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日苗市の人々  作者: きーち
第五章 蠢く日苗市の影
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第四話

 辰石三兄弟は実際に血の繋がった兄弟らしく、それぞれが別個の力を持っている。長男の(たつ)(いし)連屋(れんや)は手も触れずに物を移動させる事ができ、二男の(たつ)(いし)剛人(ごうと)は単純に身体能力が増強されている。最後に三男の(たつ)(いし)・ジョニーは、不可思議な道具を発明し、それを使う事ができるのだそうだ。

「三男だけ、なんでそんな名前なんだ?」

 竜太は呟く。場所は変わらず旧村であるが、夜になっていた。竜太一人だと絡まれるなどしており、煙に巻いたり、逃げたり等を繰り返してなんとかしていたが、そろそろ面倒には成って来た。

 旧村内において、一朝一夕で集められる情報と言えばこれくらいではあるだろうし。これ以上に時間を掛けていれば、ヒナエソルジャー達が行動を始めてしまうだろう。

「だから挑まなくっちゃあ始まらないんだけど……いやだねぇ。ほんと、暴力沙汰なんて御免こうむる」

 辰石三兄弟について、他にも手に入れた情報があった。彼らの自宅だ。屋根と壁があるだけ。そんな表現が出来てしまう襤褸屋であるが、比較的、広さだけはありそう。

 そんな外観の彼らの自宅に竜太はやってきていた。今は玄関の前である。

「すみませーん。どなたかいらっしゃいますかー」

 今回の問題を構成している端。その一つが辰石三兄弟なのだから、実際に会わなくては始まらない。

 とは言え、会えば高確率でやんちゃな事態になるだろうから、気の方も進まない。

 それでも玄関で呼びかけたのは、その他にする事が無いからなのかもしれなかった。

「……」

 結構、気力を浪費しての挨拶だったが、家の中からは反応が無い。暫く経ってみても、誰かが出てくる気配も無かった。

「留守なのかな?」

 それを疑いたくなるくらいの沈黙。沈黙を破る側は、勿論、竜太だった。

「いないのならお邪魔しますよー」

 無茶苦茶な理屈だと自分でも思いながら、玄関の扉を開こうとする。案の定、鍵などは掛かっておらず、立て付けの悪い扉が侵攻を阻むのみ。それだって、力任せに動かせば開く程度だ。

「……本当に留守かもね」

 家の中は暗い。正面に廊下と、廊下に繋がった部屋が幾つか見えるが、そのどれもに明かりは無かった。

 ただ、言葉とは裏腹に、竜太は何かあったのだろうなと言う予感はしている。

「血生臭いんだよな……まったく」

 それは比喩表現ではない。文字通り、家中に血の匂いがこびり付いていた。

(辰石三兄弟はとびきり残酷で、自宅においては拷問を行う変態的性癖を持っている……なんて話は聞かなかったね)

 あくまで触りだけの情報。真実がどうなっているかは知らないが、この匂いと辰石三兄弟を結びつける何がしかの情報を竜太は持たない。

(引き返すか、奥に向かうか……命知らずは後者を選ぶ)

 どちらかと言えば命知らずにはなりたくない。ならば引き返す方を選ぶか。それもどうかと思う。

(知恵者は……安全なところからまず情報を集める)

 自分は賢人だと自惚れるつもりは無いが、手本にすべきだとは思う。

 まだ一歩、例えば玄関から一番近い部屋を覗くくらいは、まだ危険も無く行えるだろう。そう考えて、竜太は家の内部へと足を踏み込んだ。

 申し訳ないが、何時でも逃げられる様に土足だ。

(やっぱり、止めておけば良かったか)

 最初の部屋を覗き込んで、後悔した。そこには人がいたのだ。仰向けで倒れている人。体格的には長身細身と言った姿。眼鏡を掛けたその顔は、苦痛に歪み、硬直している。

 外から何かしない限り、その表情は二度と変化する事は無いだろう。

 そこには死体があったのだ。

(腹が……多分、何かに貫かれている。くそ。臆病者でいれば良かった)

 関わってしまった。人死にが出る様な事件に関わってしまったのだ。

 今はまだ死体を見ただけ……そういう風にも言えるかもしれないが、死体がここにあると認識した時点で、深い沼地に足を漬けている様な、そんな気分になってしまう。そうして往々に、そんな気分は現実にも成り得る。

(素直に警察に通報するべきか? それとも、見なかったふりをするべきか?)

 やはり竜太は、そのどちらもを選ばなかった。さらに家の中を探り始めたのである。その理由については、ここで終わりな気がしないと言うものであった。

 家の気配は深く沈んでおり、死体の一つ程度では片づけられない程に暗い。

 そうして、死体がどうやら二つあったらしい事が判明する。

(ははっ、これじゃあ一つの部屋に一つの死体があるみたいじゃないか)

 今度は家の居間の様な場所で、首から血を噴出させた跡がある小男がいた。その小男もやはり、驚愕と痛みの表情を浮かべながら息絶えている。

 血の渇き具合から言って、事が起こってから、何時間か経ってはいるだろうか。

(外見が、噂に聞く辰石三兄弟の長男に似ている……じゃあ、さっきの方は三男か?)

 家主が何者かによって惨殺されている。そんな現場にやってきてしまったと思う。そうして3人目はどうしているかだが……。

(3人目は二男……。彼が犯人である可能性は、勿論あるだろう)

 同じ様に、死体となって発見される場合も、十分にあった。何にせよ、碌な結果には繋がらない。

「なるほど、そっちの結果か」

 家の部屋を回る。その中で、押し入れらしき収納部分に目をやった。その端の方に、震えている大男がいたのだ。

「辰石三兄弟の二男……辰石・剛人……かな?」

 話し掛けてみるものの、反応はあまり期待していない。どう考えても尋常な状況ではないし、まともな様子では無かった。

「お、俺……俺じゃない……俺がやったんじゃあ……」

 これは反応とは言わないだろう。多分、竜太が来なかったとしても、きっとこんな言葉を呟き続けていたと思われる。

「分かった。いや、分からないけれど、とりあえず分かった。だから落ち着こう。そうだ、話しをしよう。例えばだ、君らが攫ったっていう男の話とか――

「俺の……俺のせいじゃあない!!」

 迂闊だった。もし、神谷・卓もここにいて、さらに何らかの害を受けていたとしたら、それを把握しなければならない。

 そう考える事は正しかったろうが、如何せん、相手を選ぶべきだったのだ。

 目の前の大男は立ち上がり、竜太へとその丸太みたいな腕を振るって来た。

「っ……ぶねぇっ!」

 ただ、目の前の何かを払う。それだけの仕草だったのに、空気が震えた様な感触を覚えた。直撃すれば、上半身ごと吹き飛んでいたのでは無いかと言う勢いの腕。それを避けられたのは、単に竜太がその場で尻餅を突いたに過ぎない。

(勘が良かったか……ただビビったおかげかっ)

 そのどちらでも構わない。今は動けるし、今は判断できる。やるべきことは? 勿論、この場から逃げ出す事だ。

 尻餅を突いた状況から、這う様な姿勢で襲い来る剛人から距離を放ち、その後はなんとか立ち上がろうとして。

「おいおいおいおい……!」

 また頭の上を腕が通り過ぎた。剛人はデタラメに手を振るっているわけではないらしい。いや、実際、正気を失った男である事に変わりない。

 ただし、明確に竜太を狙った暴走であった。

(なんかこっちを悪いものを持ち込んだ疫病神だとでも思ってるのか!?)

 兄弟二人が死んでいると言う事実を責任転嫁しているのか。狂ってそんな考えに至るというのは理解できなくもないが、どうにもそれは真実で無い気もした。

「って、こんな状況でも考え事って言うのは、余程だな、僕もさぁ!」

 やけっぱちな言葉を吐きながら、狭い廊下を這うような低い姿勢で、兎に角玄関まで逃げ続ける。

(相手に正気が無いからこんな事になってるのに、正気じゃないからなんとか逃げられるってどうなんだ!?)

 相手の動きは鈍かった。それはやはり、錯乱しているからだろう。廊下を這い回る程度の事しかできていない竜太など、蹴り上げれば良いだけなのに、ただその腕を振るっている。

 注意さえしていれば逃げ切れる。竜太はそう思っていたが……。

「げっ……」

 出入口である玄関の扉が閉まっていた。

(閉めた……閉めたか、僕は? くそっ、あの扉は立て付けが悪かったはずだぞっ)

 開くのに手間取っていれば、そのまま潰されてしまう。だが、他に逃げ場も無かった。扉に向かい、手を触れる。開こうとして力を込めて、それには多少、時間が掛かる事を理解したその瞬間、竜太は目を向ける方を変えた。

 後ろを振り向き、今まさに、竜太に拳を叩き付けようとしている大男の姿を目にして……その後、背後の玄関が開き、竜太はさらに後方へと放り出されていた。

「うっそだろ!?」

 まさに放り投げられたと言った風の浮遊感。すぐに地面に体がぶつかり、転げまわるが、擦り傷と打ち身程度で済んだ。

 そうして、先ほどまで竜太がいた場所には、黄色い衣装に身を包んだ線の細そうな男が一人。

「ヒナエサンダー!?」

 男、いや、青年は間違いなくヒナエサンダーだった。今にも叩き潰されそうだった竜太を救出し、今度は襲い掛かって来た暴漢を退治しようとしている。

「早く、逃げてください! こいつは僕が!」

 ヒーローが人を助ける時に相応しい言葉を発するヒナエサンダー。そんなサンダーに、どうしてここにいる? と竜太は尋ねない。

 どうせ、見張り役としてずっと辰石兄弟の家を見張っていたのだろう。竜太自身、彼らの自宅を簡単に聞き出す事に成功している。

 ヒナエソルジャー3人がかりであれば、もしかしたらもっと早く辿り着けていたのかもしれない。

 だからヒナエサンダーがここにいる事に驚く理由は他にある。

(しまった……そういうことか!)

 ヒナエサンダーの姿を見て、気づく事があった。今、この場で何が起こっているのかだ。

「様子を伺ってて良かった……ですよっ。もう少し遅ければ……あなた……やられてましたからっ……ね!」

 ヒナエサンダーは話しながら、剛人から繰り出される、大振りであるが強烈な威力を持つ腕を、それ以上の素早さで避けていた。

 ヒナエソルジャーは全員、剛人と同様に身体機能が常人より優れているという力を持っているそうだが、それぞれに微妙な差異があるらしい。

 ヒナエサンダーの場合、瞬発力に優れ、素早い動きに体が対応している。ただ力のみを振る剛人に対して、相性が抜群に良いのだろう。

 そう時間も経たないうちに、剛人を取り押さえる事もできるはずだ。

(けど……それで解決じゃあない!)

 竜太の頭の中で、今まで得た情報が駆け回る。攫われた神谷。動くヒナエソルジャー達。旧村における混大と辰石兄弟との確執。それらがここで、どの様な結果となるか。

 竜太が結論を出した頃、ヒナエサンダーの戦いも終わっていた。錯乱している力だけの大男。戦い慣れたヒナエサンダーならば、一人でも対処は可能だと言うのは予想できる。むしろ、そうでなければ、竜太の予想は当たらない。

「終わりましたよ、漢条さん……ですよね? 動きはそちらが一歩早かったみたいですが、結果に関しては、僕らの方が――

「家の中で何が起こっているか、それについてはもう確認している?」

 戦いの終わりを告げる様に、こちらへ振り向くヒナエサンダーだったが、既に竜太は彼のすぐ傍まで近づいていた。

「えっ……いや、人質もいるし、気づかれない様に、外で伺っていたと言うか……何です?」

「他の二人は今どこにいる? 僕の他に、家を出入りしていた人間は?」

「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ。いきなりそんな事を言われても、こ、答えられないと言うか……」

「大事な事なんだ! 家の中じゃあ、辰石兄弟の残り二人が死んでる」

「死んで……え?」

 ヒナエサンダーの表情を確認する。混乱し、さらには竜太の言葉に驚いている。つまり、本当に家の中で起こっている事について知らないと言うこと。

「いいか? 君はすぐにこの場を離れろ。他の二人も、暫くは旧村に近寄らない様に。できれば早く去るんだ」

「だから何をを言ってるんですかっ。ひ、人が死んでるって……それこそとんでも無い話で、僕らみたいなヒーローや、け、警察を呼ばなきゃならない話で……」

「警察なら僕が呼ぶ! というか、もう呼ばれているかもしれない。だから出来るだけ、君らは身を隠すんだ」

「それってまるで、僕らが悪い事をしたから、警察に捕まるみたいな言い方じゃないですかっ」

「まるっきりその通りだからヤバいんだよ!」

 この場は、ヒナエソルジャーを嵌めるための場所だ。竜太はそう考えている。もし、この場に竜太がいなければどうなっていたか?

 恐らく、ヒナエソルジャー側から屋内へ入っていたはずだ。そうでなくても、錯乱した辰石・剛人が、自ら暴れまわるかもしれない。そうなれば、ヒナエソルジャー達は見過ごしていられなくなるだろう。

「君らは辰石兄弟と戦った。事実がどうでも、少なくともここに、君らが倒した辰石・剛人がいる」

「それは……」

「こうやって戦っている内に、他の二人の方はどうしたと必ず聞かれる。そうして、まず、真っ先に君らが疑われる立場だ」

「だから逃げるんですか? そ、それだって、どうかと……」

 彼らなりの言い方をするのであれば、悪から目を背け、保身に走る。と言うことになるのだろう。

 しかし、それでも今は逃げなければならない。ヒナエソルジャーが嵌められたとなれば、嵌められた後の展開が用意されているはずだ。

 それが一番厄介なのだ。だからこの場で、その狙いを崩す必要があった。

「僕がここに残る」

「漢条さんが!?」

「警察にも僕が捕まる。本当はそんな事態は願い下げだけど、その形になって、上手く立ち回れるのは僕だけだ。そうして君らは……くそっ、頼る事になるが、とりあえず状況の変化を見据えてから、上手い具合に動いてくれよ……」

 ヒナエソルジャーは学生だ。学生を頼りにするというのは甚だ心許ないものの、今はそうするしかない。

「僕らは……どうしたら」

「ヒナエファイアーにも言ったけど、出来るだけ、冷静に、軽挙は慎むんだ。状況は君らが動かなくても動き続ける。それは君らにとっては有利だぞ? 観察さえ続ければ、おのずと次の手だって分かってくる。動き出すのは、それが分かった後だ」

 何時も、竜太がしている事でもある。まずは観察と状況把握を優先するのだ。

 そうして落としどころを計る。自分まで動きの一部になってしまえば、それすらも出来なくなってしまう。

「さあ、そろそろ時間もヤバい。さっさと逃げて、反撃の機会を探ってくれ。良いね?」

 場の雰囲気が、微妙に騒がしくなってきた気がする。人が集まってくる空気の動きがあった。

 恐らく……誰かが人を呼んだのだ。順当に行けば警察か何か。そんな存在にヒナエソルジャーを捕まらせないため、竜太はヒナエサンダーの肩を押した。

「……わ、わかりました。必ず助けますからっ。か、必ず!」

 そうしてくれなければ困る。ヒナエサンダーの走り去っていく背中を見送りながら、竜太は祈った。

 その数十秒後だろうか? そこに旧村に似つかわしくないものがやってきた。見れば一目で何か分かる。サイレンを赤く光らせるパトカーだった。




「だーかーらー。僕があの家の中であんな事できる様に見えますか? そりゃあね、家の中に無断で入るのは法律違反ですよ。住居侵入罪……でしたっけ? そういうものなのは分かります。けど、それにしたって理由がある。その理由だって説明しているでしょう?」

 狭苦しいコンクリートに包まれた小部屋。そこで竜太は、目の前にいる男に対して喋り続けていた。男の方の表情は……お世辞にもにこやかとは言えない。鉄面皮、顔面岩。なんだって言えるが、兎に角、男の表情は堅苦しいものであった。

 ただ、絶対に竜太から目線を外さない。それだけに努めている。そんな様子である。

「あの……お話とかしません? ここは取り調べ室だって案内されたんですよ、僕は。なのに、一向に尋問とやらが始まらず、あなたに睨まれているだけ。せめてかつ丼とか出ないんですか? あ、それはもしかして古い?」

「……」

 相手の沈黙が続いている。睨みよりも監視の意味合いが強そうなその視線に、うんざりしそうになっているものの、多分、話したって無駄な相手なのだろうとは思う。

(誰かしらを待ってるんじゃないかな? そうして、その誰かが来るまでは、しっかりと見張っていろとも言われている)

 そんな予想を立てていたところ、竜太の予想通り、部屋に一つしかない出入り口が開く。そして、その向こうから人影が飛び出して来た。

 そう、狭い部屋の中へ勢い良く飛び込んできたのだ。

「ぶべっ!」

 その人影は、案の定、部屋の壁へとぶち当たり、悲鳴というより空気が漏れ出る声を出した。

「ええっと?」

 壁にぶち当たった人間は誰だ? どんな展開だこれは? と言った疑問を込めて、竜太は目の前に座ったままの男を見た。

 男の方は、睨み続けていた目を閉じて、首を黙って横に振った。どういう意味だ。何か……諦めろとでも言うつもりか。この状況に。

「ぷはっ! いやあ失敬失敬。まさかこんなにも取調室が小さいとは思ってもみなかった! いや、週一くらいには出入りしているが、毎回、狭いなとは思っていないのだよ? ただ、私も成長期なのかもしれなくてね。今回は壁にぶつかってしまったよ。何時もはもっとこう……優雅に突撃できるのさっ」

 壁にぶつかった男は、壁にぶつかった姿勢からこちらへと振り向く。鼻が赤くなっているが、ダメージは薄そうだ。が、無駄にハイテンションでもある。

 年齢はどう見たって20代にしか見えない若い男。線が細く、艶のある髪は、随分と手入れされている印象を受ける、どちらかと言えばなよなよしいタイプの人間。それが……。

「君を取り調べる事になった、刑事の()()陶冶(とうじ)だ。よろしく、漢条・竜太くん?」

 と、手をこちらへ差しのべてくる。握手でも。と言う事なのだろう。これで竜太を取り調べる側の刑事なのだと言うから、世の中、色々と間違っていると思う。

「とりあえずは……よろしく? っ……!」

 差しのべられた手を握り返したその瞬間。竜太は表情を歪めた。かなり強く握り返された。とても強く、痛みを感じる程に。

「はっはっは! 何事も挨拶は握手からだな、漢条君。でだ、君の証言はすでに調書で見させてもらっているんだ。なんでも、偶然に旧村に来て、偶然に玄関で誰かが倒れているのを発見し、さらにさらに偶然、家の中で死体を発見したそうじゃないか。それも二体も。なかなかある事じゃあない。宝くじを買う事をお勧めするよ? すべてが偶然だとするなら、1等賞を狙える」

「とりあえず……手を離したら………どう……でしょうっ」

 握りがさらに強くなってくる。痛みも同様で、骨の方が先に根を上げてしまうのではないか。目の前の男のどこにそれだけの力があるのか。痛みに染まりそうになる頭の中で、竜太は辛うじてそんな事を考えていた。

「手を離すのは、挨拶が済んでからさ。私の挨拶はこうだ。本当は何があった? 別に君が犯人だなどと思ってはいない。見る限り、“力”持ちじゃあないだろ、君? だが、何かに関わっている。そのはずだ」

「さぁ……何をどう言えば……ぐっ。ギブです……って……!」

 握手とはここまで凶悪なものだったろうか。竜太を“力”を持たない存在だと認識してくれている様だが、一方で、目の前の相手は“力”持ちの類なのかもしれない。

「挨拶にはギブアップも何も無いだろう? 漢条君。私はね、旧村周辺の事件を担当している。何かあれば私が呼び出されるし、何か無い時の方が少ないから、大半が呼び出されて、それを無視している。とてもじゃないが、私一人では対処できないくらいに事件が多くてね」

「目……目の前で……仕事っ……のっ……サボりを……カミングアウトされたって……ねぇっ!」

 痛みは続くが、それでも話は続ける。今、竜太は警察に捕まっており、さらには取り調べの最中だ。

 圧倒的に自身が不利な状況と言う事で、こんな状況をなんとかするには、話を続けるしかあるまい。それだけが、竜太の取り柄だった。

「給料分の仕事はしているつもりだよ。給料以上の事を求められているってだけで。だから……これぞと言う事件にだけは本気を出す。実はあそこ、殺人事件に関してはそう多く無いのさ。失踪の方についてはそれなりにあるが……何にせよ、君が関わった事件。相応に重要なものだ。私も……本気を出して調査する」

 日苗市警はあまりやる気が無く、力が関わる事件には消極的だと聞いている。

 実際に、そんな姿を見せられて来たものだが、それでも、彼らがある種、独自の線引きをしているらしい事は、目の前の男を見て理解できた。

 無能とか、やり込め易い相手という認識は改めるべきだ。竜太は強くそう思った。

「本当にっ……本気を出して欲しい……ものっ……ですよっ」

「ほう?」

 認識を改めた以上、竜太だって本気を出す。調定役としての仕事は継続中。それをここでも続けるだけだ。

「あなた方がっ……全部……洗いざらいっ……何もかもをっ………解き明かしてくれるんだったら……それでも構わない………是非にしてくださいって……頼みたい方だっ」

 痛みに歪む表情の中、それでも目線は、刑事の間智を見据える。お前と自分は対等だ。決して、下側になるつもりはない。そんな感情をぶつけ続ける。

「……市民の声は無下にはしないよ? 我々は公僕だからね」

 と、間智の手の力が抜けた。第一関門は突破させてくれたらしい。

「こちらも一市民として、何か聞きたいって言うのなら……答えますよ。挨拶も終わりましたし……ね」

 竜太はまだ痺れている手を擦りながら、この取り調べが、かなり長く続き、それに耐えなければならないと言うことを、覚悟する事にした。









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