

「何を!?」

「おっと。駄目だ駄目だ。ヒーローはそんな顔をするもんじゃあない」

 志摩が駆け寄り、神谷を殴りつけようとする。それは、一般人にとっては脅威となる速度と力だったろうが、同じ土台に立っている側からすれば、直情的で、躱しやすい。実際、神谷はただ、体の軸をズラすだけで避けた。それだけでは無く、大きく姿勢の崩れた志摩の腹に向かって、片膝を食い込ませる。

「がっ……ぐっ……」

「志摩!」

 徹也は飛び出し、最小限の動きで、神谷の足を払おうとする。こちらの意図を察したのだろう。志摩から足を離すと、神谷は徹也からも距離を取った。

「危ない危ない。さすがに三対一では難しいか? 辰石三兄弟の方はやり易かったんだが、やはり君らは脅威だ。手を打っておいて良かった」

「なんだと?」

 倒れそうになっている志摩を介抱しながら、徹也は神谷を睨みつける。だが、恐怖を抱いている様子は微塵も無かった。

「君らはね、脅威の一つさ。怪人なんかと戦い続けて、力の使い方を分かっている。個人としてでは無く、チームで動く利点についても、十分に承知している。君らは君ら自身が考えている以上に、他から恐れられた存在なんだよ」

「だから……俺達も巻き込んだのか」

 誠一が、徹也とは違う位置に立ちながら、神谷を囲もうとする。志摩も態勢を立て直せば、神谷は逃がす事は無いだろう。だと言うのに、精神的には徹也達の方が恐れを抱いていた。

「前提が違う。君らを潰すにはどうすれば良いかと考え、結果、旧村をぶつける事にした。そのための準備が今までだ」

「旧村は、ぼ、暴動を起こそうとしている。僕ら目当てなんかじゃなく、旧村以外に向けてだ。あなたは……無関係な事で、無関係な人たちを巻き込み、そうして意味の無い結果を引き起こそうとしている!」

 志摩は声を出せるくらいには回復したらしい。蹴りの一発を入れられた程度で、ダメージを引きずるヒナエソルジャーでは無かった。だが、そんな相手と相対し、それでも余裕を見せる神谷は何なのだ。

「いったろ? 混乱に方向性さえ与えれば、その行動を左右させるのは容易いと。仕掛けはまだあるんだよ。君たちを追い詰める仕掛けが……まあ、けど、暴動に関してはご愁傷様だね。そっちは仕方ない。僕は目的を果たしただけで……後は知るものか」

 徹也は目の前の人間……神谷・卓を、自分達が倒すべき相手だと認識した。悪を成す怪人共……普段、相手をしているのはそういう連中だったが、目の前の人間よりかは、まだ信念も道義もある。

 目の前の男は、間違いなく悪だ。道徳や正義の話など知った事か。徹也という人間が認識する、悪なのだ。

「いや……敵と言った方が良いんだろうな。あんたは」

 徹也の言葉に、神谷は表情を変える。相変わらず笑った表情のままだが。

「敵か……そうか。ヒナエソルジャー。君らは僕の敵になってくれるか! ならば、敵として君らに応えようじゃないか! そろそろだ。そろそろ、僕の最後の仕掛けが動き出す。君らヒナエソルジャーを巻き込ませる、最後の仕掛けが!」

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