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日苗市の人々  作者: きーち
第五章 蠢く日苗市の影
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第一話

「街の風景を破壊し! 空気をなんとなく悪くしているこのモールの存在に反対します!」

 夏も盛りのこの季節。汗を流しながら強い思いを伝えようとする人間がいる。

「どうか! どうかモール反対の署名を!」

 例え多くの人間から奇異の目で見られようとも、自らやるべき事をやるために声を上げる人間がいる。

 熱い。心が熱い。夏の暑さよりもっと熱く、思いを高らかに。

「おい……」

 邪魔できる者などどこにもいない。思いは一つ。このショッピングモールの存在そのものに反対する事。

「おい。何してる、漢条」

「あれ? 衛青さんじゃないですか? どうしたんです? こんなところで」

 日苗市にあるショッピングモールの前で、そのショッピングモールの反対運動を行っていた竜太。その途中で、公務員である衛青・翔也が話し掛けてきた。

 何時も通りの黒いスーツ。クールビズの季節だろうに、何故そんな暑苦しい格好をしているのだろう。

「どうしたって……こっちの台詞だそれは」

 何故か蔑みの目線を向けられる。意味が分からない。ただ竜太は、市民の権利を行使しているだけなのに。

「ショッピングモールは日苗市の景観と空気と、近くの商店街の活気を妨げる存在です。なので、その反対運動をしているだけですよ。ほら、一市民として」

「許可は?」

「は? 許可なんているんです?」

 何故か、本当に何故か、衛青が目頭を押さえる仕草をした。頭痛だろうか。熱中症か熱射病か。何にせよ、注意した方が良いと思う。

「この場所で、こういう活動をするって許可は取ったのかと聞いてるんだが?」

「いやだなぁ。ショッピングモール側が、ショッピングモール反対運動をする許可なんて出すわけないじゃないですか」

 何を当たり前の事を聞いているのだろう。もしかしたら夏の暑さにやられているのかもしれない。

「そうか……うちに来た苦情の原因はお前か……おい、ちょっとこっちに来い」

「なんですか? やですよ。このモールが消失するまで、僕の運動は止まりませ、あ、ちょっと」

 無理やりに腕を引っ張られた、連れて行かれたのはモール内にあるコーヒーショップだ。コーヒーの匂いがやたら濃いが、うちの店だって豆を擦り潰し続ければこれくらいの匂いにはなると竜太は思っていた。

「まったく……いきなり何ですか? こんなところまで連れてきて。僕は運動を続けなきゃならないんですけど?」

「だからそれを止めろと言ってるんだ。あー、とりあえず、アイスコーヒーで良いか?」

 店内の客席に座った竜太達。さっそく店員が注文を聞きに来たので、コーヒーを頼む事にする。こんな季節にホットでもあるまい。

「あ、僕、ミルクだけで。砂糖は無しで良いです」

 恐らくは衛青の奢りになるだろうから、遠慮なく頼んでおく。奢りと仕事の代金は遠慮なく貰う。それが人生にとって大切な事だ。

「で? なんでモールの反対運動をしようなんて、突然思いついた?」

 注文が終わるや否や、衛青が尋ねてくる。しかし、それは難しい質問であろう。

「なんでですかね……うちの店のエアコン……」

「お前の閑古鳥な店のエアコンが?」

「いえ、お客がいないわけじゃあないんですが、エアコンが壊れてしまって……やっぱりお客がいなくなったんですよ。エアコンが壊れたからお客がいないんです。そこは理解してください」

 この夏の暑い季節に、お客様に熱い思いをさせるわけにはいかない。だからこそ店じまいをしてから、モール反対運動を行っていたのだ。

「暑くて飯も不味いというのは、確かにどんな客も寄り付きたくないだろうな」

「不味くはありませんよ。ちゃんと作ってますから」

「ちゃんと作ってて不味いなら、もう救い様がないだろう。そこは手を抜いているとしておけ」

 些かも納得できない言葉を向けられていると、店員がアイスコーヒーを二つ持ってきたので、そちらに意識を向ける事にする。

「このコーヒー……ちょっと、豆が薄いか?」

「その、モール内の店への過剰な批判を止めろと言っているんだ」

 過剰とはなんだ過剰とは。あくまで真っ当に、駄目なものは駄目だと言っているだけだと言うのに。

 そりゃあちょっと、瑕疵があれば大げさに突いてやろうと言う気はあるものの。

「だいたい、なんで衛青さんが来るんですか? 普通、警察か何かが出てくるところでしょうに。公務員ってそんな暇なんです?」

「暇じゃないのに苦情が来たから、こうやって頭悩ませている。警察については……あまり役に立たないだろ」

「まあ……そりゃあそうか」

 日苗市内の警察は、その態度が及び腰であると言う事が、住民の基本認識だ。

 日苗市に集まる力が、警察組織が持つ力と拮抗しているか強力である場合が多いため、動きが慎重になっているというのが実際なのである。

「けど、衛青さんはほんと、そんなの関係なく、良く動き回ってますよねぇ」

「切実なんだよ。こっちはな。警察は治安を守るのが仕事だが、俺達はこの街の空気を守るのが仕事なんだ。放置してたら、淀むどころか爆発物になるのがこの街の空気だ」

 その点も同意である。だからこそ、衛青の様な公務員が、その爆発物になる前に空気をかき混ぜ続けているのだろう。

(なんていうか、やる事が僕のあっちの仕事の方と似てるんだ。ってなると、僕にまで仕事が回って来るのは、この人たちの手も足りてないって事になるんだろうか)

 だからこそ衛青から時折、そちら関係の仕事を受けているのかもしれない。いや、ほとんどの場合、受けたくて受けているのではないのだけれど。

「とりあえず、お前には市民から苦情が来てるから、今後、こういう事は止めろ」

「個人の意思表示を大多数の人間が排除するって、民主主義的に危険な行動だと思いませんか」

「今回に限っては思わないな。というか、本気でモール側が訴えでもしたら負ける立場だぞ、お前は」

「ううむ。世の中って、なんて生き難くできてるんだろう」

 ただしまあ、そんなものだ。良心的喫茶店が、ただ物珍しいというだけで大型店に客を取られるのも、やはりそんなものだ。

「世の中が複雑に見える奴の大半は、世の中と自分は違うなんて事に悦に入っている奴だ。せめて、世の中に役立つ様に働いてみせろ。そうすれば単純に見えてくる」

 衛青はそう言いながら、自然な形で茶封筒を渡してくる。封はされておらず、中に白い用紙が入っている事を確認できた。

「なんです? これ?」

「お前を、世間に役立たせるための仕事だ」

「は? いやいや、喫茶店の店主はまったくもって世間に役立つ仕事で……ええっと? ゴミ拾いのボランティア?」

 封筒の中の用紙には、ボランティア従事のお願いみたいな事が書いてあった。なんでも、日苗市内を流れる川の河川敷でゴミ拾いをして欲しいとのことらしい。

「お前に苦情が来て、俺が注意に来たわけだが、結構、似た様な事を繰り返してるな? いい加減、何もしないまま注意だけで済ます段階じゃあないと思ったんだ。本格的に訴えるかどうかって話になった時、日頃からちゃんと罰を与えるかどうかが重要になってくる」

「ちょ、ちょっとちょっと。待ってくださいよ! なんで僕がそんな……罰だとかどうとかの話に!」

「心当たりがないって言うなら、それはそれで問題だぞ?」

「いや……その……ちょっとしたお茶目っていうか……そういうのを優しく受け止めるのが社会の寛容さっていうか……」

 正直なところで言えば、心当たりが無いわけでも無かった。けれど、それを認めてしまえば、今後、モールの反対運動が出来なくなるではないか。店が暇な時、いったい何をしていろと言うのだ。

「それじゃあ決まりだな。日付と場所もその紙に書いてあるだろ。指定の時間に来い。夏場に動き易い格好でな」

「ああもう……なんでこうなるかなぁ……」

 頭を掻きたい衝動に襲われる。何時だって、世の中は世知辛い。




 やってきたボランティアの当日。河川敷にやってきていたのは数名の老人と竜太。そうして河川敷の掃除ボランティアを主導しているらしい係員の男性一名。無駄に元気な口調が特徴の若い男だ。

「みなさん。今日は暑い中、良く集まってくれましたね! 河川敷にあるゴミを昼まで集めるのが今日の目的です」

 力のないはーい。という言葉が聞こえる。みんな老人だ。大きな声を出せる年齢ではあるまい。

 竜太にしてみても、何故、こんな事をしなければならないのかと頭を悩ませたくもなる。こういう事を誰かがしているから、街は快適な環境維持できるのだと思う事で、なんとか掃除をするだけの意欲を維持している状態だ。

「お金は出せませんが、終わった後は昼食用のおにぎりとお茶を用意してます。お茶に関しては余分にありますので、何時でも水分を取ってください! では、ごみ袋を渡しますので、さっそく始めましょう!」

 またもや元気のない返事が聞こえる。竜太も係員からごみ袋を貰い、河川敷のごみを拾い始める事にした。

 一応、今後の心象に関わってくる労働らしいので、真面目にはしておく。ごみは探せば幾らでもあるもので、働く分には困らない。

 暫く掃除を続けていた頃だろうか、係員の男性が話し掛けてきた。

「やあ。真面目にやっているようで感心感心。それにしても、珍しいね。君みたいな子が参加なんて。幾つだい?」

「ああ、いえ、色々ありまして……。年齢については……まあ良いじゃないですか。そう、子どもってわけでも無いんですよ。これでも」

 ハキハキとした係員の言動に、むしろやる気が吸い取られていく様に感じながら、投げやりに返す。昼まではまだ時間があるので、無視を決め込む事もできやしない。 

「ふうん。学校に通ってるくらいの年齢に見えるんだけどね……まあ、衛青さんの紹介だから、悪い人間ではないんだろう」

「そちらも、衛青さんを知ってるんですか?」

「そりゃあまあ、ここの掃除の許可を取ってくれてるのが彼だからね。あ、僕は神谷(かみたに)(すぐる)って言う。26歳。社会人だ」

 衛青の仕事も、中々多岐に渡るらしい。大変そうであるが、今は竜太自身の大変さだ。会話を途切れさすのも空気が悪くなるから、ごみを拾いつつ続けなければならない。

「僕は漢条・竜太です。同じく社会人……ですね。学生じゃあありません。休日なんかは何時もここいらでボランティアを?」

「だいたい、ボランティア全体の頻度は2週間に1回のペースさ。河川敷の掃除もあれば、商店街の方に向かう事もある。旧村の方にも行く時もあるよ」

「旧村って……あの旧村ですか?」

 旧村とは日苗市の西区を指す言葉で、この性質の悪い街の中において、さらに濃度を凝縮した性質の悪さが存在している場所だ。

 ボランティアの仕事が社会貢献とするのなら、その仕事を必要としている部分は幾らでもある場所だが、それ以上に治安が悪い。常識的な人間ならば、誰も行きたがらない、そんな場所であるはずなのだ。

「驚くのは無理ないだろうけど、ああいう場所だからこそ、慈善とか助け合いとか言う行動が必要なのさ。力を持った人間が抉り取った地面を誰が整える? 舞い散る砂やゴミを誰が回収する? そりゃあ役場の人間がしてくれるのを待つっていうのは一つの手だけど、一般市民側から動いちゃいけないってルールも無い」

「とは言え、危険は危険ですよ? この河川敷とは比べ物にならない。人だって集まるかどうか」

 まさかここにいる老人方が守ってくれるわけもあるまい。むしろ、老人であればこそ、あそこには近寄らない方が良いと思える。本当に、そんな場所なのだ。

「実際、ほぼ僕一人の活動みたいなものでね。けど、僕の身は今のところ大丈夫だから、やれるだけをやっているのさ。必要だろ? そういう考え方をする人間だって」

「正直なところ、奇特な考え方をする人だとは思います。けど、悪い人じゃあ無さそうだ」

 もし、本当に旧村で人助けをしていると言うのなら、確かに善人だろう。竜太は自分を捻くれた人間だと思うが、だからと言って真っ直ぐな人間を悪く思ったりはしない。

 こういう人もいるのかと言った印象だ。

「自分でも、ちょっと考え方が変な奴だと思ってる。けど、やりたい様にやるのはそんなおかしい話じゃないんだよ。多分、この街では」

 それについてはまったく同意だった。今回のボランティアに何がしか得るものがあるとしたら、こういう人物と知り合いになれた事かもしれないなと竜太は考える事にした。




「……熱い」

 言葉が店内に空しく響く。ここは喫茶店『カニバルキャット』。中にいるのは竜太一人だけだ。

 エアコンはまだ修理に出している最中であり、客がこんな熱いだけの店に来るわけも無い。

 開店休業中で暇な時は、モールにでも向うかと思うのが何時もの事であったが、今はそれも注意されたばかりである。だいたい1カ月くらいは期間を置かなければなるまい。

 そんな店主以外誰もいない、誰も来たくない場所へ、珍しい事に顔を出す人間がいた。それも3人。

「熱き思いを胸に秘めた炎の戦士! ヒナエファイアー!」

「鋭き柔軟な思考を持つ戦略家……水の戦士……ヒナエウォーター!」

「早きこと疾風を越えるっ。雷の戦士……ヒナエサンダー……!」

「我ら3人! ヒナエソルジャー!!!」

 声が……声が聞こえた。出来れば聞きたくない声だ。できれば夏の暑さが生んだ幻聴であって欲しいと切に願う。

「とう!」

 声がさらに聞こえると同時に、扉から、窓から、机の下から3人の男が姿を現した。赤、青、黄のコスチュームを身に纏った、コスプレにしたってもっとちゃんとしていると思っている姿の男達。彼らの名前はヒナエソルジャー。一応、彼らが名乗る限りにおいて、幾分かの譲歩を加えた上での表現であるが、ヒーローである。

「……暑い」

 とりあえず、現れた相手は無視するに限る。そう思って、だらりとカウンターの上に上半身を伸ばす。夏の暑さって、どれほど続けば気が済むのだろうか。

「おいおいおいおい! ちょっとくらい反応したらどうだ!」

 現れた男達の内、赤い奴。ヒナエファイアーという名前で呼ばれる男が、カウンターでだらける竜太に詰め掛かってきた。

「だって、どう考えたって客じゃなさそうじゃないか。悪いけど、怪人みたいに親切で相手にしたりしないからね。こう、いないものと思って考える」

「それが喫茶店の店主の態度か!!」

「あ、何か風の囁きが聞こえる。きっと妖精さんが歌ってるんだろう」

「誰が妖精さんだ! 誰が!」

 いちいち煩い。妖精さんはもっとか細く囁いたらどうなのだ。店内の熱気がこれ以上になっては溜まらないので、百歩ほど譲って相手をしてやる事にした。

「なんの用なんだよいったい。言っとくけど、おたくらと事を構える様な事した事はないぞ。っていうか、そこの黄色いの」

「ええっと……はい、なんでしょうか」

 黄色いコスチュームのヒナエソルジャー、ヒナエサンダーに人差し指を向ける。

「机の下に勝手に隠れるのは不法侵入だ。訴えるぞ」

「ええっ!? だって、ここは喫茶店で、別に入っても良い空間じゃないですか~」

 だからお前たちは客ではないだろうに。頭を抱えそうになるが、こいつら相手に頭痛を覚えるなんて、人生においてどれほどの損失だろうかと思ったため、意地でも頭は抱えない。

「で? 何の用なんだ、青いの。学校の成績は順調か」

 一人、何故かポーズを決めていたウォーター。何やら顎に手を当てて、クールに決めているつもりらしい。

「そうだな……留年だけは免れた。それだけのことさ」

「そうか、良かったね。家族親戚総出で祝って貰うと良い」

 個性的なメンバーであるが、3人とも現役の学生でもある。学生であるならば、コスチュームなど着込まず、普通の姿で来れば、まだ客として歓迎したものの。

「兎に角、お客じゃないならさっさと帰れ帰れ。僕はこう見えて忙しいんだ」

 ヒナエファイアーに手をしっしっと振りながら、今度はちゃんと出入り口から出て行く様に促す。だと言うのに、ヒナエファイアーは帰るどころか、さらに距離を詰めてきた。

「どう考えたって暇そうにダラダラしてるではないか! それと、我々はれっきとしたお客なのだ!」

「……そうなんだ、レスカ飲む? 一杯280円だよ」

「微妙に高いな……って、そういう事じゃあなく、そっちの客ではなく、聞いたぞ! なんかこう、別口に仕事を受けてくれると!」

 ファイアーの言葉に漸く反応する事にする竜太。とりあえずカウンターでだらけるのを止めて、上半身を起こす。

「聞いたって、誰に」

「臨時で学校の清掃に来ていた、小さなお姉さんからだ! 悩んでいたら相談に乗って貰えたのだよ!」

「見風さんか……余計な事を」

 今度会ったら、文句の一つでも言いたくなった。特に、本業は喫茶店の店主であって、もう一方の、目の前のヒナエソルジャー達と関わる様な仕事について、あくまで副業である事は伝えたい。

「事の始まりは、我が校のある男性教師から始まる!」

「ああ、もう、勝手に始めちゃってるし」

 やはり頭が痛くなってきた。暑さのせいだけでは誤魔化せない痛みである。とりあえず追い出すか、それとも仕事を直接的に断るか。悩んでいる間にも、ヒナエファイアーの話は続くらしい。

「教師は品行方正、懇切丁寧。人柄も良く、生徒達から慕われる、そんな若い教師だった」

「良い人だよね。なんかこう、熱血ってところがあるし」

 ヒナエファイアーの話にサンダーが頷いている。ウォーターの方を向けば、やはりポージング継続中だ。

「俺は随分と放課後に勉強を見て貰っていた。これが女教師であれば、ラブロマンスの一つでも生まれるかと思ったものだが……」

「生々しい若さ溢れる妄想の話はあんまり聞きたくないかな」

 ウォーターの話を流しつつ、その教師とやらがどうしたのだと面倒くさげにファイアーを見る。

「その若き教師が、行方不明になった」

「……仕事が嫌になったんじゃないの? 燃え尽き症候群って言葉がある」

「それが、行方不明になる前に居たであろう場所が場所でな」

「行方不明前の居場所が分かってるのなら、その周辺を探せば良い……って、それがおいそれと出来ないから誰かに頼むんだろうけど」

「その通り! 彼が居たであろう場所、それは旧村なのだ!」

「なるほど」

 納得した。行方不明になって、さらには心配し、けれども探す事が難しい。旧村はそんな場所である。

 毎年、誰かしら行方不明になっていても別に驚かないし、むしろ知らない人間が増殖していたとしても驚かない。

「警察に相談するべきだ。あそこで行方不明になったのならご愁傷様って話だけど、あそこに不用心で向う人間も悪い」

 一番の責任と言うのなら、あそこみたいな土地を放置している行政側が悪い。それでも、危険な場所には近寄らないっていうのは、個々人が対処するべき問題だろう。

 同情はするものの、竜太の仕事には関わらない。行方不明の人間を探すなんて事はしないし、失踪事件の調査なんかもしないのだ。それが副業の方であっても。

「本人が悪いとあなたは言うが、行方不明になった方の人柄を知れば、放っておくわけには行かないと言う気になるはずだ!」

 ヒナエファイアーが熱く迫る。実際、店内の熱気はやや上がっている様に感じた。

「人当りが良く、しっかりと教師してる人だろ? 悪い人間じゃあないって言うのは分かるけど、じゃあ尚更、なんで旧村なんかに行ったんだって話さ」

「彼は休日、ボランティア活動に勤しんでいるのだっ。例え危険な場所であっても、困っている人々がいれば動く。そんな人物で―――

「待った。旧村でボランティア活動だって?」

 なんだろう。最近、どこかで聞いた気がする。どこでだったか……。

「その……行方不明になった教師の人だけど、名前は?」

「神谷・卓! 26歳、独身! 座右の銘は誠実剛健!」

「ああ、なるほど……縁っていうのは、大半が良くは無さそうなものらしい」

 ヒナエファイアーの言葉に、今度ばかりは頭を抱えた。世の中、なんでこうも狭いのだろうか。


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