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日苗市の人々  作者: きーち
第一章 日苗の街
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第二話

 漢条・竜太は多くの人間に、幼い外見をしていると言われる。だいたい高く見られて14,5歳程度であり、酷い時には小学生なんて言われた事もあった。

 その時はさすがに落ち込んだが、自分の外見が、他者にとって子どもに見られることはとっくに自覚している。

 この事に苛立ちを覚えたり、怒りを周囲にぶつけるという段階も、疾うに過ぎ去っていた。今に至っては、むしろ、そういう部分も含めて誰かと話をする様に心掛けていた。

 つまりは話し相手に侮られたからと言って、それに反抗したりはしない。その侮りの中でも会話を続けて行くのだ。

「間上殿からの紹介と聞いていたが……私は何か謀られているのかね?」

 目の前に座る、体格の良い禿頭の中年男性が、蓄えた黒髭を撫でながら、訝しげに竜太を見つめていた。場所はとある建屋の応接室。建屋そのものがかなり大きい物であるため、応接室も広々としている。そんな広い場所だと言うのに、竜太と男は席を近づけ、面と向かって話をしていた。

「謀り……とは?」

 男がこちらにどんな思いを持っているかについては予想できている。が、こういうのは言葉にして意思疎通をしておくべき問題だろう。これもまた、自分の外見に関わった話なのであるし。

「私は子どもに仕事を頼むほど落ちぶれちゃあいないと言う意味での発言だが?」

「ごもっとも。栄えあるビョースター団の大幹部たるビックビョースター氏が、まさか子どもに悩み事を打ち明けるってことも無いでしょうとも」

 と、竜太はビョースター団の秘密基地内にある応接室を見渡す。広い応接室には奇怪な形をしたモニュメントや凶悪な顔をした仮面なんかが飾られており、男ことビックビョースターの両隣には、イカかタコみたいな軟体状の頭部と触手を生やした人型が二人並んでいる。

 多分、怪人的なそれだろう。ボディーガードとしては中々のものだと思う。世間体と言うものを気にしないでいられればだが。

「で、君は外見とは大きく違い、間上殿が紹介した通りの能力を持っていると、私に確証を持たせてはくれんのかね?」

 ビックビョースター氏がさらにこちらを値踏みに掛かって来る。さすがは悪の秘密結社。その大幹部と言ったところだろう。ここで、なんで子どもなんかにと怒り出したりしないだけ、まだ度量がある。

 名前的にはむしろ頭領クラスにも聞こえるが、きっと色々あるのだろう。もしかしたらハイパービョースターとかネクストビョースターとかがいるかもしれないし。

 ただ、やはり目の前のビックビョースターに関していえば、竜太の知る限りのトップだった。彼が日苗市に存在するビョースター団の代表であるし、意思決定をする立場にいるとの認識もある。

「僕の能力云々については、こうでございと紹介するものはありませんね。調停役なんて地味で気長な仕事ですから」

 実際、何か見せてみろと言われたところで、見せられるものを竜太は持っていなかった。だからそこを求められても困る。

「ふむ? で、あったら私達はどうすれば良い? 君に黙って報酬を払って悩みも打ち明けて、それでいて仕事を失敗して貰えば良いのか?」

「まあまあ、仕事の成否に関しては任せてもらうしかありませんし、悩みも既に間上さんから内容を聞いちゃいましたが、報酬に関してはほら、前払い分は言う通り、子どもの駄賃程度で結構ですよ?」

 結局、外見の損は交渉の内に埋めるしかない。こちらが幾らか譲歩しなければ、進む話も始まらない。

「ほほう? つまり、こちらが後から難癖を付けても構わないと考えている?」

「まあ、そんな事をすればこのビョースター団も大したこと無いってことにはなるんですかね? いやぁ、うちの街に来てもう一年でしたか? 地元に馴染むって結構大変ですよね?」

 悪の秘密結社ビョースター団は、日苗市では新興の団体だ。秘密結社に新しいも古いもあるのかと言われるかもしれないが、新しいも古いもあるのである。

 一年より前まではまた別の悪の秘密結社が存在しており(この点も世が大分末代まで来ていると思っているが)、その秘密結社が潰れた結果、新たに参入してきたのがビョースター団である。

 こういう業界にもシェアというものが存在するらしく、既存の団体があるところに別の団体が食い込むのは難しい。例え出来たとしても、その後はずっと地道な地盤固めの作業が待っているのだ。

 地元の人間に、こいつは駄目だと思われては敵わない。どんな組織だってそう思うはずだ。

「……わかった。とりあえず任せてはみよう。で、事前に話は聞いていると言っていたが、こちらの事情をどれくらい把握している?」

 とりあえずは仕事の話に入ってくれたらしい。それはそれで大変に助かる。何時までもこの珍奇な場所に居たく無いというのは実際だ。

 誰だってそうだろう? イカやタコに囲まれて過ごす日常なんて、寿司職人だってごめんだと言うはずなのだ。

 しかもそのイカやタコ、時折イカ~だったりゲソ~だったり声を漏らすのである。正直怖い。嫌悪感も凄い。

「確か、二つの正義の味方。ヒナエソルジャーとヒナエツインズが作戦を妨害してくるから。それに困ってるって話ですよね?」

「そうだが、そうでは無い。こう言う意味については分かるかな?」

「……まあ、力技でって言う話ではないのは分かりますし、相手の排除って話でも無いんでしょ?」

 とりあえず、間上から紹介された内容については、竜太自身が口にした通りであるが、その意味については、文字通りのそれではあるまいと考えていた。

 荒事とはちょっと違う種類の仕事なのだ。

「力技で済むならば我らとてそうしている。我々は正義を自ら名乗る様な連中には屈っせんからな!」

 自分たちで悪の秘密結社とか名乗る連中は言うことが違う。彼らも彼らにとってのルールや世界があるのだろうと暖かく見守りつつ、話が本題へ入ることを祈る。

「問題はだ! やつらが我々が行う作戦の最中に、毎回2セットで現れることだ!」

 と、声を荒げるビックビョースター氏。顔全体が赤くなっているのを見るに、相当に興奮している様だ。

「あー、そりゃ駄目だ。つまり毎回喧嘩になってるんですか」

「そうだとも! ええい、既に知れ渡ってる様に見えるな! あいつらと来たら、同じ日苗市を守る正義を名乗っとる癖に、我々よりもお互いを敵対視しとるんだ!」

 立つ瀬がないという奴だろうか。正義の味方同士がぶつかって、悪の秘密結社は何をすれば良いのやら。挨拶周りでもしたら周囲の印象も良くなるかもしれない。

「わかるか? 作戦妨害は良い。むしろ様式美だ。そこでぶつかり、生まれる信念や理想、それと……ああ、なんというかそんな感じのものがあるはずだっ。なあ?」

「そこのところは良くわかんないですね」

「分かりたまえ! だと言うのに奴らと来たら、我々を無視して互いに罵り合い、時には殴り合い! 恥ずかしいと思わんのか彼らは! というか近所迷惑だろう! 奴らは我々が開発した怪人共を倒せるくらいに身体能力があるのだぞ!?」

 近所迷惑と来たものだ! いや、確かにああいうのがあちこちで行われているのだとしたら迷惑この上無いが、そういう部分を気にする繊細な部分が悪の秘密結社があるらしい。新興の団体としては、やはりその土地の目というのも気になるのだろうか。

「要はきっちり、あなた方と戦う形に落ち着けたいってところでしょうか?」

「正義を名乗る者同士がいちいち見っともない姿を見せんでいただけたらそれで良い。その調整を頼みたいのだが……」

 悪の秘密結社が正義の味方の見栄えを気にする世の中ってどうなのだろう。末も末だと思ったが、思いのほか、まだ酷い変化が未来に待っているのかも。

「ま、こっちを見て出来るかどうか不安って言うのは仕方ないかもしれませんけどね。とりあえずは仕事ですからやるだけやりますよ。経過報告を聞いたり結果を見て評価をくれればこちらとしてはそれで構いません」

「それも分かった……では、上手くやってくれることを祈ろうか。あのアホな正義の味方共を、多少なりともまともな状態にしてくれればそれでこちらとしては満足だよ」

(アホなか……)

 幼稚園のバスを乗っ取ったり、水道水がややすっぱくなる粉を混入したりと言った悪さをする組織にそう言われているぞと、件の正義の味方にでも伝えれば、もしかしたら言動が改善してくれるかもしれなかった。




 そんなアホな正義の味方の片割れ、ヒナエソルジャーと会うために、竜太は市立日苗東男子高等学校へとやってきた。

 日苗東男子高等学校は、その名の通り男子高校だ。通う生徒は当たり前の様に男子ばかりで、偏差値は中の上くらい。校風はやんちゃ坊主たちのたまり場。不良とまでは行かないものの、はしゃぐ子どもっぽい高校生が多いと言う印象がある。そんな高校だった。

 竜太はこの高校の校長とは知り合いであった。頼めば校内へ入る許可が貰えたし、さらには生徒の数人を、昼休み中に呼び出しを頼める立場でもあった。

『2年B組の火比(ひび)()徹也(てつや)君。同じく2年B組の水木(みずき)誠一(せいいち)君。1年C組の(らい)(こう)志摩(しま)君。校長室まで来てください。校長が呼んでいます』

 校内放送が鳴る。単刀直入で、単刀直入過ぎて何が目的か分からないそんな放送を校長室で聞きながら、竜太は校長と世間話をしていた。

「いやはや。何が目的か知らないが、またそっち系の仕事かね?」

「ええ、まあ。そんな感じです。わざわざ場所まで用意してもらってすみませんね」

 来客用のソファーに座りながら、仕事用の椅子に座ったままの校長へ顔を向ける。彼は竜太の調停役という仕事について良くしっており、昔、一度、彼の依頼を解決した事もあって、それ以来の付き合いだった。

 今回はその時の借りを返して貰う形になっており、校長側も生徒を呼び出す程度ならと快く応じてくれた。

「私は席を外した方が良いかな? 君の事だ。結構、繊細な話なのだろう?」

「どうでしょうか? 別の僕は居たって構わないんですけど、多分、これから来る生徒はそうでも無い様子になるかも……繊細な話かと言われればそうだろうし……」

「なるほどなるほど。なら、やはり席を外すことにしよう。君の仕事は、部外者が関わるべきじゃあない事が多そうだ」

 校長のその言葉に、曖昧に頷いておく。別に部外者が居たって構わないのだが、そうであったらそうで部外者を関係者にするだけなのである。

 もし、それが厄介事なのだとしたら、やはり関係しない方が得と言うことになるだろう。

「多分、生徒さん方はすぐに来ると思いますから、席を外すならお早めに」

「いやいや、こういう放送にすぐに反応する生徒は少ない校風で……おお、本当に来た。一対どんな魔法を使ったので? いや、失敬。そちらもあまり聞くべきではないな。それでは私はこれで」

 校長が自ら、校長室を去って行く。そんな彼と入れ違いに、放送で呼び出した男子高校生3人が校長室へ入って来た。

 かなりの焦り顔をしており、すれ違う校長を見て、一体何事かとさらに混乱を深めている様子。

「やあ3人とも、こんにちは。いや、そんなに慌てないでも良いよ? とりあえずお茶でも飲まない?」

 竜太が座るソファーの前には、テーブルと空のコップが3つ。そこにポットに入った麦茶を注ぎながら、竜太は男子高校生3人へと話しかけた。

「えっ? いや、なっ……校長先生は……」

 3人のうちの一人で、一番体格の良い男子高校生が漸く言葉を漏らす。頭を坊主とは行かないまでもスポーツ刈りでカットしており、見るからに運動部系の見た目だ。

「校長は暫く席を外すってさ。幸運だよねヒナエソルジャーにとってはさ」

「はぁっ……!? な、なんのことかな? ひ、ヒナエソルジャーってのはあれかな? そ、その………こう、格好良い三人組の!」

「落ち着け、徹也……!」

 撤也と呼ばれたスポーツ青年の隣に立つ、眼鏡を青年が、それ以上の言葉を手で制した。徹也氏よりかは背が低いが、それでも長身だろう。

「え、えっと……その……君は誰なんだろう? 僕らを呼び出したのは君なのかな? ヒナエソルジャー……だっけ? 一体何のことなんだろう」

 最後の一人。他の二人よりはさらに背が低く、線の細そうな少年が話し掛けてくる。幾分、撤也氏よりかは冷静さを保っているらしい。

「子どもに話し掛けるみたいな話し方するけどさ、万が一にでも、目の前の人間が年上かもって考慮はしといた方が良いんじゃない? 火比野・徹也君に水木・誠一君。そうして雷公・志摩君たちはさ」

「……!?」

 彼ら三人が身構える。ちなみにスポーツ青年風なのが徹也なのは彼らの会話で分かるが、それ以外、眼鏡を掛けたのが誠一。線の細いのが志摩という名前であることも竜太は知っていた。

 彼らがヒナエソルジャーのメンバーであるというのもだ。

「まあ、良いから座りなって。立ちながらの話なんて、やってても疲れるだけでしょ? これから、もうちょっと疲れる話をしなきゃだから、絶対座ってた方が良いよ? ねえ?」

 3人とも緊張した面持ちだが、とりあえずは竜太の言葉に従ってくれた様子。もっとも、こちらに敵意染みた感情を抱き始めている様子だが。

「失礼ですが……あなたはどこの誰なので? その……ヒナエソルジャーとやらに関しては……」

 3人のうち、ソファーに座ってから初めて口を開いたのは誠一だった。やや眼鏡を光らせながらこちらを見てくる。勿論、優しげな視線では無い。

「小難しい話をしに来たんじゃないんだ。それを分かってもらいたくて率直に言うけど、もうヒナエソルジャーとして3年くらいやってるじゃない。正体、バレる人にはバレてるよ。例えば僕とか」

「ええっ!?」

「おい、徹也」

 素直に驚く徹夜を誠一がまた手で制した。それも一時的なものでしか無いというのは、肝心の徹也を見ていれば分かる。彼は彼で素直に反応し過ぎだ。

「さて、じゃあ自己紹介から始めようか? 僕の名前は漢条・竜太。夕明商店街でカニバルキャットって店を経営していてね。知ってる?」

「いえ……」

「俺も特に……」

「あ、僕は知ってますよ! 確かあんまり美味しくないって……えっと……すみません」

 反応は三者三様だ。志摩だけは知ってくれているらしいが、それほど知名度は無い様子。

「はっはっは。どうかな? 噂だから当てにならないかもしれないよ? 少なくともナポリタンは美味しいって話があるだろう? つまり、他の料理だってそれなりだし繁盛しているはず」

「そ、そうなんですかね?」

 そのはずだ。うちの店の噂に限って、まさかナポリタン以外は不味いなんて噂が流れているはずも無し。

「ただし、その店と今回の話は関係が無いんだ。どちらかと言えば、君らの方……ヒナエソルジャー側の話でね」

「お、俺達は別に、俺達がヒナエソルジャーって決めたわけでは……」

「ヒナエファイアーが徹也君でヒナエウォーターが誠一君。ヒナエサンダーが志摩君と、ちゃんと顔と名前も一致してるから、そこはもう諦めてくれないかな? 別に、僕側から率先して正体バラすつまりなんて無いしさ」

 だいたい、3人同時に呼ばれた時点でバレていると予想は付いていたはずだ。だから焦って校長室までやって来たのだろうに。

「うう……」

 漸く正体がバレていることを、撤也も納得してくれたらしい。そうしてくれなければ話を始められない。

「分かりました、認めましょう。俺達がヒナエソルジャーです。そうして俺が、あなたの言う通り、ヒナエウォーターの水木・誠一です。そんな俺達に、喫茶店の店長さんが一体何の用なんです?」

「だから喫茶店の店長としての仕事じゃないんだって。と言うのも、君らが現状、敵対している組織、ビョースター団の件なんだよ」

「奴らが何かまた悪さをしているのか!? い、いや、しているんですか?」

 と、熱血漢を隠さない徹也。うん、こういう態度はそこそこに好印象だ。やはり男はこういうタイプの方が見ていて気持ちが良い。

「悪さって言うか、悩んでる。すっごい悩んで、どういうわけか喫茶店の店長にすら相談に乗って欲しいらしくてね」

「は、はあ……」

 敵対組織が悩んでいるなんて話をどう受け入れれば良いのか分からないらしく、3人ともがぽかんとした表情を浮かべていた。

 そんな彼らに対して、竜太は自分の事情、ビョースター団に頼まれて、二つの正義の味方がいがみ合う状態をなんとかするべく動いている旨を伝えた。

「あ、あの……一つ良いですか?」

 志摩がおずおずと手を上げて質問してくる。

「一つと言わずに幾らでも」

「その……なんでビョースター団側からそんな事を頼んで?」

「そんなの、僕の方が知りたいんだけど。君たち、そんな現場で酷いの?」

 でなければ、わざわざ敵対する側から注文なんて来たりはしないはずだ。 どこの誰が敵に手を繋いで仲良くやって欲しいなんて思うのだ。

 いや、少なくともビョースター団はそう思っているらしいが。

「いや、酷いというか……つい、そっちに白熱するというか」

 ちょっと痛い点を突かれたなと言った顔を徹也が浮かべた。この様子を見るに、現場で怪人がほったらかしにされると言うのは事実らしい。

「い、いや、確かにあれはどうかなと僕も思ってましたよ。ずっと」

「だが仕方あるまい。なにせ事あるごとに無関係の彼女らが参戦してくるのだから」

「その通りだ! 女の子が危険な戦いに身を投じるなんて間違ってる! だと言うのに彼女たちと来たら!」

 とりあえず、彼らの心情や状況については、この短い間だけでも理解できた。

 要はもう一方の正義の味方であるヒナエツインズが女性であるところが気に入らないらしい。あとは、ほぼ同じ活動範囲で同じ事をしていると言う点もか。

「男女平等な社会って言っても、そういう部分は体力のある男性が担うべきだとか、そういう感情は分からなくも無いけどね……」

「そうでしょう? あなたもそう思いますよね!?」

 徹也がこっちに迫る勢いで話しかけて来る。間にテーブルが無ければ、実際に肩でも掴まれていたかもしれない。

「ただ、彼女らにだって“力”がある。君たちと一緒の“力”だ。君らだって自分の身の内にある力について思うところがあるから今の活動をしているんだろう? 彼女らも同類だって思うのなら、幾らかの譲歩を考えてくれたって良いんじゃない?」

 力……力というものがある。それは単純な腕力のそれでは無いが、むしろ腕力よりも単純で大きな力と言えるかもしれないもの。それは身体能力が他者より明らかに優れていたり、何も無いところから火や水、風や雷を発生させたりするものの事だ。

 そんな力が存在している。どこに? 日苗市にだ。いや、日苗市だけではない。もっと広い、世界中に、いや、宇宙の法則かもしれないが、そういうものがあるのだ。昔から人はそれがあると受け入れてきたし、日常の一つでもあった。

 ただ、その力が世の多数を占めた事は一度も無い。否、占められない少数派の力こそが、今日に至って、特異的な力として把握されていると見るべきか。

 特異で少数派な力は、何時だって社会に潜んでいる。そうしてそれはそういうものだと言う認識を誰もが持っていた。例えば個人がそんな力を持っている場合、隠したりひっそりと使ったりするのだ。

 差別されているというわけでも無いのだが、そういう力を持っていたとして、あまり大々的に見せつけるべきではないという不文律が社会に存在していた。

 けれども、秘密にしたって力は無くならない。むしろ、自分の力を隠さなければならないという思いが、ある種のストレスとなっている場合が多い。

 そんなストレスの解消方法はいろいろだろうが、正体を隠して善行をするとか、むしろ力を持っているんだと大々的に公表して徒党を組むと言ったものもあるだろう。それは社会的に、正義の味方だったり、悪の秘密結社などと言われる事になるかもしれない。

(つまりこの仕事は……言ってみれば“力”関係の仕事ってことなのかもね)

 力を持っていたとしても、特別な人間になれるわけでも無い。世界を滅ぼす力なんてもので無い限りは、どんな力を得たところで、明日という日々は続いていくのである。それぞれに悩みがあるし、それぞれに生活もあるだろう。

 どこにでもある悩みや生活は、力という異物が混じって、やや面倒くさい状況にも成り得た。調停役とはつまり、そんな状況を解決とは行かないまでも、多少なりとも改善方向へ向かわせる、社会的な役職と言えなくも無かった。


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